広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

今日までコミケだったみたいですね。私はいってませんが、近くのとらで2冊ほど入手して来ました。


広西大洗奮闘記 78 法要

2012年11月26日、月曜日、仏滅。ただ空のお天道様だけが青の中で際立つ。

あの学園艦たちが消えた日が10月8日であるから、ちょうど7週間が経過していた。オレンジの建物の脇を少し冷たい海風が通り抜ける。この日大洗アウトレットモールの広々とした駐車場を利用して、大洗舞祭も大洗あんこう祭も中止されたこの町で、ある行事が行われた。学園都市住民の四十九日の法要が開かれるのである。

最早これ以上海上保安庁が学園艦の捜索をしても何も見つからないだろう、というのは明らかだった。沈んだと思われる地点の周辺海域のソナーでも沈没した学園艦の影はない、という奇怪な話はあるものの、またこの太平洋や日本海に、かの学園艦たちがそのままの姿で浮上する様は、誰も想像出来なかった。

学園艦らはどうなったのか。それが判らなければ、誰がやったのかなんて憶測しか持てなかった。

学園都市住民は大洗町そのものより多く、仏教、神道、キリスト教などといった多様な宗教を信仰している。そしてその内部でも多様な宗派に別れている。四十九日ゆえに仏教が主導するかと思えば、大洗にある仏教系の寺院でも大きく真言宗、天台宗、日蓮宗、浄土真宗に別れており、おまけに信徒、寺院数ともに最大宗派の真言宗も2派に割れているなど複雑であり、どこがこの法要を主導するか問題になった。

結局、期限ギリギリまで続いた論争の末、この大洗町にある寺院、神社、福音派教会に加え、水戸のカトリック教会から神父を、モスクからウラマーを派遣して貰い、合同でその死を悼むこととなった。ユダヤ教は学園都市住民の中に信徒がいなかった為、代表者の参加は認められたが、主導する宗教の中に加えることは見送られた。

参加する寺院、神社、教会は次の通りである。

 

・寺院

西光院

原始真宗本山願入寺

金剛院

日蓮宗菊盛寺

日蓮宗護国寺

真言宗智山派成就院

真言宗智山派寳珠院

真言宗智山派浮蓮院

真言宗智山派不動院

高野山真言宗西光院

天台宗西福寺

 

・神社

大洗磯前神社

道祖神社

神明宮

諏訪神社

浅間神社

大貫町稲荷神社

八幡神社

金刀比羅神社

須賀神社

永町磯鼻稲荷神社

弟橘比賣神社

成田町稲荷神社

日光神社

富士神社

鈴稲荷神社

磯浜町稲荷神社

 

・教会

大洗キリスト教会(福音派)

カトリック水戸教会

 

・モスク

水戸アブーバカルモスク

 

そして今日がその当日である。集まった人々がアスファルトをさらに黒く染めていた。

高々とそびえる三角のガラスの塔が背後からそれを見つめる中、少しでも心に踏ん切りが付けられた住民の親、兄弟姉妹、その他の親類、町の人、町議会議員や県議会のお偉いさん、果てには県知事までこの港町に足を運んでいる。大洗女子学園学園艦が大洗町、そして茨城県のシンボルとしてどれ程の恩恵をもたらしていたか、を示す証左であろうか。

実際戦車道大会の優勝で学園の名は一躍全国に知れ渡ったし、その後の揉め事も結果的にはイメージの向上につながった。この恩恵が実際県や町のイメージアップに繋がったのは事実だ。

だが何より、この大洗学園艦が大洗町の経済に多大な影響を与えていたことが、町議会議員総員13名が最前列で椅子に座っている要因だろう。

大洗は太平洋岸北部と首都圏との交通の結節点にあたり、北からの荷はここから陸路で各地に向かうか、房総半島を回って東京湾内に入るかのいずれかである。東京湾内に入れない学園艦たちにとっても、大洗は銚子、館山、三浦、熱海、下田に並ぶ関東周辺の主要寄港地の一つに数えられる。そしてこの主要寄港地に最も多く立ち寄るのは、ここを母港とする大洗女子学園学園艦だった。

そもそも古来から都市とは消費を強いられた人間の集合体である。学園都市も学園艦内部で学業の一環として生産活動をしているとはいえ、少なくとも食料、日用品などが外部から持ち込まれなければ生活が成り立たない。また学園都市は若者ばかりである為、成長期、流行、学業など消費を促進する要因は多くある。

そして寄港の時、その消費は港のお膝元、大洗ならば大洗、水戸、ひたちなか、鉾田に集中する。ラマダーンの日没後のような盛り上がりが起こる。学園艦の規模は小さいとはいえど、財源が少なく自前で工業製品を作る力がない上、その頻度が高い大洗学園都市が与える経済効果は、それを住民に印象付けるに足るものだったと言える。

