シャンと軽い音が響いてシシキの兎毛針が宙を舞う。
白い彼女の髪はサラサラと風に乗り、その後ろにいた影を露わにする。
「俺が時を止めた……9秒の時点でな……そして脱出できた……やれやれだぜ」
「どうしてッ?」
「まぁ、本当は経絡系を筋肉ごと移動させた後に体の傷を治して、餓鬼道の力でお前の髪を固めているチャクラを吸収したから脱出できただけなんだけど」
シシキは首だけを後ろに向ける。どうやら首の動きまでは拘束している訳ではないらしく、シシキは下手人の姿をきちんと捉えることができたようだ。
彼女の目がオレから完全に離れたことを確認して、ここに来る前の打ち合わせ通りに事を進めるべくチャクラを丁寧に練り上げる。
「なんで……なんでお前が輪廻眼を持っているんだよ!? 猿飛アスマ!」
「ククク……」
「ヨロイから譲渡された輪廻眼の瞳力程度じゃボクの動きを止めることなんてできはしない。それこそ、開眼者が自分自身で瞳術を使わないとボクの動きは止められないハズなのに」
「……ククククク」
「何、笑ってるの?」
「いや、お前が言うことがズレていてな」
「は?」
「お前の後ろに立つ人物。何を以って、猿飛アスマだと決めつけている?」
「まさか!?」
「ああ……」
アスマおじさんの顔が歪む。髭は肌の中に取り込まれるようにしてなくなっていき、体型は筋肉質な体から細くなっていく。
全ての変化が終わり、シシキの後ろに立つ男は本来の姿を彼女の眼前に晒した。
「赤銅……ヨロイ?」
「やっと理解できたかな?」
「有り得ない。ボクの眼でも見破ることができない変化の術だなんて」
「それができるから、此処にいる訳だが」
「……。一体、いつから?」
シシキが疑問を投げかけた瞬間、父の雰囲気が変わった。
人をバカにする時によくやる雰囲気だ。命の取り合いをする場面でふざける雰囲気を出さなくてもいいだろうに。どこまでも自分を曲げない男だ。
「いつから……? 面白いことを訊くね」
「は?」
「君は知っているだろう? 私の得意技は不意打ち。如何なる時でも相手の意識全てを支配し、あらゆる手で以って相手の隙を突くことができる」
「そんなことは聞いていない!」
「そうだったね。いつから入れ替わっていたかの質問だったか。ならば、こちらも訊こう」
声まで変えるという力の入れよう。シシキを怒らせるためだけによくやると心の中で嘆息する。
「一体いつから……変化の術を使っていないと錯覚していた?」
「な!?」
「そこは『なん……だと!?』っていう台詞を期待していたんだけどな」
『それに……』と言葉を続けた父さんはシシキに向かって左の中指を立てて見せる。その上、舌を出すという完全に、それはもう一分の隙もなく完璧に人を小馬鹿にした表情を彼女に見せつけた。
「初めから入れ替わってないなんて、俺、言ってねーし」
「貴ッ……様ッ!」
「さて、それは置いといて、だ。今だによく分かっていない君のために初めから説明してあげよう」
父さんはニヤリと笑う。
オレを見ることはないが、それはつまり、オレのタイミングで動けということだろう。彼らから目を離さずに更にチャクラを練り込み、印を組む。
「医療忍術の応用で俺とアスマは体を変化させた。丁度、入れ替わるようにな。外見上、俺はアスマ、そして、アスマは俺になっていた訳だ。この仕込みはもちろん初めから。お前の天之御中に入る前にもう入れ替わっていた」
「ボクの白眼は経絡系の流れをも見抜く。そして、お前の経絡系は前に戦ったヨロイの経絡系の流れじゃなかった! 入れ替わっている訳がない!」
「そう、それが難題だった。一世代前までは、な」
「一世代……前?」
「ああ、医療技術はここ10年で非常に発達している。特に、細胞変化についての技術は昔の技術が子どもの遊びに見えるほどに進化した。その技術を応用して経絡系の場所を肉体の変化で移動することもできるような医療忍術も理論上ではあるが開発されていた。実際に使うことはお前が初めてだったが」
「そんな……」
「そういう訳でお前はアスマを俺と誤認して、俺に注意をそれほど払っていなかった。とはいえ、俺もそれなりに気を使っていた。アスマの近くにいる時しか六道の術を使えないという制限があったのは、大きなハンデをお前に与えていたことになる。そのハンデを活かしきれなかったのはお前の慢心が原因」
シシキは父さんを睨みつける。
