「グレンジャー、頼む。力を貸してくれ」
「……それは、ダフネに関しての事かしら?」
「そうだ。僕は、彼女をどうにかしたい。だけどもう、僕だけじゃどうにもならない。頼む、力を貸してくれ」
僕は深々と頭を下げた。それを見たグレンジャーは大きく目を見開いた後、何かを考え込んだ。
……もし、グレンジャーが僕の事をグリーングラスに密告すれば、僕の人生はここで終わりかもしれない。
だけどこの件に関して、グレンジャーの力を得るには僕の人生を賭ける位のリスクを犯さなければならない。
何故なら、彼女はマグル産まれで、女性だ。
彼女が死喰い人に反抗している事が発覚すれば、凌辱の限りを尽くされるだろう
「『開心術』を掛けさせて貰っていいかしら?」
「構わない」
「ごめんなさいね。『レジリメンス 開心せよ』……いいわ、付いてきて」
優れた開心術師は、心に入ったことを相手に悟らせず、一瞬で何十年分という過去を覗くという。
グレンジャーもその域に達してるのだろう。
僕が気がつかない間に、僕の過去を見終わった様だ。
どうやら信頼して貰えた様で、何処かへ僕を案内してくれた
「貴方、探求クラブに居たのね」
道すがら、グレンジャーが話しかけて来た。
心を覗いた時に、探求クラブでの僕も見たのだろう
「という事は、君も?」
「ええ、貴方にいつも反論してたのは私よ」
正直言うと、それは少し分かってた。
マグル産まれ擁護派で、一番賢い人物と言えば彼女だ。それに気も強い。
いつも反論してくるのはグレンジャーではないか、という可能性に行き着くのに、そう時間はかからなかった
僕達が探求クラブの思い出話に花がを咲かせていると、グレンジャーの歩みが止まった。
ここはーー
「リドル先生の部屋?」
「そうよ。開けてみて」
言われるまま、ドアを開けてみる。
中には何もない、埃っぽい部屋だ。ここ何ヶ月も人が入ってない事が一目で分かる
「あれだけ賑わっていたのにな」
思い出の場所がここまで寂れてしまうのは、何とも言えない気持ちになる。
きっと、同じ気持ちだろうとグレンジャーの方を見ると、何故か慌てていた
「ごめんなさい、そうじゃないのよ。此処はリドル先生の部屋であって、リドル先生の部屋じゃないの」
グレンジャーはローブのポケットから、鍵を取り出した。
? 鍵は掛かっていなかったが?
グレンジャーが鍵を持ったままドアを開けると、先程までの部屋じゃない、僕の記憶のままの部屋が僕を迎えてくれた
「ようこそ、『TA』へ!」
僕が思っていたよりずっと、ホグワーツには希望が残っていた様だ
❇︎❇︎❇︎
マルフォイが決心を固める一週間前。
それよりも早く、決心を固めた者たちがいた。
それは、ロンとハーマイオニーの二人だ
「……ロン」
「ハーマイオニー……」
フレッドとジョージが居なくなってしまった直後、ハーマイオニーはロンに何て声をかけて良いか分からなかった。
ただ、何かを言わなければならない気がした。
結局口から出たのは名前だけ。
だがそれで、充分だった
「僕は、僕は仇を討つよ。君はどうする?」
「私もよ、ロン」
こうして、二人の戦いが始まった
❇︎❇︎❇︎
グリフィンドールの談話室で、ロンとハーマイオニーが向かい合って座っていた。
傍目には、彼等は羊皮紙と本を広げながら真面目に勉強しているただの学生だ。
しかし実際には、彼等は『開心術』によって打倒ダフネ・グリーングラスの会議をしている
『必要なのは、信頼できる仲間とグリーングラスに邪魔されない拠点だな』
ロンが『薬草学』のレポートを適当に書きながら言った
『もう拠点の方ならあるわ。リドル先生の部屋よ』
『君、正気か?グリーングラスはリドル先生の【6つ目の部屋】を遺贈されてるんだぞ。ラスボスが住んでる部屋の真上が拠点なんて、そりゃあ安全だろうな』
