若い男が作り出した力の塊から放たれたエネルギーが雷のように地面を破壊する。
その中で動ける者は一人を除いて誰もいなかった。七代目様によく似た風貌の少年が走っている姿が視界に入る。
「サラダ!」
「ボルト!」
「影分身の術!」
駆け付けたのはボルトだった。サラダを守るために危険を承知で、ここまで来たのだろう。
――絶対に守り抜かなければならない。
ミライ先輩も同じ気持ちだったようで、目を合わせたら頷いてくれた。同時に印を組み上げる。
『結界門五封術・八門閉城略式!』
「無意味だな!」
風水に乗っ取った結界術で、その防御力はうちは火炎陣と同等レベルの忍術を前準備なしで行うことができる結界門五封術・八門閉城略式。これは、結界門五封術・八門閉城をダウンスケールさせ、範囲を非常に狭めた代わりに防御性能はほぼ同じで即時発動ができる結界忍術だ。今、オレとミライ先輩が使うことのできる最高レベルの防御術。
二重に重なった結界門五封術・八門閉城略式は若い男が放った鳥の形の火遁の攻撃を防ぐ。
「クッ!」
「ウッ!」
しかし、一撃で二重の結界は壊れた。赤と黄色の炎が目の前を踊り、まるで地獄のような様相を見せる。
「狐だけではない。シシキ、奴らは我の攻撃を防いだぞ。」
「モモシキに手加減させたから未来が変わったんだね。ごめん、ボクのミスだ」
「いや、ここは奴らを褒めてやる所だ。貴様ら、名前は何と申す? 貴様らの口から聞いてやるという名誉を賜らせてやろう」
楽し気にオレたちの名前を聞いて来る若い男。
「赤銅シンゲン」
「猿飛ミライ」
「シンゲンにミライか。そうだな。我の攻撃を防いだ褒美として、まずは我の名を教えてやろう。我は大筒木モモシキ」
「ついでに、ボクも名乗ろうか。……大筒木シシキ。モモシキの許嫁」
「大筒木キンシキ。モモシキ様の親役だ」
と、モモシキと名乗った若い男の唇が歪んだ。
「褒美の続きだ。受け取れ。」
モモシキの右手から放たれたのは、水の龍、巨大な柱の雷撃。
オレとミライ先輩は結界門五封術・八門閉城略式を再び発動させるが、それは呆気なく破られた。
「ほら!」
次の攻撃は防げない。印が間に合わない。
目の前を覆いつくすほどの大きさの土の塊が迫ってきていた。
「オレの仲間は絶対に殺させやしねェ」
目の前が黄色に包まれる。
その中から周りを見渡すと、崩れかけた会場の所々に同じ色のチャクラ体があった。そのチャクラ体の中には、会場から逃げ遅れた人の姿と七代目様の姿が目に入った。
いつの間に影分身を作っていたのだろうか? 全く気付かなかった。
「あはははははは!」
笑いながら次々と高威力の術を繰り出してくるモモシキ。
「ナルト!」
「すまねェ、サスケ」
「オリジナルのお前がやられてしまえば、ここは終わりだ」
九尾の形を取った黄色のチャクラに紫色のチャクラが上乗せされる。それを見たモモシキの顔は愉しみを見つけたように笑顔を形作った。
「これは強そうだ。本気を出さねばな」
今まで宙に浮いていた黒いチャクラの塊が動き出す。その塊が目指している場所は……ここだ。
「サスケ……皆を頼む」
「……分かった」
七代目様とサスケさんは短く言葉を交わす。それは、具体的な指示は何も入っていない言葉だった。しかし、伝説の二人の忍にとっては言葉は必要ないようだ。オレたちの前に出た。
「パパ!」
「おっちゃん!」
紫色のチャクラがオレたちを包む。万華鏡写輪眼の瞳術、
防御に掛けては結界門五封術・八門閉城と同等、そして、術者を中心に動くことができ、攻撃の手段も備えている須佐能乎が七代目様ではなく、オレたちを守るようにしているということは……。
「やるぞ、
