一章に要素を詰め込みすぎた気がしたので、急遽新しい章を作り、構成を変更しました。内容は変えていませんが、ややこしく感じたら申し訳ありません。
黒髪をきっちりしたシニョンにした厳格な顔つきの、背が高く、四角い眼鏡をかけた女性に連れられて、生徒たちは広い玄関ホールを横切り、脇の空き部屋に入る。狭いため、部屋はすし詰め状態だった。
慣れないローブに足元を取られ、裾を踏んでしまい、レベッカは前のめりに傾く。
――わわっ!
その時、不意に二の腕を掴まれ、引き戻された。
「ほら。ボーッとしてると、また転ぶよ」
振り向くと、汽車の中で出会った端正な顔立ちの少女がいた。
「あ、さっきの……ありがとう」
レベッカが小声で言う。
先導してきた女性――変身術を担当するホグワーツ副校長にして、グリフィンドール寮寮長、ミネルバ・マクゴナガル教授が口を開いた。
「ホグワーツ入学おめでとうございます。入学式がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組分けはとても大切な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が皆さんの家族のようなものです。教室でも寮生と一緒に勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすことになります。寮は四つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン――それぞれ輝かしい歴史があって、偉大な人物が卒業しました。ホグワーツにいる間、皆さんのよい行いは、自分の属する寮の得点になりますし、反対に規則に違反した時は寮の減点になります。学年末には、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るにしても、皆さんひとりひとりが寮にとって誇りとなるよう望みます」
大広間には無数の宙に浮かぶ蝋燭に照らされた各寮それぞれの長テーブルがあり、奧には教授陣が座る長テーブルがあった。
奥まで進むと、マクゴナガル教授が生徒たちを一列に並ばせ、その前に椅子を置き、ボロボロでつぎはぎだらけの三角帽子――組分け帽子を椅子に載せた。
組分け帽子はぴくぴく動き、つばの縁の破れ目を開いて、歌う。
歌で表現された四寮それぞれで求められる資質をまとめると、以下のような具合だった。
グリフィンドール寮は『勇敢さ』と『騎士道』。
ハッフルパフ寮は『忠実さ』と『忍耐』。
レイブンクロー寮は『賢明さ』と『知性』。
スリザリン寮は『狡猾さ』と『機知』。
一体どれが自分に当てはまるのだろう。そこまで考えて、レベッカは思い直す。
――それを帽子が考えるんだっけ……。
「名字のABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けてください」
マクゴナガル教授が長い羊皮紙の巻紙を広げて、言う。
名前が呼ばれ始める。
ふと見ると、少女の視線が教授陣のテーブルに向けられていた。
レベッカが小声で尋ねる。
「どうしたの?」
「あ、いや……何でもない」
少女も小声で返事をする。その時、マクゴナガル教授の声が飛び込んだ。
「レベッカ・バーンズ!」
「あっ、はい!」
レベッカは慌てて椅子へ向かう。腰を掛けると、帽子が被せられる。
「ハッフルパフを望むのかね?」
低い声が、帽子の中で聞こえた。
「ふむ、忠実さや忍耐強さがないわけではない。だがそこでは君の才能は活かせまい」
え、じゃあどうなるの? レベッカの不安をよそに、帽子は続ける。
「……知識欲がある。頭も悪くない。となれば……レイブンクロー!」
レイブンクロー寮のテーブルから歓声と拍手が上がる。マクゴナガル教授に促され、レベッカはテーブルに着く。
「おめでとう」
艶やかな長い黒髪の、とても可愛らしい女子生徒が声を掛ける。レベッカは緊張しつつ答える。
「あ、ありがとう」
その後も名前が呼ばれ、組分けがされていった。レベッカが座ってから大分時間が経過した。その時、マクゴナガル教授がひとりの名前を呼んだ。
「シオン・ユルスナール!」
端正な顔立ちの少女が椅子へ歩いていく。レベッカは、あ、と思った。
――そういえば名前、訊いてなかった……。
ふと、スプラウト教授の言葉が脳裏に甦る。
――今はユルスナールでしたね。
あ、そうか。レベッカは確信する。『オリバンダーの店――高級杖メーカー』で出会った男性は、今椅子に座った少女の父親だったのだ。
帽子がシオンに被せられる。これまでの組分けは多少の時間差はあったものの、短くて数秒、長くて一分程度といったところだった。ところが、一分、二分、三分近く経っても、帽子が口を開く気配はない。
ざわめきがさざ波のように広がる。
――一体いつ決まるの?
