私が十六夜咲夜であるために   作:pumpkin

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EP29.迷い家の春

 ――――咲夜と霊夢が霧の湖に向かっている頃。

 

 手を擦り合わせて温かな息をほう、と吐く。

 魔理沙が見つめる通りの向こうの先には、四・五人の若者達が集まり何やら話し込んでいる。しばらくして、そのうちの一人だけが輪から抜け出してこちらへと走ってきた。

 

「お嬢! 村の若い衆に聞いてきましたが、特に人里じゃあ変わった事はありませんぜ」

 

「だから、お嬢って呼ぶなって言ってるだろ」

 

 この男は、私よりも歳が十近くは上だがいわゆる腐れ縁の一人だ。もっというと私が霧雨”魔理沙"になる前からの知り合い。過去とはきっぱりとおさらばしたつもりだが、人里の中でこいつと寺子屋の先生だけは、どんなに遠ざけても私が人里に訪れると目敏く見つけて引き止めようとするのだ。

 

 私がまだ普通の人間だった頃、うちの店の下働きで番頭をしていたこいつはよくマジックアイテムの研究に関して色々と気を回してくれた。

 

「ははは、水臭いじゃないですか! それとも私まで赤の他人なんて言わないでくださいよ。うぅ、悲しいぜ」

 

「そんなのとっくに諦めたよ!

 ……まぁ、いいや。とにかくほんとにここ(人里)は問題ないんだな?」

 

「えぇ、しいて言うなら最近何度か酒屋の小さい――売り物の――樽が空けられたとか。きっと、ワルガキどもの仕業でしょう、大丈夫でさ。ただこのまま何ヵ月も長引いちまうと作物がどうしようも無くなりますけどね」

 

 少々の盗みなどは、別に珍しい事じゃない。悪化するようなら調べる必要があるが今は大丈夫、と聞いて私はひとまず胸を撫で下ろした。

 前回もそうだったが、異変解決の初めに私はいつも人里に来る事にしていた。”何か”あるかを探して来ているわけじゃない。何も無いのを確認しに来ているんだ。

 

 人里は、悪だくみをする様な奴らには格好の的だ。

 たとえ異変を解決しても、ルールを守らない奴らは探せば絶対にいやがる。それだけが目的じゃないけど、私が『普通の魔法使い』になったのは、ここを守る為でもあるんだ。

 

「そうか、じゃあ私がとっとと異変解決してくれば、万事収まるな!

 待ってろ、すぐに春を取り戻してやるぜ」

 

「……お嬢。私が言えた義理じゃないですが、どうか無理をしないでくださいよ。それに大旦那も本音は――――」

 

「――――幹二(かんじ)!!!」

 

「……すいやせん」

 

 しばし重い沈黙が流れる。

 

 腐れ縁とはいえ、私にいつも良くしてくれたこいつでも、口出しして良い事、悪い事がある。

 

「じゃあ、私は行くぜ。嫁さんによろしく言っといてくれ」

 

「えぇ、()()()さんも、どうかご無事で。今度、娘の顔を見てやってくださいよ!」

 

 快く頷いて私は、その場から離れた。

 

 人里で知り合いに会うとどうしても、あの()()()()()の話題に引っかかる。そんな所も私が過去を清算した理由の一つだ。

 

「さて、待ち合わせの場所へ行くかっと」

 

 場所は人里の外。

 門を潜ってちょいと離れた小さな広場で、そいつと合流する予定だ。

 

 なんでわざわざ外かって言うと人里で一箇所に留まると先程話に出た、とある頭突きは愛故の感情表現だと豪語する寺子屋の先生に見つかるからだ。なんやかんやでまたあぶないだの、戻らなくてもうちに来いだの、説教されるのは御免だ。それに万が一にもあのジジイに出くわすなんて笑えないぜ。

 

 

 

 私が着くとそいつはもう先に着いて待っていた。

 見ればいくつかある切り株の一つの頭を払ったらしく、静かにそこへ腰掛けて待っている。

 

 私にはまだ気づいていない。

 

「……うふふ。ごきげんよう、待たせてしまったかしら?」

 