「ハッ! バカ言え! ありったけで行くぞ!」
「応ッ!」
九喇嘛というのは七代目様に封印された尾獣、九尾のこと。彼が七代目様と同調することで、膨大なチャクラが噴き出して、七代目様の姿を黄色のチャクラで覆い隠していく。そして、そのチャクラが九喇嘛の元の姿である巨大な狐へと変わっていく。
このことは、七代目様がオレたちを守るために最前線に出るということを決意した顕れなのだろう。
地面から離れ、チャクラで作られた九喇嘛の頭の中にいる七代目様が落ちてきたチャクラの塊を防ぐべく手を伸ばす。
護衛として選ばれながら、オレは何もできず、子どものように七代目様に守って貰うだけ。
黒いチャクラの塊が爆発して発した閃光に目を焼かれながら、オレは拳を握り締めた。いや、拳を握り締めることしかできなかった。
「父ちゃん!」
隣で七代目様のことを呼ぶボルトに何もできない自分が歯がゆかった。
耳を
「狐は回収した。後はシンゲンだな」
終わったと思っていた。
けど、実際は終わることなんて有り得ない。こちらは敵の攻撃を防ぐだけで精一杯。相手は余力を残している状態だ。それなのに、気を緩めるなんて。
土煙の向こう側には三人の人影。
試験会場が跡形もなく無くなった跡地に立つ鬼たちは傷一つなく健在していた。キンシキと名乗った大男の肩には気を失った七代目様が担がれている。その姿を見て、オレは決めた。
「サスケさん、出してください。奴らの狙いはオレです。オレさえ捕まれば奴らは攻撃してこないと考えられます」
「シンゲン!? ダメだよ!」
「ミライ先輩。オレの後ろには、ボルトもサラダもいます。二人を危険に晒すことはできないし、何より……」
大好きな人を見つめる。
「……ミライ先輩に傷ついて欲しくない」
「それは……私も同じ! シンゲンが犠牲になって欲しくない!」
「ごめんなさい。今できることは、これしかありません。サスケさん、出してください」
「ダメだ。オレはナルトからお前たちを守るように言われた」
「サスケさん!?」
「それに、ボルトやサラダがいる。須佐能乎はモモシキに吸収される訳にはいかないから維持はあまりできない。その時に、お前たちが二人を守れ」
「しかし、オレが狙われるのは確実です」
「お前たちはボルトとサラダを守る。オレはお前たちを守る。それでいいだろう?」
と、サスケさんが舌打ちをした。
「ウスラトンカチの嫁はウスラトンカチか。行け、ミライ、シンゲン!」
須佐能乎を解いて、サスケさんは猛烈な勢いで駆け出す。
サスケさんの指示に従うべきかどうか迷ったが、ミライ先輩がサラダを抱えるのを見て、オレも気を失っていたボルトを抱えてサスケさんとは逆方向へと駆け出す。
「離して! 七代目様が! パパが!」
気丈にもサラダはミライ先輩の腕から逃れようとするが、上忍でも勝ちの目が見えない相手に下忍を出す訳にはいかない。そのことを分かっているミライ先輩は、サラダに謝りながら走る。後ろからの音が届かないように全速力で遠ざかりたかったが、そうは問屋が卸さなかった。
「君は逃げられないよ。未来はそう決まっているんだ」
目の前に降り立ったのはシシキと名乗る少女だった。二の足を踏むオレにミライ先輩は笑いかける。
「シンゲン、パス!」
「キャッ!」
サラダを放り投げてオレに渡したミライ先輩は瞬身の術でシシキとの距離を一気に詰めて印を組む。
「君でもいいか」
「飛雷神の術!」
シシキに手を当て、ミライ先輩とシシキの姿が掻き消える。残されたのは、オレと、オレが両脇に抱える子どもたち。
ミライ先輩の最後の言葉が頭の中で反芻している。『シンゲン、パス!』って残す言葉は、それじゃなくって、もっと……もっと他にあるでしょう?
