あれから、数日が経った。
伝統ある中忍試験会場。
今は崩れて無くなってしまったため、今は急ピッチで新しい会場が建設されている。七代目様の代理として現場監督の方から話を聞くのは木ノ葉の里の相談役であるシカマルさんだ。彼の護衛としてオレとミライ先輩は新中忍試験会場の工事現場へと足を運んでいた。
日々、着々と新たな中忍試験会場はできあがっていく。
「すいませんね。いきなり呼び戻して」
シカマルさんが一人の男性へと声を掛ける。
「いや、気にしないでくれ。木ノ葉の里の危機にいなかったからには復興の手伝いをしたいしね。それにしても、シカマルくん。大蛇丸の見張りは本当にもう必要ないのかい?」
「ええ、七代目がそう決めました。15年間、何もしなかった大蛇丸です。心を入れ替えたと判断したんでしょう」
「しかし……」
「他人を信じることを第一としているのが七代目です。それに、今回の件で考え直したんでしょうね。ヤマト先生には里にいて貰いたいってのが七代目の意向でもあります」
「止してくれ。相談役に先生なんて呼ばれたくないよ。おっと、話はここまでにして作業を進めようか」
「お願いします」
シカマルさんと話していた男性は自らの手を地面に当てる。
「木遁 連柱家の術」
話には聞いていた。
六代目火影様の相談役だったカカシさんの後輩で、一時期、七代目様の班で小隊長として手腕を振るった木遁忍術の使い手、ヤマトさんだ。
彼が木遁を使うと、一瞬で木製の家ができた。中忍試験会場を建設する作業員たちの仮の住居だ。
と、ミライ先輩がシカマルさんに声を掛ける。
「シカマル先生、時間です」
「もうか。仕方ねーな、戻るか。それじゃ、失礼します、ヤマト先生」
一度、頭を下げたシカマルさん。シカマルさんに続いてオレたちも足を動かす。目的地は定位置である火影執務室だ。
+++
火影執務室で書類を纏めていく。
「ハァ……こりゃ、家に帰れねーな。めんどくせー」
「そんな! シカマル先生にシカダイの口癖がうつってる!」
「……手ェ止めんな、ミライ」
「あ、すいません」
何も言葉を発しない上に自ら動くこともないのに存在感を醸し出す紙の束。モモシキたちに破壊された建物や中忍試験再開についての報告書。それらをげんなりとした様子で処理していくのはシカマルさんだ。彼のサポートとして、オレとミライ先輩も自らの権限で判断が可能な書類に判を押していく。
その中の一枚を取り上げながら、シカマルさんは七代目様へと話し掛けた。
「カタスケの処分もようやく決まったしよ。ま、降格と懲罰。妥当な所に落とし込んだな」
「申し訳ございません!」
「シンゲン、お前のせいじゃない。というより、ヨロイさんの要求もオレからしたら納得できるしな」
「でもよ、ヨロイの兄ちゃんの要求通りにしたらカタスケが可哀そう過ぎるってばよ。『里を逆立ちで500周、しかも一日以内にできなければ、次の日に一週目からやり直し』って。ゲジマユや若い時のガイ先生じゃねーんだからできねーよ」
「イビキさんに任せるよりは随分と甘いけどな」
『まぁ……分かるってばよ』と言って、大きく伸びをした七代目様の手がテレビのリモコンに当たる。
「おっと!」
体をすばやく動かしてリモコンをキャッチした七代目様。その時に指が当たったのだろう。テレビの画面が昼のニュースを映し出す。
『……つまり、ちゃんと教わっていくことだってばさ』
『すると、下忍でありながら五影と共に忍の世界の危機を救う一因となった理由はそこにあったと?』
テレビの中のボルトはアナウンサーの質問に大きく頷く。
『忍にとって最も大切なものは何だと思いますか?』
『チームワークと根性!』
『ほう! 素晴らしい』
『って父ちゃんが言ってたけど』
「そこは父ちゃんじゃなくて火影様か七代目だ! 全く分かって……」
ぼやいた七代目様だったが、画面の中のボルトが自分の頭を示したと同時に口を閉ざす。
『ここだけじゃなくて……体に分からせてなんぼのもんだって』
『なるほど。では、最後に中忍試験再開の意気込みを!』
『今度こそやってやるってばさ!』
宣言したボルトの姿は煙に変わる。インタビューは影分身を使っていたようだ。
テレビの中のご子息の様子をじっと見つめていた七代目様の視線は優しかった。
+++
「んんっ! 疲れたね」
「そうですね」
就業時間が終わり、夕暮れの木ノ葉の里を歩きながらミライ先輩は両手を天に向かって掲げて体の筋肉をほぐす。
視察があったとは言っても、業務のほぼ全てがデスクワークだ。六代目様が火影の時は執務室員の見習いだったからか外に出ることが多かった。特に、カカシさんに揶揄われた六代目様を探して里を駆け回ったことが。