「それに、戦闘中に他の奴らにチャクラ信号を発信して、お前の神通を無効化する餓鬼道の力を付与しないといけなかったし。通信技術が発達していなかったら小型の機器、今、使っているのはピアスだが、それで外道の術を使うこともできなかっただろうし。まぁ、10年ほど来るのが早かったら俺たちに勝てたかもしれないな」
シシキの顔が屈辱に歪む。唇を噛み締めていたシシキではあったが、何かに気がついたような所作を見せた後に冷静さを取り戻した。彼女が好戦的な笑みを浮かべると同時にオレの準備も整った。両手にはアスマおじさんから借り受けたナックル型のチャクラ刀。後は走り出すだけ。
「確かに、ボクの油断で君に動きを封じられている。屈辱的だけど、それだけだ。君はボクへ攻撃を加えることはできない。違うかい?」
「ほぉ……。なぜ、そう思う?」
「もし、君が動けるのならボクを捕まえた後、間髪入れずに攻撃をしている。君はそういう人物だ。ボクに致命傷を負わせた後に、ボクをどうやって動けなくしたのかを説明するような男だ。そして、まだ君はボクに攻撃を加えていない。つまり、君はボクの動きを止めながら攻撃をすることはできないことを証明している! そして!」
シシキは父に向けていた目線をオレへと向けた。
「シンゲンにボクを攻撃させることが目的だろ?」
気付かれた。
だが、チャクラはすでに練り込んだし準備も整えた。チャクラを足に送り、底上げした脚力で水を張っている地面を蹴り、シシキへと走り始める。両手に持つアスマおじさんから預かったチャクラ刀にチャクラを送り込むと、オレの性質と合致する水で作られた刃が姿を表す。
爪先の周りにある足元の水が押し出され膨らむ。その膨らみが均される前に足を踏み出す。その繰り返しでオレとシシキの間の距離が縮まっていく。
「無駄だよ! 兎毛針!」
シシキまでの距離は約10m。オレの攻撃が届かない距離から放たれたシシキの硬質化した髪はオレの体に深く深く突き刺さり、オレの動きを完全に止める。
「……正解だ。お前を捕まえている術、天道 天地陣は術者と対象両方に動けなくなるほどの重力をかけ続ける術。今、俺はお前と同じように指一本動かせない。だから、シンゲンに攻撃を任せるしか手はない」
「それも失敗した。ボクの首から上を拘束しなかった君の慢心でね。……君の負けだ、ヨロイ」
「もう一度、言おうか。今の俺はシンゲンに攻撃を任せるしか手はない」
「まさかッ!?」
シシキは再度、オレの方に首を向ける。
目を大きく見開いたシシキ。その白い瞳に映ったのは、自分のすぐ近くにいるオレの姿。そして、後ろで倒れていきながら水に戻っていくオレの水分身だった。
「
「ッ!?」
交差させた腕を開く。
水瓶離泣はチャクラ刀に纏わせた水の性質のチャクラを高速で動かすことによって相手を切り裂く術。風の性質変化以上の切れ味となるが、その分、チャクラコントロールは緻密な操作を要求される術だ。
刃先から延長した水の刃がシシキの腰へと食い込む。だが、数cmしか刃は進まない。
致命傷に到る前にシシキは自らの腰にチャクラを集めて防御したのだろう。ならば、これからはオレとシシキとの根気比べ。
オレのチャクラが尽きて攻撃ができなくなるか、彼女のチャクラが尽きて防御できなくなるかのどちらかだ。
「クッ……」
「ぐぅう……」
体中に鋭い痛みが走る。
嘘だ。
ここにきて、杜門を開いた反動がくるなんて。オレの意志に関係なく震える両手。最後の一手。最後の一手が届かない。
オレの苦しむ様子に気が付いたのだろう。シシキは歯を見せる。
「ヨロイ、流石は君の息子だ。前に置いた水分身と同じ動きをして本体を完全に隠していたとは驚いたよ。ボクを欺くとはやってくれるね。アスマの姿をした君を見る時に輪廻眼で君を観察したことが裏目に出るとは思わなかったよ。けど、ボクの勝ちだ! シンゲンのチャクラはもうすぐ切れる。ボクの白眼は全てを見抜く!」
「……少し話は変わるが俺がシンゲンをここに連れてきた理由、分かる?」
「負け惜しみかい? 仕方ないな、もうすぐ死んでいく君たちに付き合ってあげるよ。君がシンゲンをここに連れて来た理由。それは、君の血を分けた息子だとかそういう理由かい?」
「いや、違う。俺の息子だろうが何だろうが、戦力にならなければ連れて来ない。俺がシンゲンを選んだ理由はアイツが強いからだ」
