世の中には様々な人間がいる。足の速い人遅い人。頭のいい人悪い人。大食いな人小食な人、あげたらキリがない。しかし、その中でも・・・・おそらく、人生生きていく中でおそらくこの先見ることもないであろう人種に遭遇するとは、この時は思いもしなかった。
「・・・なんで音楽室で腕立て伏せ?」
「聞かないでください」
一瞬なんだこのシュールな絵面はと思ったが、どうやら彼女・・・西木野さんは穂乃果に言われたそうだ。「アイドルってね、すっごく大変なんだよ」と。その答えが腕立て伏せしながら笑顔を作るということだったらしい。その時はできなかったが、穂乃果が去った後も負けた気がして少しやっていたらしい。というか、アイツ何だかんだでちゃんと西木野さんの説得来てたんだな。忠犬穂乃果、後で褒美をやろう。
「それで、できたのかい?」
俺の言葉に西木野さんは首を振る。それはもう悔しそうなのがにじみ出ていて見てると何だか楽しい・・・いや、うん。そうじゃなくて。
「そうか。穂乃果から何か言われた?」
「一応、作曲の依頼をされました。作るかどうかはまだ決めてないですけど」
ちゃっかり作曲依頼もしてる辺り抜け目ながない。普段何も考えてなさそうな穂乃果だが、こういう時はちゃんとしてるんだなと評価を改める。
「そっちの事情もあるだろうから、返事は後で構わないよ。・・・まあ、早いにこしたことはないけどね」
「あの・・・一つ、聞いてもいいですか?」
去り際に彼女に呼び止められた。ドアを開けようとして伸ばしかけた手を降ろし、振り返る。
「・・・どうして、私なの?もっとピアノ上手い人いると思うんだけど」
何となくではあるけど、そう言う西木野さんの顔がとても不安げに見えた気がした。瞳を潤ませ、俺を見てくる。自分が必要とされているのか、そう考えているかのようにも取れる彼女の視線に俺は、真っ向から返す。偽ることなく、自分の本心を持って。
「たしかにそうかもしれない。でも、俺はきみの弾くピアノが好きだから依頼したんだ。それはきっと、穂乃果も同じだと思う」
「そう、なのかな・・・」
「聴いた時、感じたんだよ。ハートにズーンとさ。あんま知識ないから大それたことは言えないけど」
「・・・・ハートに、ズーン・・・」
俺の言葉を繰り返しながら、さながら自分の心臓に手を当てるが如く胸の前に右手を持って行く。少し目を閉じて、やがて何かを決めたかのように頷いて再び開く。
「・・・貴方って、不思議な人ね。あの先輩も相当だけど」
「よく言われる」
そう言って互いに笑みを浮かべた。
「わかったわ。曲、なんとか作ってみる」
「ホント!?」
「ただし、あまり期待しないでちょうだい。そんなクオリティ高いのは作れないわよ?」
「クオリティなんて関係ないさ。西木野さんが作ってくれるってだけでこっちは鬼に金棒、海未にハリセンだよ!」
その時、携帯のバイブレーション機能が作動し、ポケットの中で震えた。何かと思ってロックを解除してスマホを覗くと、海未からLINEが個別で送信されてきていた。
◇
海未:今日もいつもの場所で練習します。私は部活があるので遅れますが、先に行っててください。それから、またヘンなこと考えてないですよね?
◇
コイツ、本気でエスパーなんじゃないかと疑った方がいいかもしれない。そんな内容の文章が送られてきたことに軽く戦慄する。それはそうと、俺が行かないとことりはいいが穂乃果が絶対に手を抜きそうだ。この前海未に見つかって怒られてたし。
「じゃあ西木野さん、また後で。っと、忘れてた。連絡先教えてもらえるかな?」
「ええ。いいわよ」
その後西木野さんの連絡先を教えてもらい、遅刻しないよう急いで音楽室を後にする。・・・あ、そーいやあの子途中から敬語使ってなかったような・・・ま、いっか。
♪
「なんですと!?」
そう呟いたのは穂乃果だ。海未が部活で遅れてしまう分、今日は俺が二人のトレーニングに付き合っている。驚いたような顔でそう言ったと思えば、次の瞬間には満面の笑みを浮かべこちらに飛び込んできた。それを片手で顔面を鷲掴みにするという形で受け止める。
「やったねゆう君!あの西木野さんを口説き落とすなんて凄いよ!」
「人聞きの悪い事を言うな。あと汗臭いから寄るな暑苦しい!」
「でもホント、よく引き受けてくれたね?」
「まあ、これも俺の人徳のなせる技って奴かな」
「え、ゆー君てそんなに人徳あったっけ?」
穂乃果はともかく、ことりにそう言われるとダメージがデカい。ああ、マイエンジェルはマイデビルでもあったのか・・・・でもこれはこれで。
「何をしてるんですか一体・・・」
呆れ気味に練習の休憩風景を見た海未がそう呟いた。鷲掴みにされてる穂乃果、そしてことりの言葉を聞いて若干ヘブンしてる俺。うん、異質というよりもはや近づきたくないまである。そんな空間に勇敢にも割って入ってきた勇者海未!さあ、新たな冒険が今はじま―――
「くだらない事考えてないで練習しますよ」
「・・・相変わらず容赦ないハリセンだ。首が一周するかと思ったぞ」
「知りません」と一括して俺からトレーニングの指導を引き継ぐ海未。こうなるともう俺はやる事がなくなってしまう。精々美少女三人が額に汗を浮かべながら、ひたすら体力造りに励む光景をしk・・・・いや、見守るだけ。何かないかなと思考を巡らせていると、不意に階段の下から誰かがこっちを観ているような気がした。誰だ!俺以外にこの光景を楽しもうとする輩は!?成敗してくれるッ!