『その心配ならないわ』
ハーマイオニーがぴしゃりと言った
『【6つ目の部屋】はそこに在るけど、ないの』
ロンは一瞬、遂にハーマイオニーが勉強のやり過ぎで可笑しくなったのかと思った
『【6つ目の部屋】は空間ごと断絶されてるの。つまり、他の部屋からあの部屋には干渉できないの。逆もまた然りよ』
要は【6つ目の部屋】から【5つ目の部屋】には入れないし、逆に【5つ目の部屋】から【6つ目の部屋】に入る事も不可能。
それどころか、物音1つ聞く事も出来ない、という事らしい
『それじゃあ、どうやってグリーングラスは【6つ目の部屋】に行ってるんだ?』
『恐らくだけど、『姿あらわし』の類を使ってるんだと思うわ。リドル先生はホグワーツ内でも『姿あらわし』が出来たし、グリーングラスもそうしてるんじゃないかしら?』
ホグワーツの機能のほとんどは死んでしまっているが、新たにダンブルドアがかけ直した物もある。
『転移不可呪文』はそのうちの1つだ。
しかしどうやら、ダフネは『姿くらまし』する事が出来る様だった
『それじゃあ、グリーングラスが他のリドル先生の部屋に『姿あらわし』するかもしれないじゃないか』
『出来るでしょうね』
ハーマイオニーは勿体ぶってそう言った。
それに対し、ロンは少しムッとしながら続きを促した
『ただしそれは、別のリドル先生の部屋に、でしょうけど。私がリドル先生に遺贈された鍵、あれがないと、どんな方法であの部屋に入っても本当の意味では入れないの』
その瞬間、『開心術』を通してロンの頭の中に映像が流れ込んでくる。
ハーマイオニーが鍵を持っている状態で部屋のドアを開けると、昔と何も変わらないトムの部屋が待ち構えていた。
再び扉を閉め、ハーマイオニーが『浮遊呪文』で鍵を浮かした状態でドアを開けると、今度は見すぼらしい物置が出てきた
『多分、『双子の呪い』の応用だと思うけど、詳しくは分からない。それから、他にも色々と機能があったみたいだけど、ほとんどが死んでしまってるわ』
そうは言ったが、ハーマイオニーには部屋の機能を復活させる算段があった。
部屋に残った魔力痕から、掛けられていた魔法を特定し、自分で再び掛け直す。トムの部屋には彼が書いた『防衛呪文』についての本もある。それを使えば、不可能ではない。ハーマイオニーはそう考えていた。
そして事実、彼女はこの後、部屋の幾つかの機能の復元を成し遂げる
『まあ、分かったよ。場所はそれでいいよ、贅沢言ってられないしな。でも、メンバーはどうする?いくら君が居るって言っても、アンブリッジと死喰い人、それからグリーングラスを一遍に相手するんだぜ?』
実際の所、アンブリッジと死喰い人はそれほど脅威にならない。
事実、ネビル達が反乱を起こした際も、アンブリッジと死喰い人達は倒していた。
しかしダフネ・グリーングラスの登場で、戦況が一変した
『それだけど、ジニーにきょーー』
「ダメだ!」
ロンは『開心術』での会話も忘れ、思わず立ち上がって怒鳴った。
幸い、近くに死喰い人は居なかったようで、数人のグリフィンドール生の注目を集めるだけで済んだ
『ロン、落ち着いて』
『落ち着いて居られるか!フレッドとジョージが
『貴方の言いたい事は分かるわ。でも、ここで彼女を止めないと、ホグワーツにいる全員が
ハーマイオニーのその言葉に、ロンは散々悩んだ。
しかし結局は、渋々ながら同意した
『僕の方からも何人か勧誘しておく。ちょうどもうすぐ食事係だし』
屋敷しもべ妖精が居なくなったホグワーツ。
そこで食事を作っているのは、生徒達自身だ。
何班かに別れ、ローテーションを組んで食事を作っている。班は月毎にランダムで作られる。
