祝辞
戦車道の者らは体調に万が一があった時のために、校舎内の教室に二つに分けて待機させていた。無論午前のうちに返すつもりである。その片方を部屋の、階段に近い方の扉の前で、肩に鞄をぶら下げた小山は足を揃えた。扉の前に手の甲を向け叩こうとしたが、それを直前で止めた。中から聞こえる幼い声に耳を傾けた。
「……本当にやるの?」
「うん。そうする。」
「やめた方がいいと思うけどなぁ。」
「なんでやろうとするの?」
「……夏にも思ったんだけど、やっぱり私、ここもみんなも好きなんだ。でもそれが今大変なことになってる。学園艦の下の方から音がするようになったし、きっと私たちの知らないところでいろいろと話が進んでるんだと思う。
だから私も出来ることで協力したい。だけど戦車道は多分ここでは通じないから、その経験が使えそうな今回頼まれたことを受けたいんだ。」
「でもそうすると、移設するとかいう島には行かないんでしょ?それに軍人になるってことは、下手したら死んじゃうかもしれないんだよ?いいの?」
「士官は前線に行くわけじゃないから大丈夫だよ。さすがに女子高生をすぐに送り込むこともないだろうし。それに休暇がないってこともないだろうから、暇がもらえたら帰ってくるよ。」
「……」
「……そこまでやろうっていうならいいけど、一つ約束してくれる?」
「何?」
「何かあったら絶対私たちに言うこと!特に梓は真面目に考えすぎる質なんだから。必ずだよ!必ず!」
「あはは……分かったよ。」
会話が少し途切れた時を待って、手の甲を前方に数度倒した。一言告げてから部屋に入る。なるほど、うさぎさんチームは扉の近くに居たのか。あまり大きな声ではないと思っていたが。
「小山さん。」
部屋で適当に席についていたものの視線が、一気に小山に集まった。困惑、興味、そして数少ない無関心が混在している。
「皆さん、気分が悪いなどはございませんか?」
一応確認しておく。こちら側では身体的な傷は無いはずだが、精神的なものなら想定し得る。だが幸いそこにいる顔を見る限り、特に問題有りそうな者はいない。
顔を眺めつつ、小山は部屋を歩いていた。立ち止まると周りの机をいくつか退かして、周りの座った人間からも小山が視認できるようにした。床に膝をついた。
「本当に、ありがとうございました!」
急にその部屋の全員に向けて頭を下げた。勿論全員唖然とその背中を見つめていた。
「……どういうことでしょう?」
その中で最初にまともに反応したのは澤である。自身の座っていた席から立ち、小山の方へ歩み寄る。
「……今回の防衛、実はかなり厳しかったんです。校舎内への侵入を一部で許しましたし、グラウンドでも西住さんが負傷する程際どい戦いでした。
そんな中、校門を守った皆さんは砲撃や機銃で毅然と対処してくださり、こちら側の犠牲者無しで撃退してくださいました。お陰で学園の不法な暴力を撃滅し、未来への希望を守ることが出来たんです。
本当にありがとうございます!」
再び顔を床につける。
「いや、私たちは指示どおり実行しただけ。本当に褒められるべきは計画を立てたそちらや風紀委員では?」
同室のカエサルが返す。
「それでもです。実質戦車3輌でかなりの人数を引きつけ、尚且つ退けてくださったんですから、学園を現在纏めている私が頭を下げないわけにはいきません。」
「とにかく顔を上げてください。幾ら何でも申し訳ないです。」
「……失礼します。」
少し待ってから小山は顔を上げた。立てた膝に手を置いて立ち上がる。
「……それに、皆さんがこれほどの戦いを経ながらも、こうして皆さん無事でいらっしゃって、本当に良かったです。本当に、ありがとうございます。そして澤さん。」
小山が体の向きを澤の方に変える。
「はい?」
「すみません。先程外で聞いてしまったのですが、澤さんこの前の話、受けてくださるのというのは本当ですか?」
「えっと……士官学校の話ですか?」
「そうです。」
「本当です。が、確認させてください。本当に向こうで戦車道は出来ないのですか?戦車道で協力できるならそうしたいのですが。」
「残念ながら、この前もお話ししたように我々が頼る広東には戦車道はありません。そしてこの時代の戦争があるのはもはや確実。移設先の都市を守る為に、軍の事情を知っている人が欲しいのです。」
