父の後ろについて、壊れた木ノ葉隠れの里を歩く。
数歩前を行く父の後ろ姿に、オレはなぜか既視感を覚えた。フラッシュバックする目の前の光景。あれは……確かアカデミーの頃だったと思う。今と同じように父の後ろを歩いていて……。
あの後、何をしに行ったのだろうか?
もう思い出せない記憶に思いを馳せる。
「あれ? 開かねェな」
物思いに耽っていると、ドカンという音で現実へと引き戻された。父が建て付けの悪くなった建物の扉を蹴破っている様子が目に入る。少しもノスタルジアに浸らしてくれないのは流石、赤銅ヨロイという所か。
父の行為を半眼で見つめながら、壊れたドアを通り抜け、建物の中へと入る。そこはオレの職場であり、七代目様が昨日まで政務をされていた場所だ。
「……」
「シンゲン、どうした? しょぼくれた顔をして」
「オレは……七代目様を守れなかった」
「ま~た、この子はそういうこと言って。さーしかね。ほら、もっとシャキっとせんね」
「……」
「『オカンかッ!?』ってツッコミを入れてよ、ね? 俺がバカみたいじゃんよ!」
何やら喚く隣の男は放っておいて、オレは二階へと続く階段を昇る。昨日までは廊下に整然と掛けられた先代の火影たちの四字熟語の掛け軸。しかし、今は壁から落ちていたり、酷い物だと破れているのさえある。
荒れた廊下を進みながらオレの足はこの先にある目的地へと自然に向かっていた。なぜ、そこが目的地だと判断したのかは分からない。忍の勘という奴が働いた結果かもしれない。だが、理由はなくとも、正しいという感覚だけはしっかりとあった。
着いた場所は火影執務室。
ゆっくりと扉を開けると、そこに居た予期しない人物の姿に目が丸くなる。
「……アスマおじさん……紅おばさん」
ミライ先輩の両親の姿がオレの心を抉る。
どの面を下げて二人の前に出れるというのか? ミライ先輩を見捨てて七代目様に守られて、おめおめと生き恥を晒している俺が、どの面を下げて出られる?
「ほれ」
開けた扉の前で立ち止まっていたオレの背中が押された。父の手だ。
躓きそうになりながらも、体勢を整えて目の前にいる二人へと近づく。二人は同時に口を開いて同じ言葉を口にした。
『大丈夫か?』と。
娘の安否が不明で不安に押しつぶされそうな状況で、オレに気を使ってくれた二人の優しさが身を切る。
鼻の奥がツンと熱くなる。
恥だの何だの言っている場合じゃない。二人にはどうしても伝えなくちゃならない言葉がある。
「アスマおじさん、紅おばさん……ごめんなさい。オレは……オレはミライ先輩を守れなかった」
深々と頭を下げる。それしかできなかった。
沈黙が部屋の中を満たしたのは、ほんの僅かな時間だった。
「シンゲン、頭を上げろ」
「アスマおじさん?」
頭を上げたオレの額当てをトンとアスマおじさんは小突く。
「木ノ葉の忍は仲間を大切にするってことは知ってるな?」
「え?」
「お前は木ノ葉の忍だろ?」
「はい」
「なら、仲間を守ったからには堂々としていろ」
「オレは……何も守れなかった。何も守れなかったんです」
「ボルトとサラダを守っただろ。それに、ミライだってそうだ。お前と一緒にボルトとサラダを守るために命を懸けた。お前たちは立派な忍だ。だから、自分のことを蔑むのは止めろ」
「アスマおじさん……」
ミライ先輩と同じように肩口で切りそろえた黒髪が横に揺れる。
「シンゲン、自分を責めるのは止めなさい。アナタは何も悪くないのよ」
「紅おばさん……」
心の中に暖かいものが広がる感覚がした。
「そういう訳で、お前が悩んでいることは問題ない、意味もないってこと。で、これからお前がどうすればいいか分かるな? ミライを取り返しに行くぞ、シンゲン」
「……ああ!」
+++
「んじゃ、説明すんぞ」
火影執務室に集まってきたのは、オレたち四人だけではなかった。六代目様とカカシさんにサスケさん、そして、風影様に雷影様。水影様に土影様。
そうそうたる顔ぶれだ。
その中にいる一人の少年は異彩を放っていた。
