EP1.メイド見習いの朝は早い
わたしの朝は日の出もしていない薄暗闇の早朝から始まる。
ベッドから起き上がり身だしなみを整え、いざメイドに従事かと思えばそうではない。
なぜならわたしはまだメイド見習いだからだ。
見習いだからこそ一番に仕事を始めないといけない気もするが、わたしにとってはそれ以前の話である。
わたしは飛べない。わたしは家事が出来ない。わたしはナイフの扱いが絶望的。
いや、落ち着ついて考えてみよう。正しくない。
正確には飛ぶことは出来ないが、今はなんとか浮くことも出来るし、家事もメイド長には遠く及ばないがそれなりに食べられるものが作れる。
ナイフだって、よくミスして手を少し切ることが多々あるが、扱え…………てないけど。
そう、わたしは未熟なのだ。
こんなに早くから起きたのは、何を隠そう日々腕を磨く為である。
本物の咲夜さんは、『完全で瀟洒な従者』の二つ名にふさわしい完璧超人のはずなのだが、わたしは似ても似つかないし全くの別人じゃないだろうか。いや別人である。
――少し身の上について話をしよう。
わたしはいわゆる原作知識というものがある。
どうして知っているのかはわからない。
他に何か知っているわけでもない。
文字通りこの世界の特定の人物や名前に能力、ある地点からある地点までの未来にも等しい
記憶に似た知識がわたしにはあるのだ。
だがしかし、はっきりとわかることが二つある。
この世界はその原作知識とは違うこと。
わたしが本当の十六夜咲夜ではないこと。
わたしが主から十六夜咲夜と名付けられたときに感じた強烈な違和感と、なによりもあの子との出会いがその事を決定的に突きつけられた思いだった。
わたしが十六夜咲夜ではないのなら必然、この世界は原作知識とは違う世界である。
少なくともわたしはそんな情報を持っていない。
――話を戻そう。
今日も腕を磨くべく、人目を忍んでそそくさといつもの場所へと向うのだった。
「あら、咲夜さん早いですね。おはようございます」
向かう途中、後ろから声を掛けられ思わず飛びあがりそうになったが鋼の精神で、取り繕う。
なんとか挨拶に答え、本来であれば休憩しているはずのメイド長に心配する声を掛けた。
「…………おはようございますメイド長、こんな時間までお仕事ですか?
「大丈夫ですよ今終わった所です。それよりメイド長なんてもったいぶらず美鈴と呼んでください。
水臭いですよ、咲夜さん」
こんなところでも私の知っている知識とは食い違っている。
メイド長、美鈴こと
――最も、原作開始次点では本当にメイド長だったのかもしれないが。
「いいえメイド長。メイド見習いである私にその名を呼ぶ資格はございません。
それにメイド長であると同時に拳法の師父でもあります。その様な無礼は出来かねます」
わたしの知識として知っている中で、紅美鈴は大陸出身の妖怪であるらしい。
妖怪には珍しいありとあらゆる拳法を収めた達人であるらしく、この世界の彼女も同じだった。
少しでも実力を上げる為、彼女に教えを請い鍛錬もしているが今は他にやることがある。
「むう残念です。それなら今度私と組み手をしてもらいましょうか。師父としてのお願いですよ」
「わかりました。お願いなどとご命令頂ければ死ぬまでお付き合いさせて頂きます」
「いや、死ぬまでって……、イヤですよ咲夜さん」
真面目に答えたつもりだが彼女には若干引かれたらしい。
気を取り直して別れを言って、本来の目的を達成するべく足早に向かうのだった。
◆
「891ッ、892ッ、893ッ!」
一連の流れるような動作から次々とナイフを投擲し、眼前の的へと突き刺さ…………らなかった。
毎日こっそり千本をノルマとし投げ、最近では数千どころか万を数えるナイフを投げているのに在らぬ方向に飛ぶばかり。
十六夜咲夜といえば、息をするかのようにナイフを扱い百発百中のはずなのにおかしい。なぜ当たらないのだ。こんなこと誰にも知られるわけにはいかない。
何もかもがうまくいくとは思ってないが、それでも『時間を操る程度の能力』についてはちゃんと励めば上達しているし、当初なぜ飛べているのか謎だった空を飛ぶ力も、メイド長に師事することで『舞空術』を身に着け現在は浮くことが出来ている。
将来自由に飛ぶ日も遠くないだろうと思えるのに、これだけは致命的に才能がないんじゃないかと落ち込むばかりだ。
気がつけばすっかり日も昇りそろそろお嬢様が起床なされるので、悔しく思いつつも朝食を用意すべく今日もキッチンへと向かうのだった。
初めは解説多くなり気味になるため一旦区切ります。
※16/04/04 全話改訂しました。