「えっ、いえいえそんなっ……って、魔理沙! 貴方そんなしゃべり方だったっけ!?」

 

「悪い悪い、待たせたぜ」

 

 こいつとは人里に着いて早々に手を組んだ。

 聞けばご主人様とやらに命じられてこいつも”春”を探しているんだとか。

 咲夜のヤツみたいに西洋っぽい服装でも無く、普通の私服っぽい所からそんなに()()()()()じゃないんだろう。話せばちょっと変なところもあるがおもしろそうなヤツなので気に入った。

 そして何よりも組む決め手となったのは、少々特殊だがこいつも”人間”だからだった。

 

「それで、情報収集の結果なんだが……」

 

「そうだね、魔理沙の方はどうだった?」

 

「すまないな、遅れた上にわかったのは完全に人里は無関係ってことくらいだぜ」

 

「そっか……。ううん、探す場所が減ったから無駄じゃないよ」

 

「ははは、ありがとうな。それで? そっちはどうだったんだ?」

 

「うん。魔理沙、『迷い家』って知ってる?」

 

「『迷い家』?」

 

 ――――『迷い家』。聞いた事無いな。名前からして迷路みたいな家か? それとも場所自体が迷路でそこに家が建ってるとか。

 

「へぇ、そんな家があるならそこにはすごい”お宝”が眠ってそうだな」

 

「うん、そうだね。ちょっと違うけどそこにある食器や日用品を持ち帰ると幸運が訪れるって噂よ。――――そこには”春”があるかもしれないの」

 

「ほう。そりゃ重要だ。ついでに何とは言わないが死ぬまで借りていきたくなるな。で、その場所ってのはどこなんだぜ?」

 

「……それが私、人里以外は詳しくなくて。噂では山奥にあるって聞いたけど、近くにそんな所があるのかな?」

 

「なんだそりゃ。ほぼわかってるじゃないか。山って言ったらここ(幻想郷)じゃ、『妖怪の山』しか知らないぜ」

 

 次の目指す場所は決まった。さっそく手を組んだ恩恵ってヤツにあやかれるぜ。

 人里や博麗神社、私の住む『魔法の森』は冬が終わらないのに、そこだけ春が来ているらしい。場所によっては春がある。つまり世界中じゃ無いってわけだ。

 

(何か見えてきたな。霊夢、咲夜。おまえ達より私が先にこいつと解決してみせるぜ)

 

「よし、その『迷い家』とやらにさっそく行こうぜ。()()

 

「そうだね、魔理沙」

 

 進行方向を妖怪の山に向けて、自慢の箒に跨り後ろに妖夢も載せていっきにかっ飛ばす。

 私のパートナーは 魂魄 妖夢(こんぱく ようむ)

 二本の長短ある刀を腰に差して、人魂を連れる半人半霊の少女だ。

 

 

 ――追え! 貴様ら、ここがどこと知っての狼藉かっ!

 

「やべえ、逃げろ! 妖夢っ!!」

 

「大丈夫よ、魔理沙。私が全部斬り捨てるわ!」

 

「いやいやいや、いったい何匹相手にする気だよっ。

 力は使うべき時を見極めるってもんだぜ。大事な時にヘトヘトだと何も出来やしない。それにここは未だ”冬”だ。そもそもあいつらを倒しても『迷い家』に連れてってもらえる保障はどこにも無いしな」

 

「そっか……。そうだね、魔理沙。”力を使うべき時”を見極めるわ」

 

 場所は妖怪の山。

 来た通り後ろに妖夢を乗せて全速力で逃げ回る。

 私と妖夢は絶賛、哨戒天狗から逃走中だ。

 案の定というかなんと言うか、以前も少し試みたが妖怪の山は天狗の縄張りで、少しでも近づけば見廻りをしている天狗どもに見つかり、即座に追い掛け回される始末だ。

 

(”秋”に紅葉狩りに来た時は何も出来ずにさんざんな目にあったぜ。

 おかげで、ほくほくの美味い焼き芋も喰いそびれた)

 

「でも……、このまま山から出ると『迷い家』には着けない。やっぱりここが”力を使うべき時”じゃない?」

 