『シンゲン、パス!』って、オレへの言葉じゃなかった。
オレは任されたんだ。七代目様からサスケさん、そして、今さっきはミライ先輩に、ボルトとサラダを守るように託されたんだ。
オレは再び走り始める。行先は避難所である病院。ミライ先輩やサスケさん、そして、チャクラを感じたが、七代目様の奥方は鬼たちと戦っている。駆け付けるのは、子どもたちを安全な場所に託してからだ。
力のなさに、情けなさに震える足に力を入れてオレは走り出す。後ろの轟音に背を向けて。
+++
オレが戦場から逃げ出した後、鬼たちは姿を消したらしい。
ボルトとサラダを病院に預けて試験会場があった場所へと戻ると、そこで各里の長の“影”たちと話していたシカマルさんからそう聞いた。
そして、最悪なことに七代目様を助けようとキンシキに挑んだ奥方様は返り討ちに合い、重傷。サスケさんが助けに入らなければ死は免れなかったであろう状況だ。
サスケさんも無傷ではいられなかったらしく、奥様であるサクラさんから治療を受けながら影たちの話を聞いている。
そこにいる全ての人の表情は重い。
救世主であるうずまきナルトの存在は大きかった。仲間を、人を信じることを説き、自らがそう行動し続けた偉人は各里にも大きな影響力を持っている。持ち前の明るさと人を引き付ける行動によって、影の就任時期自体は短いものの影の中心的な人物となっている七代目様がいなくなることは世界情勢にも直結していることだと言える。
それに比べて、ミライ先輩のことは些事だと捨て置かれるのも仕方ない。
唇から血が流れているのに気がついて始めて、オレは唇を噛みしめていたことに気がついた。
「シンゲン」
「ハッ」
「木ノ葉の方針はオレ、奈良シカマルが臨時で指揮を執る。そう上役の連中に伝えてくれ。それが、終わったら休め。……あと、早まった行動はするなよ」
「ハッ」
シカマルさんの指示に従い、その場から瞬身の術で姿を消す。
七代目様がキンシキに担がれて姿を消す前にシシキは彼らに合流して、ミライ先輩をキンシキに運ぶように言っていたとシカマルさんはオレが駆け付けた時に説明してくれた。
つまり、ミライ先輩は七代目様と一緒に連れ去られたということだ。そして、オレは何もできない無力な人間。
オレにできることは情報を伝達することぐらいだった。上役である日向ネジさんや火影付き人であるウドンさんやモエギさんに情報を伝えて、手が空いたオレは何をするでもなく試験会場があった場所に来ていた。
そこは何もない更地。立派な試験会場は見る影もない。ただ地面が露出しているクレーターしか残っていなかった。
それを理解した瞬間、糸が切れたようにオレは地面に膝をつく。
どうしようもない無力感、そして、どこにぶつけるべきなのか分からない怒り。その感情を乗せたままオレは地面を殴りつける。何度も何度も何度も。
自分はどうするべきなのか? どうしたいのか分からない。オレではミライ先輩を助け出すことなんて出来はしないし、七代目様やサスケさんにとってオレはお荷物に過ぎない。
何の力にもなれず、何の力もない。再び、地面を殴りつける。
「世界中の絶望を背負った悲劇のヒーローのようだな」
「……」
「尊敬する火影は守れず、恋人は連れ去られて安否不明」
項垂れていたオレの前から、最も会いたくない者の声が聞こえてきた。
「そして、お前は泣き顔で地面を殴ることしかできない」
「黙れ」
「地面に這い蹲るだけしか能のない負け犬、いや、吠えることができるから負け犬の方がマシか」
「奴らが着た時に、里にいなかった癖にオレに説教するな!」
「怒鳴るなよ、怖いじゃねェか」
いつもいつもいつも、そうやって……。
「まあ、怒鳴る元気がありゃ十分だ。で、シンゲン。お前はどうしたい?」
「アンタを殺してやりたい」
「却下。その怒りは俺じゃなくて、モモシキたちに向けな。選択肢があるのに、それを潰すような行動、俺を殺すなんてことはバカのすることだ」
「何が言いたい?」
「お前の選択肢は二つ。ここで這い蹲って泣き喚くだけの傍観者になるか、それとも、奴らを倒してナルトとミライを助ける英雄になるか、どっちがいい? ただし、後者を選べば、身の安全は保障できない」
「でも、消えた奴らを追うなんてこと……」
「できる!」
伏せていた目を上げた。
「前に言わなかったか? お前が泣く時は駆け付けるって。この世の中で一番、お前の力になれるのは俺だって」
「……忘れたよ、そんなこと」
どれだけ昔のことを言っているんだよ。
「んじゃ、今、言った。OK?」
このクソオヤジ。
その言葉は喉が震えて言葉にならなかったが、オレのこれから取る行動は示せた。差し出されていた父さんの手を握った時に感じたのは懐かしさと温かさだった。