白。
視界一面が真っ白に染まっている。
それは単なる色ではなく、自然の猛威によって生まれた白だ。一つ一つは小さな白い点であるが、数が多く勢いが強すぎる為に点が面として形成されている。
つまりそれは視界すら怪しい吹雪だ。
一寸先どころか前後左右何もかもが豪雪であり、腰下までは雪に埋もれて、強風と相まって常人ならば歩くことさえままならない程のものだ。長い間九州に住んでいるわけで、流石に九州地方でこのレベルの豪雪なんぞ体験しきれない。というか学園艦は季節に応じて適した気候の海へ移動するので季節に困ることはあまりなかったりする。何にしても久しぶりの極地ということで、最低限の防寒装備はしているが、あくまで最低限なので正直寒い。身を斬り裂くような寒波は歯の音や全身を震わせる。
そんな極寒の中でスコップを振るい、雪かきをしている。
この天候でいくら雪かきをしても無意味としか思えない。まぁ全力でスコップ振るってれば豪雪に負けないこともできそうでもないが、しかし大自然とは舐められないわけでやっぱり無意味な気がして来る。
が、そんな暴風の中で、
「うひょおおおおおおおおおおおお!! カチューシャ様ぁあああああああああああああ!! んほぉおおおおおおお! 届け! 俺の愛! 偉大なるカチューシャ様の偉大さに捧ぐ偉大なる雪像おおおおおおお!! カチューシャぺろぺろぉおおおおおおおお!!」
幼馴染はパン一で幼女の巨大な雪像を作っていた。
体の寒さよりも心の寒さの方が辛かった。
●
そもそも何故俺がプラウダ高校にまで来て豪雪の中で雪かきという罰ゲームを受けているかというとことはシンたち継続高校に連れられてプラウダに到着した所から始まる。
元々俺は普通に寄港するつもりで、先にパヴロフにも電話で連絡していたし迎えにも来させていた。ついでにシンも一緒に飯でも食べようと思っていた。
なのに――まずプラウダ艦に近づいたと思ったら継続ボートから海へと蹴落とされた。
受難はまずここから始まった。
水の上は走れないこともないが、水中から、それも極寒の海から飛び出すのはかなり骨の折れる作業だった。結局学園艦の側面を素手で上るという苦行の果てに到着し、、流石に疲れたと思いながらパヴロフとの待ち合わせ場所に行けば、
「粛清軍団……!」
緑と赤の防寒服に身を包んだ風紀委員――スペツナズとかいうプラウダ版ゲシュタボ――に粛清されかけ疲れていたから対応も面倒臭くなって思わず雑に倒してしまったらまたさらに風紀委員はどんどん追加されててそいつらもそこそこに腕が立つからそいつらも張り倒して行って、
「パヴロフが現れて……」
――何故か一緒になってスペツナズと戦いだして、そのあたりにはもう意味が解らなくなっていたが襲い掛かってくるのでとにかく来るやつ来るやつ皆張り倒していた、全員倒していたら。
「カチューシャ様に怒られちゃったぜひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおいい!!!」
身長百三十センチくらいの小学生みたいな子供が粛清粛清叫びながら長身の女生徒に肩車されて出現したのだ。
その時点でパヴロフは彼女の前に五体投地。長身の方に頭を踏まれながら例によってカチューシャ様ぺろぺろとか叫び、長身にさらに強く踏まれ、その光景は幼女には理解できないらしくぎゃーぎゃー粛清粛清叫び、それにパブロフが歓喜の声を上げて、そして長身がパヴロフを全力で踏みつけて――無限ループ、軽く地獄絵図だった。
結局そこで俺たちはその二人――プラウダ高校戦車道隊長地吹雪のカチューシャと副隊長ブリザードのノンナに粛清を喰らいシベリア送り――やたら日の辺りが悪く風も強い旧そうな校舎――で豪雪の中雪かきという囚人とかでもやらなさそうな刑を、それも防寒服は最低限、パヴロフに至ってはパンツ一丁とか死ねと言っているようなものである。
というか最終的に機関銃を持ちだして連射していた。
「……おーいパブロフ。おーい、お前ちょっと落ち着けよ」
「うひょよおおおおおおおぉぉ……お、お、お? なんだよ直。見ろよ俺は今カチューシャ様の雪像、小学生、中学生、高校、カチューシャ様の妄想バージョンと作るのに忙しいんだが」
「前三つ同じじゃねぇか」
幼馴染――パブロフ。
それもパンツ一丁で適当に染めたのか安っぽい金髪に雪を張りつけながらキモイ声を出して小躍りをしていた。
ていうかあの幼女隊長は小学生から姿が変わっていないということなのか。
いやそんなことはどうでもいいけど。
「いつものこんなことやってるのか……? やたら手慣れてるけどよ」
「ふっ……そりゃあこの愛の戦士パヴロフ! シベリア送り二百回目だぜ!」
「お前この数週間で増えすぎだろ」
前は百超えたとか言っていたのに。
「いやほれ、シベリア送りにしてもツンドラにしても永久凍土にしても何日間にする仕事のノルマがあるんだけど俺の場合それ速攻で終わらせてカチューシャ様への愛の雪像を作り始めるからすぐに終わっちゃうんだよ。朝起きて、学校行って、シベリア送りになって、家帰ってっていうのが俺の最近のルーチンワーク」
「バイタリティ溢れすぎだろう」
普通に引くし、目の前で幼女の雪像の足元に跪くパンツ一丁とかほんとに変質者染みているからやめてほしい。吹雪の中、人気のない校舎だから目線はないが幼馴染として恥ずかしい。この男は言っても聞かないだろうが。