そこでなら、普段話さないような人間と話しても不思議ではない
『それなら私は、彼女に対抗出来るように自分達を鍛える為の方法を考えておくわね。前にもやっていたから、すぐに出来るでしょうけど』
『ああ、分かった。……勝つぞ』
『ええ、勿論』
それから二週間、二人は魔術の研鑽を積み、人を集めた。
元々『TA』にいたメンバーはダフネの息がかかっている可能性が高く、勧誘出来なかった為、1からのスタートとなった。
しかし、少数ながらも新生『TA』は機能している。
恐らく、ダフネを除いた死喰い人やアンブリッジになら勝てるだろう位の戦力は集まっていた
❇︎❇︎❇︎
「ーーという事が有ったのよ」
それを聞いたマルフォイは、ただただ感動した。
何故なら、彼等は同じ寮生や家族を
だが尊敬している、それ故に、とある点が酷く気になった
「何故、ポッターが居ないんだ?」
マルフォイから見て、ハーマイオニーとロン、それからハリーは仲の良い三人組だった。
過去、ドラゴンを逃したり、賢者の石を守ったり、スリザリンの後継者と戦ったりと、三人で困難に立ち向かっていったはずだ。
それがどうして、ポッターが居ないのか
「まさか、ポッターは負けたのか?」
ポッターが決闘を挑み、グリーングラスに負けて
それは充分にあり得ることの様な気がした
「違うのよ、ただ……」
ハーマイオニーはロンとジニーをチラリと見た。
二人とも、無言を返した。
ハーマイオニーに任せる、という事だろう。
マルフォイの記憶を覗いて、マルフォイが彼を慕っていた事を知ったハーマイオニーは、彼にもトムの死の真相を知らせるべきだと思った
「リドル先生を殺したのは、ハリーなの……」
ハーマイオニーはマルフォイに説明した。
あの夜の事、そしてその結末を。
それを聞いたマルフォイは、しばし考え込んだ。
トムの死の真相による衝撃は、ひとまず心の奥底にしまい込んだ。
今は、それよりも為すべき事があるからだ
「それならなおさら、ポッターを仲間に加えるべきだ」
「正気か?」
「もうバレてると思うから言うが、僕の父上は死喰い人だ。三大魔法学校対抗試合の際、リドル先生と戦った一人だったらしい」
そこまで言ってマルフォイは、父上が他の死喰い人に話していたのを盗み聞きしただけだが、と前置きした
「死喰い人達が例のあーーヴォルデモートとリドル先生が戦ったり、話してる最中に、どれだけ不意をつこうとしても無理だったらしい。父上やベラトリックスでさえもだ。そしてそのまま、複数を相手しながらヴォルデモートに勝ったそうだ」
「つまり君は、ハリーが不意打ちの達人だから仲間に引き入れようって、そう言うのか?」
「そうだ!例え不意打ちでも、あの人を倒せる自信のある奴はいるか?」
全員が押し黙った。
マルフォイはそれを、満足気に見回した
「決まりだな」
「でも、どうやってハリーを仲間に引き入れるの?今の彼、ハッキリ言って、腑抜けてるわよ?まあ、私達の所為もあるけど」
ジニーの問いかけに、マルフォイはニヤリと笑った
「余裕だ。僕が一体何年、ポッターを挑発してきたと思ってるんだ?」
全員、その言葉を否定するには思い当たりがあり過ぎた
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マルフォイ達が結託しているちょうどその時、真下にある(正確に言うと無いが)【6つ目の部屋】にダフネ・グリーングラスは居た。
部屋には多くの棚が置いてあり、『神秘部』にある予言の間の様になっていた。そしてその棚の全てにびっしりと小瓶が置かれている。すべての小瓶の中は白い
この部屋の中に、棚と小瓶の他には一つの鏡しかない。
そしてその唯一の鏡ーー『みぞの鏡』の前にダフネは居た。
