何処へ行くのか
夜であった。私は最後の書類を効果あるものにすべく、朱肉に印を押し付けた。中身は農業科による演習場での伐採範囲の拡大である。伐採により土が流れ出るかを気にしているような文面だが、それはそこまで重要ではない。無論資材増強の為許可する。印の凹みが奥側にあることを確認してから、所定欄に押し付ける。手の平の中央を上に乗せ、最後に一際力を込めてから、ずれないように気をつけてそれをはずす。確かに小山と滲みなく転写された。
辺りは布団で床が埋まっている。私もこれからそこにすぐに突っ込む予定であった。座面から離れ、膝を伸ばす。
しかしそれを見計らっていたかのように、同じく生徒会長室に布団を敷いていた者らの一部が、わざわざ布団から出てきてこちらの前に集う。隣の部屋からも来る者がおり、いつの間にか10名ほどに膨れ上がった。
「……皆さん、明日からも仕事あるのですから、早めに休んだ方が良いですよ。私もこれから寝ますし。」
「失礼しました、小山副会長。ですがこれだけは確認させて頂きたいんです。」
集団から一歩抜け出て姿勢を正し、小山に問いかけたのは流山だ。
「今回蜂起に参加した者たちを赦し、風紀委員会を統一し直す、という話は本当でしょうか?」
「ええ。勿論蜂起を指揮した者は特別指導に送りますがね。風紀委員会は先代の園さんを呼び戻して委員長に据えて、統合させるつもりでいます。」
「何故です?奴らは我々に反旗を翻そうとし、一部は本当に蜂起したのですよ?治安維持は現行こちらについた者で十分でしょう?何故わざわざ赦して力を回復させる必要があるのですか?むしろさらに厳しく罰するべきです。」
「……」
「それに会長の指示は風紀委員の内部に火種を持たせないようにすることであったはず。ついこの前殴り合った二派を纏めるのは厳しいでしょう。ですから今からでも撤回してください。これがここにいる者の意志です。夜も遅いですし、日をまたぐ前に返答を頂きたいです。」
小山はゆっくりと席に腰を戻す。
「……3日です。」
「……何がですか?」
「総動員体制は学生や住人の皆さんに学園への奉仕を強制するものです。たとえ学園の存続の危機という背景があろうと、それは変わりません。
最初は学園の為に、という忠義に似た心によって、皆さんは働いてくださるでしょう。しかしただでさえ選挙での得票率が半分程度なのですから、それは永くは持ちません。特に一般人参加率の高い被服科の業務では、間も無くそれが顕著に現れるでしょう。
人間は基本仕事をせず、しかし生きるのに支障が無ければ働かないものです。働いても利益はなし、それに気づかれてしまっては、私たちが取れる手段は一つしか有りません。何だと思います?」
「……働きに応じて食糧配給に差をつける、でしょうか?」
後ろの者が手を上げて述べる。
「残念ながらそれは不可能です。すでに朝夕足して1日に必要最低限のエネルギーを満たす量しか配給していませんし、何より備蓄は26日には尽きてしまいます。差をつけるとなると、どうしても量を増やさねばならない。
私にはいつ来るか分からない物資供給に期待して、期限を縮めることはできません。
それに希望者を募って働いてもらうことも考えましたが、そこで生まれる需要と供給の差を埋めるには、何れにしても強制的に働いて貰わなくてはなりません。それに今の我々には、その希望を募る為に割ける人員もいません。」
「……それについては分かりました。しかし風紀委員会を統合させてまで何をやらせるのです?人員としてなら他に動員すればよろしいでしょう。」
「分かりませんか。働いて貰う上で相手がサボりそうなら、こちらが取る手段は簡単です。見張れば良いのです。働きが悪いなら罰するなり、変えて食糧を削減するなり出来ます。何より見張りがいるだけで、サボりたい人に対する圧力になります。
風紀委員は元々生徒が健全な学園生活を送る為にあった委員会。まさに天職でしょう。」
「それだけならば現行のみで十分でしょう。わざわざこの前殴り合った者らを統合するのはリスクが高すぎます。」
「いいえ足りません。この先島の開発や学園艦からの撤収が本格的に始まると、あちこちで労働が行われるでしょう。こちらについた風紀委員は150人程、しかも今でも病院のベッドの上にいる者がいます。とても多くの場所を見張り続けるには足りません。