「まぁまぁ、落ち着けって妖夢。一応私の知り合いにあいつらの仲間がいるんだが、そいつ(射命丸文)もちょうど”春”を探してたんだ。だから、可能性はほとんどないぜ」

 

「でも……!」

 

「だから慌てるなって。ここはまだ妖怪の山だし、私達はちょうど逃げ場も分からず()()()()。案外それで着けたりしてなっ」

 

「そんな無茶苦茶な! そんな簡単な事で……」

 

 妖夢が続く言葉に「着けたら苦労しないよ」と言おうとした矢先、奇しくもその願いはあっさりと叶ってしまう事になる。

 

「――――着いちまったんじゃないか」

 

 気づけば天狗に追い立てられ、視界も悪くどこを見渡しても白一色でただただ面白い味の無い山だったが、次の瞬間には全く別の場所に訪れたと錯覚した。

 

 雪は未だ止んでない。だが、眼下に見える草木や森に雪が積もっている、などと言う事も一つも無い。所々には春の花すら咲いている。

 気のせいで無ければ温かくなった気さえした。

 そして雪はだんだん止んで行き、今では粉雪がわずかに降る程度になっていた。

 

 いったいいつ変わったのか、私達はこれまでとは違う確かな気配を感じた。

 

「はは、ほらな」

 

 少しの間、私達はこの忘れかけていた春の景色に心を奪われる。

 そんな状況でも日頃の癖かほとんど反射みたいなもので、私は思考が停止したまま懐から取り出したマジックグラスで覗き、視界に入った淡い桃色の不思議な魔素を視止めて小さな宝石箱の形をしたマジックボックスに回収していた。

 

 隣を見ると妖夢は微かに拳を震わせ、食い入る様に少し咲きかけた桜の木を見つめる姿から、相当な覚悟が伺えた。

 

「よし、着いたな! じゃあさっそくその『迷い家』とやらを探そうぜ! ここに辿り着けたんだから、そこら辺にあるだろ」

 

「あ、うんそうだね。もっと”春”を集めないと……」

 

「まぁまぁ、ここに”黒幕”がいてそいつを倒せば”春”も一発で戻るだろ? そっちの方が早いぜ」

 

「え? あ、う、うん。そうだね。……探そうか」

 

 名残惜しそうに景色見渡すと妖夢は少し遅れて私について追いかけてきた。

 気づけば雪も風もすっかりと止んでしまい。着込んでいた衣服が早くも暑苦しくなってきた。

 

 脱いだコートを小脇に抱えて少し進むと幸いすぐに民家らしきものが見つけられた。見れば人里にあるような民家がぽつんとそこに一軒だけ立っている。どこからどうみても人間が住む家みたいだ。余りの変哲の無さにそんな感想が思い浮かぶ。

 

「ここは人間の様な何かが棲みそうな所だな」

 

「えぇ!? やめて、魔理沙! オ、オ、オバケなんていないよきっと!」

 

 後から追いかけてきた妖夢がいつの間にか私の横にいて服の裾をはしっと掴む。

 

(なんだ? 自分も半分オバケのくせに怖いのか?)

 

「いやいや冗談。猫とか、犬とか、狐とかいるんじゃないか?」

 

「そ、そうだよね! 動物がいるよね、オ、オバケはいないよね!?」

 

 なおも妖夢は私にしがみつきながら、必死に辺りを見回す。

「ね、ねぇ今何かの声がしなかった?」とか不安そうに呟き、声や服の端から伝わる妖夢の震えが”とっても怖い”と手に取るようにわかる。

 

(おぉ……、これはまさかのまさかだな。ちょっとからかってやるか)

 

「妖夢。ほら、おまえの後ろに何かいるぞ?」

 

「えぇっ!? う、嘘でしょ! 魔理沙からかってるんでしょ!?」

 

 

 

 

 

「あっはっは、バレたか。じょうだ――――」

 

「――――呼ばれて飛び出て、化け猫にゃあああああああ!!!」

 

 

 

『きゃぁあああああああああああ!!!』

 

 

 

 大層可愛いらしい少女達の悲鳴が木霊した。

 

 

「よ、妖夢のせいで恥を掻いちまったじゃないか!」

 

