九月下旬。朝食の席で、背が高く、長い銀髪、口と顎に生やした髪と同じぐらいの長さの髭、淡い青の眼に半月形の眼鏡をかけたホグワーツ校長、アルバス・ダンブルドアが、民間の魔法薬研究所、『ヒルデガルト・ポーション・ラボラトリー』と提携して研究を行うことになったと発表した。
ダンブルドアが言う。
「その一環として、ヒルデガルト・ポーション・ラボラトリー主任研究員、ビーチェ・ユルスナール先生にお越しいただいた」
ビーチェが立ち上がる。大広間から、ほう、とため息が漏れる。
ビーチェは教授陣、生徒たちの順にお辞儀をし、腰を掛ける。
ダンブルドアが続ける。
「ユルスナール先生にはしばらくの間、スネイプ先生の助手として、ホグワーツで働いていただくこととなった。皆、よろしく頼むの」
大広間がどよめいた。
「スネイプの助手だって?」「冗談じゃないの?」「でも、
生徒たち、主に男性陣の視線がスネイプに集中する。が、スネイプはいつもの仏頂面だった。
ビーチェは大広間に入り、教授陣のテーブルに着く。
「セブルス」
ビーチェが隣のスネイプに声を掛ける。が、返事はない。思案顔で、考えに没頭しているようだった。
再び名前を呼ぶ。「セブルス」
無反応。顔が近付き、パールグレイの眼が覗き込む。
「セブルスってば」
スネイプがようやく、はっとする。それからぎょっとした。
教授と助手、ふたりは対照的だった。ぎすぎすとまろやか。とげとげとおっとり。
スネイプが言う。
「いきなり顔を近付けるな」
「キミがいくら呼んでも反応してくれないからでしょ」
「……それで、何かね?」
「レポートのこと。夕方までに研究所に提出しなきゃいけないから」
ビーチェはローブの内ポケットから、羊皮紙を取り出す。
ビーチェが言う。
「所長から意見はひとつにまとめてくれって言われてるから、先に書いてきたんだけど、これでいい?」
「そのことだが」
今度はスネイプがローブの内ポケットから羊皮紙を取り出した。
スネイプが続ける。
「先日の実験なら、私も考察をまとめてある」
「えー、ちょっと待って……この前キミの意見、研究所で採用したじゃない」
「ならば君のレポートを見せてみたまえ」
「いいよ。じゃあセブルスのも見せてよ」
二人はレポートを交換し、目を通す。
「……どう?」
スネイプ・レポートを読み終えたビーチェが尋ねる。
ビーチェ・レポートに視線を向けたまま、スネイプが答える。
「……相変わらず君の発想は奇抜というか……だがこのような現象が起こる可能性は低いのではないのか?」
「でもゼロじゃないでしょ? それを言ったらセブルスのだって、ガチガチの鉄板じゃない。まあ、粘着質のセブルスらしいと言えばらしいけど……私に言わせればちょっと面白みに欠けるかなあ」
「……面白いかどうかという基準で判断するものではないと思うが」
「まあ、そうだけどさ」
ビーチェは女性にしては少し大きな手をひらひらとさせ、続ける。
「でも面白くないよりかは面白い方がいいでしょ? 前にも言ったかもしれないけど、まだ誰も発見してない現象や物事を見つけ出す――そういうお宝探しみたいなところが、学問や研究の醍醐味だと思うけど? ガチガチの鉄板とは言ったけど、キミのレポートだって興味深い点はあるし」
スネイプは沈黙する。が、やがて口を開いた。
「それなら意見をまとめよう」
「え、いいの? でも授業は?」
「午後からは授業はない。生徒が何かしらのトラブルを起こして、後始末に追われなければ、レポートをまとめるぐらいの時間は作れるだろう」
「そっか……」
ビーチェは楽しげに笑う。
「そうだね。そうと決まれば、朝ご飯食べて、さっさと雑用を片付けるとしますか、教授」
「言われるまでもない」
スネイプは素っ気なく答えた。
一階にあるビーチェの部屋には雑談や談笑を目的とする生徒の多くが訪れた。生徒たちからの質問で多いのは、やはりスネイプとの関係についてだった。そのたびにビーチェは「監督生時代からの腐れ縁」と答えた。
時にはこんなこともあった。
女子生徒が訪れ、相談したいことがあると言った。
「誰にも、言わないでもらえますか?」
アプリコットティーのカップをテーブルに置くビーチェを見ながら、生徒がおそるおそる尋ねる。
ビーチェが答える。
「わかった。言わない」
「スネイプ先生にも?」
「うん、大丈夫。……それで、相談って何かな?」
生徒はカップに口をつける。少し間を置いて、口を開いた。
「……この前、男子に呼び出されたんです。教室に。私は、その人のことは友達だと思ってたんですけど。……そしたら――告白されて、付き合って欲しいと言われてしまって……どうしたらいいですか?」
