音ノ木坂学園廃校。その報せは瞬く間に全校生徒に広まっていた。どこを歩いてもこの話題で持ち切りだ。そして、その噂は学校周辺地域にまで渡っている。
「そういえばゆうちゃん、学校無くなるんだって?大変だねえ・・・」
八百屋のおばちゃんがしみじみと呟く。
「まあねー。ウチのねーちゃんもあそこの卒業生だから、それなりにショックみたいだけど・・・あ、あとニンジンね」
「はいよ。じゃあお会計580円ね。・・・はい、ちょうど頂きました。それじゃね」
おばちゃんと他愛のない話をしてから八百屋での買い物を終えて商店街を自宅方面へと歩いていく。ここは小さいころから良く通ってて顔なじみのお店も幾つかある。さっきの八百屋のおばちゃんのようにあだ名で呼んでくれたりする人もいる。人情と優しさにあふれたちょっと懐かしい雰囲気のする商店街だ。
そんな商店街を抜け、しばらく歩いたところに我が家はある。一戸建ての少し大きめの家。そこに俺とねーちゃんの現在二人暮らし。両親は別に死別というわけではなく仕事の関係でそこらじゅうを飛び回っている。一年に二回帰ってくるかこないかくらいの頻度で、それも結構急に来たりする。そして、この家のもう一人の住人であるねーちゃんは・・・
「ただいまー」
「おかえりゆー君!お姉ちゃんお腹ペコペコだよぉ」
ランニングシャツに短パン。髪はボサボサでだらしなく寄りかかってくる我が姉、木原麗花。今絶賛人気急上昇中のトップグラビアアイドルの〝レイカ〟とはこの姉のことである。仕事とプライベートではこのようにとんでもない落差がある為、迂闊に友人すら家に呼べない。しかもこの人、料理どころか掃除洗濯、家事スキルが壊滅的にダメというおまけまでついている。ちなみに歳は23。・・・彼氏ができるかどうかが心配だ。というか貰い手がいないかが心配だ。
「ねーゆー君」
「何ねーちゃん。あと、動きづらいし邪魔で暑いからいい加減離れて」
「いーやー。弟成分補給中につき離れることはできません。それはそうと、どうなったの?あの話」
「あの話って・・・ああ、廃校のことか。別に、ただ穂乃果がなんかするって張り切ってたけど」
「母校がなくなるのは寂しい限りなんだよぉ・・・あ、ストロベリー!」
食後のデザート用に買ってきたアイスを見つけて後ろから目を輝かせて覗くねーちゃん。こういうとこは小さいころからあまり変わっていない。・・・いや、むしろ悪化した気がする。そろりそろりと後ろから手を這わせてきたので上から手刀で叩きつけてやろうとするが、それを最小の動作で躱して再び伸ばす。が、ねーちゃんの立ち位置は俺の背後。つまり。
「ふんぬぬぬっ、バックするなんてズルいよ!」
「子どもかッ。晩飯喰い終わるまでお預けだ」
ぶ~、と頬を膨らます。抗議の言葉を言っているが一々相手にしてるとキリがないのでスルーして晩飯の支度へと移る。本日の晩飯はナポリタン。パスタって簡単で作りやすいから家計にも優しいしスゲーと思う。ほんとこれ考えた人天才だと思うわ。
「あそうだゆー君。アイドルとか興味ある?」
「そうでもない。そういや一昨日穂乃果に無理やり駆り出されて見せられたっけな。なんだっけなぁ、んーと・・・忘れた」
正直興味はこれっぽっちもない。別に嫌いというわけではないが、なんというか姉がこういう職業しているからなんだろうか、反骨精神とでもいうのだろうか。その反動でまったくもって興味を示せなくなってしまったらしい。いったい何時からなのかは知らないが。
「A-RISE、だよ。UTX学園の」
「あー・・・スクールアイドルつったっけ」
「そそ。凄いよねーあの子達。学生でありながらアイドル、しかもその名前は今じゃ超有名」
「それに関しちゃねーちゃんも負けてないだろ?デビューして早々、雑誌の表紙飾ったあげくCD出せばオリコン一位を掻っ攫うとかホント才能の塊だわ」
「こーんな完璧なおねーちゃん持てて幸せでしょ?」
「ハイハイソウデスネー」
というか自分で言うかねそれ。
そんなこんなで晩飯を食い終え、風呂にも入って後は寝るだけという時になりふと何か思い出したようにねーちゃんが言った。
「そういえばまた来てたよあの手紙。これで何通目かな?」
「・・・暇なんでしょどーせ」
振られた話題をバッサリと切り捨てる。暗に「この話題はもう振らないでくれ」という意を込めてのものだったが、そこは姉弟。すぐに察してくれたのか、はたまたねーちゃんも嫌いだったのか。話題を振るとともにひらひらと見せていた封筒をそっけない返事をしたと思ったらビリビリに破り捨て、ゴミ箱へと放り込んだ。ノールックで後方にあるゴミ箱へと、さながら後ろに目があるかの如く入れる姿は正直凄いと思う。物凄くくだらないスキルだけど地味に欲しい。