それを丸々、しかも予定では生き残れるはずだったのに失われたのだから、道徳的な感情抜きにしても人々が哀悼の意を示すのは妥当だろう。

 

人力車にてこの地に着いた髪を結った和服の淑女も、男の助けを借りて地上を踏み、人力車に邪魔にならぬようこの場を離れるよう命じると、これに参加すべくフェンスの間、何時もは車が通るであろう境を超えた。既に辺りには数え切れない程の人で埋められており、受付の向こうは空気も視界も暗い。

仮設のテントの下にある受付に向かい、学年ごとに少し並んで待つと、折り畳みの机の上での記帳を求められた。置いてある筆ペンにて自身の名を刻み込む。

「えっと、2年普通科A組の五十鈴華さんの親御さんですね。この度は突然のことでさぞかしお嘆きのことでしょう。かける言葉もございません。

会場内、出来るだけ奥の方に詰めてお並びください。こちらは供養の際に必要となります。忘れずお持ちください。」

受付の者の決まりきった言葉を会釈のみで流して札を受け取り、係員の案内に従って奥の方へ進む。

開始20分前には着いたのだが、ただ立っていても隣の人とぶつかりかねない。そこにさらに人が詰め込まれる。恐らく受付の対応から考えて、ここには供花スタンドの見える方にいるはずの南南西を向いた要人と、生徒の保護者しか入っておらず、残りはガラス張りの塔の下の広場にいると思われる。

確かに今日は暑くないが、陸から乾燥する風が吹き付ける中、カバンの中に水筒を入れてきたことに安堵していた。

周りにはハンカチ片手に涙を拭う人もいるものの、私はそうする必要がない。こうして死を認めさせようとする式典の場においても、それに今一実感が伴わないのである。

遺体を見ていないこともあるが、学園艦が消えたことも考えると、この世にいないことは認めるほかない。しかしこの世にいないとしても、どこか他の場所で華を咲かせている気がしてやまないのだ。橋のない川の対岸のような場所で。

一人娘がそこに向かった後、華道の繋がりの中で多くの人が私のもとに足を運んだ。その中に汚い感情をしまい込んでいるのを感じ続けてしまったのも、娘が何処かにいるのでは、という気にさせる要因の一つであるのかもしれない。私がここに来たのは、葬式をしてしまった以上忌明けしなくてはならない。それだけの理由だ。

昼1時、予定通り法要はお偉いさん方による式辞で始まった。

 

「……未来を見ることが、それを支えることが出来た幾万の若者の命が、この太平洋の海の底に散ってしまったこと。本当に何と申し上げたら良いか、思いつくどのような言葉も陳腐に思えて仕方ありません。……」

「……娘が主導する学園艦がこのような惨事に見舞われてしまいました。もはや二度と、顔さえも写真を通じてしか目に入ることもありません。私はこの先どう生きればいいのか、どうすれば良いのか、それを『お母ちゃん』と呼んでくれる娘に尋ねる訳にもいかないのです。……」

「……かつても今も、大洗女子学園学園艦は変わらず大洗に寄港しては我々を、我が町をその巨躯から見守ってくださいました。学園艦あっての大洗であり、大洗あっての学園艦でございました。その相互性が失われてしまった今、皆様を悼むのは勿論です。

しかし皆様が築くはずだった未来も我々は見つめ、より良きものとせねばならないと感じております。どのようなことがあろうとも、再びこのような惨事に遭う若者を、それを悲しむ親を生み出してはなならないのです。……」

長々した挨拶が続く。渡された札から考えて、この後はここにいる多くの人が並んで前に向かうのだから、先にこういう話を纏めてやってしまおうというのは分かる。だが長い。悼みたい思いは感じるが、この為に我々は1時間以上前に集まったのか。

ここで文部科学省からの代表者が挨拶をしなかったのは気になったが、保護者の代表者が話している途中に泣き出してしまったし、そのせいで時間が伸びてしまったのだろうか。この時間は決まっているのだから。

 

14時14分より1分間、黙祷。向くは南南西、太平洋の八丈島東の沖合。その時、その場所にいたはずの大洗女子学園学園艦は文字通り姿を消した。あの時のようなサイレンも鳴らず、波の音だけは意に介さず響いた。

その後は前の方の人から順に並んで一瞬前の台に手を合わせる。建物側からは人がどんどん抜けていっているように感じる。目の前のスペースが開いて暫く、黙祷から2時間ほど経過して、私も列らしき列に加わることが出来た。

そこからまだ並ぶこと1時間。やっと次に左に曲がれば、私も台に手を合わせられる。そう思って待っていると、斜め後ろから車の音がした。今日も車は時々会場前を通っているのだが、その縦に長い車は彼女が入って来た入り口の前で止まり、喪服の女性が降りて来ているのを見た。

その女の顔は遠目ながら、華道以外の情報には疎い彼女でも見たことがある顔だった。間違いなく西住流家元の西住しほである。




次回予告

最後の女
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