ハリー・ポッターと二人の『闇の帝王』   作:ドラ夫

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28 クリスマス

 誰もが迫るクリスマスに胸を躍らせる中、トムは仕事をしていた。

 仕事の内容はマグルの家に産まれた、しかし魔力を扱う事のできる人間の選定。すなわち、マグル産まれのホグワーツ新入生の勧誘準備である。

 その選定方法は極めて地味、かつ手間のかかる作業だ。

 今、彼の机の上には魔法省から寄せられた、恐らく魔法が使われたと思わしきマグルの世界の事件の資料が山の様に積まれていた。

 この資料から、本当に魔法が関わっていたのかどうかを見極めなければならない。

 例えば、赤ちゃんが爆発を起こした事件があったとする。

 それを周りの被害状態、事件後の赤ちゃんの疲労具合、周りのマグルに見えていたか、などを、時に現地に行ってまで、詳しく調べる事で魔法なのか、科学のイタズラなのかを判断する訳だ。

 ホグワーツの教師陣が嫌がるこの仕事をトムは喜んで引き受けていた。

 何故なら、この仕事を通して、自分の仮説が正しかった事が証明できると思ったからだ。果たして、結果は──

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 今日は冬休み前の『闇の魔術に対する防衛術』最後の授業だ。それもハリー達の学年のスリザリンとグリフィンドールの合同授業。

 

「先生、おはようございます」

 

「おはよう、ロングボトム」

 

「今日は何をするんですか?」

 

「残念ながら、今日は秘密だ。ちょっとしたテストをやろうと思ってね」

 

 質問してきたのはネビル・ロングボトム。

 何故こうして気軽に質問できるのかというと、まだ授業が始まっていないからだ。

 授業に来る生徒達には三種類のグループがある。

 1つは、今日のネビルの様にかなり早く来る生徒達のグループ。

 1つ前のコマに授業が無く、教室が開くまで外で待って、開くと同時に直ぐに入ってくる生徒達だ。

 もう1つは早く来る、が1つ前のコマに授業があったために、最初に来るグループより少し遅れてしまう生徒達で、ハーマイオニーの様に沢山授業を取っている生徒は大体このグループに属している。

 最後のグループは、授業が始まる直前になって駆け込んでくる生徒達だ。このグループは数が少ないが、毎回決まったメンツがきっちり駆け込んで来る。

 

 僕が何人かの生徒と談笑していると、チャイムが鳴るのと同時に、教室に来ていない残りの生徒達が狙っていたかの様に駆け込んで来た。

 

「やあ、生徒の諸君。それじゃあ、授業を始めようか」

 

 僕がそう言うとハーマイオニーが手を挙げてきた。

 

「リドル先生、机と椅子がありません」

 

「今日は少しテストをしようと思ってね」

 

 そう言って僕は杖を振るって、生徒達の人数のちょうど倍の数の机と椅子を並べた。

 

「この机と椅子には『驚かせ妖怪(スペクタリペンテ)』が混じってる。驚かされない様に座るのがテストだ」

 

 僕がそう言うと、ハーマイオニーやダフネ、マルフォイといった生徒達が直ぐに着席した。

 他の大半の生徒達は慎重に机を吟味した後、恐る恐るといった感じで座った。

 

「みんな座れた様だね。それじゃあ改めて授業を始めようか」

 

 僕が笑ってそう言うと、何人かの生徒達がホッとした表情を作った。その瞬間、安心してしまった生徒達の絶叫が教室に響いた。

 理由は簡単、『驚かせ妖怪(スペクタリペンテ)』が驚かせたからだ。生徒達が最も驚くものに変身して、生徒達を驚かせている。

 

「何人か驚かされてしまった様だね。実は、この教室に置かれてる全ての机と椅子が『驚かせ妖怪(スペクタリペンテ)』だ。この妖怪がどうして今になって、特定の人に対して変身したのか、分かる人は居るかな?」

 

 生徒の大半の手が挙がる。

 この妖怪を授業で扱った事はない。つまり、みんな自主的に勉強してくれた訳だ。

 

「それじゃあ、ロングボトム。説明してくれるかな?」

 

「はい。えーと、『驚かせ妖怪(スペクタリペンテ)』は人が安心した瞬間に姿を変えます。だから、座った時はみんな警戒してたけど、何人かの人は途中で気が紛れてしまったから、今姿を変えた、のだと、思い…ます」

