ガールズ&ユンゲ   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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温泉

 水面に、滴が弾ける音を聞きながら直は湯の中で全身を脱力させた。

 湯気に包まれた大浴場だ。風呂場特有の高い湿度と温度が気道に入り、首から下の身体を包む暖かい湯は全身を温めてくれる。

 

「ふぅ―――」

 

 夕焼けと海の見える露天風呂だ。

 化石海水とかいうものらしく、温泉としての効能が高いらしい。

 湯治だ。

 湯が全身の血行を早め、温泉特有の効能にて身体の回復力を高め、傷や病気を癒すことだ。本来であれば一週間以上温泉地に滞在が必要であったり、現代で行うには専門の医者からの指示を必要とするが、

 ……そんな時間は勿体ないからな。

 歩兵道を本格的に行う場合、大怪我は日常茶飯事になる。そうなる場合、何よりも重要なのは怪我をしにくくするための準備、受け身や急所への防御であり回復力の強化だ。また大怪我をしたまま試合を続行する場合もある。

 怪我をしながら、回復させながら、それでも尚戦わなければならない時もある。

 純粋な戦闘力以上に、回復力や継戦能力は重要だ。

 そして戦闘中ではなく日常生活の中での回復力を高めるのに有効な一手が温泉になる。幼い頃からの鍛錬により直の回復力は常人のそれを遥かに上回る。

 ……怪我、しまくったからなぁ。

 回復力の強化方法や防御方法を学ぶのは怪我をするしかない。

 思いだしたくないことだ。

 湯の中に沈む自分の身体を見れば全身古傷で一杯だ。

 それは直だけでなく、

 

「うぉぉぉ……っ、温泉っていいよなぁ……聖グロだとユニットバスばっかで風呂も滅多に入らねぇんだよなぁ……どいつもこいつも本当は日本人のくせしてイギリスかぶれて湯船浸かりたがらねぇし」

 

「うちはやっぱ寒いから普通に風呂はいるなぁ。バーニャっていうサウナも多いけど、そのあたりは普通に日本式だ」

 

「知波単は当然毎日風呂であるぞ。友情は裸と同じ釜の付き合いからでるからな」

 

 隣に並んでいるジャバウォック、パヴロフ、神風丸も同じだ。

 肩まで体を湯に沈ませ、並んで夕焼けを眺めながら、

 

「あー……染みるぅ……疲れたなぁ……久々に派手にバトったわぁ」

 

「お前日常的に戦車に喧嘩売ってるんじゃなかったのか?」

 

「まぁそれはそうだけど実際にこうして試合するのとじゃ違うだろ?」

 

「確かに、日ごろから訓練はしているが試合形式は久しぶりであったしなぁ」

 

「ふっ……その点常日ごろノンナ様に撃ちまくられてる俺に隙はなかった」

 

「いや前そんな学園生活嫌すぎね?」

 

「ご褒美です!」

 

 気持ち悪い。

 嘆息しながら息を吐き、

 

「しかしパヴロフの耐久力は言うに及ばず、お前達も腕を上げていたな」

 

「いつの話してんだお前は」

 

 からからとジャバウォックが笑いながら応えてくる。

 ……確かにな。

 かつて孤児院が解散し、それぞれがバラバラになってから随分と年月が経っているのだ。歩兵道に専念していなかったとはいえ、かつて先生に教えられた技術を誰もが忘れずその身に刻み続けていた。

 実際自分だって毎日一通りの鍛錬を熟しているのだ。

 ジャバウォックやパヴロフに至っては日常生活で体を虐めているというのも理由の一つになるだろう。技術よりも肉体の基礎スペックを武器する者でもある故に。

 

「自分は日ごろから鍛錬しているわけだが……なぁ、お前たちよ?」

 

 夕焼けに視線を飛ばした神風丸は顎まで体を湯に沈め、

 

「――――実際、今自分たちはどれくらい先生に近づけたのであろうなぁ」

 

 小さく呟いた。

 

「……」

 

 少しの間だけ、会話が止まり、

 

「うーん……」

 

