ガールズ&ユンゲ   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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備えあれ

「ふん!」

 

 斧を振り落とす。

 鈍い風切り音が響き、新しい薪が作られる。

 日差しは強く、気温は高い。湿度もまた高く、蒸し暑いというやつで動くたびに汗が噴き出る。

 それらは夏の空だ。

 遠くの森からはセミの鳴き声と、古びた木造の校舎からは喧騒が聞こえてくる。

 

「……ふむ」

 

 額の汗をぬぐいながら、背後に振り返る。

 そこにあるのは直が一人で量産した薪の山だ。

 

「こんなもので十分か……? しかし今いる全員分の風呂やら焚き出しやらを考えるとまだ足りないか。いやそもそもあればあるほど困らないし……」

 

 地面に置いてあった水筒から水分を補給しつつ呟く。

 彼の体力ならばあと何時間続けていても、苦にはならない。

 だから再び、斧を振り上げようとして、

 

「おーい、日向ー!」

 

「……む」

 

 声を掛けてきたのは最近知り合ったばかりの()()()()()()の少年だ。

 彼は直の隣に積まれた大量の薪の山を見て軽く引きつつ、

 

「――会長が呼んでるぜ」 

 

 

 

 

 

 

「いやー、悪いね日向ちゃーん。呼び出しちゃってさー」

 

「……いいえ、問題ないです」

 

 けたけた(・・・・)と笑う大洗学園生徒会長角谷杏に直は軽く頭を下げた。

 校長室だ。

 といっても調度品はなく、本来学校の長がいるべき部屋としては些か殺風景だろう。最低限のソファと杏が持ち込んだ椅子。それから良く冷えた麦茶と、

 

「あ、干しイモね。食べていーよ」

 

「ありがたく」

 

 大洗名産であり、彼女の好物である干しイモだ。

 彼女がそれの袋を抱えているのもここに来てから何度も見た光景だ。

 

「やー、もう一週間経ったねぇ。ほんと、日向ちゃんには助かってるよ。うち女子のが多いし、力仕事とか特にさー」

 

「いいえ、会長には恩義もありますので。それに女所帯だからこそ、男が働くべきでしょうし」

 

「あはは、恩義ってっ。真面目だなぁー。もっと砕けてもいいのに」

 

 ――大洗学園廃校、学園艦からの撤去から既に一週間が経過していた。

 学園艦から追いだされた生徒たちはそれぞれ近場の役所や廃校になっていた学校へと分散されていた。今直たちがいる小学校もそうだ。百人少しの大洗生徒、それに加えて戦車道受講者が固まって共同生活をしている。海の上の学園艦ではなく、大洗の陸地というのは違和感があるが一週間もあれば皆慣れているようであもる。

 ただ、本来黒森峰の生徒であった直がいるのは、

 

「会長のおかげで、大洗に転校できましたし」

 

「いんやあれは小山のおかげだよねぇん。黒森峰側の協力もあったわけだし」

 

 現在日向直は大洗の生徒になっていた。

 正確には元・黒森峰、現・大洗生徒というわけなのだが、

 ……このあたり我ながら面倒だな。

 廃校を切っ掛けとした転校というのは言葉にするとおかしな話だが、簡単に言ってしまえばエキシビションマッチでの短期派遣の書類をそのまま転校書類に書き換えてしまったのだ。

 生徒会が強い権力を持つ学園艦だからできたことであり、

 ……黒森峰にも迷惑を掛けてしまった。

 話と書類を合わせるのに母校にも大きな借りができてしまった。

 これではもう優等生を名乗ることもできなさそうだ。もっと言えば黒森峰ではまほからの口添えだけではなく――最近西住流の家元となったしほの働きかけもあったらしい。

 ……これは親公認なのかぁ?

