ハリー・ポッターと二人の『闇の帝王』   作:ドラ夫

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37 一年生の決闘

「ああ、あ、あああ!なんて、なんて恐ろしい運命なんでしょう!未だに十代の身でこんな!わたくしにはとても、とても!」

 

 トレローニーが髪をガリガリと掻きあげながら、大袈裟に教室中を歩き回った。

 今年に入ってトレローニーの授業は幾らかマシな物になったのだが、ハリーの死を予言するのは相変わらずだった

 

「はあ、はあ、はあ、少し失礼。──ごくっ、んく、ぷはぁ」

 

 それとこれ。

 今年に入ってから、トレローニーはやたらと水分補給をするようになった。いつも愛用の小瓶も持ち歩き、所構わず飲む。

 生徒達の間では、アレの中にはラム酒が入っている、というのが通説だった。

 その証拠に、最近のトレローニーは常に甘い匂いを纏っていた。

 それと酔っているからなのか仕草が妙に艶かしいのだ。しかし顔はやはりトレローニー。他の女性なら蠱惑的な仕草と甘い匂いで、さぞかし男を惹きつけたのだろうが、彼女がやるとむしろ男を引かせた。

 それでも、稀にトレローニーを好く男子生徒が出るようになったというのだから驚きだ。

 

「それでは……今何の話をしてらしたっけ?まあ、いいわ。今日の授業はこれで終わりにいたします。ああ、ポッター貴方は少し残っていきなさい」

 

「でも、先生…分かりました」

 

 ハリーは渋々ながら了承した。

 もしトレローニーの誘いを断ったら、次の授業でより一層標的にされると思ったからだ。

 ディーンやシェーマスがハリーに同情の眼差しを向けながら教室を去っていき、やがて最後にはハリーだけが残った。

 

「まあ座りなさいな」

 

 トレローニーが震えながら紅茶をカップに注いだ。しかし、カップから紅茶は溢れない。トレローニーは続いてお茶うけとしていくつかのスコーンを持ってきた。

 紅茶同様熱く、焼きたてのようだ。

 ハリーは一応受け取ったが、飲む気も食べる気もなかった。とかく、一刻も早くここから出て行きたかった。

 

「貴方、何か隠してらっしゃるでしょう?ああ、答えなくて構いません。わたくしには全て分かっています」

 

 ハリーは一瞬、リドルを殺した事がばれてしまったのではないかと思ったが、いつものトレローニーの発作(・・)だと思い直した。

 

「それを悔い改めるのなら、それを正直に言いなさい。そうすれば──そうすれば、そうすれば、そうすればそうすればそうすれば、いえそうしなければ!」

 

 ガタンッ!という音共に、トレローニーが立ち上がった。机が揺れるが、やはり紅茶は溢れない。

 トレローニーは虚空を見つめたまま立ち尽くした。首も目を全く動かない。はっきり言って、かなり不気味だ

 やがて、思い出したかのようにハリーを見つめると、見つめたまま椅子に座り直した。

 

「話はこれで終わりです。もう戻って構いません」

 

 急に冷淡な,口調でそう言うと、トレローニーは小瓶をグイッと飲んだ。

 

「そ、それでは失礼します」

 

 ハリーはそんなトレローニーに言い知れぬ恐怖を感じ、足早に部屋を去った。

 トレローニーはハリーが去った後、ハリーが出て行った扉をジッとみつめていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「『闇の魔術に対する防衛術』かぁ……。かなり面白そうな科目だけど、アンブリッジ先生の授業は控え目に言ってトロールの糞だってマルフォイ先輩が言ってたし、期待しない方が良いよな?」

 

 ホグワーツの動かなくなった階段を下りながら、ジェームズ・プリンダーガストがウィルバード・スリングハード著『防衛術の理論』の表紙をマジマジと見つめながら言った。

 

「去年度の先生はホグワーツで最高の先生だったってみんな言ってるし、その先生と比べて糞って事じゃないかしら?」

 

 その隣から、ソフィー・プリエットが杖を振りながら言った。彼女はまだ『浮遊呪文』が使えず、こうして移動中も練習していた。

 

「ああ、リドル先生な。そりゃあいい先生だったらしいぜ。誰に聞いても、褒め言葉しか返ってこない『彼は私の最高の理解者だった』ってな具合でな」

 

「あいつはそんな奴じゃないぞ?ただ、他の人間と比べて他人の欲しい物や褒めて貰いたい所がわかって、それを与える事が出来ただけだ」

 

 そしてもう一人、今まで『防衛術の理論』を無言で読んでいたセシリア・ゴーントがジェームズの言葉に反応して本から顔を上げた。

 