ダフネはその白く長い指で、愛おしそうに鏡を撫でた
「やっと、貴方様の願いを成就出来ます」
当然、この部屋にはダフネ以外の人物は居ない。
だがダフネは、そこに誰かがいるかの様に話してかけている
「しかし、滑稽ですね。結局、誰も貴方様のお心を理解出来て居なかったのですから。そう、あのアイベリーでさえも」
ダフネはクスクスと笑った。
その笑みは妖艶な女であり、淫靡な魔女であり、穢れなき聖女であり、無垢な少女そのものだった。
ここに人が居れば、きっと誰もがこの少女に堕ちた事だろう
「嗚呼、申し訳ありません。アイベリーを乏してる訳ではないんです。ただ、私だけが貴方様を理解しているというのが嬉しくて。女と言うのは、そういう事に悦びを感じる生き物なんです」
彼女はイタズラっぽく笑ってローブのポケットからネビルの銀の杖を取り出した
「ですがご不快にさせてしまった事は私の罪です。どうぞ私を罰して下さい」
そしてそのまま、ダフネは銀の杖を美しい蒼の眼球に突き刺した。
『ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ』
ダフネが自分の眼球をえぐる音が暫く響いた
「ええ、勿論です。今お拭きさせていただきます」
彼女はたった今まで自分の眼球をえぐっていた杖を、今度は口で深々と飲み込んだ。喉の奥を突き刺し、流石の彼女もえずいたが、それでも吐かずに杖の汚れを舐めとった。
そして杖を引き抜くと、付着した自分の体液を丹念に髪で拭き取った。
彼女は杖が綺麗になった事を確認すると、再び何事も無かったかの様に続きを話し始めた
「そういえば、もうすぐ他の貴方様が私を殺しに来るそうですよ」
ダフネは自分の真上を指差した
「こう言う言い方は変ですが、『分霊体質』が無くなったのは一度お亡くなりになったお陰ですね。これで一応、私を殺しても心配要りませんもの」
ダフネはまた、クスクスと笑った。
『分霊体質』ーーそれは、トムの特殊すぎる魂の構造から発生した物だ。簡単に言えば、すぐに魂が分霊してしまう体質を指す。
ハリーはヴォルデモートとのホークラックスになり、魂を自分の体の中に同居させた。
だがヴォルデモートの記憶や知識を得る事は無かった。
しかし、同じくヴォルデモートのホークラックスになったトム・リドルはヴォルデモートの記憶と知識を有した。
それは何故か?
ハリーには体が有った。
体という器の中で、ヴォルデモートとハリーの二つの魂が同居していたに過ぎない。
だから『パーセルマウス』などの身体的特徴だけを受け継いだ。
しかしトムの場合、体、つまり入れ物が無かった。
故に魂と魂は密接に絡み合い、一つの魂となった。
身体的特徴だけでなく、記憶や知識、能力を共有した。
だがその魂は酷く不安定だった。
そう、誰かをうっかりとでも殺してしまえば直ぐに分霊し、『分霊箱』を作ってしまう位に
「あら、もうこんな時間……。そろそろ就寝の時間ですね。それでは、失礼いたします。また明日、会いにきますね」
ダフネは心底名残惜しそうに、もう一度鏡を撫でた。
そして素早く自分の眼球を治し、部屋から『姿くらまし』して自分の部屋へ『姿あらわし』した。
部屋にあるベットの上では、妹のアステリア・グリーングラスが待っていた。
ダフネは特に何も言わずに着替え、ネグリジェ姿になった。
アステリアは姉が着替えている最中、その淡い肌が露出する様を食い入る様に見ていた。
ダフネは着替え終わるとそのままアステリアを抱きしめ、ベットに入った。
まずアステリアが眠り、続いてダフネが意識を手放した。
かつて悪夢にうなされていたダフネだが、もうそんな心配は要らない。彼女は翌朝まで、心地良さそうに眠っていた