遅れて申し訳ありませんでした。
輸送艦と輸送船はほぼ真北へと舵をとる。白く後ろに続いている波も、今夜は満月に近い月にしっかりと照らされている。五十鈴華は左側に存在感を残す学園艦をちらりと見ると、正面の海原へと視線を移した。
多くの人、特に住民はもう眠りについており、起きているのは他に船舶科と船の運行に携わる軍人層くらいなものだろう。船舶科からは深夜帯の勝手な行動に責任は取れないと言われたが、別に海に落ちるわけでもないのだから気にしていない。
私も微かな荷物をまとめて海を渡り、新たな都市の建設に力を尽くすことになったが、その道中西住さんらと行動を共にすることになった。彼女らには軍人という特別な職務を背負うことから、一人用のスペースが、といっても衝立や荷物で区切られ足を伸ばせる程度のものだが、与えられており、それの衝立を重ねて端に寄せ、軍人に必要な勉強を繰り返していたようだ。
ようだ、というのは私自身はその光景を目撃していないからだ。艦内で到着直後の仕事内容の擦り合わせを行い、船舶科との調整を行った上で自由行動が認められた。
彼女らの部屋に着いた時には、勉強道具は部屋の隅に寄せられており、気軽な会話が行われていた。私も許可を取ってからそれに加わった。
久々に仕事関係の要件で話す機会を得たことで、その場は大いに盛り上がった。中国語の特別授業にいた面白い人やその前期が終わった後の打ち上げでの出来事などを聞いた。私からは配給所に花を生けたこと、最近加工されて上がってくる干し芋が美味しいことなどを話題にあげた。
元々戦車道を通じて関係を深めた間柄であるし、以前でさえ長々と話し続けられたのだ。話題は尽きない。おまけにそこにトランプが混ざれば言わずもがなである。私も結構勝ったが、会長なら全勝しているであろう。
しかし出航から4時間後、この部屋にいて2時間弱、そろそろ部屋に帰って一眠りしようと思ってその場を去ったが、到着までは後4時間ほど。中々に微妙な時間である。眠ったところで十分に疲れはとれまい。むしろ嫌な眠気が残るだけである、というわけで帰りがてら外で潮風に当たっていたのだ。
もっとも普通なら残りの時間くらい横になるのが妥当なのだろう。しかし思うところがある。彼女の心は壊れていなかった。学園の人間の織りなす燦々たる光景を見た後でも、自らの判断のもとそれを実行したとしても。
彼女は今でも敵と戦った後は仲良く出来ると信じている上に、仲間を失いたくはないと考えているようだ。戦場ではそんな考えが通じないというのは、私でもいくらか見当がつく。
戦いとは命の消える場所。それは軍人のみに限らず、一般人の魂はおろか、神経、精神をも喰らい尽くす。そんな話は今まで何度も聞き、テレビで流されてきた。
彼女は現実に耐えられるのだろうか。捨ててきた西住の教えが当に正義、大正義となり得る場所で。友人として平穏を願う一方で、学園都市の官僚として活躍を願う。
果たして私自身はどう思うべきなのか。天上に輝く大輪は、何も答えてはくれない。
12月も半ばを過ぎた。
新たな政権樹立に向けた工程は着々と進み、新体制もほぼ固まりつつある。と言いつつも発言権しかない彼女に出来るのは僅かなことだけ。ただ思い出しきれないほど多くの広東の有力な人々、例えば郷紳や商人、軍人などと面識を作っておきつつ、省内の情勢を把握すること。それが全てだった。
だがこの西南政務委員会の統治する範囲は広東だけではない。隣の広西も含まれる。こちらは昔から南方の貿易によって発展していた広東とは異なり、清の時代に広まったサツマイモなどによって耕地面積が拡大したことにより、内陸への進出が大きく進んだことで発展した。
それはともかく、私たち2人は飛行機でそこに向かう。話によると柳州という街から、李さんらの拠点桂林へ向かうとのことだ。乗るのは小型の飛行機。小さな2人なら後ろに詰めて乗れるだろう、という半ば無茶振りで空を超えることとなった。我々の立場も実質そういうものでしかないということだ。
再び白雲飛行場から揺れる滑走路を通じて飛び立ち、数時間ほど身を委ねる。私も広東語の本や手に入れた英中辞書を通じて少しずつ理解しつつあるが、やはり隣の人なしには生活は成り立たない。
その感謝すべき人は、朝早くに起こされたからかすっかり眠りについていた。そして私もそれに続いた。
次回予告
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