今回向こうが蜂起したのは、私たちが言ったことが理解されなかったからです。そして彼女らにはそれを否定しようとするだけの力があった。風紀委員からの報告によると、今回向こうに着いた者の多くは、我々の排除を狙う担当長にただ追従しただけ、だそうです。理解して頂ければ、活路は十分見いだせると思います。
それに我々の直属の暴力装置は彼女らしかいません。武力蜂起という前例が出来てしまった以上、次に警戒せねばなりません。その為の人員はいるに越したことはありません。
問題はある事は知っていますが、これから学園にいる者全てにタダ飯を食らわせ続けるのは得策ではないですし、強制労働させたとしても、それを見張る為には風紀委員は多く割かれてしまうでしょう。でしたら彼らを組み込んで互いに監視させる方が効率的です。」
「ただ追従しただけというのは、自分たちが助かる為の嘘かもしれませんよ。いやむしろそうだと疑うべきです!それに会長からの指示もあります。部下としてそれに従うべきでしょう。」
「皆さんは会長からの指示なら全て従うのですか!たとえ会長の指示でも間違いがあるなら正すべきでしょう!」
「すみません。」
互いに睨み合いながら言い合う小山と流山に割って入る者がいた。
「取り敢えず一度落ち着きましょう。寝ている人もいますし。」
丹波である。本来は茶がかったロングの髪であるが、薄暗い部屋の中ではほぼ黒である。
「それもそうですね。」
「一旦落ち着きましょう。しかし見張る為に風紀委員がさらに多く必要というのはわかりましたが、蜂起した者らを取り込むのは如何なものかと……」
「そこで一つ提案なのですが、蜂起勢に着いた者のうち問題無さそうな人間を引き戻せば良いんじゃないでしょうか?」
「それが誰か分かれば苦労はしないでしょう。どうやって判別するんです?」
「今でも怪我で学園の校舎や病院にいる人を殴った人は除きます。それほど重い怪我を負わせるほど強く攻撃したなら、本気で生徒会に反抗しようとしたとみなして良いでしょう。それと蜂起後1日以上逃げたり、捕らえた時に反抗した人を除けばそこそこ数は減るかと思います。」
「で、それ以外は問題無いとして呼び戻すんですか?」
「あとはそれ以外の人の捕らえた後の様子次第でしょう。明らかに生徒会に反逆するようなことを言っていたり、態度が悪い人は弾けば良いでしょう。これなら私たちの側に残った風紀委員が風紀委員会の中で過半数超えるでしょうし、捕らえる人数も減らせますが、いかがでしょうか?」
「……それくらいしかないでしょうな。」
「そうですね。明日幸い後藤さん、金春さん、園さんを呼び出してありますので、そこで調整してみます。それが可能な程見張られているかが気になりますが。それで良いですか?」
「ええ、構いませんよ。」
「他の方は?」
小山は声を後ろの方まで投ずる。
「はい。」
周りを気にしてか、小声で揃って返してくる。
「では皆さん早く寝ましょう。もうすぐ日を超えますよ。」
14日、朝から再び総動員体制に合わせて各学科が動き始めていたが、この日は特に船の下においてその動きが顕著であった。
船内ドックの下で船形帽を被った船舶科の者らが最終確認の作業に追われていた。大橋、長坂、井上という三人の艦長が勢ぞろいしていることからも、この作業の壮大さが想像つくだろう。
「4000食、確認終わりました!」
「1000L、こちらも載せてあります!」
「ニーゴー(ショベルカーの規格の一つ 幅が片側車線くらい)、載せてあります!燃料も満タンです!外部からの検査によると問題無しだそうです!」
時折船内から船の甲板上に出て来た船舶科の者が大橋に報告する。
「仮設の確認はまだか!」
「工具の数、確認終了です!」
「ゴムボート、最終点検完了!エンジン、ボート本体ともに良好!」
「仮設も予定数揃ってます!クッション材の配置も完了!目立った損傷はありません!」
「よし来た!これで一区切りついたな。他に確認がまだのものは?」
「ないです。持ち込み品については確認が終了しました。」
「よし。」
隣のチェックが表に縦3列並ぶ紙を見せてもらった後、頬を緩ませて何度もうなづく。
「そっちはどうなの?」
「長坂か。こっちは問題無い。船の方はどうなんだ?」
「急で仕上げたから何か不備が出るかと思ってたけど、問題無いね。寧ろ好調さ。私がこの船で出たいくらい。」
「それならいいんだが……てか、お前の目の下のクマは何とかならないのか?既に授業が中止されいるっていうのに。」