 四人が四人とも首を傾げた。

 

「……実際、どうよ? バトって勝てるかぁ……?」

 

「無理だろ……タイマンだと絶対無理」

 

「仮に自分ら全員で一度に掛かったら……」

 

「………………それでも、怪しい気がするな」

 

 仮に自分たちが同じ水準の戦闘力を保有していたとして、そして全員で一度に戦ったとしてもそれでも勝てる自信がない。

 

「あの人は……それくらいに強かったからな」

 

 直を初めとした卒院者たちを鍛え上げた張本人。

 思い出すには自分たちは幼く、彼は謎が多かった。覚えているのは、ただ自分たちには手が届かない相手であったということ。

 ……常夫さんにもいつもフルボッコにされるし……。

 この世界、上を見上げれば切がないものだ。

 改めて実感して息を吐いた所で、

 

「なぁ、ちょっといいか」

 

 声を掛けられた。

 

 

 

 

 

 

「アンタら、さっき歩兵道やってた奴らだろ?」

 

 ジャバウォックたちに声を掛けてきたのは見知らぬ青年だった。

 自分たちよりも、少しだけ年上に見える。

 髪を薄めの茶に染めた彼は笑いながら浴槽に腰かけ、

 

「隣いいか?」

 

「応える前に座ってるじゃねぇか」

 

「ははは」

 

「……公共の場だ。誰がどこに座ろうと、俺たちが咎める理由はない」

 

「そう言ってもらえると嬉しいぜ――まぁ俺の親父がこの温泉のオーナーなんだけどな?」

 

「おぉ……良い湯をどうも」

 

「いえいえ、どうも」

 

 四人揃って頭を下げ、茶髪が笑顔で会釈を返し、

 

「おーい、お前らも来いよ」

 

 青年が呼び込んだのは数人の少年だ。ジャバウォックたちと同世代に見える。

 彼らは居心地が悪そうに浴槽に身体を沈めながら、互いに視線を交わし合ったあと、短髪一人が代表するように少しこちらに近づいてきて、

 

「……先輩、よくそんな気軽に声掛けられるっすね」

 

「おいおい後輩。お前はタメだろ、変な気遅れするなよ」

 

 タメ、ということは、

 

「大洗の生徒だったり?」

 

「あ、あぁうん。そうだよ。大洗学園の生徒。二年だ」

 

「ちなみに俺はOBなー」

 

「……二年ということは、みほの……?」

 

「そうだよ。ていうか、一応クラスメイトだ」

 

「……なるほど」

 

 ……へぇ。

 ジャバウォックは直の反応に少しだけ驚いた。

 少しだけ、直が身を乗り出したのだ。傍目には無表情で小さく頷いただけでしかなかっただろうが、自分には、それにパヴロフや神風丸には解るほどに興味を示している。

 ……変われば変わる……ってわけでもないか。

 変わったわけではなく、定まったというべきなのだろう。

 昔から静かな奴だったなと、蛮族は過去を振り返る。

 キャラが無意味に濃い孤児院だったが、その中でも直は全員の後始末役だったのだ。ヒロ辺りはバランサーであったが、偶に馬鹿をやることに変わりはない。近所の窓ガラスを割ることもあればジャングルの奥地にこっそりあったどっかの国の軍事基地に特攻した時も、近所さんに謝るのは直だったし、撤収時に爆破スイッチ押したのも直だった。

 ……まぁ窓壊したのも喧嘩売ったのも俺だったけど。

 走りだして、皆の後から見守って、けじめを付けるのがジャバウォックの思う直のキャラクターだった。

 ……それが、西住さんに関しては前のめりか。

 無意識か意識的かどうかは解らないが、そのような反応を見せている。

 それだけ直が彼女に入れ込んでいるということで、自分たちとは違う関係性を彼もまた築いているのだろう。

 

「みほは普段はどんな感じなんだ?」

 

「へ? え、あぁ、そうだな」

 

 直の問いかけに短髪は少し戸惑いながらも、

 

「影で軍神って呼ばれてる」

 

「…………………………………………陰口か?」

 