ボルトだ。
粛々と進められる作戦を黙って聞く彼の姿はもう一人前の忍だと言えるだろう。
「まずは七代目救出班とミライ救出班に分ける。七代目救出班は五代目風影、五代目雷影、六代目水影、四代目土影、そして、サスケとボルト。……サスケ、ボルトをそっちに入れて本当に大丈夫か?」
「問題ない」
「んー、お前が言うなら大丈夫なんだろうけど……なあ」
「ヨロイのおっちゃん。オレを信じてくれ」
「信じるも信じないも……。どうせ、何を言っても聞かないだろ? そういう所、やっぱり親子だな」
七代目様の若かりし頃を知る父はレンズ越しに目を細めたようだ。口調がどこか懐かしいものを思い出すような優しいものとなっている。
と、父はボルトに向けていた視線をサスケさんへと向ける。
「そっちはサスケに任せる。輪廻眼での時空間移動は俺よりもサスケの方が上だ。サポートは必要ないだろ?」
「ああ」
「という訳で、サポート役としてオビトをこっちに貰う。オビト、これを」
「これは?」
「ミスティッカー“
その名前を聞いた瞬間、オレと六代目様の表情が苦虫を噛み潰したようなものになる。貼り付けることで人の心を一方的に読むことができる“忍具”だと父は説明していたが、各国の忍具を取り揃えている忍具専門店、転転転にも見当たらなかった。そこから考えると、音隠れの里の発明と予測することができる。
音隠れは、今は随分と変わったが、以前は人体実験など数々の卑劣な所業で悪名を轟かせた里だ。そこならば、人の心を一方的に読むなどという人道に反した道具を作ることに躊躇いはないだろう。
「そんな嫌そうな顔をするな」
「いや……そう言ってもな。マダラはこれのせいでお前に手玉に取られたと言ってもいいほどの負け方だったし」
「少し改良してるから大丈夫。そもそも、異世界通信ができるのなんて、このミスティッカー以外にないから選択肢はない」
「……仕方ないか。で、どうやって使うんだ?」
父は懐からもう一枚、同じミスティッカーを取り出しながら六代目様に自分の腕を見せた。
「それを俺に貼り付けろ。その後、俺がお前にこれを貼る」
「ん?」
「そうすると、携帯電話みたいに双方向で情報がやり取りできる。しかも、異世界や亜空間の類でも可能っていう優れもの」
「言っていることはよく分からないが……とにかく、お前に貼り付ければいいんだな?」
「そ。貼り付けてる間に説明するけど……」
父は六代目様の首の後ろにミスティッカーを貼り付けながら話を進める。
「……オビトの神威で俺とアスマと紅、それからカカシとシンゲンがあのペチャパイのクソガキ、シシキの
説明を続ける父の声が火影執務室の中を通り抜ける。
「シシキは俺とアスマと紅、そして、シンゲンのフォーマンセルでなんとかして止める。その間にカカシが隠密行動でミライを救出。その後、カカシも合流してシシキを倒す」
そんな父の様子を見ながら、オレは一つの事実にやっと気がついた。
「こっちはこっちでやってていいんですか? ヨロイさん?」
「軽い流れは共有しておきたいんで、ちょっとそのままでお願いします、雷影様」
「アンタに雷影様って言われるのは違和感がありますね、どうも」
「いや、アナタの経営手腕などは見事なものですよ。先代と違って実にスマートだ」
「先代からキツク言われていましてね。『更にこれをお付けして』という言葉には絶対に騙されるなって。そういう所から、メリットしか説明しない人は疑ってかかることで里の運営が上手くいきましたよ」
「まだ、四代目雷影様は怒ってらっしゃいます?」
「ほんの少しだけっすけど。『トレーニング器具は音隠れのものに限る』って、この前、言ってましたし」
「それなら、安心だ。正直、あの人の機嫌を損ねてラリアットは受けるのは勘弁な」
オレは父と共に任務に出たことはない。
今までチームを組んで任務に赴いた時には父と同年代の方の部下として動いたこともあるのにも関わらず、父と共に動いたことはなかった。