「セシリアはリドル先生に会った事があるのか?」

 

 ジェームズは興味津々といった様子で、セシリアを見つめた。

 

「ない」

 

 セシリアはぴしゃりと言った。

 

「何だよ、隠すなよ。リドル先生の事教えてくれよ。先輩方に聞いても、あの人とどれだけ親密だったかの自慢ばっかで、どんな人か結局よく分からないんだよ」

 

「ほら、もう教室についたぞ。授業の時間だ」

 

「誤魔化すなよ!後で絶対、お前とリドル先生について聞かせて貰うからな!」

 

ジェームズのその言葉に、セシリアは手をヒラヒラと振るだけだった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 教室に入ると、アンブリッジは昨日のふわふわのピンクのカーディガンを着て、頭のてっぺんに黒いビロードのリボンを結んでいた。

 セシリアには、ピンク色のガマガエルの上に黒い蝿が止まっているように見えた。

 

「さあ、こんにちは!スリザリンとグリフィンドールの可愛らしい一年生の皆さん!」

 

 何人かのグリフィンドール生がボソボソと返事をし、スリザリン生は完全に無視だった。

 

「チッチッ。それではいけませんねえ。みなさん、どうぞ、こんな風に『こんにちは、アンブリッジ先生』。もう一度いきますよ、はい、こんにちは、みなさん!」

 

「「「こんにちは、アンブリッジ先生」」」

 

 今度はクラスの全員が、といってもセシリアはしていないが、返事をした様だった。

 

「そう、そう。難しくないでしょう?杖をしまって、羽ペンを出してくださいね」

 

 一年生達は言われた通りに杖をしまった。

 彼等にしてみれば、杖を使わない授業は未体験。一体何が始まるのか、と少しだけワクワクした。

 アンブリッジはこれまたピンク色のハンドバックを取り出し、異様に短い杖を取り出した。アンブリッジが杖で黒板を叩くと、たちまち文字が現れた。

 

闇の魔術に対する防衛術

1─防衛術の基礎となる原理を理解すること

2─防衛術が合法的に行使される状況認識を学習すること

3─防衛術の行使を、実践的な枠組みに当てはめること

 

「さて、みなさんは幸運です。みなさんの先輩方がこれまで受けていた授業はかなり乱れてバラバラでした。先生はしょっちゅう変わって、しかも、その先生の多くが魔法省指導要領に従っていなかったようです。その不幸な結果として、みなさんの先輩方は、魔法省がOWLやNEWTに期待するレベルを遥かに下回っています」

 

 アンブリッジはやれやれと、嘆かわしそうに言った。

 

「しかし、貴方達は違います。こうした問題はこれからは是正されます。今年は、慎重に構築された理論中心の魔法書指導要領通りの防衛術を学んでまいります。安心して、私について来てください。では早速、黒板に書かれた物を書き写してください。これがみなさんの学校での目標となります」

 

 数分間、教室は羽ペンを走らせる音で一杯になった。

 先程までワクワクしていた一年生は、一人もいなくなった。代わりに、つまらなさそうに黒板を見つめる生徒でいっぱいになった。

 全員が写し終わり、羽ペンの音が止むと、アンブリッジが質問をした。

 

「みなさん、ウィルバード・スリングハートの『防衛術の理論』を持っていますか?」

 

 持っています、と言う声がボソボソと聞こえてきた。

 

「もう一度やりましょうね。わたくしが質問したら、お答えはこうですよ『はい、アンブリッジ先生』または『いいえ、アンブリッジ先生』。では、みなさん、ウィルバード・スリングハートの『防衛術の理論』を持っていますか?」

 

「「「はい、アンブリッジ先生」」」

 

「よろしい。では、五ページを開いてください。『第一章、初心者の基礎』。おしゃべりはしないこと」

 

「いいえ、アンブリッジ先生」

 

 クラス全員が本を読もうとした瞬間、声が上がった。

 アンブリッジは声を上げた生徒を二、三度見た後、顔をピンク色にして生徒に声をかけた。

 

「何か?ミスター・サクマ」

 

「はい、アンブリッジ先生」

 

「それで何の質問があって?」

 

「はい、アンブリッジ先生」

 

「意見をおっしゃっていただけるかしら?」

 

「はい、アンブリッジ先生」

 

「……それ以外の言葉で答えることを許可します」

 

「それでは──この本の目的がよくわかりません。防衛呪文を使うことに関して、何も書かれていません」

 

「防衛術を、使う?」

 