レベッカが心中で呟く。その時、黒髪の女子生徒が言った。
「もしかして、『組分け困難者』かしら?」
レベッカは、え? と小声で言って、尋ねる。
「『組分け困難者』って?」
「組分けに五分以上かかる人のことを、『組分け困難者』って呼ぶらしいの。滅多に現れないって聞いたけど」
「そうなの!? え、ちょっと待って。今何分経った?」
「もう三分は経ってると思うわ。もしかしたら四分を過ぎているかも……」
レベッカは腕時計を見る。秒針は六の文字を過ぎようとしていた。
マクゴナガル教授の方を見ると、困惑していると同時に不思議に思っているような、複雑な顔をしていた。
――もしかして先生も私と同じ気持ちなんじゃ……
その時、帽子が叫んだ。
「レイブンクロー!」
レベッカは、はっとした。周囲のレイブンクロー寮生たちが拍手をしているのを見て、すぐさまそれに倣う。
「えーと……おめで、とう?」
シオンがテーブルに着くのを見ながら、レベッカが声をかける。シオンは「どうも」と答えた。
†
新聞を咥えたフクロウが、コンコン、と窓を叩く。
「あら」
男性にも引けを取らない長身に、肉付きのいいグラマーな肢体、肩にぎりぎり届くか届かないかの長さのゆるやかにウエーブしたアッシュブロンドの髪、パールグレイの大きな眼、左眼がやや長めの前髪で隠された、瓜実の端正な顔立ちの女性が顔を上げる。
「『日刊預言者新聞』かな? いつもより少し早い気もするけど……」
ビーチェ・ユルスナールが朝食の席から立とうとする。
「あ、僕が取ってくるよ」
ラファエル・ユルスナールが言う。
「ありがとう、ラファエル」
ラファエルが窓を開けて新聞を受け取る。脚に括り付けられた袋に銅貨を五枚入れると、フクロウは空へ飛んでいった。
「えーっと……――って、ええっ!?」
新聞を広げながらテーブルへ戻ろうとしたラファエルが声を上げる。
ビーチェが尋ねる。
「どうしたの?」
「ビーチェ、ここ、見て」
ビーチェは立ち上がってラファエルに近付き、指で指された一面を見て、タイトルを読む。
「『空飛ぶフォード・アングリア、いぶかるマグル』――」
ビーチェは眼を見開く。
「ウソでしょー!? とうとうやっちゃったの?」
ふたりの脳裏には、政務機関である魔法省の一部署、マグル製品不正使用取締局に勤める、魔法社会の旧家のひとつであるウィーズリー家当主、アーサー・ウィーズリーのことが浮かんでいた。
ラファエルが記事を読む。
「『ロンドンで二人のマグルが、中古のアングリアが郵便局のタワーの上を飛んでいるのを見たと断言した――今日昼頃、ノーフォークのヘティ・ベイリス氏は、洗濯物を干している時――ピーブルズのアンガス・フリート氏は警察に通報した――全部で六、七人のマグルが――』……」
ラファエルは片手で頭を押さえる。
「ウィーズリーさんがマグル贔屓というか、マグルの人たちのことに興味津々だっていうのは知ってたけど……まさか車を飛ばしちゃうなんて……」
「私も聞いてたけど……無茶するなあ」
ビーチェはため息をついた。
†
大広間は朝食を摂る生徒たちで賑わっていた。
「おはよう」
テーブルに着いていたレベッカの背後で声がした。振り返ると、シオンが立っていた。
「あ、おはよう。……昨日は、ありがとう。その、色々教えてくれて」
「どういたしまして」
シオンが隣に座る。
その時、窓から無数のフクロウが飛び込んできた。
レベッカは思わず、わっ、と声を上げて、頭を伏せる。
「な、何……?」
「ああ、フクロウ便だよ」
シオンが答える。レベッカが驚きの声を上げる。
「えっ、フクロウ便って――フクロウが手紙とか荷物届けるの?」
「そう」
「へぇー……何と言うか、やっぱり不思議なことだらけだね、魔法社会って」
「まあ、マグル社会しか知らない人たちからすればそうだろうね」
その時、大広間に女性の怒鳴り声が響き渡った。
「――車を盗み出すなんて、退校処分になっても当たり前です! 首を洗って待ってらっしゃい。承知しませんからね! 車がなくなっているのを見て、私とお父さんがどんな思いだったか、お前はちょっとでも考えたんですか――」
レベッカは両耳を押さえる。
――一体どこから?
辺りを見渡す。その間にも怒鳴り声は続く。
「――昨夜ダンブルドアからの手紙が来て、お父さんは恥ずかしさのあまり死んでしまうのではと心配しました。こんなことをする子に育てた覚えはありません! お前もハリーも、まかり間違えば死ぬところだった――」
――もしかして、アレ?