「ちっ、違う違う! 違うよ! これは陰口っていうか賞賛の言葉だよ!」

 

「……聞こう」

 

「あ、あぁ……えっとだな」

 

「気を付けろよ、下手なこと言うと殺されるぞ」

 

「………………」

 

「安心しろ、死にはしない」

 

 死にはしないだけ……? と短髪は戦慄していたが、

 

「やっぱり戦車道一から初めてそれを全国大会優勝まで持ってたのは学校じゃ話題で持ち切りだよ。正直最初の方はあいつらなにやってるんだって感じだった。生徒会がやたら進めてたから胡散臭さ半端なかったし」

 

 だが、

 

「それが――全国大会優勝までたどり着いた」

 

 無名高のチームが全国大会優勝。

 それは言葉にすれば簡単だが、

 

「戦車道ってそれだからからやっぱ知らない人はビビる奴も多かった。軍神とか冗談半分恐れ半分で呼ばれてたのもこのあたりだった。だけど……」

 

「……だけど?」

 

 短髪は少し言葉を淀ませ、

 

「その―――あまりのドジぶりにビビってる奴は今皆無かな」

 

「あぁ……」

 

 直が遠い目と共に空を仰いだ。

 短髪の背後にいる数人が頷きを繰り返し、

 

「一つものを落とすとそのまま連続して机の上のもの全部落とすからな……」

 

「廊下で転んだら何かしら必ず巻きこんでいくし……」

 

「ドジのピタゴラスイッチ……」

 

「…………戦車降りるとドジなのは昔から相変わらずか」

 

 苦笑と共に直が息を吐くが、ジャバウォックは少し意外に思いながら聞いていた。

 ジャバウォックの知っている西住みほは戦車道関連の、それこそ軍神染みた采配を行う西住みほだ。普段の様子を直から聞いていないわけではないが、それでもイメージとしては弱い。

 軍神西住みほ。

 ……すげぇ違和感ねぇなぁ。

 最も、そんな軍神もダージリンには負け越しているのだが。

 つまり軍神以上となるともう全能神ではないのだろうか。めんどくさい格言ばかり言っているがあれでかなり器用で何事も卒がなく熟してしまうわけだし。

 ……やっぱりダー様、いい。

 何より弄り甲斐があるのが最高だ。

 だから、

 

「よし」

 

 立ち上がり、

 

「―――覗きすっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水飛沫を上げながら立ち上がったジャバウォックを、パヴロフは見上げていた。

 

「……おい」

 

 当然のように直が半目で咎めながら声を発す。

 ……まぁ、そうなるよな。

 蛮族が馬鹿な発言をすれば、止めるのは当然直だ。そもそも銭湯に来た時点でこうなるのは予想が付いていた。

 ……覗きかぁ。

 変態は頭を捻る。

 興味がないわけではないが――変態としては気が進まない。

 パヴロフは変態だが、しかしただの変態ではない。

 正確には、偉大なるカチューシャ様の愛の奴隷なのだ。一時の性欲に駆られて頭の悪い行為に走ったりすることはない。

 ……覗きよりは目の前でカチューシャ様がいるのに目隠し耳隠しされた状態で一切情報得られないという放置縛りプレイの方が……!

 等と思っていたら、

 

「させると思ってるのか?」

 

「あぁ!? 温泉だぞ!? 露天だぞ!? ――しないわけにはいかないだろうが!?」

 

「お前……温泉のオーナーの息子がここにいるんだぞ」

 

 視線が温泉のオーナーの息子に集まった。

 彼はゆっくりと頷き、

 

「あぁ……立派な犯罪だな」

 

 そして、

 

「――俺には止めらないていうかあとで俺が直々に事情聴取するから覗くなら詳細をちゃんと目に焼き付けて説明できるようにするんぶほぉ!?」

 

 台詞中に直の飛ばした水鉄砲を顔面に受けて湯に沈んでいた。

 直は嘆息し、そのまま短髪やその背後たちに視線をずらす。

 彼らは一度たじろいだが、しかし意を決して、

 

