夜の帳に紛れ、森の中を疾走する複数の影。その中に一人の少女が拘束され抱えられていた。
少女の名は日向ヒナタ。日向一族秘伝の血継限界を狙われ誘拐されていた。
(う、動けない。……私、どうなっちゃうの)
成すすべ無く、どうしようもない現状に恐怖し涙する。助けは来ず不安は増していく。
(おい。……おい、ヒナタ。聴こえるか?)
(だ、誰?)
(周りを探したところで誰も居ぬぞ。オレはもう一人のお前。お前の中にオレは居る)
(わ、私の中に?)
(そうだ。取り敢えず変われ)
(えっ? あ……)
ヒナタは軽い浮遊感を感じ、意識が自分から離れるような感覚を覚えた。肢体の制御は全て失うが、意識は途絶える事は無く、まるで自分を自分の外から見詰める感覚。
(ふむ、なかなか良い身体だ。気に入った)
(な、何をするんですか)
(まあ、見ていろ。ふむ、気を使う要領でいいのか? ふんッ!)
ヒナタの全身から刃のような鋭いチャクラが噴出しヒナタを運んでいた人諸共断ち切った。
「なっ!」
「クソッ! 何だ!?」
「ひーふーみー、……ふん。両手で足りる程の数だな。有象無象如き、手間をかけるまでも無い。遊んでやる。いっぺんに来い!」
「何だコイツ!?」
(……七人だよ)
(分かっておるわ! 数える手間を省いただけだ!)
「さっさと捕まえろ」
「オレに触れるな。小僧」
ヒナタはいきなり現れた槍を振るう。いや、周りからは振るったようには見えなかっただろう。ただ手がブレるとその手には槍が有り、そして切り飛ばされ十六に分断された肉片が散らばったのが結果として認識出来ただけだ。
「我が方天戟に触れられる事を光栄に思うが良い!」
「な、何だコイツ」
「逃げっ「逃さん」」
その姿が消えた次の瞬間出来上がった六つの肉塊。それは正しく蹂躙と言えた。
(な……に……これ……)
もう一人の自分という、ヒナタの中に居た誰か。それが、瞬く間に空間をバラバラになった骸と赤い血潮で染め上げた事に戦慄する。それを行ったのはヒナタ自身の体だと遅れながらに段々と理解が浸透していく。
(全く詰まらなかったな。戻るぞヒナタ)
(え、まって……)
「ぅ、おぇ……うっく……うぇ……」
身体の主導権がヒナタに戻ると、胃の中のモノを全て吐き出す。そして、この現実は小さな精神で耐えられるものではなく、ヒナタは意識を手放した。
「……なた……ま。……ヒナタ様!」
(まだ、耐えられるモノでは無かったか。まったく仕方ないなオレの半身は。ま、迎えも来たようだし後は任せるか)
■
(……あれ、此処は)
ヒナタが目を覚ますと、自分がよく知る場所にいた。布団から起き上がり辺りを見まわす。いつの間にか自分の部屋で寝ていたようだ。
(さっきのは……ゆめ?)
(起きたか)
「ひゃっ!」
いきなり、自分の中から自分とは違う声を聞き、ヒナタは驚いてビクッと身を震わせた。
(オレだ)
(あなたは……。ということは夢じゃ)
自分とは違うもう一人の思考が先程の事が夢では無いのだと、ヒナタは理解していく。
(あなたは何者何ですか?)
(ふむ。オレは清楚の覇王。名を項羽という。と言っても分からぬよな)
(覇王……さまですか?)
(うむ、英霊となったハズなのだがな。現界でも受肉でも無く、いつの間にかヒナタ。お前の中に入っていたわ)
項羽はヒナタが産まれた時から魂はその身に宿し、自我があった。ヒナタの中でずっと世界を静観していたのだ。
(何で今まで黙っていたんですか?)
(この身体には二つの魂が有るのだ。オレは良いが、お前の魂はこの世に産まれたばかりだ。オレが表に出ればお前の魂にどう影響するかわからんだろ)
(私の為ですか?)
(勘違いするなよ。お前とオレは一蓮托生なんだ。だから仕方なく助けてやっただけなんだからな! まぁ、今日はそうも言ってられなかったからこうして表に出たのだが。……おい、何か異常はないか?)
(大丈夫です。ありがとうございます)
(おい! 何故笑う!)
ヒナタは照れたように一生懸命言い訳をし出すもう一人の自分にクスリと笑う。なんだかんだ言って自分が大事にされていたのだろう事が何となく分かったのだ。
(あの……。こーう様はこの身体を使いたくないのですか?)
そうして大事にされていたんだなと思った後にふと浮かんだ疑問をヒナタはぶつけてみた。今の話を聞く限りこの身体の半分は項羽のモノとヒナタは思ったのだ。そして、もし望むならば自分より彼の方が有意義に使ってくれるだろうと、思ってしまった。
(項羽でいい。先はああ言ったが、オレは一度死んで英霊となった身。この身体はお前と産まれ、オレは寧ろそこに紛れ込んだに過ぎないのだろう。己の武を天下に知らしめもう一度覇道を目指したい気持は有るが、オレは既に敗れ退場した身だ。今まで通り、お前が使ってくれ。いや、使え)
(でも、それじゃ)
今まで中で見てきたヒナタとは違い、珍しく食い下がるヒナタに項羽は、ふむと唸る。基本的に大人しく争いが苦手で、そして心優しい子なのだ。多分、自分より項羽を優先して考えてしまっているのだろうと項羽は思った。
ならば――
(では、ヒナタの変わりにオレに戦わせてくれないか?)
(え?)
ヒナタの性格からして戦いは向かない。しかし、環境が戦いから逃げる事を許さないだろう事をヒナタの中でずっと外を観察して来た項羽には分かっていた。なら、その飛んでくる火の粉を自分が振り払えば良いのではないかと思ったのだ。それに項羽にとって戦いこそが生き甲斐だった。だから、自分がやるのは戦いだけで十分だと思った。
(なに。どんな敵でも負けはしない。オレが
(あり……がとう)
まるで告白の様な台詞にヒナタは顔を真っ赤にする。外から見ればいきなり一人で赤面する少女の姿は珍妙に映るだろうが幸いな事に此処に居るのはヒナタ一人だった。
(あ、でも。……なるべく人は殺さないで下さい)
(……分かった)
ヒナタは先程の光景を思い出しお願いをした。自分の変わりに戦わせてしまう負い目があってもやはり人が死ぬというのは嫌だった。
それを甘いなと考えつつも、それがヒナタかと納得し項羽は了承した。清楚の覇王も随分丸くなったものだと苦笑した。思考も若干身体に引き摺られているのかもしれないのだろう。
(これから宜しくな、ヒナタ)
(うん。……宜しくお願いします。こーう)
(ふむ、まぁ良いか)