「無茶言わないでよ。今朝もギリギリまで担当に付いてたんだから仕方ないでしょ。しかも船長に井上を付けるって話になって、その為の引き継ぎとかもあったんだから。」
「それは上手くいったからよかったじゃん。しかし……天気は今日は問題なさそうなんだが。」
「それは何よりじゃない。」
「雨がこないとタンクに水がたまらん。流石に水不足で死なせる訳にはいかないから、次もまた同じくらい運び込まなくてはいけないなぁ。燃料が……」
「あぁ……まぁ、それはお天道様次第だろうね。ウチらでどうこうなるものじゃないし。それより、両方終わっているなら乗って行く人以外降ろす?」
「そうだな。じゃ。」
右手に持っていた拡声器を口元に当てる。
「おーい、そろそろ乗ってくやつ以外は降りろ。出航が近いぞ。」
「「はーい。」」
呼びかけると、船の脇のはしごから一人ずつ船舶科の者らが降りてくる。彼らは大橋や長坂の指の指示に従って、船から少し離れて数列に並ぶ。二人は少し離れたところでカバンなどを手に待つ人々の方へ向かった。
「すみません皆さん、お待たせしました。只今船の準備が整いましたので、順に乗ってください。船内は狭いですが、何卒ご了承ください。」
揃って頭を下げ、はしごの方へと誘導する。先生や身体の大きな学生が次々と乗り込んでいき、最後に大きな網などを持った黒く焼けた水産科の者らが意気揚々と足を踏み込み、一緒に行く船舶科の者に案内される。
船内は狭い。少なくとも本来この輸送船を管理する人員が過ごせる程度の設備しかない。だがそこに50人を超える大人数を乗せるしかない。小部屋に足の踏み場も無いほど詰め込まれるか、機材と共に倉庫で寝袋だろう。二人は文句を言いつつ殴りかかられないことを祈った。幸い杞憂に終わったが。
背後でエレベーターが開き、見送りに来た人々が吐き出される。その正面にいたのは小山だ。
「準備は如何ですか?」
「今乗り込んで頂いているところです。船と無線の安定が確認されたら、出航します。船、資材共に状態は良好。正に理想的と言えます。」
「それは何よりです。新学園都市の船出としては最高です。」
「全くです。皆さんは向こうの方でお待ちください。ここら辺は船舶科が通るかと思うので。」
「分かりました。そのように誘導しておきます。」
「ご協力感謝します。」
学園長や町内会の人は用意されたパイプ椅子に腰掛けており、他に10名程立ってこちらを見つめる者がいる。小山は一人で適宜この見送りの人の列を整えた。こういう人がいるから、生徒会はあのたまに暴走気味になる会長の元でも動けるのだろう。
間も無く船の上で船舶科の者の一人が、こちらに向けて拳の上で親指を突き立てているのを見た。完了のサインだ。同じサインを二人も返す。ここで船の甲板のこちら側にこの度の船長、井上が姿を現した。見るのも恥ずかしくなるほどカクカクした動きである。船の中央で止まって向き直り、紙を開いた。
「……コホン……え、えーと……この度は大洗女子学園の新学園都市建設に向けた第一波の見送りにお越し下さり、ありがとうございます。この度この船の船長を務めます井上です。えー……何時もは学園艦の艦長を務めています私ですが、必ずここにこの船と戻るべき人を、連れて帰って来ます。よ、よろしくお願いします……以上です……」
船舶科の中では、十分良い挨拶だったのではないか。拍手がそれを示していると思おう。
「それでは……出航!」
井上が右腕を掲げると、船舶科の一人が列から出て来て、船と繋げてあった縄を外す。エンジン音がドックに響き渡り、船はゆっくりとその場を離れた。
「帽ふれー!」
本来は紙テープなどをつけて見送りたいところだが、腕以外に振れるものがこれくらいしかない。ここにいる船舶科の者は自身のそれを振って見送った。
ピィーと短音を鳴らし、船は右に曲がりつつ学園艦から離れる。船は我々に後尾を向けた。その時だった。船に乗る水産科の一人が船の後尾で旗を振った。船が掲げるものとは大きく異なる。
大漁旗だった。本来なら帰りに振るはずだが、向こうも振り返さずにはいられなかったのだろうか。中央上の「大漁」の横書きの文字から下に90度回した位置に、「洗」の文字が金の糸で刺繍されている。魚は「洗」が左右を分け、右に鯛、左に鮟鱇。まさに大洗らしい大漁旗と言える。揺れる船の上でバサバサと左右に豪快に振られるそれに、ここにいる人は不安の中での希望を感じ取っていた。
次回予告
今度こそ壇上のはず