俺は入ってきた人物の顔を見る。葉山は自信のある顔つきで、由比ヶ浜は不安な顔つきにみえる。ただ、雪ノ下は無表情で何を思っているかわからない。
めんどくさい予感がする。やっとイベントの準備を始めることが出来たんだ。ここで時間をとられてたまるか。
さっさと終わらせよう。俺は葉山に質問する。
「……何のようだ?」
「君と二人を仲直りさせたくてね」
まだ葉山は諦めていなかったようだ。だが、俺には関係ない。
「俺には何も話す気はない」
「うん、君は話し合う気がないみたいだから、俺が二人を連れてきたよ」
由比ヶ浜が前に出て話し出す。
「ねぇ、ヒッキーもう一度話し合おう……」
そう言った彼女は、いつものように明るい表情ではなかった。由比ヶ浜はまた戻れると思っているようだ。ただ、俺はそう思わない。何回話し合ったところで変わらない。なぜなら、俺にはもう別の居場所があるから。逃げている、そう言う言い訳に聞こえるかもしれない。それでも、ここが俺の新たな居場所なんだ。それを大切にしたい。
雪ノ下も由比ヶ浜同様に、そう思っているのか?戻りたいと。俺は雪ノ下を見る。雪ノ下は無表情のまま、俺達を見ながら佇んでいる。どうやら、雪ノ下は別の事を考えているようだ。
「そう言うことだから、藤咲さん、少し外してくれないか」
葉山が藤咲を追い出そうとする。葉山の考えはわかる。確かに、当事者同士の話し合いに部外者を入れるのは間違っている。けれど、ここは藤咲の部室なんだ。いきなりやって来て、出ていってくれなんて言う方が間違っている。
「それは何故ですか?」
藤咲もわかっているはずだ。それでもきいている。何をするきだ?
「そんなの当然の事だよ。これは奉仕部の問題だから、部外者である藤咲さんは席を外すべきだよ」
「それはわかります。でも貴方も部外者でしょう?」
葉山の顔が歪む。でもすぐにもとの表情に戻る。
「そうだよ。でも俺は仲介役として話し合いに参加するよ」
葉山は仲介役としての立場を使い、奉仕部の話し合いに参加しようとしている。俺はそんな役頼んでいないが。
「では、私も仲介役として参加します」
「それは……」
「何か問題でも?」
話し合いで一番怖いのは、数の暴力だ。少数の意見より多数の意見は正しいとされる。例えそれが間違っていても。だから、藤咲が話し合いに参加するのは、俺にとって安心できることだ。
「でも、仲介役は俺ひとりで出来るから、必要ないよ」
まだ葉山は諦めていない。
……と言うか、葉山は藤咲を参加させない事に固執しすぎているんじゃないか?藤咲に参加されると、嫌な理由でもあるのか?
「どうやら葉山君は奉仕部の二人よりの考えをお持ちのようですね。それだと、公平にならないと思います。だから、私が参加することで公平になるでしょう」
葉山の顔がまた歪む。痛いところをつかれたようだ。
「もういいよ!隼人君!」
突然の由比ヶ浜の声に辺りは静かになる。そして由比ヶ浜は俺を見てくる。
「ねぇ…ヒッキー…もう一度奉仕部に戻ろう。また三人で活動しよう」
甘い囁きだな。昔の俺ならその提案を受けていただろう。だが、違う。今の俺には受け入れられないものだ。
「……悪いが俺は戻る気はないぞ」
「そんな…嘘だよね。そんなわけがないよね。ねぇ、ヒッキー……」
壊れたように由比ヶ浜は同じことを言い続ける。
「いいかげんにしなさい!」
突然の声に由比ヶ浜が正常になる。周りの視線が雪ノ下に向く。今まで、何もせずたたずんでいた雪ノ下が動き出す。
「もうあの3人での部活には戻れないの。由比ヶ浜さん、貴方もわかっているでしょう」
「ゆきのん……」
雪ノ下はまるで自分に言い聞かすように話している。
例えもし、俺が奉仕部に戻ったとする。でもそれは、自分の気持ちを偽ることだ。自分の気持ち偽らないと成り立たない関係なんて欺瞞だ。偽りの関係を認めることは、俺には出来ない。