「えぇ、私のせい!? 魔理沙が脅かすからじゃないっ!」

 

「やったー、やりました、藍様! あとで褒めてくれるかなー♪」

 

 目の前で化け猫の妖怪が、なんとかサマとか重要そうな事を言っているが、恥ずかしさの余り私はそれどころじゃない。

 まったく、魔理沙さんともあろう者が普通の女、子どもみたいにださすぎるったらないぜ。

 

(見てろ、この借りは絶対返す)

 

「で、あんた達何の用?」

 

「おっと。そうそう、”春”を奪った黒幕をとっちめに来たんだった。

 ……おまえはどうみてもただの妖怪で猫だし、四本足の生き物に用なんてないぜ」

 

「なにをー! そんな事言って『迷い家』にやってきたって事は、道に迷ったんでしょ~?」

 

「はは、残念ながら私達はちゃんと目指してやってきたんだな、これが。

 もっともそれらしい道なんてなかったけどな」

 

 ようやくいつものペースを取り戻した魔理沙は適当に軽口を叩きながら、しっかりと目だけで冷静に相手を分析する。

 

 尖った耳に尻尾は”二尾”。

 人語を解してはいるが、見た目は人間で言う所の十才かそれ以下。

 私よりも背が低く、橙色の服を着て緑の変な帽子を被った少女の姿をしている。

 

 おそらく見た目通りだろう。これまで戦ってきたヤツの様な迫力は無いし、ルーミアみたいな得体の知れない感じも無い。思った通りなら私の敵じゃない。

 

(それとも、すごいヤツが化けてたりするのか?

 全部ひっくるめて化けられるなんて事があるなら、私自身が敵じゃなくなっちまうんだけどな)

 

「もう怒った! ここは私達の里よ、人間は出てってくれる?」

 

「おいおい、ここは出ようと思えば出られるのか?」

 

 戦闘開始だ。

 妖夢のヤツにここは私に任せろと言う為に振り返ると、いつのまにか妖夢は春度を集めるのにまた夢中になってやがる。さっきから会話に入って来ないと思ったら一人だけせっせと集めてやがったのか。だいたい目の前の化け猫も十分お化けだろうに怖がりはいったいどこへいったのやら。

 

(まぁいいさ。ここは私が戦う。邪魔しないでいてくれるなら好都合だ)

 

 手始めに右手を掲げて星の弾幕を次々と発射していく。

 

「そんな遅いの当たらないっ」

 

 弾幕が届く前に奴は両手を地に着ける様に前傾姿勢を取り、素早く飛んで避けられた。

 

(流石は妖怪猫ってわけか、すばしっこくて全く攻撃が当たらないぜ。

 でも、速さなら私の方が上だっ)

 

「『ミルキーウェイ』」

 

 長くてもほんの十秒にも満たない間だが、妖怪猫の俊足をも越える爆発力で、一気に距離を詰めて同時に星状弾で攻撃する。目論見通りそのうちの一発が化け猫にヒットした。

 速さには速さ。奴の長所を上回れば勝負は簡単に片が着きやすくなる。

 

「いたた、人間のクセにすばしっこいヤツ。でも私の方がもっと早いんだから! ――――『翔符「飛翔韋駄天」』」

 

「なっ、それ霊夢の!?」

 

 星状弾のダメージはそれほど大きなものでは無かったのか。

 妖怪猫は特に動きが制限される様な怪我も無く、懐から御札を取り出しあろう事か使って見せた。

 

 だけど驚いたのはそこじゃない。

 その御札にとても見覚えがあったからだ。黄色い長方形の紙に赤いヘンテコな文字が書かれている。霊夢が使っているのと瓜二つだった。

 

 ――――この時、冷静に御札を見ていれば似ているが書かれている文字が違うと後になってわかる。

 

「おい、て……ぐぁっ!?」

 

 私とした事が迂闊だった。

 戦いの最中に気を散らすなんて馬鹿のやる事じゃないか。

 

 御札の効果は、まさに絶大。

 俊敏な猫の素早さをさらに何倍も引き上げるという反則染みた力でもはや目で追うことすら叶わない。正面に捉えたいたはずが身体がブレたと思った瞬間には、左腕を引っかかれていた。