「・・・あれ?」
いない。でも確かに視線を感じた。もしかして、俺の自意識過剰・・・?
「どうかしましたかユウ?」
急に俺が立ち上がったのを不思議に感じた海未が、吹こうとしていたホイッスルから口を離す。
「今、誰かに観られてた気がする・・・」
この神社は、夕暮れ時のこの時間帯でも人通りはまばらだ。帰宅ラッシュではあるものの、この階段を上り下りしてるのなんてそうはいないし、今日に限っては人通りなんてない。それなのに、確かに感じた視線。これは・・・・
「もしかして、俺のファン!?」
「何をどうしたらそう歪むんですか」
「歪むと来たか・・・」
「まあゆー君のファンは無いとしても、ちょっと怖いよね」
さり気にまたことりが俺にダメージを負わせてくる。それはそうと、女の子が、しかも幼馴染がそんな邪な目で見られているとか、ひょっとしたら狙われているんじゃないかと考えたら、いい気分はしない。ここはやはり、俺の出番だろう。
「ちょっと見てくる。お前らはここにいてくれ」
「う、うん」
「ゆう君、気を付けてね!」
「何かあったら、直ぐに警察を呼びますから」
三人からそう言われ、サムズアップして返す。階段を駆け足で降りて、左右の道を見回す。すると、商店街の方へ続く道に駆けて行く後ろ姿をギリギリ視界にとらえることができた。が、肝心の特徴はわからず得られた情報はうちの生徒だったということぐらい。しかしなんにせよ、ヘンな輩では無い事にほっと一安心できた。
「・・・ん?」
三人娘のところに戻ろうと踵を返した時、コツンと何かを軽く蹴とばしてしまったことに気付いて、足元を見る。小さな手帳のようなものだ。しかもよく知っているもの・・・音乃木坂学園の生徒手帳。それを持って階段を上がる。
「ユウ、どうでした?」
「どーもこーも、こういうことだった」
海未に拾ってきた手帳を渡す。裏返せば、当然持ち主の情報が顔写真と共に載っている。眼鏡をかけて少し俯き、その画だけで引っ込み思案だとわかる。ボブヘアーの琥珀色の毛色。名前は・・・・
「大泉よ・・・」
「小泉な。ユーコンに沈められたいのか。穂乃果のクセに高度なボケなんて生意気だ」
「最近思うんだけどゆう君の私に対するエッジ鋭すぎない?ね?ね?」
抗議してくる穂乃果はこの際スルーしといて、さっきの視線はこの子で間違いなさそうだ。ってことはホントに俺のファン!?
「来ちゃったかな、俺の時代」
「一生来ないと思う」
三人の声が重なった。
「なにおぅ!?」
「・・・・むしろ来てほしくない」
「何か言ったかな高坂君?」
「ううん、なにも!・・・というか何その口調」
「俺のノリに説明なんて不要だろ。その手帳は俺が預かっとく。一年にはちょっとしたアテがあるからな」
「アテ?」
「そういや話してなかったっけ」
「女の子?」
・・・なんでだろう。ことりの声がいつもよりトーンが低くなったのは。あと、それを聴いたら何故か生命の危機みたいなのを感じたんですケド。
「あ、ああ。西木野さんのLINEゲットしたから・・・」
「え!?いつゲットしたの連絡先!」
「離してくださいことりッ!これ以上犠牲を出さない為にも!今ここでユウを更生しなくては!」
「ダメだよ海未ちゃん!というかその如何にも固そうなハリセン一体どこからだしたの!?」
俺に詰め寄る穂乃果。そして俺に更生と言う名の何だかよくわからない敵意を向ける海未と、それを食い止めることり。何故だ、何故俺がきみら意外の女の子の連絡先知ってるとイカンのだ。・・・・あ、もしかして。
「これ以上アホなノリの犠牲者を出さない為だから。好きとかそんなんじゃないから」
「どうしてそんな長い台詞で声を揃えられるんだきみらは」
そんな理不尽なツッコミを喰らいつつ、夕日が沈みかけたのを期に今日はこれで解散することに。帰路に着いた俺達だが、今は穂乃果と俺の二人きり。家が近所ということもあり、いつも帰りはこんな感じなのだが・・・・
(マズい。最近は穂乃果の部屋に入り浸ることが多かったから、あの二人がいないと急に気まずいッ!)