だから、アグレッシブなミライ先輩とオレはデスクワークに慣れていない。オレたちだけじゃなくて、七代目様もデスクワークは苦手だと言っていた。だが、里の人たちの生活を守るためだと言って机から離れない七代目様を心底、尊敬する。
しかし、段々と目途がついてきた。
この忙しい日々が過ぎたら、執務室の負担を減らすために電子報告書の導入を検討してみよう。紙束はそれなりに重量があるし、紙で七代目様が指を切った場面もあった上にエコが叫ばれているこのご時世。資源の無駄遣いは抑えなくてはならない。
節約や節制を声高に叫ばれているが、今日ぐらいは贅沢をしてもいいだろう。明日からまた頑張るために。
「ミライ先輩。夜に食事に行きませんか?」
「んー、今日は遠慮する」
「そう……ですか」
「ごめんね。また今度、誘って」
「ええ、今度はもう少し早く誘います」
「ありがと」
何か含んだような笑みをミライ先輩は浮かべる。このような時、ミライ先輩はサプライズを企んでいる。以前、オレの誕生日パーティーをしてくれた時と同じ感覚だ。しかし、今回は何も思い至らない。オレもミライ先輩も誕生日じゃないし、家族も違う。その上、何かの記念日でもない。全く心当たりがない。
その後、いつものように家路に向かう途中の分かれ道にさしかかった。
「シンゲン、また明日!」
「ええ、また明日」
大きくミライ先輩は手を振った。
ミライ先輩の様子から何かしらあるのは間違いない。隠し事が苦手なミライ先輩だ。尋ねたら、というより、上手く聞き出したら情報を簡単に引き出せるのだが、彼女を騙して情報を聞き出すことは倫理的にしたくないことだ。
手を振ってミライ先輩を見送り、家へと足を向ける。
と、向かう先に影が差した。
「シンゲン。少しいいか?」
「何?」
「俺のことについて、だ」
ミライ先輩の様子がいつもと違った原因はこれなんだろうなと気が付く。
影の正体は父さんだった。
+++
父さんに連れられてきたのは人気のない公園だ。子どもはもう帰っている時間で、さらに、この感覚は人避けの結界まで張っている。随分な念の入れようだ。
夕焼けに染まる公園の中、オレと父さんは静かに向かい合っていた。
「何から話すべきか……」
驚いたことに父さんは今まで見せたことがない真剣な表情を浮かべていた。いつもの薄笑い以外にもこんな表情ができるのだなと妙な所に気を取られた。
「シシキが言っていたことを聞いていただろ?」
大きく溜息をついた父さんはややあって、口から言葉を絞り出す。
「……俺が転生者だということを。あの場にいた他の連中もシシキの言葉を聞いていたが上手く誤魔化した。だが、勘のいいお前のことだ。俺の嘘を見破ることができると考えたからこそ、お前には本当のことを言おうと思う。俺には……」
父さんはそこで口を噤んだ。どこから話せばいいものか悩んでいる様子だ。
「父さん、オレは聞かないよ」
口を開きかけた父さんは動きを止める。オレは少し笑みを浮かべた。
「父さんがどんな人かはオレ自身の目で確かめたい。どんなものが好きで、どんなものが嫌いで、どんなものに心を打たれるのか。他人から聞いたことや資料から見たことだけじゃなくて、父さんから聞いたことも父さんのことを知る手掛かりにはなる。けど、それは誰かのフィルター越しに父さんを見ることだと思うんだ」
一旦、言葉を切り、オレは父さんの目を見つめた。
「だから、オレはオレの目で父さんを見て理解したい。だから、父さんの昔のことは話し難かったなら話さなくてもいい」
驚いた。
そう父さんの顔は語っていた。その後、何か納得したように頷いた父さんは少し寂しそうな声を出した。
「でっかくなりやがって」
どこか遠くを見つめている、そんな感じで父さんはオレを見る。
「ありがとな、シンゲン」
「どういたしまして」
父さんはいつものように少し笑ったような表情になって踵を返した。
「んじゃ、帰ろうか。アンコが今日の晩飯は鍋って言ってたし、早く帰っても問題はねーだろ」
「うん、帰ろう」
夕暮れの中、父さんはオレの先を歩く。オレンジ色の光の中、父さんの背中を見つめた。
父さんの背中は子どもの時に見た時よりも小さく感じた。
それはきっと、オレが成長した証なのだろう。
小走りで父さんの隣に並んでオレたちは帰り道を歩き出す。
父さんのようになりたいとは思わないと思っていた。そして、今もそれは変わらない。けど、今までとはそう考える経緯が違う。父さんを疎ましく思っていた前の自分から、忍として、人として、親として父さんを超えていきたいと思うようになった。
オレに子どもができた時、オレはその子に何が与えられるだろう?
その答えは見つからないけど、一つだけその子に教えておきたいことがある。君のおじいちゃんは凄い人だったと。