 厄介なのはそれだけじゃない。これまではあくまで空を飛ぶ延長上での直線的な瞬発力であったが、御札の効果を得られた為に何も無い空中を蹴って不自然なほど方向を変えて飛んでくる。それはまるで地面を蹴り、木を駆け上がり、太い幹から襲いかかる猫のそれだ。戦ってる状況がアイツと私で違いすぎる。

 一瞬、黒いものが視界の端でブレたと思えばどこかを引っかかれる。

 五回、六回と切り裂かれ体中切り傷だらけになってしまった。

 

 しかし幸いな事にヤツの攻撃は普通の魔法使いである私にとっても軽傷で済んでいる。狙っても当たらない弾幕は止め、わざと周囲に弾速の遅い弾幕を手当たり次第に撒き散らす事で、無防備な状況を回避していたのが大きいだろう。

 

 このままただ被害を抑えるだけでは勝てないわけだがさてどうしたものか。

『マスタースパーク』が当たれば勝負は終わるが、あの速さじゃいくら打っても打ち損だ。

 

 打つ手の無い状況に冷や汗が流れただ時間だけが過ぎていくが、実はそれが何よりの正解であった。

 

「にゃっ!? あぁ……効果切れちゃった」

 

「……なるほど、モノは一流でも使い手は二流ってわけだな!」

 

 チャンスを逃すまいと『ストリームレーザー』で狙い撃ちする。当然避けるだろうが、わざと逃げやすい方に隠して放った本命の『イリュージョンレーザー』が直撃した。妖怪猫は慌てて避けようとした為、隠れていた後発がモロに直撃した。先ほどとは違い、はっきりとダメージの痕も残るがまだまだ戦意喪失には足り無そうだ。

 

(ちぇ、ダメージが軽かったか)

 

 帽子を整えて気を取り直し、油断無く化け猫の様子を伺う。

 ヤツ自身は敵じゃないが、持ってるモノは本物だ。

 

 まだ他にも何か隠し持っていないかと注意深く観察していると、おもむろに変な帽子をひっくり返して中身をごそごそやりだした。なんと帽子の中から一つ赤い卵が出てきたではないか。

 

「な、なんだ今度は手品でもする気かよ」

 

「なにそれ! この子はそんなのより絶対すごいんだから!

 えいっ、――――『仙符「鳳凰卵」』!」

 

 思わず脳裏に過ぎったのが友人のメイドだったのは言うまでも無い。

 勢い良く投げられた赤い卵は見たままの速度でこちらへ飛んでくる。

 妖怪の力にしてはそれほど早く無く当たってもさほど痛くも無いだろう。

 ならば、本人が言う様に普通とは違うということか。

 

 その直後には答えとばかりにピシピシと卵に亀裂が入り、やがて中から卵と同じ色の赤い雛鳥が元気良く飛び出してきた。もちろんただの雛鳥ではない。

 

『鳳凰卵』の名から想像出来る通り、仙術か何かの火で出来た”生きてない”物で尻尾が幾つにも分かれ、炎で模した灼熱の妖鳥だ。しかし想像や原理とのギャップに反して、まるで生きた本物の鳥の様に一匹の雛鳥は必死に羽をバタつかせこちらへと飛んでくる。その光景が少々微笑ましく見えないでもないが、触ると火傷では済まないだろう。

 

 私は油断無く避けきって化け猫の方へと振り返った。

 

「ははっ、確かに普通じゃないが、あんなヨチヨチしか飛べないんじゃあ私には当たらないぜ」

 

「ぬぐぐ、今の私にはあれで精一杯だし……。追いかけてっ!」

 

「……なるほど、でかかったらやばかったなっ」

 

 振り返ると、雛がそれはもう一生懸命に百八十度旋回し、またパタパタと羽をはためかせて再びこちらへとやってくる。なるほど追尾弾みたいなものか。

 速度はさほどでも無い為、落ち着いて『マジックミサイル』の狙いを済まし、立て続けに何発も発射する。その全てが命中した、のだが直撃したはずの雛鳥は見た目に反して魔法弾を飲み込む様に燃やし尽くして、そのまま何事も無かった様に飛んで来ていた。