「――僕は会長の脚の話を聞きたぶほぉ!?」

 

「――俺は小山さんのビッグおぱーいがべはぁ!?」

 

「――一年の山郷ちゃんの意外なナイスバデがはぁ!?」

 

「――婚活戦士ゼクシィ武部のパーペキ女体へぼぉ!?」

 

 水鉄砲が四連射された。

 ……可愛い子ばっかだからね。

 彼らの反応も仕方ないと思う。

 神風丸を見てみれば、

 

「…………西殿……西どのぉ……っ」

 

 鼻血流しながら真顔で硬直していた。

 

「……まったく。ジャバウォック、下らないことはやめて、湯に肩まで使って百まで数えて置け」

 

「お前はかーちゃんか。でもな、駄目だぞ直。今日の俺は止めらない」

 

 何故なら、

 

「――――試合に勝ったらダー様が何してもいいって言ってたからなッッ! 俺はその権利を今覗きに行使するぜ!」

 

 大音量で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!?」

 

 ダージリンが紅茶を吹きださなかったのはそこが温泉だったからだ。

 聞こえてきたジャバウォックの声に驚愕し、咽て死にかけながら意識を押し付ける。

 一緒に湯に使っていた戦車道の仲間やライバルからの半目や興味津々の視線だったりを受け流しながら、

 ……ジャバォオオオオオオオオオック!

 あの蛮族の言うようなことを言った覚えはない。

 いや、確かにご褒美を上げるとはいったけど。でもそれは二人でどこかに行こう的なことのつもりだったし、新しく手に入ったレア物の茶葉を最近手に入れたばかりの格言集を読んだりしながらのんびり庭園とかで過ごすとか或は街に買い物に行って、力持ちの彼が力尽きるくらいに色々買って持たせたいとか思っていたのに、

 ……そういう意味じゃないのよ!?

 助けを求めて横のオレンジペコを見た。

 

「やっぱりお風呂場だと蒸しの時間とか違いますねぇ」

 

 華麗にスルーされた。

 この空気をどうしようかと、温泉による汗とは違う汗が額を伝った所で、

 

「――だ、ダージリンさん!」

 

 顔を赤くしたみほに詰め寄られる。

 

「な、なにかしら? みほさん?」

 

「――やっぱり、そういうのは男の人って好きなんですか!?」

 

「―――」

 

 紅茶が口に残っていたら絶対吐いていた。

 大多数が半目になった周囲の視線を受けながらダージリンは内心たじろぐ。

 ……な、何故それを私に……!?

 みほが最近黒森峰の日向直と交際を始めたのは当然知っている。かつての練習試合の時に連絡先は交換していたし、全国大会後は通話アプリ等でよく話している。自分が格言を教えるか、ボコとかいう聞いたことのないゆるキャラのダイマか戦車のこととか、

 ……それか直さんとジャバウォックのことで……。

 だが―――その質問はちょっとキツイ。

 が、それはそれとして彼女に対して、質問に応えられない状況というのは回避したい。

 ……私だけですものね、彼女に勝ち越しているの。

 大洗のレコードを鑑みると彼女の友好関係で親しい戦車チームの中、未だ負けていないのは自分だけ。

 それが示すということは、

 ……私こそがみほさんの精神的お姉さん……!

 実姉はまほだろうが、きっと戦績的に自分の方が優位に立っている。一度も勝てていないということは、つまり彼女の中で自分は特別なポジションになっているだろう。ペコを愛でるのもいいけれど、みほを可愛がるのもいいものだ。

 なので、彼女の前では優雅に素敵な格言を齎すお姉さまポジションでいたい。

 顔を真っ赤にしたみほに、なんか、こう、それっぽいこと言いたい。

 

「…………みほさん?」

 

「は、はい!」

 

「―――――――その通りよ!」

 

 眩しく輝くみほの瞳は、直視できなかった。





みほさんに興味津々

みほ
お、男の人って……!?

ジャバウォック
なんでもしてくれるって!!!

ダー様
格言……

モブズ
戦車道チーム皆可愛くて悩む。

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