それではどうぞー!
のびのびと布団から体を起こしてカーテンをよけると、外にはあたたかな光が溢れていた。昨日に引き続いて今日も晴れのようだ。
肩凝りなし、眠気はそこそこ。疲れはまだ完全に取れたとは言えないけど、わりと取れている。昨日、残業を課せられたんだよな。金曜に限って残業とか来やがって。
思えば、昨日の帰りは“あの人”を見なかった。最も、帰りに鉢合わせたことはあの1回のみ、会えると思う方が希望的観測か。
奇遇にも会えたとして、きっと何かをするわけでもない。だけど、見ているだけで落ち着くというか――幸せな気持ちになるんだ。姿だけでも拝めたら……あーあ、切ない気持ちに駆られてきた。
それは置いといて準備しないと。今日は絢瀬さんとの約束があって、例の休日みたくぐうたら昼まで眠っているわけにはいかない。夢の世界から現世へ意識が通じたとき、目覚まし時計は鳴っていなかった。これはつまり、予定より早く起きることができたということだ。
しかしながら、早め早めに準備しておくにこしたことはない。漫画や物語に出てくるような奴らとは違って、大事な時は寝坊しないんだよ俺は!
得意気になって目覚まし時計を嘲笑う。ほら、時間は当然間に合って――――2時52分?
「ぬお?」
どういうことだろう、いくなんでも早く起きすぎではないだろうか。あり得ない。だってもう外は明るいのだから。嫌な予感が頭をよぎる。これは、もしや。
「目覚まし、故障した!?」
家にはちゃんと壁時計もある。問題が生じない時間帯であるのを祈って、そこを睨み付ける。
そして、正常に機能してくれていた壁時計さんは――9時30分を指していました。
「あああああああっ!!!」
鳴る前に起きたんじゃない。鳴らなかったから寝過ごしたのだ。腕時計と会社の時計の次は家の目覚まし時計か! 時間のずれの次は時間ごと停止か!
「ふざけんなぁぁぁぁ……」
男はまるで死にかけた貧しい農民のような力の感じられない悲痛な叫びをあげると、情けなく床へ崩れ落ちた。
俺、戸宮計にはつくづく遅刻とご縁があるのですね。いいもん。これからは予備の時計買うもん!
が、自暴自棄になりかけたところであることを思い立った。
「くじ……はん……」
指されていたのは9時30分――詰んではいないんじゃないか? 整理だ、整理をしろ。待ち合わせは10時。場所は会社前!準備に10分として、家から駅まで走って3分。会社まで駅は4つ、だいたい十数分。
遅延するのは確定でも、こう運べれば致命傷な時間にはならないぞ……?
「一筋の希望ありっっ!!!」
男は先程とは対極、まるで闘志に燃え盛る武将のような叫びをあげると準備を整え、家を飛び出したのだった。
「はっ、はっ。まずは9:45発の電車に!」
白い息をはき続けながら、走る走る! 切れてくる持続力に鞭打って、出せる最高速を保てるだけ保つように促す。穂むら、老舗の薬局、目新しいスーパー。町並みをとことん、人目を無視して駆けた。
冬の朝というだけありかなり寒かったが、駅に着いた頃には疾走して排出された熱で震えを感じなくなっていた。
休日の駅は人でいっぱい。これから楽しく遊びに行こうという人から休日も出勤の人まで様々だ。
人混みがっ……くそう、進みにくい。できるだけ迷惑をかけないようにやや控えめに、ベストタイムで通り抜けろ!
9:45分発の電車に乗れれば、遅刻こそするが10時3分には絢瀬さんと落ち合う会社に着けるんだ。
「うわっ!」
次の瞬間、体がバランスを取っていなかった。転倒、いいや、人とぶつかったのだ。
「いた……」
「ごめんなさい!」
怯んで目を閉じたまま、反射的に謝る。ぶつかったのは女性らしい。お互いに衝撃で尻もちをつく刹那に、ショートパンツを目が捉えたからだ。
「こちらこそごめんなさい! 怪我は――う、嘘」
嘘なんて言ったっけ。覚えはないにせよ不安になってくるじゃないか……およ? この声、聞き覚えが。
「戸宮君?」
「ファッ!?」
驚きを隠せなかった。顔を上げた自身の視界に確認されたのは。
きょとんとして座り込んでいる美女――約束のお相手、絢瀬さんだった。
「お、おはよう」
「おはよう……?」
「「ぷっ、あはははっ!」」
予想だにしない落ち合いに双方とも吹き出してしまった。待ち合わせの場とはだいぶ違うところでぶつかった……もとい、落ち合うなんて。
「絢瀬さんが寝坊なんて珍しい」
「目が覚めたら寝過ごしちゃってて。それからは大慌てだったわ。戸宮君も寝坊?」
「寝坊では決してないよ。目覚ましをかけてあったんだけど、夜中の間に時計が壊れたみたいで。目覚ましが鳴らなくてね」
「ふふっ、そうなの?」
同じじゃないの、って顔をして絢瀬さんは笑う。
「そうだよ! だから、ぐぬぬ。寝坊ではない!」
「はいはい」
◇▲▲◇
目的の駅に到着し電車を降りて、はぐれないようにちょっくら気を配りつつ駅を出た。ショッピングモールが会社の近所に存在していたことは知っていたが、行ったことはない。絢瀬さんが案内してくれる道を、ショッピングモールの内装がどんなものか胸を膨らませながら、俺は付いていく。
平日はいつも遅刻を犯さすまいと焦っていて窮屈に見えるこの街。こうしてゆっくりと羽を伸ばせる日に歩いてみると、ずいぶん開放的で綺麗に見えた。
「戸宮君は休日には何をしているの?」
「色々とね」
絢瀬さんは小さく伸びをすると、俺にそう訊いた。
俺の答えは「色々」。休日は寝転がっていることが基本の自分にはこういう解答が一番無難である。
「例えば?」
はい、弱点はこの手の返し。
「そうだなぁ……あ、ショッピングモール見えてきたよ」
「本当ね。もう少しで着きそう」
あたかも答えようとする素振りをして、目的の地が見えてきたのを活用し話題をそらす。悪いな絢瀬さん、言うのが恥ずかしいんだ。
「楽しみだなぁ」
「それで、何だったかしら?」
「ご想像にお任せします!」
「なにそれっ」
そんな談笑をしながら。やがて俺達は、ショッピングモールへ入っていった。
前編でございました。えりちとお出掛けだと!?
戸宮てm……ではまた次回!
~追記~
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