 

「正解だ、ロングボトム。グリフィンドールに5点あげよう」

 

 ネビルが嬉しそうに着席した。

 

「この事から驚くべき事が分かる。それがなんだか分かる人は居る?」

 

 今度は1人しか手が挙がらない。

 

「アイベリー、君の意見を聞かせてくれるかな?」

 

「『驚かせ妖怪(スペクタリペンテ)』、というより妖怪全般は言語を理解してないわ。知能もそこまで高くない。なのに人の心読んで、そこから心情を理解するって事はどういう事かしら?恐らく、妖怪は人間と全く違う『開心術』を用いてる事が分かる」

 

「正解だ。グリフィンドールに10点あげよう。妖怪は極めて優れた『開心術』を持ってる。例えば『ものまね妖怪(ボガード)』の場合、対象となる人物の“最も恐ろしい物”を瞬時に当てる訳だけど、人間の使う『開心術』だとそうはいかない。対象の人物の人生を一から見ていって、一番恐怖を感じた瞬間を探さないといけない」

 

 これは本当に驚くべき事だ。

 人間がこの技術を真似ようと思ったら、『みぞの鏡』や『組み分け帽子』級のマジックアイテムを持って来なければならない。

 

「でも、それが弱点にもなってしまっている。『開心術』が優れてるあまり、弱点である“楽しい気持ち”も開いてしまうし、強力すぎて複数人いると同時に開心させてしまう。

 だが考えてみてほしい。もし、そんな妖怪達が知恵を持ったらどうなるかな?対象の人間の最も恐ろしい物になり、弱点である“楽しい気持ち”を開かない分別を持ち、複数人に対して『開心術』を用いない自制心のある妖怪が居たら、とても恐ろしいと思わない?」

 

 多くの生徒が頷いている。

 これは良い流れだ。

 

「この事はずっと前から『妖怪祓い』達が魔法省に訴えてる。今回は、その辺りの主張が多く載っている本を用意しておいた。妖怪への対策も詳しく書いてあるから、みんな冬休み中に読んでおくように。僕からの宿題だ」

 

 そう言って杖を一振りして、生徒達に本を渡す。

 この本はここ最近で僕が集めた『妖怪祓い』の本の中で最も『閉心術』の有用性を説いてる本だ。加えて、『閉心術』のやり方も詳しく載ってる。

 これでハリーが『閉心術』を学んでくれれば、僕の計画はまた一歩進む。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 僕の元にドッサリと手紙が届いてる。

 内容は、マルフォイ家やグリーングラス家と言った裕福なスリザリン生を中心に、様々な家からの冬休み中のパーティーの招待状だ。

 魔法界のパーティーには是非とも行ってみたい。行ってみたいが、この全てに行く事は不可能。そうなると、誰か特定の生徒のパーティーだけに行く訳にもいかないし、断るしかなかった。

 だが、僕が行ける可能性のあるパーティー2つだけがあった。

 それは、ホグズミードで開催されるパーティーだ。これは多くの人が参加するみたいだし、僕が行っても大丈夫だろう。

 それからもう1つは、勿論ホグワーツで開催されるパーティーだ。

 だけど僕は教師、つまり運営側の人間だ。ホグワーツの方のパーティーは楽しめそうもない。

 『変身呪文』の苦手な僕は、当日何もしなくて良い飾り付け担当じゃなくて、当日忙しい食事の用意や給仕、後片付けを任されてる。

 屋敷しもべ妖精に任せてもいいんだけど、彼らに任せておくと過労死するまで働いてしまう。だから、きちんとシフトを組んでおかねばならない。それでも彼等はシフトを無視して働いてしまうから、結局は現場で指揮しなくてはならない。

 しかも本当の主人であるダンブルドア校長が居ないから、言うことをイマイチ聞いてくれない。彼の居ない弊害がこんな所に出てくるとは……

 

 クリスマスパーティーの後はヨルとクロと3人で過ごそうと思う。その事を考えれば、大変なクリスマスパーティーの裏方も何とか乗り越えられそうだ。

 ヨルとクロとパーティーの相談をしようと思って、強化版『忍びの地図』を見てみると、クロはいつも通りグリフィンドールの談話室にいた。

 きっといつも通り、ソファーに踏ん反り返って読書をしていることだろう。

 ヨルは大広間に、ダフネと2人でいる様だ。あの2人がどんな会話をしてるのか、少し興味があるな……

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「これで、チェックメイトだな」

 