 アンブリッジはその事が、驚天動地!といった様子で聞き返した。

 

「まあ、まあ、ミスター・サクマ。このクラスで、貴方が防衛呪文を使う必要がある様な状況が起ころうとは、考えられませんけど?まさか、授業中に襲われるなんて思ってはいないでしょうね?」

 

「この魔法省が“慎重に構築した”教科書では先生が黒板に書いた『防衛術の行使を、実践的な枠組みに当てはめること』が達成されないと言ってるんです。一体誰がいつ、この授業中に襲われるなんて言ったんですか?」

 

「わたくしに生意気な口を聞くことは許しません!この本は貴方よりも遥かに賢い魔法使いが構築した物です!貴方には分からないでしょうが、この本を読めば全て出来るようになるのです」

 

「その本は全て読みました」

 

 サクマがあっけらかんと言った。

 

「その上で質問しています。この本は何の役に──」

 

「わたくしに質問したい時には手を挙げてください」

 

 サクマが手を挙げたが、アンブリッジは違う方向を向いてそっちを見なかった。そして、新たに向いた先で別の生徒が手を挙げているのを見た。

 アンブリッジはその生徒を当てるかどうか数瞬迷ったが、結局当てることにした。

 

「貴女は?」

 

「ゴーントです。セシリア・ゴーント」

 

「それで、何か?」

 

「私もその教科書を全て読みました。しかし、その教科書が何の為に書かれたのか分かりません」

 

「それは貴女の能力の問題です。この教科書を真に理解出来ていないだけです」

 

「私はこの教科書を全て暗記しています。ここまでして理解出来ない教科書を魔法省は“慎重に構築した”のですか?」

 

「……何が仰りたいのかしら?」

 

「こんな物、何の役にも立たない、と。そう言ってるんだ。理解出来たか?私は魔法を学びに来てるんだ。それを邪魔される事は不愉快極まりない」

 

「なるほど、分かりました、分かりましたとも。でしたら役に立たないかどうか、その身で試してご覧なさい!『ディフィンド・マキシマ 全て裂けよ』」

 

 全てを切り裂く魔力刃が空気を切る音を立てながら、セシリアへと迫る。

 セシリアが魔法を上手く使えないのは周知の事実だ。ジェームズが杖を構え、セシリアを守ろうとした。しかし、横から紅い閃光が飛来し、ジェームズの役目を奪った。

 セシリアは閃光が飛来した方向、サクマを睨んだ。

 

「何のつもりだ。私があの程度の呪文、防げないとでも?」

 

「まさか。ただ、友達が傷つけられようとしたら守る、普通のことだろう?」

 

「いつから私達は友達になった?」

 

「コンパートメントで相席した時からだと思ってたけど、違うのかい?」

 

「違う。私達が交わる事などあり得ない。気がつかないと思ったのか?最近になってようやく理解した。貴様はト──」

 

「もう沢山です!『レダクト・マキシマ 全粉々』!」

 

 セシリアの言葉を遮り、再びアンブリッジから呪文が放たれた。

 セシリアはそちらを見向きもせずに、『盾呪文』によって攻撃を防いだ。普段の彼女らしく無い、見事な『盾呪文』だ。

 

「子供はわたくしの言葉にただ従ってれば──」

 

「貴様、死にたいのか?」

 

「ヒッ!」

 

 『死!』否が応でもそれを意識させる程の、ドス黒く夥しい魔力がセシリアから湧き出ている。

 それと同時に、金の瞳が緋く染まってゆく。

 辺りが、まるで大量の吸魂鬼がいるかのように冷えて行く。勿論、吸魂鬼など一匹たりともいない。

 彼女、セシリア・ゴーントのあまりに禍々しい魔力がそう錯覚させるのだ。

 普段の彼女からは考えられないほどの禍々しさ。そう、まるで別人になったかの様な──

 セシリアが杖をアンブリッジに向かって構えた。

 

「おっと、それをさせる訳にはいかないよ」

 

 生徒達が、いやアンブリッジまでもがセシリアの強大な圧力に動けなくなる中、サクマだけが余裕の態度を崩さない。

 彼が杖を振るうと、生徒達が座っている椅子が壁際まで下がってい行く。

 それを一瞥すると、彼もまた体から膨大な量の魔力を迸らす。

 双方一年生の、否、学生の域を悠々と超えている。

 セシリアの瞳が完全に緋に染まりきった瞬間、戦いが始まった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 セシリアが杖を振るうと、生徒達の羽ペンが全て空中に飛び、剣へと変わった。

