ただ、遠くから…   作:AQUA BLUE

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番外編でございます。この番外編は、本編には全く関係がございませぬ。パラレルの話です。

いただいたリクエストを参考にしたお話となっております。今話は、その前編。


番外編
真夏に舞う想い人 前編


 みーんみんみーんみん。

 

「みーんみんみんみん…………」

 

 脳内で響いた蝉の雄叫びを小さく口に出してみる。ちっ、忠実に再現したつもりが微妙に間違っていたぜ。

 それから現実に耳を冴えさせてみると、雀の囀りに誰かがごみ袋を漁る音――すぐ下のマンホールの中で火花が散るのを彷彿とさせるような勢いで流れる濁水の営みも聴こえてきた。

 蝉の雄叫びは、どこからも聴こえてこない。なるほど幻聴ね。

 

 幻聴が生じる=相当キテいる ってか。

 

「ミスったわ」

 

 独り、言の葉をこぼす。それはかなり拙い言の葉であったがな。

 

 俺をグロッキー状態に追い込んだ戦犯は油断である。今日は休日だからマイホームでくつろごうと思っていた。ところが血迷ったのか散歩しようという考えが浮かび外へ出てしまったのだ。満足したら即刻帰宅(カムバック)、などと安易な目安を課して。

 

 慣れ親しんだこの街を見回るのは久々のことだった。そのせいか楽しくなって体力果てるまで歩いてしまったのである。

 体感にして一時間とハーフ。暑さに貧弱である俺をグロッキーに持っていくには十分なタイムだった。仮にも6月半ば、侮ってはいけなかった。

 

 

 控えめに言って暑い。すぐ飽きて帰るとたかを括っていたからペットボトル一本買うお金すら持ってきちゃいない。

 

 なんとか根性で家まで比較的近いところまで歩いてきて、今は一度足休めに壁へもたれ掛かっている。

 ……あり? ここに居たら足は回復するけど体力に関してはジリ貧なのでは……??

 

 俺はバカだ、行かなくては。悲しいことにちょうどひとっこひとり通っていない。熱中症に侵され倒れたら終わりだぞ!?

 こうしちゃおれぬ、にぎやかな分析と正反対の落ち着きで俺は壁に手を置き腰をあげた。

 

 まだ歩けそうだ。これなら辛うじてOK。涼しくなるように心でcoolと連呼しながらマイホームへ向かえ―――

 

 

「計ですか?」

「あっ!」

 

 我が家の方向を真っ直ぐ向いた時、目の前には女性が立っていた。その女性は――

 

「海未ちゃん! どうしてここに?」

「どうしてもなにも」

 

 海未ちゃんが自分の立っている横側へ目をやった。つられて視線を動かすとそこには『園田』、と二文字で達筆に書かれた苗字の板。

 

「ああ、そういうこと」

 

 もたれ込んでいて気付かなかったが、ここは海未ちゃんの家の前だったんだ。突如出てきたようにみえたから幻覚を見たのかと思ったよ。

 すると俺がもたれ掛かっていたのは、外側を囲う石壁の一部――え、家広っ。そういえば道場があるとか日舞の家元だとか言ってたな、そりゃあ広いはずか。

 

「計こそここで何を?」

「散歩の最中でね。今から帰るところ」

「おおっ、さすがです。暑さにも負けていませんね!」

「ははは……」

 

 感心する海未ちゃん。………まぐれの外出なんだよなあ。言えない。

 

 

 ところで海未ちゃんは私服――否、浴衣を着て、髪をまとめあげたいつもと違う格好をしている。これはもしかして。

 

「海未ちゃん、日舞の練習中だった?」

「ついさきほどまで。今は一旦休憩に外の空気を吸いにきました」

 

 そうか、やっぱり日舞か。海未ちゃんに駅以外で会えるなんてこんなラッキーなことはない、しかも新鮮な練習着姿をお目にかかれた。さっき鎖骨がちらりと見えたときは実は色々と危なかった。

 

 

 だが。

 

「ということはまた練習を再開するんだね。俺はこの辺で失礼するよ。頑張ってね!」

 

 

 惜しいけれど足早に帰る。なぜなら、体の限界を悟ったからだ。

 もし倒れてみろ、じきに再開するであろう日舞の練習に水を差してしまうかもしれない。

 

 

「目が虚ろですよ……?」

「大丈夫。海未ちゃん! 熱中症になるといけないからそろそろ家に入った方がいい」

 

 どの口が言うか。まずいな……様子のおかしさが表面に出てしまって、海未ちゃんが気付きかけている。早く行くんだ俺。

 

 

 フラリ、体が傾く。

 

 

「計、まさか――」

 

 いかん。耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△◆△◆

 

 

 

 

「すみません。ありがとうございます」

 

 大きめのコップ一に注がれた麦茶を飲み干してすぐ、深々頭を下げた。

 

 耐えられませんでした。熱中症になりかかっているのを海未ちゃんが察して、家にあげてくれた。意識は飛んでいなかったものの断って走り去る体力が既に残されておらず、彼女に付いていったのだった。

 

「おかわり、いかがなさいますか?」

「……お願いします」

 

 訪問した自分にこうして気を遣ってくれているのは、海未ちゃんのお母さん……いや、お母様である。

 

 海未ちゃんによく似ている。彼女よりもう少しだけ深みのある髪、奥様の中でも珍しいバランスのとれたスリムな体型、若々しい美貌。上品な振る舞いも親子共通だ。

 

 海未ちゃんはというと、日舞の練習へ行った。俺を連れてきた彼女を見たお母様が「私が案内しておきます」と自分を請け負いバトンタッチしたのである。

 

「いつも海未が御世話になっております」

 

 急須からコップへ麦茶を注ぎ終えたお母様が口を開いた。柔和な表情で語りかけてくれているが俺はもうガチガチ。

 

「え!? その…………こっ! こちらこそ」

 

 だって海未ちゃんのお母様だぞ!? さらにほとんど静寂に包まれた一室でタイマン、答えるのでやっとだとも。

 

 ――どうする? 長居するのも申し訳無いし、お礼をしっかり述べたのちすぐ引き上げるか? おーしそうしよう、これは逃避ではないぞよ?

 

「ほ、本日は突然押し掛けてしまってすみませんでした。今度改めてお詫びの品をお持ちします」

「いえいえ、お構いなく」

「ありがとうございました。では私は……」

 

 おそらく届いていなかったのだろう、俺が小声で言いかけた引き上げの言葉はお母様の言葉によってかき消された。

 

 そしてそれは意外な内容で。

 

 

「そうだ、海未の日本舞踊を見ていかれては?」

 




ここ一週間、筆がよく走ってくれました。
書いていて気持ちよかったです(自己満足)
ただ、海未ちゃんのお母さんと会話する描写は難しかったです。まあ、ほとんど会話しておりませんが(笑)
次回は、後編でございます。

ではでは~

追記:そろそろ梅雨が来そうな時期に入りますね。
皆さん、傘の用意はお早めに!
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