「参りました」

 

 三時間に及ぶ激闘の末、今回の戦いはヨルに軍配が上がった。

 

「ヨルは本当にチェスが上手ですね。誰に指導を受けたのですか?」

 

「独学だ。グリーングラスは誰かの手解きを受けたのか?」

 

「独学ですか……。教師は居なくとも、練習相手ぐらいは居たのでは?そうですね、私は少しだけ、昔に習いました。私の家は少々裕福ですから、こういった遊戯を嗜む様に、と言われて」

 

「確か、グリーングラス家は『聖28一族』だったか?

練習相手にはよくリドル先生が付き合ってくれた、のだが。あの人は少々チェスに関しては……他の事は大体出来るのだがな」

 

「家柄なんて、何の意味もありませんよ。最近、それを強く理解できました。ヨルさんはリドル先生と仲がよろしいんですね」

 

 この時、ダフネは自分の仮説が正しかった事を確信した。それは、ヨルとリドルが以前から付き合いがあった事。

 ヨルのチェスの腕前はどう考えても一朝一夕で身につくものではない。教師も居らず、練習相手であるリドルの腕前がそれほど高くないのであれば、なおのこと時間がかかる。つまり、ヨルはリドルとかなり長い時間チェスをしてきたという事だ。

 そしてそれは、ヨルと同時期に転校してきた、ヨルとリドルと仲の良いクロもまたリドルと昔からの付き合いがある事を、ダフネに確信させた。

 

「おっと、そろそろリドル先生との待ち合わせの時間だ。すまんがそろそろ行かなくては」

 

「まあ、それは大変です。リドル先生を待たせてはいけません。私が片付けをしておきますから、行ってください」

 

「恩にきる。今度ホグズミードで何かおごらせて貰おう」

 

「お気になさらず。と言いたいところですが、楽しみにしておきますね」

 

 そう言って、ダフネとヨルは笑みを浮かべながら別れた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 生徒達がメニューから食べたい料理を選んで料理名を呟くと、金の皿にその料理が現れる。

 この素晴らしい仕掛けに生徒達は大盛り上がりだが、この仕掛けを用意する側の僕達は、生徒が楽しめば楽しむほど大変だ。

 まず、『ガンプの元素変容の法則』にある様に、料理を作り出す事はできないから1つ1つ作らないと行けない。

 屋敷しもべ妖精達を、料理を運ぶ班、料理を作る班に分けて沢山働いたもらっているけど、ペースを保つだけで精一杯だ。しかも、生徒の中にはクラップやゴイルみたいに発音が悪い生徒がいる。彼等が望んだ料理が一体どの料理なのか、中々判断が難しい所だ。

 それと、パチル姉妹の様に海外から来た生徒達が、英語以外の言語で注文しても料理が出てくるかどうか試してる。

 生徒達から見れば軽い気持ちでやっている、何てことない事だろうけど、僕からしてみれば『死喰い人』を相手にするより厄介だ。

 それからデザートばかり頼む生徒も多い。おかげで僕の手や髪はベトベトだ。ラベンダーの為に『魔法パティシエ』に関する本を読んでいなかったら、僕は今頃動く飴に襲われて死んでいたかもしれない。

 

 そんな地獄の様なクリスマスパーティーを何とか乗り切ったのがついさっきの事。

 後片付けは実に簡単だった。

 『消失呪文』で食べ残しを消して、『清め呪文』で皿を磨いて終わりだ。ついでに僕の服と屋敷しもべ妖精達の枕カバーも清めておいた。

 

「お疲れ、みんな。まったく、よく頑張ったよ」

 

「「「お疲れ様です、リドル様」」」

 

 僕の労いに、それぞれの班のリーダーを務めていた屋敷しもべ妖精達が代表して僕に返事をしてしてくれた。

 大変な仕事だったけど、その分屋敷しもべ妖精達との絆は深まった気がする。もう一度やりたいか、と言われたら首を横に振るけど。

 まあとにかく、キッチンという戦場で、僕達は戦友になった

 

「君たちにこれをあげよう。僕から君たちへのクリスマスプレゼントだ」

 