昔から身体が矢鱈目ったら頑丈で、神風丸と同じく陽動と囮と肉盾役だったわけだがそれはそれで実に頼れる仲間であったが今は本当にただの変態だった。
「はぁ……」
スコップを雪に突き刺しつつ、肘を掛けて体重を預ける。
寒中水泳に大乱闘からこの雪かきである。いくら何でも普通に疲労が溜まっている。普通に常人ならば寒中水泳の時点でくたばっているだろうに。
プラウダに到着してまだ数時間しか経っていないのにも拘らずこの疲れ様。
不覚にも黒森峰の自分の部屋が恋しくなってしまう。
ホームシックとかに掛かる性分ではないと思っていたが、目の前で幼馴染が変態的奇行をしていると自分らしさというのも失うものではないだろうか。
なんだろう、無性にみほの顔が見たくなってきた。
「……………………パブロフ、これいつまでやるんだよ。俺はもう普通に寝たいぞ。ほら、なんかあるだろう、ロシアの伝統料理の、ピロシキだかボルシチだが。あれを食わせろ。それか熱めの風呂にもで入らせろ。俺は疲れたぞ」
「ん、お? 珍しいな直がそんな長文で自分の要望を言うなんて。確かに俺もそろそろ手がかじかんできたし」
やっとなのか。
「帰って風呂入ってボルシチ食いたさあるが――しかしこの作業俺の意思では止められないんだなこれが」
「はぁ? じゃあどうすれば――」
「お、噂をしたら来たぞ?」
●
「――」
雪の中、完全防寒装備で現れたのはノンナだった。
改めてみると女子にしては非常に身長が高く、俺と目線と変わらないほどだ。おまけに表情がほとんどないので初見ではかなりの威圧感がある――最も人のことを言えないだろうが。
防寒装備に固めていても寒いことは寒いだろうに、そんなことは一切表情に出さずに此方へ来て、
「……………………チッ」
盛大に舌打ちをした。
「………………………………えぇ」
「おっす! ノンナ様!」
「チッ!!!!」
様って。
あと舌打ち大きい。
「どうすかノンナ様! このカチューシャ様ズは! ノンナ様が一秒だけ見せてくれた写真記憶に焼き付けて再現してみましたっ!」
「ムカつくくらいによくできていますね。自決しても構いませんよというか何故下着一つで生きてるんですか?」
「何故ってそれは――カチューシャ様への愛に決まってるじゃないですか!」
「くっ……なるほど。それならば納得するしかないですね……今回の件で貴方の存在もカチューシャに露見してしまった以上その力も倍増してることは明白……!」
納得できるのかそれ。
「仕方ないでしょう、このカチューシャ像に免じて本日の私け……げふんげふん、罰則は終了とします」
今私刑って言いかけた。
目前の光景に目を疑っていたら、彼女はこちらへと視線を移す。
「日向直」
「……あ、あぁ。なんだ?」
「貴方はまだ解放できません」
「…………何故」
「我が校の戦車の盗難疑惑が掛かっているので」
「……………………はぁ?」
「貴方がスペツナズと乱闘をしている間にうちの戦車が盗難にあっていました。詳しいことは割愛しますが容疑者として貴方に嫌疑が掛かっています」
「…………戦車」
「ダー」
「…………………………………………シンか」
「はい?」
「ちょっと待ってくれ、今怒りを抑えるのに難しい」
「あ、直がマジギレしてる」
俺が乱闘している間に戦車が盗まれていたということは、つまり誰がやったなんて明白だ。
あのムーミンもどき共、借りものだとかなんとか言っていたがつまりは泥棒しに来たということ。継続高校は経済的に恵まれていないから各国の戦車を使っているなんて聞いたことある話だが、かつてのフィンランド軍よろしく他校から鹵獲しているとは恐れ入る。時間を考えるとやたら手際がいいからやはり最初から計画していたはずだ。
俺を拾ったのも、海に落としたのもつまりはそれが目的だったというわけだ。
「あの……」
「いいか、俺は無実だ。継続だ継続。いや、結果的にやつらの手助けをしていたことは否めないが、その意思はない。話ならいくらでもするし、寧ろ俺から聞きだして奴らを捕まえてくれ、なんだったら俺が直接奴らを締め上げても……」
「落ち着け落ち着け。なんかさっきから変だぞ直、らしくもない」
「ぬ…………すまん」
変態に指摘され、一度落ち着く。
呼吸を整え、意識を沈め、
「――シンは〆る」
「マジギレだぁ……」
パンツ一丁が今更のように震えていた。
「というわけで、戦車盗んだのは恐らく継続だろう。シンの手口ならば俺とパヴロフが見ればある程度解ることもあるだろう。仮に関係ないとしてもこの手のことは放っておけん。相手が旧知ならば猶更な」
「はぁ……まぁ元より話を聞くつもりだったので協力的なのは助かります。……それに、丁度いいタイミングといえばタイミングでしょう。そういうことならばあちら側の要望にも応えられますし」
「……あちら側?」
「えぇ」
ノンナは感情を感じさせないままに小さく頷き、
「――聖グロからダージリン、ジャバウォックの二名が来訪しています。特に後者は鹵獲の件を聞いて貴方達二人に面会を希望しています」
日向直
げきおこいんふぇるの
パヴロフ
吹雪の中パンツ一丁でもカチューシャ様への愛があれば余裕!
カチューシャ
しゅくせーよ!
ノンナ
パヴロフ死ねばいいのに
次回、皆大好きだろうあの二人がついに。
感想評価お願いします