「話を戻させて貰うけど、ミライ救出後は俺の天之御中を使って、モモシキかキンシキの天之御中の中へと入り込む」
「もし、こっちが早く終わったらどうする?」
「サスケの天之御中でこっちに移動してきて援護を頼む」
「了解。そういえば、橙ツチの姐さんは呼ばないでもいいのか? アンタとは連絡を取り合っているんだろ?」
「ああ、橙ツチたちには動かないで居て貰う。奴らに別動隊がいるなんてことも十分予想されるから、各里の防衛のために実力者をある程度置いておかなきゃならない」
「それで、ボクらと話しながら携帯電話を弄っている訳なんですね」
「そういうこと」
土影様と水影様の質問に答えながらも父の手は止まることなく善後策を打っている。
「ヨロイ。こっちはナルトをまず助けてから奴らを叩く。モモシキという若い男の方は体術を中心として攻める」
「体術を中心? サスケさん、何故ですか?」
「奴は忍術を吸収して、それを放出していた。だが、もう一人のキンシキという大男はその素振りはなかった。水影。アンタと土影にはキンシキを攻めて貰う」
「分かりました」
「ヨロイ、それでいいか?」
「お前の状況判断に任せる。奴ら二人に対しては事前のシュミレーションが覆される可能性も高いし、細かい所は現場でお前が指揮を執れ」
「ああ」
追いつけていない。
正直に言うと、自分は父よりも上だと思っていた。実際、家のことは一つもせずに他国を歩き回っていた父だ。任務だと言っても、それは大きな仕事ではなく他里との調整でしかなく誰でもできる仕事だと思っていた。
「決まりだな」
「五影の一人をないがしろにしちゃあ五影の名がすたるからよ。さっさと助けに行こうか」
「水影になったボクの力……まだ皆さんにお披露目してないですしね」
「やってやろうじゃない」
けど、違った。
五大国の隠れ里のトップに舵を切ることができるほどの信頼と行動力を持っている。その事実を目の当たりにした。もう認めないなんてことはできない。
「ミライ! もう少し待っていてくれ! すぐにパパが助けに行くからな!」
「アスマ、ちょっと落ち着いて。暑苦しい」
「子どもができてからアスマ……なんというか変わっちゃったね」
「昔はすげークールに構えていたのにな」
アスマおじさん、紅おばさんのこともオレは何も知らない。子どもの頃からお世話になっているというのに。そして、カカシさんのことや六代目様のことは当然と言うか、全くといっていいほどに知らない。
精々、六代目様はカカシさんに言葉だけでよく泣かされているという程度しか知らない。
なぜ、オレはこれほどまでに知らないのだろうか? チャンスがあったのに、知ろうと努力しようとしなかったのだろうか?
自分自身に呆れと怒りを内心で覚えていると、パンッという音で現実へと引き戻された。
そちらに目を向けると、六代目様が拳をご自身の掌に打ち付けている光景が目に入る。
「よし! ナルトとミライを助けに行くぞ」
「ただし、オビト。お前はダメだ。神威で俺たちを送った後は木ノ葉の指揮を頼む」
「え?」
「七代目火影がいない今の状況で誰が木ノ葉の里を纏められる? いや、纏めるのは実質、シカマルだろうけど分かり易い
「嫌だ! オレもナルトたちを助けに行く!」
「はい、オビト。少し落ち着こうか。……そんな顔してもダメなものはダメだから」
カカシさんが六代目様の首根っこを捕まえながら父へと笑いかける。
「木ノ葉はオレたちが指揮を執る。それでいいか?」
「ああ。……潜入任務のスペシャリストって言っても、戦闘が予想される場合はカカシの方が適任だと思っていたけど仕方ないか……」
父は苦笑しながら割れた火影執務室の窓へと視線をやった。
「……本人がやる気満々だし」
「さっさと行くよ!」
窓から差し込む月光に照らされた影は腰に手を当てて不遜に笑う。
母は強し。
その言葉の本当の意味が分かったような気がした。
木ノ葉隠れの里を背にしてオレたちの前へと姿を現した影の正体は、白い