広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。
遅れて申し訳ありません。まぁみぽりんの誕生日ということで許してください。次は日曜日に投稿しますから!



広西大洗奮闘記 87 涙

「I see.

(そうですか。 )」

私はすぐに手をつけた。真っ先に肉から。隣の冷泉ちゃんは一瞬顔が引きつったが、すぐに手をつけた。里芋だったが。

つけ添えのタレは赤く、ニンニクの香りがする。四川の鍋なら普通にその中に具が浮かんでいるだろう。ひとつ違うとすれば中に白い豆腐らしきものが浮いていることくらいだ。

その豆腐らしきものを崩し、肉をタレにつけて口に運ぶと香ばしい香りと共にタレの重層的な味が広がる。肉はともかく、タレに違和感はなかった。茨城県民には親しみあるものに近かったからだ。

納豆。つまりこの白いものはルーツの同じ豆腐を発酵させたもの、といったところだろう。沖縄だと豆腐ようと言うとかなんとか。普通にチャレンジした甲斐はある味だ。肉も犬だと思わなければ、普通の肉だ。

「This is the dish which seems to gain its physical strength very much.

(とても体力がつきそうな料理ですね。)」

「There is a second helping, so you're eating one after another, and it's no problem.

(お代わりもあるから、どんどん食べてくれて構わない。)」

隣の冷泉ちゃんも間も無く肉に手をつけた。私は魚を箸でとる。これもなかなか柔らかい。鮎のように下手な臭みがなく、清らかな風味だ。里芋の味の染み込み具合も、料理を趣味としているから分かるが、粘着性を含めこの塩梅に落ち着かせるには技術がいる。目の前の中年は腕利きの料理人を雇えるだけの金はあるとみた。

奥様も交えて当たり障りのない話しをするうちに椀が空になり、すかさず使用人がお代わりをよそってくる。そしてその次も食べ切りそうになると、また次がよそわれる。昼飯はまともに食っていないのでありがたい。白飯と飲み物を交え食事は進んだが、暫くすると腹が一杯になった。

 

 

いや腹が一杯どころか、正直食い過ぎた気がする。与えられた部屋のベッドに腰を下ろしてから、つくづくそう思う。顔が熱い。

明かりは壁に見えるロウソクのみ。その周りだけが円形にぼうっと光を広げ、自身の燭台の影を写す。

部屋の片隅に置かれた机に置かれた水を一気に飲み干すと、その水が食い物の隙間を埋めてゲップを誘発する。そのまま背中をベッドに委ねた。

天井もどう見ても石造りであり、舌のように燭台から光の輪が楕円状に伸びている。だがその端は向かいの壁には届かない。

再び私は腹から湧き上がる息を空に吐いた。腕時計を確認すると、時間は9時を回っている。まだ眠るには早いが、この明かりで机に向かって勉強するのも無理だろう。いや、出来なくはないが、この人に余裕のなさをさらけ出すのは宜しくない。

あの人は我々が有利な条件でここと協定を結ぶのに協力してくれた人だ。そしてそうさせたのも利があってのこと。つまりそれを以って私を広西省側に付けようとしている。

私としてはどちらにもつきたくない。どちらかに加担したら、その反対側が委員会の主導権を握った途端、学園の立ち位置は危うくなる。発言権を利用し彼らの対立を仲介した上で、理想ならビスマルクの如く自らの利、即ち学園都市の存続とそれを支える両広の経済的発展、それに誘導する。

だが上手くいくだろうか。私はあの眼鏡にだって手のひらで踊らされた。その手から飛び降りれたのは西住ちゃんの力。おまけに私は現在椅子に座るお飾りだ。直属の軍事力を持った2人にはどうやっても叶わない。

……ダメだダメだ。私は学園都市を生かす者にして、この両広の指導者。弱気になってはいけない。頭を冷やそうと指を額に当てた。

考えていると喉が渇いた。ベッドから立ってコップを握る。

とその時、左から音がした。そちらにあるのは扉だ。私はとりあえず知っている広東語で返事する。

「はい?」

「郭德潔よ。お邪魔してもいいかしら?」

「どうぞ。」

扉を開けた。そこにいたのは李さんとほぼ似たような身長の女性だった。無論私よりも10センチ以上大きい。

「こちらへ。」

私は椅子へ彼女を誘導し、自らはベッドの上に腰掛ける。

「ご用件は?」

「大したことはないわ。それより話しづらいなら英語でも構わないわ。師範学校にも行っていたから、それなりには出来るわよ。」

「大丈夫です。なんなら秘書を呼んできますので……」

「いえ、今夜は2人でゆっくりとお話ししたいの。」

少し身構えていたが、本当に軽く話をしたいだけのようだ。確かに寝る前に時間は空いていたので、私はそれらを了承した。単語は出来るだけ簡単なものにしよう。

「あ、ちなみに旦那には何も言ってないわ。私がただ話したかったから来たの。」

「大丈夫なんでしょうか、それは。」

「大丈夫よ。私の性格くらい理解してるわ。早速だけど、貴女たち何者?いきなり広州に来てここら辺の代表になるなんて。」

「私は大洗女子学園という学校が載っている学園艦のトップでした。理由の詳細は分かりませんが気づいたらこの世界にいて、住民の飯のアテを探していたらここにたどり着きました。そして対応を話し合った結果、私から見ても奇妙な結果に落ち着いたんです。」

