「お前たちに未来なんてない! ここでボクらが全てを摘み取る!」
「そんなこと絶対にさせない!」
限界なんて通り過ぎている。
通常なら、体の防衛本能によりチャクラを練ることを止めさせるために気を失う所だ。だが、十開で強制的にチャクラを練らせていると同時に、体の防衛本能を誤認させているから気を失うこともできない。
文字通り死ぬまで攻撃を続けることができる。
白眼を収めたシシキの様子から察すると彼女も余裕はないようだ。ならば、後はオレと彼女のどちらが先に音を上げるかの持久戦。
「くぅうう……」
「ぐぅうう……」
汗がコメカミを伝って顎へと流れる。全身の力を振り絞って振り絞って振り絞って、それでも届かない。あと少しなんだ。
「もう諦めろよ! 粘っても時間稼ぎにしかならないって分かっているだろ!」
シシキの怒鳴る声が遠くに聞こえる。
遠のく意識を何とか繋いでいる状態だ。シシキとの戦いでの傷、そして、体内門を開いた後の反動。身体エネルギーはもうない。一分も持たないだろう。
がくんと視界が揺れた。
体中から力が抜けていく。首を上げることができなくなるほどに身体エネルギーを使ってしまっていたらしい。
心は負けていない。だが、体がついてこない。
悔しさで滲む視界の中、足元に薄く広がった水は鏡のように天上の月を映している様子を目にした。
水面に映された月、それの中で影が踊る。
顔を上げてシシキと目線を合わせ、正面から彼女を見てオレは唇を動かした。
「オレの……オレたちの“未来”は奪わせない」
オレの背後に影が降りた。跳ねる水音。太陽を想起させる柔らかな香り。そして、暖かく優しい温もり。誰かと問う必要もない。答えは水鏡に映った姿を一目見た瞬間から分かっていた。
後ろから腕が回され、両手に手が置かれる。
「よく頑張ったね。……勝つよ!」
「……ハイッ!」
『ミライ先輩』と続けようとしたのだが、唇が震えて言葉にできそうにない。代わりに唇を噛みしめて、ミライ先輩から送られたチャクラをアスマおじさんから贈られたチャクラ刀に流し込む。
「猿飛ミライッ!? どうやって!?」
驚くシシキ。その答えとなる人物へと父さんが声を掛ける。
「遅ぇーぞ、アンコ」
「悪かったわね」
「もう一人……居たのか。ボクとお前たちが戦闘している間、身を隠しながらミライを探していた。これも君の仕込みか、赤銅ヨロイ!」
「仕込みというほどのものじゃない。ただ単に、フォーマンセルで戦っていたらお前が勝手にそれ以上の人数がいないと思い込んだだけのことだろう?」
父さんの言葉で激高したシシキは血管を顔に浮き上がらせながら叫ぶ。
「この卑怯者! 許さない、許さない、許さない! お前だけは絶対に許さない! 呪ってやる!」
「許さなくて結構。呪ってくれてもいい。だが、俺を呪ってやるって言いながら死んでいった奴を何人も見てきた。そんな奴らの呪いは全く効いちゃいない。そもそも、自分が死ぬ程度の恨みで呪えるなんて甘え考えだよ」
「下等種族とボクが同じ価値だとでも言いたいのか!?」
「関係ない。どちらも、いや、どんなものも本質的には無価値だ。価値ってのは認めてくれる奴がいて初めて生じるもの。その認めてくれるものを順々に無くしていけば、価値なんてなくなる。俺もお前も本質的には価値はないんだよ」
『ただ……』と言葉を続ける父の表情は柔らかだった。
「その無価値な俺に対して価値を見出してくれる人がいるから俺は天寿を全うする前に死ぬわけにはいかない。呪われたとしても呪いを弾き返してやるよ」
顔を顰めたシシキはヨロイからオレへと顔を向ける。
「シンゲン。君は知っているのかい? ヨロイは転生者だ。奴には前世の記憶がある。奴は普通の人間じゃない。生物として間違った生き物だ。そんな奴を信じられるというのかい?」