 剣の数、それは即ち生徒の数に比例する。今教室にいるのはグリフィンドール生とスリザリン生の二寮分。つまり、約70本の剣がサクマに飛来した。

 

「『エクスペクト・ピクシス 妖精よ来れ』」

 

 サクマの杖から大量のピクシー妖精達が召喚される。

 彼等は飛んでくる剣を一本一本掴み、逆にセシリアの方へと切り掛かった。

 

「『ペスキピクシペステルノミ ピクシーよ去れ』」

 

 瞬く間にピクシー妖精達は砂になり、剣はその場に落ちた。

 

「「『エクスペリアームス 武器よ去れ』」」

 

 二人の杖から極大の紅い閃光が放たれる。

 閃光は空中でバチバチと轟音を立てて衝突した!

 その余波で先程までピクシー妖精達が持っていた剣が壁際にいる生徒達まで吹き飛んで行く!

 

「おっと、これは不味い!」

 

 サクマが杖を持っていない方の腕、つまり左腕を振るうと、生徒達に当たりそうだった剣が逸れて、壁に刺さった。

 サクマがそうしている間に、セシリアは剣を杖を持っていない方の腕へと呼び寄せ、サクマに向かって投げた。

 サクマは一旦閃光を放つのを止め、横に飛んで剣を避ける。

 

「ッ!ホーミングか!『エクスペリアームス 武器よ去れ』」

 

 しかし、サクマが飛んだ先に紅い閃光がカーブし、追撃をかける。サクマはその閃光に向かって再び自身の閃光を放つが──

 

「『マジック・ディフィンド 魔法よ裂けろ』」

 

「『プロテゴ 守れ』!『アクシオ 剣よ』」

 

 セシリアの紅い閃光が五本に分かれ、サクマの閃光をかわす。

 サクマはとっさに『盾呪文』を出すが、三本までしか閃光を食い止めることが出来ない。だが盾が壊れるその瞬間、壁に刺さっていた剣の内の一振りがサクマの手に収まった。

 右手に持っていた杖を振るうと閃光の内の一本が軌道を変え地面に当たり、もう一本の閃光を剣で切り落とした。

 サクマがやや安堵したその瞬間、少女特有の華やかな香りがサクマの鼻腔をくすぐった。

 つられて背後を見ると、そこには──煌めく黄金

 

「ぐああああぁぁぁぁ!!!」

 

 セシリアが放った衝撃波が、サクマを吹き飛ばした。

 サクマは教室を三つブチ抜き、四つめの教室の壁に当たってようやく止まった。

 サクマが朦朧とした意識の中、正面を見据えるも砂埃が立ち込めて何も見えない。

 目でダメならと耳を澄ますとコツ、コツ、コツと、砂埃の中から足音が聞こえてくる。

 それは死を宣告しようとする、黄金のお告げ。

 

「はあ、仕方がない……。『アクシオ 天罰よ来れ』!」

 

 だが、黄金のお告げよりも先に、サクマが天からのお告げを飛来させた。

 天から白い雷撃が降り注ぎ、セシリアへと直撃するはずだった(・・・・・)

 セシリアが鬱陶しそうに杖を振るうと、それだけでたちまち白雷は消え去った。後には何も残らない。

 

「な、馬鹿な!」

 

 ここまで余裕を崩さなかったサクマが初めて驚きの表情を見せた。だが、それも一瞬。次の瞬間には、いつもの表情に戻っている。

 対して、セシリアは常に無表情。ただ淡々と、サクマを追い詰めて行く。

 

「『ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ』!」

 

「『プロテゴ 盾よ』」

 

 サクマが辺りに散りばめられた瓦礫をセシリアに向かって音速に近い速度で飛ばす。

 セシリアは『盾呪文』で直撃を防ぐが、衝撃までは消す事が出来ず元いた教室まで吹き飛ばされていく。しかし、自身に『妨害呪文』を掛けることで勢いを殺し、ダメージはない。

 サクマは飛ばした瓦礫の一つに乗り、追撃をかけんと追いかけて行った。

 しかし数瞬後、彼は追いかけた事を後悔した。

 

「『ドラコ・クエイドス ドラゴンに組み変われ』」

 

 セシリアがそう唱えると、教室にあった机や棚、ありとあらゆる物がバラバラに分解されてゆく。

 そして、それらが集まると、やがて巨大なドラゴンの形へと変貌した。

 その数──三体!

