解説編と同時で書いているので遅いですすみません。
何かあればコメントまで。
次の日である10月16日、午前の配給を終えた後の角谷と小山、そして華のもとにかの電子音が聞こえた。隣の部屋に向かった角谷は少しの会話の後に間もなく元の部屋に戻ってきた。
「何かあったんですか?」
「いや、船舶科の井上ちゃんからこれからの航路とかについて説明があるんだって。行ってくる。」
「分かりました。」
「昼までには戻るよ。」
角谷は机の上に乗っていた飲み物のボトルを手に取り、上着を羽織って手を振って出かけていった。
学園から艦橋までは歩けば20分かかる。頭の上は雲が出ていて風も冷たいので、思わず角谷は襟を立てる。街を歩く人も車もない。艦橋の足元までたどり着くとそこから内部の階段を上っていく。
「会長、お呼びしてすみません。」
少し息があれながら階段を登り終えると、そこに井上が待っていた。
「やぁ。いいよいいよ別に。」
「では、こちらです。」
井上に案内されるままに操舵室の隣の部屋に入った。部屋ではすでに他の時間の艦長の長坂と大橋が席についている。
「おやおや、これは艦長がお揃いで。」
角谷が席の背もたれを引いて席に着くと、早速地図を広げた井上が話を切り出した。
「現在我々の学園艦は足摺岬の沖を西に進んでいます。なにぶんエンジンの調子が減退気味で、動けるうちに動かしている次第です。
それで、これは船舶科の過去の資料から分かったことなのですが、この時代の中国の沖は学園艦航行向けに掘られておらず広く大陸棚が広がってまして、その為にかなり大陸から離れて航行しなくてはなりません。」
4人は地図を前に額を突き合わせる。
「離れてって、どれくらい?」
「300キロはあります……」
「……本当に?」
「その距離だと無線が混線せず繋がるとは思えないですね。」
「ではどうやって交渉するのですか?」
「学園艦内に1隻輸送船があります。それで沿岸まで近づくか上陸してもらって交渉してもらう形になるかと。」
「……問題はたった1隻の輸送船の言うことを相手国が信用してくれるかどうかだね。」
「飛行機でも飛ばしてくれると早いのですが……」
「まぁ、行ってみるよ。」
「あとそうなると問題は…」
「石油、か。今元の備蓄の7割が残っているけど、淡水化装置での使用停止して値上げと供給の削減やった方がいいかな?不満溜まりそうだけど。」
「そうですね。香港とマカオに頼む際も同様になると思いますから、石油はあるに越したことはありません。」
「分かった。それはこちらでやっとく。」
「それと、今後の航路ですが、まずこのまま九州の東を進み、宝島、奄美大島の間を抜けて東シナ海に出ます。そしてそこを抜けた時に会長には学園艦を離れて頂き、台湾海峡は水深の都合上通れないので与那国島、台湾の間から台湾の東へと抜けて香港方面へと向かう予定です。
宝島から与那国島までは3日ほどかけてゆっくり航行する予定なので、支援が受けられないのであればできるだけ早く戻ってきてもらいたいです。」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。」
井上が地図上を指で示すが、飲み物を口に含んでいた角谷はボトルを置き、その手を出してそれを呼び止める。
「我々を受け入れてもらうことは相手国からしたら国の運営に関わる重大なことだ。それを連絡取れてから2日弱で決めて貰うのは無理じゃない?私だったら即断るね。」
「し、しかし食糧、燃料に余裕がない以上、長居は避けるべきだと思いますが?」
「……1週間は欲しい。足りなくならないように食糧はなんとかするよ。」
「そこまでおっしゃるのなら1週間取りましょう。しかしそこが燃料などから判断しても限界かと思います。では、恐らく明日の夜には宝島周辺に到着しますので、それまでに輸送船を点検させておきます。」
「随分急だね。」
「そこはなんとかお願いします。」
「こりゃ今日、明日は忙しくなりそうだ。」
「それでは、他に何かございますか?」
「いや、特にないよ。」
「こちらからも他にはありません。では交渉、よろしくお願いします。」
「ああ、頑張るよ。あ、そうだ。情報統制上手くいってる?」
「一応罰則規定設けましたし、風紀委員にも統制に協力してもらってますから多分大丈夫です。」
「おっけー。じゃあこれで失礼するよ。」
「ありがとうございます。」
起立した3人の礼を後に角谷は部屋を出て息を少し荒らしながら階段を下り、学園へと戻っていった。
「……本当にいいのか?」
「何がだい?冷泉ちゃん。」
その日の放課後、角谷の机の前には麻子が直立していた。角谷は躊躇なく干し芋を半分ほど一気に食べた。
「いや……後ろがとんでもなく忙しそうなんだが、私と話していていいのか、と。」