「オレが父さんのことを嫌いになったのは、父さんが行った卑劣なことを文書で見たから。だから今度は、書類や誰かから聞いたことじゃなく自分で見たことから判断したいと思う」
思い返すのは少し前の自分のこと。シシキたちが里に攻めてくる前に抱いていたことを口にする。
「赤銅ヨロイはくだらないイタズラが好きで人に迷惑を掛ける。自分の思い通りにならなかった時は拗ねて不貞寝をする。丑の日には自分の好物のウナギを食べるために全ての予定をすっぽかして一人だけで遠出する。とてもじゃないけど、人として立派とは言えない奴だ」
「うっわ、自分の親をボロクソに言うとか引くわー」
「ついでに言うと、こんな風に人の言葉を遮っておちょくるような人間だ。けど……」
シシキたちが里の攻めてきた後に抱いたことを口にする。
「赤銅ヨロイはオレのことを見ていて理解してくれていた……父親だ!」
グッとチャクラを込めたチャクラ刀が遂にシシキのチャクラを打ち破った。交差した腕が完全に開くと共に決着はついた。
「あ……ああぁ……」
腰から泣き別れになるシシキ。地面へと墜ちたシシキは自分の身に何が起こったのか理解できていないような呆けた表情をしていた。
終わった。
ゆっくりと辺りを見渡す。チャクラが切れて倒れた父さん。それを支える母さん。シシキの兎毛針で点穴を突かれた影響でチャクラを練ることはできなくなっているものの命に別状はないらしく、父さんたちの横に並ぶアスマおじさんと紅おばさん。そして……。
「シンゲン。ありがとう」
オレの前に回り込み、笑顔を見せるミライ先輩。これで終わったんだとオレも笑顔を見せる。
「終わらないよ」
自分の表情が凍り付くのが分かった。
声がした方に顔を向けると、そこには何もなかった。シシキの上半身があるハズの場所に、何もなかった。
「チッ。逃げられた、いや、あっちに跳んだか」
いつの間に来たのだろうか。
父が隣にいた。シシキの下半身の近くに落ちていた小瓶を摘まみ上げる。そこには赤い小さな丸薬が入っていた。
「丹、か。悩む時間はなさそうだ。シンゲン!」
父さんは小瓶から取り出した丸薬をオレに放る。丹と呼んだ丸薬を飲み込みながら父さんは輪廻眼を発動させる。
「喰え。すぐにサスケたちと合流するぞ」
+++
「サスケ、悪い。シシキに致命傷を負わせたが逃げられた。こっちに跳んできてないか?」
「ああ。あそこだ」
オレたちが別の亜空間、モモシキが天之御中で創り出した空間の中に入ると衝撃的な光景があった。上半身だけのシシキをモモシキが抱えている光景だ。
「シシキ」
「モモシキ、ボクを……」
「もう何も言うな」
牛のような角を持つ男、モモシキの腕の中にシシキはいた。下半身を失って尚、モモシキの元に辿り着く
モモシキが抱き締めたシシキの体が干からび朽ちていく。
「お前……仲間を」
「外道が……」
立ち上がる七代目様とサスケさん。その前に立ち塞がるように仁王立ちをしているモモシキ。彼は何も言わずに両の掌に残された二つの丹を喰らう。大柄な男、キンシキと呼ばれていた男の姿がないことから、おそらく、シシキと同じようにキンシキも丹へと変化させられたのだろう。
そして、今、モモシキが口に入れたのはキンシキとシシキ、二人の置き土産である
「力の伝達。それが我が一族の掟だ」
モモシキの体が黒に染まっていく。それと同時に体がより強靭なものへと変化していく。
彼の気持ちは分からないこともない。
シシキ、そして、彼らの付き人であったキンシキは彼にとって大切な存在だったのだろう。だからこそ、自分から離したくない。それで、死に瀕した彼らを丹に変えて自分の中に取り込んだ。
「元より、この星は我ら大筒木の苗床! さあ、全てのチャクラを喰らい尽くす時が来た!」
自らにとって大切な者を喰らう。その業は彼を鬼へと変貌させるには十二分の悲哀があった。
「マズイ。モモシキの奴、チャクラを吸収している」
「ヨロイの兄ちゃん、どういうことだってばよ?」