「待ってくれ!雪ノ下さん「黙りなさい」……」
葉山が口を出すが、雪ノ下が黙らせる。雪ノ下は真っ直ぐ由比ヶ浜を見つめる。
「いつまでも、こだわるのはやめなさい」
ぴっしゃりと言いはなつ。誰も口を挟めず、辺りは静かになる。
ぽつり、ぽつり、由比ヶ浜から聞こえる。
「……そんな……そんな……」
由比ヶ浜は泣いていた。頼りになるはずだった雪ノ下に拒絶され、かなりのダメージを受けている。味方の葉山は呆然と立ち尽くしていた。
由比ヶ浜はうつむき、歩き出した。ドアの方へ。見かねた、葉山が腕をつかみ、とどませようとする。
「まだ、話は終わっていないよ。俺がなんとかしてみるよ……」
「うるさい!」
そう吐き捨てると、葉山の腕を振りほどき、由比ヶ浜は出ていった。葉山は一度俺達を見たが、すぐに由比ヶ浜を追っていった。残された俺達はただ沈黙するしかなかった。
沈黙を破ったのは藤咲だった。
「あれでよかったんですか?」
「えぇ、いいのよ。あれで」
雪ノ下はそう言った。これで俺達は終わった。すべてが終わった。
「ねぇ、比企谷君、私は今日謝りに来たの。聞いてくれる?」
雪ノ下もあれから変わった。そんな彼女の話を聞いてみたかった。
「あぁ、いいぞ」
俺は雪ノ下を見つめる。真剣に聞く。
「……ありがとう。あの時、私は解決法を貴方に任せると言った。なのに、私はそれを否定した。ごめんなさい」
俺はあの時のことを思い出してしまう。あの時、間違っていたのは……
「お前だけじゃない。俺も悪かった。あの時、勝手にお前達ならわかってくれると押し付けて、失望した。だけど、今ならわかる。あの時、誰もが正しくて間違っていたと。だから、謝るな」
今の俺に謝罪なんていらない。
「……わかったわ」
雪ノ下は笑顔を見せた。それは、今まで見たことのないものだった。
突然ドアが開き一色が現れた。走ってきたようで、髪が乱れていた。
「すいません、遅れました」
「それでは行きましょうか」
藤咲が支度をして言う。
「ちょっといいかしら?」
雪ノ下が藤咲にきく。
「何ですか?」
「比企谷君を借りれるかしら?」
いきなりの事で俺は驚く。二人の視線がぶつかりまくっているのがわかる。お互いに何かをよんでいるようだ。
「……わかりました。比企谷君、私達は先に行ってます。では、一色さん行きましょうか」
一色は頷いた。それから一色と藤咲は出ていった。
「で、話は何だ?」
雪ノ下は真剣な表情で俺を見てくる。そして、深呼吸して話す。
「私は…………」
俺はコミュニティセンターに一色を探した。仕事を貰うために。一色からは小学生の手伝いをお願いされた為、小学生のいる場所に向かった。そこには、藤咲がいた。俺は近づくと藤咲はある小学生を見ていることに気づいた。その小学生は周りと比べて、落差があった。俺は知っている。夏休みの千葉村であった小学生、鶴見留美だった。
「昔の私のようですね……」
ぽつりとこぼされたものを、俺は聞き逃さなかった。俺にも暗い過去があるように、藤咲にもあると気づいた。
俺は鶴見に声をかけてみることにした。鶴見は俺を覚えていた。だが、鶴見の周りの人間関係があまりよくないとわかった。俺はなんとかしてやりたいと思う。だから、ここで何かをしようと決めた。
今日一日を振り替えると、かなり進んでいた。これなら、当日のクリスマスイベントに間に合うだろう。
だが、別の問題が出来てしまった。個人的なものだが、あの後、雪ノ下に言われたことが頭から離れない。それは難しい問題で、解決するには認めたくないものを認めるしかない。俺に出来るのか……不安になる気持ちのまま、今日一日終える。
今回で文字数が3000をこえました。これからも、どんどん増やしていきたいです。