「ありがとうございます。でしたら、私がどこまで出来るかは分かりませんが、やれる限りやってみましょう。」
「ありがとうございます!」
小山は澤の右手を両手で握り締める。澤の手は両手に包まれながらも、向こうの手によって冷やされた。
「えっと、でしたら…これこれ、この書類の名前欄に名前を、こちらのボールペンでお願いします。」
「分かりました。」
ボールペンを受け取った澤は近くの机の上でスラスラと記入する。
「今後の話はまた別の機会になりますが、よろしくお願いします。恐らく11月中には一回お話し出来るかと。」
「小山さん。」
紙を受け取っていると、そこに一人割って入った者がいた。平たい帽子を被った女、エルヴィンである。
「どうしました、松本さん。」
「士官学校に行って欲しい、という件をカエサルから聞いたのだが、この時代の歴史の知識や戦術などは私の方が知っている。その件を私が変わって行くことは出来るか?」
「えっ?は、はい。宜しいならば構いませんが……」
「一つ条件が有ってもか?」
「……お聞きしましょう。」
「ドイツに留学に行かせて欲しい。この時期なら中独合作は成り立っているはず。行くのは難しくは無いはずだ。」
「ふむ……残念ながら今の学園から費用を出すとなると難しいですね。しかし士官学校に入ってくださるならば、話があった時にこちらから推薦しましょう。無論そうなると、学校で優秀な成績を取らねばならないでしょうが。
あと、ドイツ語どれくらい使えます?」
「資料の原文を読める程には。」
「ではそういう人がいると話を通しておきます。では松本さんもこちらに記入を。」
エルヴィンも紙を受け取り、すぐに小山に返した。
「先程も言いましたが、今後については少し先になります。ではお二方は宜しくお願いします。
あ、そうだ。園さん、少しお話ししたいので、廊下に来て頂けますか?」
「……今後の話?」
「そこまで長くないので。」
「分かったわ。」
「では他の皆さんは今回の仕事、本当にありがとうございました。朝食がこの後用意されますので、配給のものですみませんが召し上がっていってください。」
扉の前で深く礼をして、ソド子を連れて外に出る。扉をそっと閉め、階段の前の方に誘導する。
「ここなら良さそうですね。では早速。」
「今後の風紀委員会をどう運営するか相談に来た、でいいのかしら?」
「半分正解ですね。今後の運営、それは重要です。何せこれからインフラも何もない島で生きていけるよう、働いて頂がなければならないのです。下手したら反抗も起こり得るでしょう。」
「今回みたいな?」
「いえ、大人が絡むと今回よりも手強いかもしれません。向こう側に付きはしなかったものの、生徒会に反感を持つ者はいるでしょうし。
その為にまずは現在の後藤委員長、金春副委員長は辞任してもらいます。今回の分断を纏めきれなかったのは彼女らですし。」
「……生徒会による風紀委員会への介入と受け取られるけど、まぁ仕方ないでしょうね。私にかつての部下を打たせる羽目になったのは……ということでしょう。」
「ええそうです。問題はその後継です。会長らは今回の参加者を排除して委員会を構成するおつもりですが、私は過半数が向こうに回った以上、それでは人員が不足すると思っています。」
「話が長いわ。要点は何よ?」
ため息をついて、近くの柱にもたれる。
「……両派を貴女に纏めて頂きたいです。無論学年とかそういう話は無しです。この学園に暫く新入生は入らないですから。」
「……なかなか難しい提案ね。実際がそうだとしても、生徒会との提携に反対だった者が数多くいる中で、生徒会と提携して機密保持と戦車道を支援した私が出来るかしら?」
「ですが後任の候補者が、今回向こう側に付いた人は取り敢えず抜くとして、こちら側の幹部クラスとなると、矢暮さんと佐渡さん……くらいなんですよ。」
「ヤボクはだめよ!あんなのがなったら風紀委員会は、学園の風紀は崩壊するわ!」
「そうなんです。彼女、風紀委員の中で支持を得られていない。佐渡さんは持ってた担当が小規模で力を認められていない。即ち現行幹部層になれそうな人がいないんです。」
「……話は分かったわ。だけど少し待ってくれる?」
「ええ、構いませんが。ですが少なくとも明後日までには結論をください。島への派遣の第一波の監視として幾人か行って頂くので、それまでに新たな指導体制が成立していて欲しいのです。」