「地球にあるチャクラを食い潰すつもりだ。この空間に裂け目を作って、そこからチャクラを吸い取ってやがる」
父さんの話を聞いた七代目様とサスケさんが視線を交差させる。やる気だ。
「アアアァアアアアアアア!」
二人が同時に足を踏み出そうとした瞬間、咆哮が響いた。音圧が物理的な力を持って辺りに木霊する。叫びが収まった後、モモシキは両目を開く。静かな怒りを輪廻眼の目線に乗せたモモシキはそれまでの彼とは違っていた。両目、両手、そして、額の計5つの輪廻眼がオレたちを見つめる。
「……昔のオレを見ているようだな」
「全くだ。いっちょ、教えてやろうぜ……サスケ」
「ああ」
七代目様はその体にオレンジのチャクラを纏い、サスケさんはその眼を赤と紫に色を変える。並び立った伝説の忍二人。
そこからは刹那の間だった。
目が追い付かない。体術の攻防をしていることは辛うじて分かったものの速過ぎる。
気づいた時には、七代目様は岩に閉じ込められ、サスケさんが空中に吹き飛ばされて溶岩で追撃されていた。
と、岩が割れ、正確には水影様と風影様が割り、中から九尾へと尾獣化した七代目様が飛び出して地面へと落下していくサスケさんを受け止める。
「ウォオオオオ!」
哀しみの咆哮が響いた。それは先のモモシキの叫びと同質の感情を乗せ響き渡る。
だが、モモシキはそれに心を動かされることなく九尾の体へと犬の形をした木を差し向け、鳥の形をした火炎を飛ばし、大猿の形をした溶岩を創り出す。
大猿と対峙する九尾もその体に紫色の須佐能乎を身に纏い、鎧武者を思わせる恰好となる。サスケさんも無事だったようだ。
そこからの勝負は一瞬。
大猿の拳に合わせて九尾が手に持つ須佐能乎の刀を一閃することで大猿を切り裂いた。
「すっげぇ……」
崩れていく大猿とチャクラでできた体を解いていく九尾を見ながら呟くボルトの言葉はその場にいた全員の気持ちを代弁していた。
「いたぞ! あれが中忍試験を襲撃した化け物だ!」
突如、場違いな声が響く。
「この科学忍具の力をちゃんとカメラに収めろよ! これは絶好のアピールチャンスだ!」
「はい!」
カタスケさんとその部下だ。
そして、カタスケさんは自らの発明品である様々な術を放出できる小手をモモシキへと向けていた。
思い起こされるのは、モモシキと初めて会った時のこと。奴は、オレの水瓶離泣を右手の輪廻眼の瞳術で吸収した後、吸収したオレの術でオレの愛刀を切り裂いた時のことが思い起こされる。
「喰らえ! さっきの恨みと一緒にな!」
「止めろ!」
オレの声は届くことはなかった。
カタスケさんの小手から放たれた様々な術は全てモモシキの右手に吸い込まれていく。
「やってくれたねェ……余計なことを」
「雷影様、カタスケとか何で連れて来たんスか? アイツ、空気が読めないことで有名な奴ですよ」
「勝手について来られたんですよ。それにしても、だるいことになっちまったような気が……」
「気のせいじゃなくて……ハァ……カタスケのヤロー、里に無事に帰れたらイビキに頼んで拷問受けさせてやる」
ほんの少しだけカタスケさんに同情する。しかし、これはどのような罰でも償い切れないほどの大ポカだ。
「礼を言うぞ、愚か者ども!」
降り注ぐのは赤い雨。火や溶岩が豪雨のようにオレたちへと落ちてくる。
「フンッ!」
風影様が砂の盾を展開して炎の嵐を防ぐ。
「ッ!? これは?」
体が動かない。
動きが制限されていない目を動かして状況を確認する。妙に地面が黒くなっている。
影縛りの術だ。
あの時か。
シカマルさんがキンシキを影縛りの術で動けなくした時に、モモシキが術を吸収することで影縛りの術を無効化していた。
と、目の端に眩しく光が輝いているのが確認できた。
影縛りで動き辛い体を無理矢理動かして光源を確認する。そこには青白い雷光を左手に携えたモモシキの姿があった。