『紅霧異変』が終わって一ヶ月が過ぎた。
当初は見るも無残に崩れ落ちていた紅魔館だったが、 何週間か経った頃、あら不思議、ある日突然真っ赤なお屋敷が再び霧の湖に君臨していた。
それまではずっとその日の屋根を見つけるのにやっとで、お嬢様達吸血鬼を執拗に狙う太陽からお守りする場所を探したり、これまたお嬢様達を狙う流水の如く降り注ぐ雨やついでに風も防げる場所を探しては館跡地内の場所を転々と移動していた。改めてお嬢様達吸血鬼は弱点が多い。
話を戻して、突如現れた深紅の洋館はお嬢様曰く、八雲紫さんがとある妖怪の助けを借りて建て直したらしい。
(紫さんの知り合いで建築が得意な妖怪…………、うぅ、寒気が)
誰の事かと思いを巡らせてみた途端、背中にゾクリと悪寒が走る。
いけない咲夜、これ以上考えるのは止しておこう。
されはさておき。
わたし達紅魔館の住人達は、絶賛引越しの真っ最中だった。
場所も構造も全く同じで引越しと言えるのかはわからないけど、とにかく引っ越しだ。
なぜ引越しなのかというと、お屋敷を建て直してもらったのはとても嬉しかったけど、中にある調度品やら敷物やら、果ては大事な私物なんかも大半が駄目になってしまったのだ。つまり我が家は住みなおす為に大量の物入りでそれをお屋敷に移す必要がある。
幻想郷に名を轟かせ、無事解放された私達は自分達で揃えられるものは人里で、幻想郷に普及してない物はどこかのぽつんとある道具屋で微量だが揃えつつ、残る全てを八雲紫さんに提供してもらって、どんどんとお屋敷を元の立派な内装に近づけているところだった。
(それにしても、何から何まで八雲紫さんさまさまだね。
いや、紫様と呼ぼう。もはや足を向けて寝られない)
あんなに大きなお屋敷を無償でそっくりそのまま建て直してくれた上に生活物質どころか嗜好品や芸術品まで都合してくれたのだ。メイドにとってそれは時に珠玉よりも多大な価値がある。何しろ仕える為の場所や物を提供してもらっているのだ。
わたしは密かに、心の中で「ああ、紫様!」、と呟き、両手を添えた。
知識の中で知る彼女は得たいが知れず怖いイメージしかなかったが、これほど良くしてくれたのなら、イメージも真逆になるというものだ。今まで以上に大切なお客様として丁重に御持て成しさせて頂こう。
ちょうど、そんな紫様のご尊顔を恐れ多くも直接拝謁させて頂く予定がこの後ある。機会があればぜひお礼を言う事にしよう。
わたしの能力で空間を拡げ直したお屋敷は途轍もなく広く、引越し作業はまだまだ追い込みをかけるには早い進捗具合だが、一旦手を止めて同行させて頂くお嬢様のお部屋を訪ねる。
こんこんこんと丁寧に三回扉を叩いた後、部屋の主の名前をお呼びさせて頂いた。
「レミリアお嬢様」
以前の様に少ししてわたしを招き入れる声がした。
「――――開いてるわ。入りなさい、咲夜」
「失礼します、お嬢様」
部屋に入り、まず礼をし、ゆっくりとお嬢様に視線上げさせて頂くと、お嬢様は日射しの当たらない所で、静かに外を眺めていらっしゃった。
こちらからでは表情は伺えない。
「お嬢様、そろそろ時間でございます」
「…………あぁ、もうそんな時間なのね」
お嬢様は名残惜しそうに外の景色から視線を外して振り返る。
あれ以来気が付けばお嬢様はこうやって物思いに耽っていらっしゃる。
しかし、今までのどこか切羽詰まった印象は受けない。
なんというか、お嬢様は御変わりに成られたのだ。
振り返ったお嬢様は片目を閉じられたまま、金色の瞳を私に向ける。もちろん、外見的にも変化があった。あの時は無我夢中で気付けなかったが能力の代償に視力を失って仕舞われたのだ。わかってはいても閉じられた右目をお痛わしいと感じてしまう。その力もその風貌も決して私の知る知識には存在しない。
「じゃあ、行くとしようかしら」
「はい、お嬢様」
お嬢様に伴われて、以前は『謁見の間』であった大広間へと移動する。
新しい広間はこれまで通り豪奢な装飾や調度品が置かれたりしているが、荘厳な気配を放っていた玉座は無く、円卓の様に巨大なテーブルが代わりにそこに置かれていた。
「どうぞ」
「えぇ、ありがとう」
レミリアお嬢様に扉を開けて、中へ促させて頂くと既に件の大事なお客様は席に着いていらっしゃった。
「こんにちは、レミリア嬢。
先にお邪魔させてもらってますわ」
「…………良く来てくれたわね。八雲紫」
我が『紅魔館の主』レミリア・スカーレットと、『幻想郷の管理者』八雲紫。そんな重要人物が揃う事で果たしてどの様な大事になるのかと想像に難くないが、不思議とお二人からは余裕を感じられた。
そのまま見守らせて頂きたいが、わたしはあらかじめキッチンに用意していた紅茶のティーポットとカップが二つ、お茶請けの洋菓子も載ったトレーを両手の上に現させ、邪魔にならない様、静かに二人の前へ並べていく。
「ありがとう。新しい住まいは気にいってもらえたかしら?」
「あぁ、素直に感謝するわ。なんせ私達はここでは知り合いが少なくてね
「そう、それは良かったですわ。せっかく貴方達の為に手を尽くした甲斐があるというもの」
うふふと紫様が優しく微笑み、お嬢様も満足げに頷き返す。
(あぁなんと慈悲深い事だろう、貴方のおかげでわたし達は今日も路頭に迷わず働けます…………!)