思いもよらない言葉に、ビーチェは一瞬眼を
「なんでそんなこと私に訊くの?」
「だって先生モテそうですし」
「……告白されて、その後どうしたの?」
「どうしていいかわからなくて……そのまま何も言わずに、教室を出てしまいました」
「うーん……」
ビーチェは少し考えて、口を開く。
「モテるモテないは別として、私の経験を話すなら……まあ、学生時代は何人かの男の人と付き合ったことはあるけど、どれも長続きしなかったんだよね」
「どうしてですか?」
ビーチェは苦笑する。
「私、何かに縛られるのが嫌いで……他の男の人とちょっと話してただけなのに嫉妬とかされると、『あー、この人とは合わないな』って思って、すぐ切り捨ててちゃってたんだよね」
「そんな中で先生の眼に留まった人っているんですか?」
「いるよ」
「どんな人ですか?」
ビーチェはにっこり笑う。
「夫」
生徒はわあ、と口許に手をあてる。
「いいなあ。旦那さんとの馴れ初めとかってあるんですか?」
「そうだね……元々は今のキミみたいに、親しい友達って感じで、時々レポートを手伝ったり、勉強を教えたりしてたの。でもある時、いつもみたいにレポートを手伝ってたら、夫が『そっか。そういうことだったのか』って言って……その時の〝わからなかったことが、やっとわかった〟っていう嬉しそうな顔が、何と言うか、こう、きらきらして見えたというか、可愛く見えて……それで、『あ、私、この人のこと好きなんだ』って気づいたの」
「それで、どうしたんですか?」
生徒が急き込んで尋ねる。ビーチェは少し照れくさそうに答える。
「嫌味に聞こえるかもしれないけど、自分から告白したことってほとんどなくて……夫は私より少し背が低いんだけど、私みたいに大柄な女はもしかして好みじゃないのかもって、もっとこう、小柄でキュートな女の子の方が好みなんじゃないかって……そんなこと考えてたら、なかなか言い出せなくて……でも何とかふたりで会いたいって言って、教室に呼び出して、告白したの。そしたら、自分もずっと前から好きだったけど、言い出せずにいたって、自分みたいな冴えない男には見向きもしないんじゃないかって思ってたって……それからお付き合いが始まって、今に至る、というわけ」
生徒が黄色い声を上げる。
「もう、妬けちゃいます」
「キミの相談内容に戻るけど、その子のことが嫌い、というわけじゃないんだよね?」
「あ、はい。でもまだ付き合うとかは考えられなくて……」
「それなら、まだそういうのは考えられないけど、友達でいたいって、ちゃんと伝えた方がいいんじゃないかな。その方がいい関係でいられると思うし、もしかしたら私みたいに、気持ちが変わるってこともあるかもしれないしね」
「はい!」
生徒は深くうなずいた。
ビーチェの人気が高まる一方、話題となったのはその娘のシオンだった。
顔立ちはそっくりだが、雰囲気の違う親子は比較の対象となった。
「親子なのに全然性格似てないよね」「なんであそこまで違うんだろうね」
こうした言葉を耳にするたびに、シオンは、当たり前だ、と思う。もっと言えば母方の祖父母とも自分は似ていない、と考えていた。
――どんなに顔形が似てたって、私とお母さんは別の人間なんだから当たり前でしょ。私はお母さんにはなれないのに。他の誰にもなれないのに……
「シオン」
夜。廊下を歩いていると、背後で声がした。ビーチェがこちらに歩み寄ってくる。
「何?」
「何かあったの?」
「何って?」
「最近元気なさそうに見えるから……」
「別に。何でもないよ」
シオンは背を向けて、歩き出す。ビーチェが後を追う。
「何か悩んでるなら、今度時間作るから。ため込まないで――」
「構わないでよ!」
シオンが振り返る。きっとビーチェを睨む。
シオンが続ける。
「私の気持ちなんて、お母さんにはわからないよ!」
シオンがその場を走り去る。ビーチェが「シオン!」と呼ぶ声が追いかける。が、今度は振り返らない。
†
研究室に戻ると、スネイプは暖炉に向かって歩く。その上に置かれた瓶からきらめく粉を一握り取り、暖炉に投げる。エメラルドグリーンの炎が燃え上がる。
「ラファエル、話がある」
スネイプの言葉に呼応するかのように、輪郭が炎の中で回転しながら浮かび上がる。
「セブルス、呼んだ?」
埃を落としながら、異母弟のラファエルが部屋へ入る。家事の途中だったのか、黒髪の上にギンガムチェックの三角巾が載っていた。
スネイプが答えた。
「いかにも。シオンのことだ」