 僕が用意したのは銀のバッチだ。それぞれの屋敷しもべ妖精の名前が彫ってある。

 サーラに聞いた所、バッチは衣装扱いにならないらしいから、解雇扱いにはならない。

 バッチはそれぞれ、デコレーションした小箱に入ってる。

小箱が乗ったトレーを、代表して調理班の班長だったルロイが恭しく受け取った。

 

「ああ、リドル様、私達屋敷しもべ妖精ごときには勿体無い品物でございます。ですが、この素晴らしいバッチを受け取る事を拒むのを、貴方様は望まないでしょう。

 ルロイめは貴方様が望まぬ事は決していたしません。ですので、有り難く頂戴いたします。そしてルロイめは貴方様が喜ばれる事をいたします。そして幸運にも、ルロイめは貴方様が喜ばれる事を知っています」

 

 そう言って、何人かの屋敷しもべ妖精達が、クリスマスのご馳走を持って奥の方から出てきた。

 

「私達で作りました。どうぞこれを持って行かれて、大切な方々と素敵な夜をお楽しみ下さい」

 

「ありがとう、みんな。みんなも良いクリスマスを!それと、食料をみんなで、命を無駄にしない形で片付けておいて。言っておくけど、僕が次に来た時にまだ食材が残ってたら怒るからね?もう片付けはうんざりなんだ」

 

「それは大変だ!みんな、リドル様に怒られぬ様に急いで片付けるんだ!」

 

 屋敷しもべ妖精達は慌てて、だけど嬉しそうに食料を調理し始めた。

 屋敷しもべ妖精達がこうしてある程度柔軟な動きをする様になったのには訳がある。

 それは、屋敷しもべ妖精達が知恵を得たからだ。

 僕はホグワーツに来てから、屋敷しもべ妖精達にずっと教育をしてきた。

 

 違和感に気が付いたのは、僕がサーラを雇ってから2週間ほどが経ってからだった。

 サーラは足し算や引き算、割り算や掛け算はミスなく、素早く出来るのに、それ以外の算数は一切出来なかった。

 他にも、楕円形の部屋を効率よく掃除する動き、つまり楕円形の縦と横の長さの違いを把握して、その誤差を緩和する動きをしていたが、三角形の面積を求める事は出来なかった。

 他にも言語に関して言えば、丁寧な言葉を話すのに、謙譲語と尊敬語の違いがわかっていなかったりと、随分チグハグだった。

 つまり、屋敷しもべ妖精達は自分達に必要な学問を、自分達で独自に学んできた、という事だ。

 掃除や料理のために数学を、ご主人様に怒られない様に言語を学んでる。当然、それ以外には一切学んでいない。

 そこで、ハーマイオニーの『S.A.P.E.W(屋敷しもべ妖精福祉振興協会)』が上手くいかなかった時の事を思い出した。

 いや、正確に言うと上手くいかなかった例、つまりウィンキーと上手くいった例、つまりドビーの違いを思い出した。

 ウィンキーとドビーの違い、それは、生来の性格もあるが、教養のレベルが違っている事だ。

 ドビーは優秀なマルフォイ家に仕えていた為かは分からないが、魔法界でもあまり知られていない『鰓昆布』を知っていたりと、案外賢い一面を見せた。

 それに対してウィンキーは、優秀な家系であるクラウチ家に仕えていたが、『服従の呪い』にかけられているバーテミウス・クラウチ・ジュニアの介護が主な仕事で、周りに知識ある人間が、学習する機会がなかった。

 つまり、屋敷しもべ妖精も過去の人間の奴隷と同じく、教養がないせいでハーマイオニーの誘いを断っただけで、別に本能からしもべでいるわけではないのではないか、という事だ。

 しもべとして仕える事が幸福なわけでは無く、あくまでそれが当たり前だっただけ。

 

 人間の場合、奴隷達は肉体労働、つまり炭鉱の掘削などが主であったため、多くの人間が必要であり、密集していた。

 その為、1人でも教養のある人間が居れば、その周囲にすぐに広まった。

 だが、屋敷しもべ妖精達は一部の純血達の世話をするだけ、しかも魔法があるから大体の事は1人で出来る。だから密集する必要も、可能性もなかった。

 だから過去、ドビーの様な解放されたがっている屋敷しもべ妖精が現れても、そういった思想は広がらなかった。そこで、僕は実験も兼ねて、屋敷しもべ妖精達に教育を施してみた。

 