思わず羨望の眼差しで恐れ多くも見つめさせて頂いたところ、紫様もこちらに気付かれたようだ。
「ふふ、どうやら後ろの従者さんは貴方以上に気に入ってもらえたみたいね。光栄だわ」
「あら咲夜、あなたもそんなにうれしいの?」
「…………はい、失礼ながら私共紅魔館に勤める従者はお嬢様にお仕えする事が本分でございますが、このお屋敷に従事させて頂く事もまた
「なるほど、
「そうか、咲夜やメイド妖精達にもここはそれほど大事だったのね。気付かなかったわ」
あぁなんということだろうか。大賢者の名に相応しい知識の豊富さで私共の望みを正確にご理解して頂けた。果てはさりげなく我が親愛なる主にその事まで気付かせて頂く心憎い気配り。何から何まで至れり尽くせりだ。
あまりの光々しいさに、わたしは思わずそれを幻視した。
(うっ、紫様から後光が差し始めた。まぶしくてまともにお顔を見れないっ…………)
――――咲夜が、八雲紫の器の大きさに圧倒される中で、当の本人はその間逆の事を考え始めていた。
「…………いいのよ。これからの貴女の事を思えば、こんな事、とても安い買い物ですわ」
「…………ほう」
(…………え?)
その言葉で、穏やかに進められた会合の空気はいっきに張り詰めたものに変化する。具体的には紫様は視線を外した程度でほとんどそのままだが、お嬢様から覇気といった類の威圧が発せられ、それがその場を張り詰めさせている。
「随分話が逸れてしまったな。そろそろ本題を聞くとしようか」
「えぇ、まずは今回の異変についての全体像ですわね」
お嬢様はお変わりに成られたと思っていたが、なるほど、単にその覇気の使い所をきっちりと分けたという事なのだろう。以前は平時でもその圧倒的なカリスマで、周囲を畏怖させ続けていたが、今はそれを全くしない。
普段は穏やかな方が突然変貌を遂げると、馴れてないもの達にはその効果は絶大だ。
レミリアお嬢様はまた一つ高みに上られたということだ。
「――――結論から言いますわ。貴方達には罰則を課せさせて頂きます。
今回、天狗という第三者の妨害で下手すれば異変そのものの理が崩れてしまうところでしたが、貴方の貢献によって、それは未然に防がれた。
ですが、それを差し引いても貴方自ら『スペルカードルール』という新たな価値観を捨て、幻想郷中に示す事が出来なかったのは余りにも大きい」
わたしの知らない所で起こった幻想郷を揺るがすほど事実が、次々と紡がれていく。やはり、『スペルカードルール』はもともと予定されていたのか。そしてそれは失礼ながら、わたし達紅魔館の住人の所為で無くなった、と。
『スペルカードルール』は完全な実力主義を否定する新たな価値観。それが崩れたと言う事は必然的に人妖誰でも参加しやすいという前提も崩れ去った。
(え…………それはとてもまずい気が…………)
「はは、随分と言ってくれるな」
「仕様がないでしょう。誰かが言わねば成りません。私にも非が無いなど思っておりませんが、この場は甘んじて勤めさせて頂きますわ」
「ふむ」
お嬢様はテーブルに置かれた紅茶で一旦喉を潤す、それに習って紫様も紅茶飲みながら洋菓子に手を付け「あら、美味しい」言いながら一呼吸ついた。
しばしの沈黙が流れた後に、お嬢様が核心をつく。
「それで、私達の
「えぇ、まずはレミリア・スカーレット。今後無期限で、貴方が自発的に異変を起こす事を禁じます」
「…………ああ」
こういってはなんだが、第三者の妨害を防いだという功績はあるものの、幻想郷の管理者が提唱したルールを半ば破って行われたそれは、端から見れば、逆らう意志ありと捉えられても仕方ない。その罰則はある意味当然のものだった。お嬢様も特に不満を言わずに素直に受け入れたご様子。
「そしてもう一つ。
十六夜咲夜を
(…………ええっ?)