麻子の後ろでは小山と華がキーボードをかなりの速度で叩きながら、もう1人いる男を交えて言い合う声がする。
「いやー、明日から私出かけちゃうからさ、今日中に話せてむしろ良かったよ。」
「ならいいが……それで、昨日言っていた他のことって何だ。」
「いや、今回いろんな国から援助を貰えるように交渉するって話はしたでしょ。」
「ああ。」
「それで、日本からは受けられない、というのも理解していると思う。ではどこから受けるか?そのうちの1つが中国、まあ中華民国だね。そことの交渉は英語でもいいけど、相手の好感度を上げて少しでも援助貰える可能性を上げるためにも中国語でやりたい。」
「いくら何でも明日までに中国語を覚えるのは無理だぞ。」
「そりゃそうだ。明日からの通訳は英語科の松阪先生が中国語話せるそうだから、事情を話して来てもらうことになっている。英語も無論大丈夫だしね。だけど今後も考えると松阪先生1人に頼るのも悪いし、もう1人中国語を話せる人が欲しい。
だからマニュアル見て戦車を動かせるほどに吸収できる冷泉ちゃんにそれを頼もうと思うのさ。そのために必要なら何だってやるよ。」
「なるほどな……だが、やはりそれなりに話せるようになるまでに時間はかかるだろうし、その頃には中国に援助を断られているかもしれないが、それでもか?」
「まぁ、もう1つの仕事を兼ねてもらうしね。」
「もう1つ?」
「見張り。」
「何のだ?」
「西住ちゃん達の。」
「……」
椅子に座っていた角谷は正面を向きなおし、背筋を伸ばして一つ息を吐いた。
「きついことを言っているとは思うけど、冷泉ちゃんはいつもあんこうチームとして戦車乗っているから分かると思うのさ、西住ちゃんの敵の作戦を察する力を。西住ちゃんにこの現実を伝えるのは今じゃない。
これからの交渉でやはり戦車道はタネになると思う。そしてそれへの反対が湧くのは必至だろうね。反対を抑えるには既成事実、つまり援助協定を結んだ上でその時に事情を説明して、そうするしか我々が助かる道はない、と言うしかない。交渉を纏めるまで知ってもらう訳にはいかないんだ。」
「……そうせざるを得ないのか。」
「我が校は他にアンコウくらいしか特産はないしね。やはり乗員の6割が学生じゃ渡せるものは少ないよ。まさか所有物没収とかやる訳にはいかないし。で、西住ちゃんとか戦車道の他の人がこのことを知らないままにしておくことをお願いしたい。」
「……だが、秋山さんは現状を疑い気味なうえに、西住さんに至ってはこの前五十鈴さんからあと2週間以上倹約体制が継続されうると聞かされているから、我々をかなり疑っていると思うぞ。」
麻子は腕を組みながら眉を潜め角谷を見る。
「だけどその疑問を自分で解く前に、2人とも恐らく冷泉ちゃんに1回相談してくると思う。だからその時に冷泉ちゃんは今の状況とは別の方向へ2人の思考回路を向けるなり言うことを否定して欲しい。何かあったら小山か五十鈴ちゃんに連絡頼むよ。」
「……それは、この学園艦存続のために必要なことなんだな?」
「そう。最悪のパターンは西住ちゃんが住民の生徒会への不満の代弁者として担ぎ上げられることだ。
学園の救世主である西住ちゃん相手ではこちらは迂闊に手を出せない。そしたら現在の体制は崩壊する。」
「西住さんが自分から行動するとは思えないが……」
「西住ちゃんは自分の信念を曲げることはない子だ。つまり生徒会が何かを隠していてそれを解く必要があると感じるか、あとは仲のいい友人からお願いされたら行動に移すだろうね。」
「沙織とか秋山さんとかか……行動に移されたら援助が貰える前にこちらが自壊、少なくとも混乱するな。そして混乱している組織を受け入れるところはない、と。分かった。1度調べない方がいいとは言ったが、何かあればできるだけ対策しておこう。」
「流石だね。それでね、一応辞書と中国語に関する本を渡すから頑張ってね。まぁ冷泉ちゃんならこのせいで大幅に成績落ちることはないでしょ。」
「すまない。」
「それじゃ、以上!何かあったら連絡よろしくね。」
「その前に1つ聞いていいか?」
背もたれに勢いよく倒れた角谷を麻子が呼び止める。
「ん?」
「貴女は私がこの世界について知ることを予想していたのか?」
質問を聞いた角谷はまた上体を起こす。
「……まぁ、可能性の1つとしては予測はしていたね。」
「……凄いな。」
「まぁ、この時期だったのは渡りに船だったけどね。」
「そちらこそ流石だな。変なことを聞いたな。それでは失礼する。」
「頑張ってねー。」
角谷の机の上の数冊の書籍を受け取った麻子は、律儀に一礼すると後ろの3人を邪魔しないように注意しながら会長室を去った。
「……これで、西住ちゃん対策はよし、と。それで2人とも、調子はどう?」
「明日までなんて急すぎます!あ、松阪先生すみません!これは中国語で何て言うんですか!」