 

「『インセンディオ 燃えよ』……おっと、耐火呪文か!」

 

 セシリアが作り出したドラゴンは基本的には机の木で出来ている。しかし、サクマが火をぶつけても僅かな焦げ目が付くだけで燃えはしない。

 耐火の呪文が、いや様々な耐魔呪文が掛けられた三体のドラゴンがそれぞれ、サクマに襲い掛かった。

 

「『モーテーション・フラジェム 鞭へ変われ』『コラフィルマンダス・マキシマ 最強の肉体よ』!」

 

 サクマは杖を鞭へと変化させ、左のドラゴンの足へと振るった。サクマは強化された腕でおもいっきりドラゴンの足を引っ張る。

 見事に左のドラゴンは足を取られ、中央のドラゴンの足元へと転んでしまう。結果、中央のドラゴンも転び、二匹のドラゴンが縺れ合う。

 無効化されてない最後の一体が、サクマに近づきブレスを吐いた。本来、ドラゴンは火のブレスを吐くのだが、この木製のドラゴンは鋭く尖った木の破片を勢いよく吐いた。

 サクマが杖を円形に振るうと、丸い半透明のベールが浮かび上がる。ベールを通った木片は、細くなりほとんど粉となった。

 そのまま木の粉はサクマを襲うものの、多少咳き込ませる程度でダメージはない。

 

「『モーテーション・パルス 沼に変われ』」

 

 サクマがそう地面に向かって唱えると、地面がうねりをあげ始めた。

 まず最初に縺れ合っていた二匹のドラゴンが地面に沈み、残っていた三匹目のドラゴンも下半身がドップリと地面に沈んだ。

 ドラゴンは無効化した。

 だが、サクマの表情は冴えない。

 サクマが三匹目のドラゴンを相手している間に、セシリアが目の前で魔力を貯めていたからだ。

 セシリアの杖の先端に、眩いほどの光が集まっている。

 それに対し、サクマが仕掛けたのは速攻。

 

「『エクスペリアームス 武器よ去れ』……あれ?」

 

 しかし、紅い閃光は放たれず、代わりに紅い煙が上がっただけだった。

 サクマは杖の先端をしげしげと見つめると、一言。

 

「しまった、魔力が尽きた」

 

「ちょ──」

 

 サクマの言葉にアンブリッジが悲鳴を上げた瞬間、セシリアの杖に留められていた光が解放された。

 

「『エクス・ボンバーダ・マキシマ 大いなる爆発よ』」

 

「『プロテゴ・ホリビリス・マキシマ 恐ろしき者から最強の守りを』。どうやら、間に合ったようじゃの」

 

 果たして、セシリアから放たれた光は急遽駆けつけたダンブルドアの『盾呪文』によって防がれた。

 セシリアの『爆発呪文』は半径2センチ程の小さな球状へと圧縮され、眩い輝きを放つ球へとなっている。

 ダンブルドアはその光輝く球を手に取り、しげしげと見つめた。

 

「なんとも、なんとも恐ろしい呪文じゃ。これ程の魔力を一つの呪文に込めるとはの。これが正しく使われたのであれば、スリザリンに30点は上げたのじゃが、いやはや何とも……」

 

 そう言って、ダンブルドアは球状になったセシリアの『爆発呪文』をポケットへ入れた

 

「まだやるかね?」

 

 セシリアはその言葉に返事を返さなかった。

 しかし、瞳が緋から金へと戻り、魔力から禍々しさが消えた。

 サクマの方は両手を挙げて降参している。

 ダンブルドアはそれを見て、満足そうに微笑んだ

 

「此度の授業は終わりにした方が良いじゃろう、アンブリッジ先生」

 

「そ、そうですわね」

 

「ミスター・サクマ、ミス・ゴーントは保健室に行った後でわしの所へ来るように」

 

 そう言って、ダンブルドアはすぐに教室を出て行った。

 

「アンブリッジ教授の言う通り、授業で杖は使わない方が良さそうだ」

 

 サクマは破壊され尽くした教室を見て、ポツリとそう言った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 誰もいなくなった教室で、アンブリッジが空に向かって跪いていた。

 

「我が君、如何だったでしょうか?」

 

 アンブリッジが誰も居ないはずの空間にそう言うと、そこから声が返ってきた

 

『満足だ。俺様は非常に満足している。お前の働きを高く評価しよう』

 

「ありがたきお言葉ですわ」

 

『これからも、あやつの力を測るのだ。そして、あの老いぼれが背後に俺様がいる事を悟るのを、俺様は望まない。わかるな?』

 

「勿論です、我が君」

 

 その言葉に空からの声は満足し、通信を切った。

 この通信を聞いていたのはアンブリッジ、だけではなかった。

 ひっそりと、一人の少年が教室の隅に佇んでいた。


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