「なるほど。なら私が呑もうと呑むまいと、新委員長に現状をさらに詳しく説明して頂けるかしら?そちらに秘密がなくなるほど。」
「……分かりました。無論、そちらが団結して指示に従ってくれるのが前提ですが。」
「取り敢えず検討しとくわ。生徒会室に言いに行けばいいかしら?」
「はい。よろしくお願いします。後藤さんと金春さんにはこちらから伝えておきますので。」
「よろしく頼むわ。」
「では私は次は西住さんたちの見舞いに行かねばならないので。」
小山はソド子の脇を、手を軽く掲げながら通り過ぎた。話が終わったことは違いないが、部屋に帰ろうとしない。
「……話は分かるわ。向こうの言っていることが真実なら、という条件は付くけど。問題は……力を回復した風紀委員会で、生徒会が何をさせようとしているか。その為には情報ね。どうせ勉強は無駄になったから、その処理に時間を回しますか。」
周りに人がいないことを確認してからあくびを一つして、ゆっくりと廊下に踏み出した。
次に行くは先程の部屋の二つ先、戦車道の者らが集められたもう一つの部屋である。軽くノックして入ると、すぐに扉を強めに開く。
「失礼します。」
一礼後、ツカツカとみほが横たわる場へと詰め寄る。
「西住さん、頭の怪我は大丈夫ですか?」
みほが横たわるのは、背もたれを外に出して2列に並べられた椅子の真ん中に敷かれた布団の上である。左ひたいはガーゼがテープで固定されている。みほが身を起こそうとするが、それは小山に制される。
「小山さん……ありがとうございます。まだ軽く痛みますが、だいぶ良くなりました。」
「それは何よりです。体調の方は?」
「……少しは。ですが、食欲は余り……」
「では今日はゆっくりしてください。何なら寮までの送迎も手配しますので。」
「い、いえ。それほどでもありませんから」
「無理はしないでください。西住さんは学園の英雄なんですから。ましてや今回の件に協力してくださったならなおさらです。」
「……」
近くの椅子は淑やかに座った小山の下敷きとなる。みほの見る先が小山を外れた。
「他の皆さんも勿論ですが、それでも今回の防衛を澤さんの方面も含め指揮してくださった西住さんには礼を申し上げなければ。」
「……ありがとうございます。」
「しかも向こう側のグラウンド方面の指揮官だった嘉沢さんを捕らえるのに活躍したのも西住さんだそうじゃないですか。本当に何と言ったらいいでしょう!」
「……」
「私としては表彰したいくらいなのですが、何ぶん仕事が立て込んでまして、このような見舞いだけになってしまうこと、申し訳ありません。」
小山の両膝が伸ばされる。
「他の皆さんも、本当にありがとうございました。学園を守れたのは、その身を捧げて戦った皆さんのお陰です。特にアリクイさんチームの方々は戦車からその身を出してまで戦ってくださいました。」
「なんて事はないにゃ。喰らったのはわき腹だけ。しかももう治ったんだな。」
「流石です。では西住さんはこのままお待ちください。他の皆さんは……これから朝食が届けられる手筈なので、それを食べたら帰って今日はゆっくり休んでください。五十鈴さんは夕方の配給から合流してください。
あ、そうでした。車長の方々は、この前お話しした件、今日までにお返事を頂きたいと思います。既に澤さんとエルヴィンさんが参加してくださることが決まりましたので、どうぞよろしくお願いします。」
音がした。急に開いた扉が見せたのは、一人の生徒会の者だった。
「小山副会長!こちらでしたか。」
「どうしたんですか?」
「連絡です!松阪先生の乗る船がこちらに帰って来るそうです!」
「本当ですか。随分早いですね。すぐに島への移設担当者を集めてください!移設に関する情報も先生から得るように!」
小山はすぐにその生徒会の者の側による。
「既に集合済みです。お早めに。」
「ではすみませんが、よろしくお願いします。ありがとうございました!」
扉の前で身を翻して軽く頭を下げると、その者と並んで走っていった。
間も無く部屋に朝食が運び込まれた。みほ以外の者はそれを完食してから各自家路についた。みほは結局、沙織に支えられながら帰っていった。帰り道で何を話したか、それは知らない。
次回予告
大河のほとり