 結果として、しもべである事を辞めようとする屋敷しもべ妖精は出てきていないものの、僕の本当の望みを考えてプレゼントを受け取ったり、僕の幸せを考えて、僕に内緒で自分達からプレゼントを用意したりと、確実に先を見る様になってきている。

 さっき食料を片付けておけ、といった僕の言葉を額面通りじゃなくて、ちゃんと言葉の真意を理解して従う辺り、柔軟な思考も出来るようになって来てる。

 このまま屋敷しもべ妖精達が更に賢くなり、より柔軟な思考を持つようになれば、自分達の『杖なし魔法』の使い方をもっと発展させていくだろう。

 そうなれば、屋敷しもべ妖精達が反乱を起こす日は、そう遠くはない未来にやってくるかもしれない。

 

 僕が厨房を出ながら振り返って見ると、みんなが手を振って送り出してくれた。

 そしてそのまま、自然に椅子と机を出して、机の上に出来立ての料理とナイフとフォーク、スプーンを並べた。

 僕はテーブルマナーは教えていない。

 だが、屋敷しもべ妖精達は完璧にそれらを習得している。

 彼等は、人間達がフォークやナイフを使う様を見て学習したんだ。

 誰にも教わらず魔法を習得し、今度は人間の動きを学んできている。

 現在屋敷しもべ妖精を飼っている名門の純血達の祖先、歴史に名を残してきた偉大な過去の魔法使い達が、彼等に『屋敷しもべ妖精』などと言う不名誉な名をつけて、自分達の制御下に置いてきた理由の一端が垣間見えた気がした。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「やあ、メリークリスマス!ヨルとクロ!」

 

 僕が部屋に行くと、もう2人は部屋に居て、僕を待ってくれていた。

 

「メリークリスマス、我が主人よ」

 

 ヨルが椅子に深く座りながら、微笑みを返してくれた。

 いつも落ち着いてるヨルだけど、流石に今夜は笑みを隠せないみたいだ。

 

「メリィークリスマァス!」

 

 クロは椅子に座らないで、その辺を行ったり来たりしながら、とびきりの笑顔と大きな声で僕を出迎えてくれた。

 

「クロ、随分とご機嫌だね」

 

 彼女は急に、思い出したかの様に真剣な表情を作った。

 

「機嫌がいいですって?」

 

「……僕にはそう見えたけど」

 

「私はここ最近、午前中はホグワーツで馬鹿な学生達と授業を受けて、午後は世界中を飛び待って頑固なドラゴン達を説得してたのよ?」

 

 クロは腕を組んで、シミジミと昔を思い出す様に語っている。

 

「まったく、それが急にクリスマスパーティーなんて、機嫌が良い訳ないでしょ!」

 

 左手を腰に添えて、少し前かがみになりながら『ビシッ!』という音が聞こえてきそな勢いで、クロが僕を右手で指差した。

 

「……何てね。正直、浮かれてるわね。自分でも分かるくらい。あんた、最近忙しくしてたから、私達とクリスマスを過ごすって言ってくれて、嬉しかった」

 

 さっきまでの勢いのある雰囲気を消して、どこか憂いを帯びた表情を浮かべた。

 正直、僕はクロのこういった表情に、色々な意味で弱い。

 

「……乾杯、しようか」

 

「……そうね」

 

「では、私が注がせてもらおう」

 

 そう言ってヨルは、3人分のブランデーをグラスに注いだ。昔3人で飲んだ『エデンの白葡萄のブランデー』だ。

 

「乾杯の音頭、あんたがとんなさい」

 

 ヨルが目で同意してくる。当然、拒む理由はない。

 

「それじゃあ失礼して。……昔、これを飲んだ時とは色々な物が変わった。それは環境だったり、人間関係だったり、僕達が一緒に過ごす時間だったり。昔より沢山の人と触れ合う事が出来る様になった。でも、その代わりに三人で過ごせる時間は減ってしまった。それでも、僕達はこうして特別な夜に集まった。結局、目に見えない物は何1つ変わっていなかった。三人の関係を祝して、乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

 三人でグイッと、度の強いブランデーを一気飲みした。

 喉と胃が焼ける様に熱かったけど、胸の奥はもっと熱かった。なんだかんだで、三人で過ごす事を一番楽しみにしていたのは僕みたいだ。

 

 この後、ヨルとクロの学校生活を聞いたり、三人でクリスマス用のコスプレをしてみたりして盛り上がった。


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