「ふーん……変な話もあるものね。学園艦ってどんな感じなのかしら?」

「うーん……船の甲板を平たくして家とかを建てている感じだと思って頂ければ……」

イメージを手で空中に描きながら簡単に伝えようとする。

「それが鉄製でとても大きくて、何万人も住んでるのね。想像し難いわ。」

確かに彼女も内陸の出身だという。交通の便が余り宜しくないここだと、船といえば川を下るジャンク船なのだろうか。

「私はそこでの選挙を受けて学園都市の指導者になりました。まぁそこでなんだかんだ苦労が有ったのですが、だからこそ今の状況にも対処出来ているんだと思ってます。」

「……選挙、ねぇ……そういえば今日の鍋は如何だったかしら?」

「美味しかったですよ。今日余り暖かくなかったので、鍋はありがたかったです。」

「そうでしょう?霊川の黄色い犬の肉を使ったから、あれより美味い肉はそうそう無いわ。あ、霊川はこっから北東にあるわ。」

「そうなんですか?」

「なにせ『頭の良い犬は霊川を通らない』って言われるくらいですもの。本来は水は使わないで脂で肉と内臓と香辛料だけで一緒に茹でるのよ。でもあの人が貴女がたが慣れていないだろうから、と今回の料理にさせたのよ。」

「……お気遣いありがとうございます。特に秘書は猫好き故に助かりました。私もこの地のトップとなったからには、文化、風習も身につけていかないと……」

「大丈夫よ。一挙手一投足民草に知らされるわけでも無いんだから。でも言葉だけは早急に身につけた方が良いわね。」

「南京で話した時は何とかなりましたが、広東語も身につけないと……時間を見つけては進めているんですが、なかなか……秘書の脳みそには感心するばかりです。」

「確かにあの子は発音も違和感なかったわね。音読は早いわよ。私はこの英語、そうやって習得したわ。」

「取り敢えず新年の挨拶までには一応できるようにはします。」

「そうそう、一つお願い良いかしら?」

「はい、何でしょう?」

ずっと座って話していた我々だが、彼女がスッと立ち上がった。

「抱きしめても良いかしら?」

「ふぇっ?」

思わず変な声が漏れる。

「急にごめんなさいね。私、子供がいないのよ。あの人ももう40後半だし、仕事も忙しそうだし。だから変わりというと失礼だけど、その温もりを味わっても良いかしら?」

「あの……李さんにお子さんはいらっしゃらないのですか?」

「もう1人の奥さんとの間に男の子がいるわ。広州の学校に通ってるはずよ。で、良いかしら?」

目頭が輝かしく光っている。話も聞いて貰ったし、恩返しとしてはちょうどいい。

「ええ、構いません。」

「じゃ、こっち来てくれる?」

彼女は両手を広げて待ち構えている。私がゆっくりと近づきあと少しでぶつかる頃、彼女の両手が私の背中を包み、私の顔は彼女の左肩に当たった。

「ぶふっ。」

「あぁ〜。いいわ、この感じ。」

肩に当たる双丘に少し劣等感を感じなかったといえば嘘になるが、それよりも香でも焚いたのか、服から落ち着く良い香りがした。私も両手を彼女の背中に回す。

なによりも本当に、温かい。両腕同士を握り直し、何も考えずに暫く私はそれに身を委ねていた。時間の流れは、頭から抜けていた。

「……こっちを向いてくれる?」

頭上から声がする。私は顔をずらしてそれに応じた。彼女の顔は、少し暗くこちらを見つめている。

「……やっぱり。」

「何が……でしょうか。」

少し喋りにくい。

「貴女、泣いてるわ。」

「えっ……」

馬鹿な。私は人前で涙なんて……あの優勝の時でさえ……

手のロックを外して右手を目元に持ってくる。人差し指に、水滴が乗った。

「あれ……本当だ。」

「……今日は、泣いて良いわ。私の予想でしかないけど、親にはしばらく会ってないんでしょう?」

「……」

彼女の胸の中でうなづく。一回、夢で飛び起きたこともあった。

「しばらく……無かったんだけどな……」

「泣いて良いわ。あの人には、私が泣いていたことにしておくから。」

よく見ると、彼女の目尻も光っていた。理由は恐らく私には分からないことなのだろう、と何処と無く推測がついた。

「……ぐっ……」

また私は、時を忘れた。

 

 

その後数日間ここ広西で視察を繰り返した。農業の状況やそれを取り仕切る者たち。その一環で農業試験研究を行っている蔡雨沢という技正にも会った。

軍人。そして広西自警団の訓練状況。正式な陸軍は3万しかいないが、このような自警団制度によりいざという時動員出来るようにしているそうだ。

政治家。そして文化人。桂林には数は少ないが、若干左派的な思想を持った人もいる。恐らく中央よりまだマシなこっちに来たのだろう。

このような人々との交流の末、私は27日に広州へ帰還する。李さんの家では何度も食事を頂いたが、犬肉は結局一度だけだった。だが他にもビーフンやちまきなど、なかなか美味しいものがある。広州のものもいいが、こちらも悪くない。

広西は環境、地形、人口、工業力、そのいずれも広東に劣る。だからこそ海南島で農業新技術を生み出し、生活の改善、軍事優先にも耐えられる社会を育てねばならない。時間は少なく、私にできることも少ない。だが、人々の生活は私にその信念を更に深く抱かせるには十分だった。




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