「それはそうとゆー君!」
「なに?」
「チューしようチュー!」
このブラコン、どうにかならんものなのか。呆れて物も言えず、もう寝ると一言言い残して部屋へと戻った。
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「おはようゆう君!今日もいい天気だね!」
「そう言うお前はいつも能天気だな」
「朝から幼馴染のエッジがキツイ・・・でも負けない!」
「さよか。で、なんだ?」
登校するなりいきなり絡んできた穂乃果のテンションにうんざりしながらも、まるでご主人の帰りを待っていた犬が如く寄ってきた穂乃果を見上げる。鞄から教科書やら漫画やらを取り出して机の中にしまいながら聞く耳を立てる。
「あのね、私と海未ちゃんとことりちゃんの三人でスクールアイドルをやることにしたの!」
「・・・なるほど。で、廃校を阻止すると」
「うん!」
話題作りという点では悪くない。スクールアイドルは今アイドルファンにとっては最もホットな話題だ。しかも若い世代ともなればなおさら。穂乃果にしては知恵を絞ったなと思う。
「でもお前ら踊りながら歌うなんてことできるのか?つかスクールアイドルって部活かなんかだった気がするぞ」
「・・・・スクールアイドルをやることにしたの!」
「お前なぁ・・・」
まあこんな事だろうとは思ったけどな。大体穂乃果が何かやり始めた時はこういうオチだし。
「それでね、ゆう君にお願いがあるの」
後からことり、そして海未がやってきた。
「実は、遊太に私達のマネージャーをやってもらいたいんです」
「・・・ハァイィ?」
右京さんちっくな返事で返す。今この美少女はなんと申した・・・マネージャー?ジャーマネ?ほう・・・マネージャーと言えばあれか、アイドルのスケジュールとか管理して、飲み物買ってきたりとかしてこき使われてるけど、実は裏でこっそり付き合ってたりする、あのマネージャーか。
「ぐへへ・・・」
「何を考えているのかわかりませんし、わかりたくもありませんがとりあえず殴っていいですか?」
「・・・殴ってからいわないでください」
速攻でグーが飛んできた。じゃんけんで一番強いのは実はグーなんじゃないかと思うの。
「ね、いいでしょ?」
「・・・穂乃果、俺のモットーを知ってるか?」
「ん~・・・楽して一攫千金、だっけ?ダメ人間の限りだねってことりちゃんと話てた」
ほう、ことりぃ・・・後でオシオキが必要だな。間違ってないけど。
「そう。ぶっちゃけメンドクサイからやりたくないのが本音。ま、どうしてもって言うなら?お前のおっぱい揉ませてくれたら承諾したやらんこともない」
「なッ・・・遊太、貴方という人は・・・!」
海未が怒るのも最もだ。自分で言ってても最低だと思う。でもな。正直俺はこの学校が廃校になろうがならなかろうがどうでもいいんだ。普通に過ごして、当たり障りのない高校三年間を過ごせればそれでいい。自分を偽ることなく、のんべんだらりと生きていけたらそれでいい。だからこそ、いくら幼馴染といえど呑み込めるものとそうでないものもあるんだ。
それを伝えるため、言った一言。ことりは俺の言葉に絶句し、海未は憤る。そして、穂乃果は顔を真っ赤にして俯く。仲は悪くなるかもしれないが、これでいい。幼馴染って言ってもその縁がこの先ずっといつまでも続いていくわけじゃない。偶々その節目が、今日この瞬間なだけ。現実はそう理想と上手くは釣り合うことがないんだ。だからわかってくれ穂乃果。俺じゃない、他の誰かを―――
「・・・いいよ」
「・・・・へ?」
「いいよ。お・・・おっぱい、触らせてあげる」
・・・・オイオイオイオイオイオイオイ、ちょっと待て。そこは普通、涙目でビンタの一つでもするのが普通ってか、そういう反応するとこだろ!?何を承諾しちゃってんのさこの子は!?お兄さん本格的にこの子の事が心配だよ!
「でも!条件。私達が学校の廃校を止めることができたら、その時は・・・さ、触らせてあげる・・・」
「・・・お、おう・・・」
なんだこの空気は。ほら見ろ、海未とことりも愕然としてるぞ。どうすんだこれ。
「ま、まあ?俺の手にかかれば廃校阻止どころかドでかいイベントに出ても恥ずかしくないほどに伸し上がれるから?割と本当になるかもだぜ」
「・・・・いいよ。それぐらい私、本気だから」
「・・・いいのか?後悔すんなよ」
「二言はないよ。私、決めたもん」
穂乃果の真っ直ぐな瞳が俺を映す。意志の強い、穂乃果が何かをやると決めた時はいつもこんな目をしていたのを思い出す。此奴のこんな目を見るのはいつ以来だ?そんなことを考えながら。
「・・・わかった。やってやるよ」
そう、返事を返したのだった。