 常夫さん曰く不器用デレらしいが、直からすれば厳しい人という印象が強い。

 そんな人が自分の転校に力を貸してくれたというのは、素直に喜んでいいのか解らない。

 何にしても、それら全ては、

 

「――西住ちゃんの為、か」

 

「勿論」

 

「あははー、いいねぇ。愛されてるねぇ」

 

 彼女と共に歩くことを誓った。

 あの日、あの夜、傷ついた彼女から離れることはできなかったし、したくもなかった。

 故に、杏や黒森峰側に頼みこみ、どさくさに紛れて日向直は大洗の生徒となったわけだ。

  

「えぇ、愛しています」

 

「あははー。真顔で言っちゃうのが凄いねぇ」

 

「……と言っても、俺がどうにかできることは少なかったですけどね」

 

 息を吐きながら、視線を校舎の外に向ける。

 校庭にはバレー部の四人が練習をしていて、何やら直でも吃驚するような反応速度と動きの超人バレーをしているが、見たかったのはその先。

 校庭の隅に――八九式(あひる)ヘッツァー(かめ)が並んでいる。 

 今校庭にあるのはその二輌だけだが大洗戦車道の総ての戦車は文科省に没収されることなく本来の持ち主の下にあった。

 それも、

 

「サンダースには頭が上がりません」

 

「ほんとだよねぇ。おケイが頷いてくれてよかったよ。日向ちゃんの幼馴染も飛行機操縦してくれたし」

 

 文科省に没収されるはずだった戦車、それが今保有しているのは一重にサンダースの力添えによるものだ。役人たちに回収されるよりも早く柚子が紛失書を作成しそれを一時的にサンダースが預かってくれた。ヒロには借りが増えるばかりだ。

 強引な手だが、

 ……確かに、守れたからな。

 彼女たちにとって戦車は相棒だ。学園艦を失ったとしても精神のよりどころとしては大きな意味がある。実際戦車道の面々はそれぞれ思い思いの時間を過ごす中ですぐそばに戦車を置いている。

 一年生チームなどは河原でサバイバルをしている辺り逞しいものだが、戦車の砲身を干物やら物干し竿に使っているのは直も驚いたものだ。

 魚の捌き方や火の起こし方などを軽く教えたものだが、今はどうなっているだろうか。

 後で面倒を見に行こうと思いつつ、

 

「……それで、会長。俺を呼んだ要件とは」

 

「ん、それなんだよねー」

 

 本題に入る。

 そもそも杏に直が呼び出されたというわけなのだが、少し妙なこともあった。

 ……川嶋先輩と小山先輩がいない。

 彼女の側近である生徒会の二人がいない。勿論、この小学校に移って来てから生徒のまとめ役である二人は多忙を極めている。だから、都合が合わなかったと言われればそれまでなのだが、違和感は否めない。

 

「ま、この一週間、なんとか落ち着いて来たよねぇ。いや、まじ力仕事にサバイバル知識は助かってるよ。カバさんチームと秋山ちゃんと日向ちゃん三人いなかったら生活が大分変わってただろうしね」

 

「昔取ったなんとやらです。……それで?」

 

「あぁつまり――私ちょっと空けるけどここ、頼むよ」

 

「……はい?」

 

 干しイモを齧り、笑いながら彼女は言う。

 

「ちょーっち、やることあるから。ここの暮らしもある程度皆順応してきたから、大丈夫だと思うんだよねぇ。だから、私はいない間なんかあったら頼むよん」

 

「……何故俺に? 小山先輩や川嶋先輩がいるでしょう」

 

「勿論、あの二人がいれば大体大丈夫だと思うんだけどさ。ま、緊急時の備えってやつ? 孫子も言ってるじゃん? 用兵の法は、其の来たらざるを恃むこと無く、吾れの以て待つ有ることを恃むなり。其の攻めざるを恃むこと無く、吾が攻むべからざる所あるを恃むなり」

 

「曰く、用兵の原則は敵が来ないのを当てにせず、いつ来てもいように備えておく。敵が攻めて来ないのを当てにするのではなく、いつ攻めて来ても迎え撃てるように体勢を整えて置け」

 

 つまり、

 

「俺に備えの兵であれと」

 

 

 

 

 

 

「そーゆことだよん」

 

 察しのいい後輩だと杏は内心感心しながら笑みを浮かべる。

 無表情で、考えの読めない彼だが頭の回転は良いらしい。

 ……結構酷いこと言ってるつもりだけど、そっちも理解してる感じー?

