久し振りに雪ノ下と会った。俺が奉仕部を退部してから、一切会っていなかった。それが、本屋で会うことになるとは。
「雪ノ下も本を買いに来たのか?」
俺は当たり障りのない質問をする。
「えぇ、自分の欲しい本を買いに来たの………ところで、比企谷君。そちらの人は確か、藤咲さんだったかしら」
俺の質問に答えた雪ノ下は、藤咲の方に視線を向けてきく。その顔は無表情だった。何を思っているかはわからない。ただ、威圧されるような、そんなふうに感じる。
「はい、そうです」
雪ノ下の質問に藤咲が答える。答えた藤咲は、なんともないように見える。
お互い、一度会っているから初対面じゃない。それは、文化祭の時に実行委員として参加した時だ。まぁ、あの時は二人とも対して関わっていなかったが。
雪ノ下は藤咲に向けていた視線を、今度は俺の方に向ける。
「そう………ねぇ、比企谷君。少しいいかしら?」
そう言って、雪ノ下は儚げな表情を浮かべる。それは、今にも崩れて消えそうだった。だから、俺は……
「………わかった。少しだけだ」
そう言ってしまう。あまい自分に気付く。雪ノ下の表情に微かな明るさがやどったように見えた。そして、雪ノ下は口を開いた。
「……ありがとう」
微かな声を俺は聞き逃さなかった。
雪ノ下は深呼吸をしてから話し出す。
「もし…あの時…私達が違っていたら…貴方はその…奉仕部を辞めなかった?」
……考えたこともなかったな。あの時、違っていたら俺は奉仕部を辞めなかったのか?そうかもしれない。でも、違う。あれは単なるきっかけにすぎない。だとすれば、俺が答えるべきことは……
「わからないな。もし、あの時違っていたら、俺は奉仕部を辞めなかったのかもしれない。でも、いずれは辞めていたのかもな。それほど、俺達の関係は脆かったのだから……まぁ、終わってしまったことだから、気にしない方がいいのかもな」
俺が話している間、雪ノ下は静かに聞いていた。
「そう……そう思っていたのね」
雪ノ下はうつむき、声が小さくなっていく。いつもと違い、弱々しかった。
「私はもう帰るから、さようなら」
そう言って、雪ノ下は歩き出す。こんなのが雪ノ下だったのかと思ってしまう。
「待って下さい。雪ノ下さん」
藤咲が呼び止める。それを聞いた雪ノ下は、止まる。振り返ることはしない。
「何かしら」
「貴方は後悔しているんですか?」
「……そうかもしれないわ」
そう言った雪ノ下はまた歩き出す。今度は立ち止まらない。俺は雪ノ下が見えなくなるまで、ずっと見ていた。
俺にはわからない。彼女達の会話の意味を。きっと俺にはわからない、彼女達の共通する何かがあったのだろう。
そのあと、藤咲の希望通り本を買ったりした。外をみると辺りは暗くなっている。俺達は街灯のある道を歩いている。何も言わず、無言で歩く。
「ちょうどここまでですね」
十字路の別れ道。俺と藤咲の家の方向は違うので、ここでお別れだ。このままだと、俺は葉山の件について聞けなくなる。タイミングを逃してしまう。ここできかなければ……
「藤咲……聞きたいことがある」
「なんですか?」
「どうして俺の退部を認めたんだ?」
これを聞いておきたかった。葉山の話が本当か確かめるために。
藤咲は俺の方に視線を向ける。真剣な表情で話し出す。
「……葉山君に聞いたんですね。確かに私は認めました」
これで葉山が言っていたことが本当だとわかった。なぜか、凄く胸が痛くなってきた。俺はこの気持ちを知っている……またか…
「ですが、なにやら語弊があるようです。私が言ったのは、比企谷君が辞めたいのならそれを認めると言うことです。どうやら、葉山君には上手く伝わってないようですね」
それを聞いたら胸に感じていた痛みがなくなっていた。あぁ、俺は勘違いをしていただけ。藤咲は俺の意思を汲み取ると言っている。そう思うと、なぜか笑いそうになる。この気持ちはたぶん……嬉しいことなんだろう。
「質問に答えたところで、それでは比企谷君。また明日」
「あぁ、また明日」
こうして、俺達は別れ自分の家に向かっていく。俺の足取りは軽く、すぐに家に着いた気がした。
時刻は夜中。もう寝る時間だ。俺はベッドに横たわり考える。
クリスマス会議、何故あんなにもイライラしたのか。玉縄達の意味不明な話し合いだけじゃない。出来ているつもりで出来ていないあいつらに、自分をかさねていたから。
あぁ、わかっている。雪ノ下さんに言われた通り俺は逃げ出している。別に逃げることが悪いわけじゃない。けど俺は、逃げていけない時に逃げ出した。これが悪いんだろう。そして、藤咲の方に逃げた。居場所を求めて。でも、それだけじゃない。俺は自分の考えを押し付けた。藤咲ならわかってくれると考えて。これこそが依存って言う奴じゃないのか。 そして、安心していたいだけだった。 わからないことは、ひどく怖いことだから。 相手を知ることで、安らぎを得ていたいだけ……
だからこそ、俺が求めるものは……完全に理解しあえる関係。でも、それは独善的で独裁的で傲慢な考えだ。そんなことは絶対に出来ないことを知っている。けれど、もし、その関係になることが出来るのなら、それはきっと……本物と呼べるのではないか。
やっとここまできました。ここから比企谷君は大きく変わっていきます。