「食糧は農業科、水産科が増産への餌と肥料不足の解消を言ってきています。それを解決できない限り配給期間の長期化は何とも…」
小山は提案文書、華は食糧配給期間長期化への対策を練っており、小山の作業を茶色縁の眼鏡をかけた中年の男が手伝っている。
「いやー、松阪先生。手伝っていただいて、更に明日からの交渉について来ていただき本当にご迷惑をおかけします。」
席を立った角谷は小山の席のそばにいた松阪のもとに腰を低くして向かう。
「構わないよ。私だってこの学園に住む1人だ。君達が弛まぬ努力をして掴んだ学園存続を無駄にしたくないのは当然だろう。だが、私も現地の人ばりに中国語が話せるわけじゃない。英語でもいいなら、英語で交渉をしたいものだ。」
「そこは向こうの出方次第ですね。では引き続きよろしくお願いします。私は明日からの準備を。」
角谷はヒィヒィ言っている小山と資料を見比べながら新たな書類を成す華を後ろに、隣の部屋で明日の出発の準備を始めた。まぁ、呼び止められた気がしたのは気のせいということにしておこう。
その日の夕方、みほの前には広い海があった。陽は学園艦の船首の方の彼方に反対側まで空を紅に染めながら広がる。風は余りない。だがこれから後ろから風が吹く時間帯になるのだろう。その時は肩までの髪も耳を覆うに違いない。
「みぽりん、どうしたの?」
後ろから彼女より髪の長い沙織が近づいてくる。彼女らの手には物の詰まったマイバックが握られている。買い物帰りの学生のように見えるが、買い物ではない。
「いや……海を見たかった、だけ。」
みほの顔は相変わらず海を眺めていた。
「……ちょっと見ていこうか。隣失礼するね。」
半円状に飛び出したテラスの縁、かつみほの左横に沙織は手を乗せた。
「やっぱり夕焼けって綺麗だね。」
「……そうだね。」
「どうしたのみぽりん。こんな日常で元気でなくなっちゃうのも分かるけど、だからこそ自分から元気出さなきゃ!」
肩に手を乗せて励ますが、反応は芳しくない。
「……この海の眺めってさ……頑張った成果の1つなんだよね。」
「そりゃあね。だって学園艦が残んなきゃこの景色見えないし、山の中もいいけどやっぱりこっちの方が私は好きだな。ゆかりんは生き生きしてたけど。」
「ちょっとさ、あの向こうの方見てくれる?」
みほは左手をダルマの首のように下が引き伸ばされた太陽とは逆の方に向ける。
「何かあるの?」
沙織はテラスの縁から大きく身を乗り出し、指差す方を見る。だがみほは指を差したまま返事をしない。
「……今っ!」
「へっ?」
1回みほが口にした言葉を沙織はよく聞き取れなかった。しかしみほはそれに対する返事をせず、沙織はそのままみほの指す方を眺め続ける。そして少しして、みほが言いたかったことが沙織の目に飛び込んできた。
「……光?灯台かな?」
そう、それは周期的に点滅を繰り返す白い光だった。
「……そう。そして多分距離もそう遠くはないと思う。」
「それがどうかしたの?」
「……陸が近い。なのに、私たちは補給を貰えてない。」
「みぽりん?」
みほは海の方に視線を戻し、そのみほを沙織は隣から見つめる。
「……昨日の練習の前に、私華さんに呼ばれたでしょう。」
「ああ、来てたね。何言われたの?」
「補給が貰えるのにいつまでかかるか分からないから、砲弾の使用量を節約してくれって。」
「だから昨日の練習砲撃訓練少なかったんだ。というより、そんなに砲弾の残り少なかったっけ?」
「……2回練習するのに問題ないくらいはあった。つまり、2週間先も補給船の来る当てがないということ。」
「……これがあと2週間も続くの?」
「近くに陸がある。港もあると思う。なのに2週間先まで補給船が来れない……つまり南の島の港が使えないから補給船が来れない、ということじゃない。」
「……」
「何かある。港が使えないとかそんな些細なものじゃない問題があるんだと思う。」
「……生徒会に任せちゃっていいんじゃない?私たちが戦車道なり何なりでどうこうできそうな問題じゃなさそうじゃん。それに麻子も明かさない方がいいって言ってたし。」
「……やっぱりそうだよね。」
「もー、一人で考え込むのはみぽりんの悪い癖だよ!考え込むのは考え込むのが上手い人たちに任せないと!早く帰ってご飯にしないと日が暮れるよ!明日も学校だし。」
「……そうだね。」
やっとみほは海の方から視線と体の正面を外した。陽はもう半分ほど向こう側に沈み、今にも暗闇が周りを覆わんとしていた。みほは沙織をもってしてもどうにもならないほど不安と恐怖に包まれていた。情報は入ってくるが、この包みをみほはそれを用いて解こうとする気にはならなかった。
コメントでご指摘があったところはちょいと修正しました。
また何かあればよろしくお願いいたします。