今更ながらに事の重大さに気付く。クラスメートが大勢いる空間で「お前のおっぱい揉ませろ」って言って、条件付きとはいえ了承してしまった。その事実が今日に日に増えて行く穂乃果の体重のように俺の背にのし―――
「・・・なんだその目は。そしてなんだこの手は」
ポスン。音にしたら多分そんな音が鳴っただろう。穂乃果のチョップが俺の胸に振り下ろされていた。ジト目で不満全開で俺を見上げながら「ムー・・・」と唸る。・・・・やっぱ犬みたいだなコイツ。
「さっき、失礼な事考えてたでしょ」
「・・・・別に」
前髪をいじりながらそう答え、振り下ろされた手を軽く払い退てお返しにデコピンをお見舞いする。「あうっ」と目を瞑って撃たれた箇所をさする穂乃果。
「ウソだ!絶対考えてたもん」
「証拠は?」
「ゆう君、嘘つく時前髪弄る癖あるもん。さっきも弄ってた」
「・・・穂乃果」
「何?」
「・・・・きみのように勘の良いガキは嫌いだよ」
よく観てるな。褒美にウメボシをお見舞いしてやる。
「イダイイダイイダイ!?ゆう君それだけはああああああ!」
「やかましい!こっちがヤキモキしてるのにお前はさっきから食い物とことうみの話ばかり!なんか納得いかねェ!」
俺の悩みなどどこ吹く風と言わんばかりにいつものテンションで話す穂乃果が、なんだか羨ましくて。どんな時でもマイペースを崩さないコイツの、真っ直ぐな明るさが本当に・・・
「・・・どーしたの?」
「・・・なんでもねぇ」
「イダダダダ!?」
ま、そんな穂乃果だから、こんなノリができるってのもあるんだけど。でも時折見せるこういう勘の良さみたいなのはビックリするから許さない。見透かされてるようで、穂乃果のくせにナマイキダゾ!
「ヌアアアアアアアアア!?」
「・・・ふう。満足したから今日はこれくらいにしてやる」
「ううう・・・こめかみが・・・こめかみがぁああ・・・」
「・・・本当によかったのか?」
「いたたた・・・・よかったって、何が?」
・・・あー、これ俺だけが気にしてたパターンだ。ってことはやぱり俺だけヤキモキしてたってことか!?
「・・・ハァ。行くぞ、穂乃果」
「あっ、待ってよゆう君っ」
♪
(ゆう君、やっぱりあのコト気にしてるんだ・・・ってことは、私の事少なくとも意識してるってことでいいんだよね・・・・。でもでも、アレはちょっとやりすぎたかな・・・うう、意識したら急に恥ずかしくなってきた・・・!ゆう君の顔、まともに見れないよぉ・・・)
先を歩く遊太の後に続いて穂乃果も歩く。今いるところから50m先にある角、そこを曲がれば自分の家があり、もう少し。時間にすればおよそ五分程度の場所に遊太の家がある。微妙な空気が二人の間に流れる。どうしたものかと頭を悩ませている穂乃果だが、そこで何かを閃いたように手を叩き、駆け足で遊太の隣に並ぶ。
「ねえねえ、ゆう君」
「なんだ?」
「最近新しいデッキ作ってるんだけどちょっと悩んでるところがあってね」
「おまえの部屋、だな。今日は姉ちゃん帰ってくるからそこまで長くはいらんねーけど・・・・あ、なら今日はこっちくるか?晩飯作ってやるよ」
「ホント!?」
共通の趣味の話でなんとかこの空気を払拭しようと努めた穂乃果だったが、ここで渡りに船。願ってもない展開につい、笑顔になる。
(ゆう君といると、私も笑顔になれる。海未ちゃんとことりちゃんといる時ももちろんだけど、ゆう君といる時はこう・・・あったかくなって、なんでもできそうな気がしてくる。この人が背中を押してくれてる。そう考えるだけで、どんどん元気になれる!)
「・・・どーしたんだ急にそんな元気になって。さっきまで練習でグロッキーになってたのに。さては晩飯喰えるとおもってテンション上がったな?」
「そっ、そんなことないもんっ!」
それもあるけど、ということは決して言わない。食いしん坊の印象はどうしてもぬぐえないが、これ以上悪化させないことはできる筈だ・・・・多分。そんな自信のなさを抱えながら、二人は帰路を歩いた。