「確かに光るものはあった。けど、ボクには届かない」
「届くよ」
「は?」
「息子だとか血筋だとかは関係ない。お前の相手は……赤銅シンゲンだ」
父の言葉に喉が震える。
見ていてくれていた。
オレをオレとして、オレであることを知っていてくれていた。
里にいる時間は決して多くない父だったのに、オレを見ていてくれていたんだ。
負けたくない。
その気持ちが再び確固たるものになる。負けられない。絶対に。
「十開……」
体の中の経絡系が一斉に開く。
それと同時にオレの頭の上にチャクラで作られた青い輪が浮かび上がった。
「その術……まさか使うとはね」
「……」
余裕はない。
そのため、シシキには言葉を返すことなく、水瓶離泣の維持に努める。遅々としたものだが、確実にシシキの体に刃を進めていく。
「君と木ノ葉隠れの里で会った時に神通で君のステータスも視ている。ボクは君の使う全ての術まで理解している」
通りで冷静な訳だ。十開が相手に攻撃を与える類の術ではないと知っているからこそ、余裕を保てるのだろう。
「君が使った“十開”という術は陽遁に近い性質を持つ呪印術だ。首の後ろ、第七頸椎の真上にある皮膚に刻まれた呪印を励起させることで対象に無理矢理チャクラを練り込ませ続ける術。違うかい?」
「ああ」
「対象がどんな状態でも一定量のチャクラを正確に練り込ませ続けるから、例え、大怪我をしていても戦闘を続けることができる。けど、理解してる? 強制的にチャクラを練り込ませ続けるってことは死の危険が隣り合わせにあるってことだよ」
「ああ」
シシキは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「死ぬのが解っているなら、さっさと死ね! ダラダラとボクの動きを止めているのがどれだけ罪深いことなのか分かっているのか!?」
「アンタが……どれだけ強くて……上等な種族だろうが関係ない。オレは……オレは……」
脳裏に浮かぶのは木ノ葉隠れの里の皆の顔だ。母さん、アスマおじさん、紅おばさん、イタチ先生や同じ班で任務をした班員に同期たち。それに、七代目様に上役のシカマルさん、部署を移動してしまったがオレに色々なことを教えてくれた先輩であるウドンさんにモエギさん。その他にも様々な人の笑顔と平和な木ノ葉隠れの里の様子が思い起こされた。
アカデミーからの帰り道の夕焼け空。時間を忘れて一人で修行をしていた時のことだった。いつもなら帰っているハズの時間にも関わらず、帰ってこないオレを探していたのだろう。父さんがアカデミーにオレを迎えに来ていた。
以前にも、同じ理由で帰るのが遅くなって母さんに怒られたことがあるオレは母さんと同じように父さんも同じように怒るのだと思って身を竦めていたと思う。しかし、父さんはオレの頭を優しく撫でた後に『よく頑張ったな。帰るぞ』と言ってオレの手を引いてくれた。
夕日に照らされた父の横顔は少し誇らしげだったことを思い出した。
そして、ミライ先輩。
オレの大切な、大切な人だ。あれは俺が下忍になってすぐのことだったと思う。
『シカマル先生とさ、将棋を打っていたんだけど、その時に将棋の駒の“玉”って木ノ葉に例えたら何になるかって質問されたんだ。それで私は“子どもたち”ってなぜか答えてしまったんだよね。普通に考えれば火影様なのに、なんで子どもたちって答えちゃったんだろう。というか、こういう直感で答えたらダメだって何度も言い聞かせてるのに、ついやっちゃうんだよね。あ! 笑わないでよ、シンゲン』
多分、この言葉をミライ先輩から聞いた時、オレはミライ先輩のことが好きになったのだと思う。現実的に考えれば、将棋の玉を木ノ葉の里に例えると間違いなく火影様だ。要である火影を失えば木ノ葉隠れの里は壊滅的なダメージを受けたも同然だ。だが、火影様の遺志を継ぎ壊滅した里を復興すると仮定するならば、ミライ先輩の言う通り里の未来を担う子どもたちが玉に当たるのだろう。
理論的に考えれば、そうなる。しかし、ミライ先輩は直感でこの答えを導き出した。それはきっとミライ先輩にとって大切な者は同じ世界に住む子どもたち。
ミライ先輩の自然な優しさが惹かれた理由だと思う。尊敬、そして、親愛の両方でオレはミライ先輩にどうしようもなく惹きつけられたのだろう。
好きな人の大切な者を守りたい。だからこそ……。
「“未来”を守る!」