 

「まじかよ、見た目と中身が全然合ってないだろっ!」

 

「どう? 逃げ出すなら今のうちよ!」

 

「くそっ、厄介なのはおまえじゃなくてだろうがっ」

 

 試しに高威力の『マジックナパーム』も放ってみたが爆発する所かさっきと同じ様に飲み込まれてうんともすんとも言わない。性能はヤツの方が数段上のようだ。距離を離せば問題無いと無視して、妖怪猫の方にも攻撃してみるが、自前の早さで軽々と避けられる。

 

(戦え無くも無いが)

 

 気が散って仕方ない。

 私は咄嗟に発想を変えて懐に仕舞っておいた八卦炉を取り出して裏返し、わざとその雛鳥にぶつかる様に箒の頭を向けて一直線に加速した。

 

 逆さまに向けられた八卦炉の中心が霞掛かった様に暗くぼやけ、まるで光が吸い込まれていく様に消えていく。

 

「『ブレイズアブソープション』!」

 

 ――――フランドールに『マジックアイテム講座』をした時の応用だ。

 高火力の馬鹿でかい魔砲を何発も連発するには、魔理沙の魔力だけではいくらあっても足りない。普段から自然に漂う魔素を吸収して貯めて置く事でそれは実現する。今回はそれを応用した技。

 

 霊気や特殊な魔力といった不思議な力をお構いなしに吸収する魔法だ。

 

「へへ、霖之助に無理を頼んだ甲斐があったぜ!」

 

「あー、私の卵! 返してよそれだけしかないのに!」

 

「慌てるな。今、ちゃんと返してやるぜ!

 ――――喰らえ、『マスタースパーク』!!」

 

「え、わわ、にゃあ!!?」

 

 吸収した鳳凰の雛鳥を魔力に変え、同等の魔砲で打ち返す。

 今度こそ油断していた妖怪猫は光に飲み込まれて、林の中へと墜落していった。

 

(『借り』はきっちりと返す主義だぜ。大丈夫、加減はしておいた)

 

 妖怪猫の少女との戦いは魔理沙の勝利に終わった。

 一見、反則染みて見えるが、そうではない。ちゃんと吸収するには面倒な制約が色々と付いている。例えば八卦炉に納まる魔力量を超えるものは吸収出来ないし、一度使うとしばらく使えない。そして何より、相手から強引に奪う為、同格以上の術者相手には使用する事は出来ないのだ。

 

 ――今回は相手が”二尾の化け猫”で助かった。

 相性は抜群の『飛翔韋駄天』とやらや、お世辞にも使いこなせていない感のあるさっきの『鳳凰卵』ってやつもきっと扱う物によって別次元の力へと変わってくるのだろう。何度も言うがあれは本物だぜ。

 その証拠にさっき程度のものですら私の『マスタースパーク』がまるまる一本貯まったんだからな。

 

 なんともアンバランスな相手であったが、傷の手当てをして未だに春度をかき集めている妖夢を捕まえて眼下の民家へと下りていくのだった。

 




橙が鬼を憑依させて暴走するシーンも考えましたが、長くなるので止めました。



補足:

・迷い家

八雲家という設定。
八雲の家は人が早々にたどり着けない場所にあるらしいですが、幻想郷に該当する場所は妖怪の山くらいしか明かされて無い模様。
迷い家は普段、紫が境界を操り今は操ってないから訪れられたということで。

しかし操って無くても行こうと思って行ける場所では無く、魔理沙だからこそ簡単に辿り着けました。

・迷い家の春

原作ではここも春度が無く吹雪いてましたが、『誰』かがまだ春度を奪ってなかったので。

・『ブレイズアブソープション』

本作オリジナル技。
作中の通り発光する魔法や妖術、他にも霊気などを吸収する技。
吸収したものをそのまま自分の魔法で返す事も出来る。

八卦炉の許容魔力量かつ、格下の相手にのみ使用可能。
使うと数時間使えない。

元にしたのは『星間吸収(インターステラー・アブソープション)』という現象から。
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