右隣にあるグリフィンドール寮のテーブルの上に、赤い封筒が浮かんでいた。開けられた封が上下に動いている。
「――まったく愛想が尽きました! お父さんは役所で尋問を受けたのですよ! みんなお前のせいです。今度ちょっとでも規則を破ってご覧。私たちがすぐお前を家に引っ張って帰ります!」
声が締めくくられた。途端、封筒が燃え上がる。火事になる――そう思った瞬間、灰になってパラパラとテーブルに落ちた。
「……何事なの、アレ?」
レベッカが片耳を押さえながら、呆然として尋ねる。
「吠えメールだよ」
シオンがレベッカと同様、片耳を押さえながら答える。
「吠えメールって?」
「その名の通り、手紙の内容を
「へ、へぇー……」
レベッカは改めて思う。
――やっぱり不思議だらけだ。
授業に必要な教科書などを用意して、レベッカは廊下を歩く。ふと、視界の端に白い何かが入る。近付いてみると、羊皮紙だった。拾って見てみると、課題のレポートらしく、タイトルの近くに『ネビル・ロングボトム』と書かれている。落とし物だろうか。内容を読んでみる。
――魔法薬学かな? でも私の学年じゃまだ習ってない部分……いや、私が習ってないだけで、他の寮の人たちは授業でもうやってるのかも……
もしくは他の学年の人だろうか。そこまで思い至った時、不意に声がした。
「どうしたの、それ?」
声の方を見ると、シオンがいた。
「あ、ユルスナールさん、さっきここで拾ったの。この名前の人が落としたんだと思うけど」
レベッカは名前を指して言う。
「どこの寮の何年生かわからなくて……知ってる?」
「いや、わからない」
「そっか。私が通ってた小学校――マグルの人たちの学校だと、落とし物はここに入れてくださいっていう箱があったりしたんだけど……ここにはないのかな?」
「少なくとも私は聞いたことないけど、どうせなら研究室に届けた方が手っ取り早いんじゃない」
「え、研究室って――先生に直接渡すってこと?」
「他にどういう意味があるの」
さらりと言われて、レベッカは言葉に詰まる。
魔法薬学を担当するスリザリン寮寮長、セブルス・スネイプ教授は偏屈な毒舌家で、自身の寮の生徒を依怙贔屓する傾向があるため、生徒たちからは嫌われていた。
シオンが尋ねる。
「どうしたの?」
「あ、いや……スネイプ先生ってこう、近付きづらいというか……仕事の邪魔とかしたら怒られそうな気がして……」
シオンがレベッカを見つめる。しばらくして、口を開く。
「なら、私がついていくっていうのは?」
「えっ――一緒に来てくれるの?」
レベッカは驚きの声を上げる。シオンがうなずく。
「ひとりじゃ不安でも、ふたりならまだマシなんじゃない? ……それとも、私ひとりだけじゃ不満?」
「あ、いや、そんなことないよ! ……ありがとう、ユルスナールさん」
「シオン、でいいよ。私もキミのこと名前で呼んでるし」
「そ、そう? ……じゃあ、ありがとう、シオン」
「研究室の入口まではついてってあげるから、どこで拾ったかとかはちゃんと自分で説明しなよ」
「う、うん」
レベッカは緊張しつつうなずく。
ふたりは研究室へと続く地下への階段に向かった。
†
魔法薬の材料が入った瓶が並ぶ戸棚が置かれた地下室の一つでは、生徒たちが課題のレポートを机に置いていた。
「あの……」
生徒の声に、肩にかかる脂っぽい黒髪、虚ろな黒い眼、頬のこけた土気色の顔、やせぎすの体に、黒いローブとマントの男性が顔を上げる。
グリフィンドール寮の二年生、ネビル・ロングボトムが続ける。
「レポートは書いたんですけど……その、なくしちゃって……」
「ロングボトム、その必要はない」
スネイプがネビルの席へ歩く。ローブの内ポケットから羊皮紙を取り出し、机に置く。
ネビルが眼を見開く。
「これ、僕のレポート……どうして先生が?」
「授業が始まる前、ミス・バーンズが研究室に届けに来てくれた。ミス・バーンズに、せいぜい感謝することだ」
スネイプは再びレポートを手に、教壇へ戻っていった。
†
夜。シオンが廊下を歩いていると、人影がふたつ見えた。ひとつはスネイプ、もうひとつはスネイプの頭と同じぐらいの位置に、ゆるやかにウエーブしたアッシュブロンドの髪が見える。
――まさか。
人影に駆け寄り、確認する。予感は的中した。
「お母さん」
ビーチェは娘に気づくと、笑顔を見せる。
「久しぶり。元気にしてた?」
ビーチェが手を伸ばす。が、シオンはすぐさま後ろに下がる。
「私なら平気だよ。それよりここにいるってことは、共同研究?」
「そういうこと」
「それなら事前に言ってよ。手紙とかで」
「どうせダンブルドア先生が明日の朝話すだろうからいいかなって」
シオンはため息をついた。