本日何度目の驚きだろうか。
それはさておきわたしが、要は霊夢と同じ異変解決の役目を負うなど聞いた事が無い。いやでも原作ではたびたび霊夢達と協力したり、しなかったりして解決する側として参加していたよね。でもそれは毎回の事ではないはずだし、そもそも登場すらしてない異変も…………。
――――咲夜がああでもない、こうでもないと唸っている間に、それを無視してどんどんと話は進められていく。いつの間にかレミリアのカリスマという名の威圧も成りを潜め、また穏やかな様相に戻っていた。
「…………本当にそんなことでいいの?」
「気に入って頂けたかしら? レミリアとお呼びしても?」
「またか、懲りないヤツね。…………好きにしなさい」
――――さらりとレミリアが動揺している内に呼び捨ての許可を得た八雲紫は抜け目ない。
お嬢様の名前を言い直してその本心を吐露する。
「それではレミリア、『スペルカード』が実現しなかった今、正直戦力不足ですわ。
それて霊夢とほぼ互角に渡り合う実力と、フランドール嬢を救う決め手となった力はとても貴重ですわ」
「…………そうね、こちらから断る理由は無いわ。咲夜が活躍すればするほど私達の評価もそのまま上がるというもの。こちらからお願いしたいくらいね」
「ふふふ、下手すれば死もあるというのに、随分な自信ですのね。
いいでしょう、では
「えぇ。
…………聞いていたか咲夜、頼んだぞ」
わたしを呼ぶ声に、思考の海から即座に浮上する。
しっかりと聞けていたかは怪しいが返す返事に変わりは無いことだけははっきりとしている。
「かしこまりました。十六夜咲夜、謹んでそのお役目お受けさせて頂きます」
――――後に、話半分で聞いていた為に一番大事な事を聞き逃してしまった十六夜咲夜が驚きの余りにあくまでもその内心で発狂する様は想像に難くなかった。
重要な事項は粗方話し終わり、場は再び和やかな雑談ムードへと移行する。わたしは欠かさず、量の減った紅茶のおかわりを注いでおいた。
「そうか、あの白黒魔法使いも認めるのね」
「えぇ、彼女には奇妙な運がありますの、もしかしたら化ける可能性もありますわね」
「確かに。私もあの人間に前々から興味を持っていたわ。
まぁでもその前に十中八九死ぬのがオチかもね」
「ふふ、そこが面白いのよ――――」
原作通り、魔理沙の異変解決参戦は無事認められた。
そして話はフランドール様へと移り変わる。
「フランドール嬢はどうかしら?」
「正直に話そう。バケモノ事態はあの子から取り除けてやれたが、現時点ではまだ危ういわね」
「そうなりますわね」
「あぁ、力の使い方も未熟同然だが、何よりあの子の能力はもともと狂気に魅入らせやすいのよ」
「ですが、貴方がそう易々とさせてしまわないのでしょう?」
それを聞いて、レミリアお嬢様は左目の辺りを軽く触れる。
「そうね、その為に私は今度こそ全てを手にいれるこの力を掴みとったのよ」
紫様も黄金色に輝くお嬢様の瞳をじっと見つめる。
扇子の奥に隠された心の内では、きっとそれがどれ程のものかと推し量っているのだろう。
――――『
しばらくしてお嬢様からお教え頂いたその力の名前は、奇しくもフラン様と対と為す様な力に変貌を遂げられていた。いわくこれまで無作為に視えていた運命では無く、魔力を使う事によって視たいモノを視る事が出来る力。そしてそれはまた同時に引き寄せる事が出来る。
一見弱点の一切見えない力だが、フラン様が既に壊れてしまったものの”目”を掴めない様に、お嬢様も既に起こってしまった運命を覆す事は出来ない。
「わかりましたわ、貴方の心根とその生き様は今回十分に理解させて頂きました。貴方が変わらない限り、また私も見守らせて頂きますわ」
「あぁ、逆におまえが狂ってしまったら私がこの手で葬ってあげるわ」
「あら、うふふふふ」
「ふふっ、ははは」
普通に考えればこの笑いは威嚇であり、その続きには脅しの文句が披露されるはずだが、この場にはもはや敵意の一欠けらも無い。
これで全て終わった。
もう話さねばならぬ事は無いだろうとレミリアお嬢様がゆっくりと席を立つ。
「…………まって、レミリア」
「ん? すまないわね、何か忘れたかしら?」
何かあるかと聞かれるが、紫様はすぐにはお答えにならない。
レミリアお嬢様をじっと見つめたまま、その受け答えすら伺っている様にさえ見える。
「…………いいえ、興味本位で一つだけ。
今回貴方はどれほど運命を紡げたの?」
「なんだそんなことね。
…………
そう言ってお嬢様は扉へ向き直り、再び歩み出す。
「………………」
紫様は、レミリアお嬢様を改めて見つめ直す様にそれを視線で追った。
――――レミリアお嬢様は本当に変わられた。
本、後日談を持って重かったり堅かったり、面倒な話はおしまいです。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
妹様のその後については普通の話として一つ出したいと思います。
さて次の異変について一つ活動報告で書いてみようかと思います。よろしければそちらもお読みくださいませ。
※16/03/26 作中の扉を叩く場面で謝った作法を描写してしまっていたので訂正しました。
こんこんと丁寧に”二”回扉を叩いた後
↓訂正後↓
こんこんこんと丁寧に”三”回扉を叩いた後
※16/04/04 全話改訂しました。