 つまるところ杏がしようとしていることは直を何かあった時の為の捨て石になれということだ。捨て石、というと些か語弊があるかもしれないが決して間違ってはいない。

 

「私さー、一応生徒会長だからねー」

 

 学園艦において、その地位は極めて高い。生活や学校生活においては様々な特権があり、しかし同時に、

 ……責任、とか面倒なこともたーくさん。

 面倒だとは思うが、しかしやらなければならない。

 角谷杏は大洗学園を愛しているから。

 生徒会長としても個人としても自分たちの居場所を取り戻したいと思う。

 そして、それは生徒を守ることも使命であり、

 

「言ったように、普段の生活に関してはあの二人に任せておけばいいんだよ。だけど、まぁ何があった時は……」

 

「俺が体を張れと。今は落ち着いてますけど、今後場合によっては生徒間のいざこざがあるかもしれないし、近場の学校の生徒と喧嘩になるかもしれない」

 

「ま、現実的にはそんな感じだねぇ。私も別にここにやくざとかマフィアとか乗り込んでくるとかそんな中学生の妄想を考えてるわけじゃないよん?」

 

「それでも心づもりはしておけと」

 

「話が速くて助かるねぇ」

 

 何かあった時からでは遅いのだ。

 既に一度失敗し、自分たちは崖っぷちから突き落とされている。そこから這い上がる為には杏の撮れる選択肢は限られている。あまりなりふり構っていられないし、そんなことをしていたら生徒たちを守ることも満足にできなくなってしまう。

 だから、直を利用する。

 単純な腕っぷしは言うまでもなく、大体の荒事に対応できるだろう。

 勿論、彼を信用できるかという問題はあるが、

 ……西住ちゃんは信じてるみたいだしねぇ。

 みほは直を信頼しているし、大好きだ。ならばこそ、彼女を信じる彼を信じたいと思う。

 最も、その問題はあまり心配してない。付き合いが短いから警戒しているわけだが、

 ……大丈夫だろうねー、勘だけど。

 杏の勘は結構当たる方なのだ。

 

「じゃ、そーゆーわけだけどさぁ。いやー悪いねぇ。面倒な奴に捕まったと思って言うこと聞いてくれないかなー? 拒否ると学校からいられなくしちゃうぞー?」

 

「それは困ります」

 

 そこはもう学校ないじゃんって突っ込んで欲しかった。

 いや、それはそれでブラックジョークが過ぎるが。

 

「ちなみに何をするつもりかは聞いてもいいですか?」

 

「だっめー。かーしまと小山にだって言ってないのを日向ちゃんに教えるわけにはいかないなぁ」

 

「なるほど、了解しました」

 

「……妙に素直だねぇ」

 

 何も無碍にされるとは思っていなかった。それでも少しは訝しんだり、良いように使われることに抵抗を見せるかと思っていたのだ。だが、そう言った素振りはまるでなく、疑問に思って首を傾げたら、彼は肩を竦め

 

「別に、拒否する理由はありません。寧ろ言われなくてもそうするつもりでした。それに」

 

「それに」

 

「みほが言っていました」

 

「へ?」

 

 素っ頓狂な声が上がったが、しかし彼は顔色を変えず、

 

「『会長は最初怖い人だと思っていたけれど、本当は誰よりも大洗を愛している優しい人』、と。会長のことを俺はまだあまり良く知りませんが、みほは貴方を信頼している。だったら俺も信じますし、信を預けた目上の人なら命にも従います」

 

「………………あははー。こりゃ参った。日向ちゃん、糞真面目って言われない?」

 

「どういうわけか昔馴染にはよく言われます」

 

「ぷっ」

 

 心底不思議そうに言っているのが面白すぎた。

 ……いいねぇ。

 些か口調が固いのが気になるが、

 

「西住ちゃんは男の趣味はいいみたいだ」

 

「……それはどうも」

 

「ま、これなら日向ちゃんを信じて任せられそうだ。何かあったら頼むよーん」

 

「はい。その信に応えられるよう、俺も真を貫きましょう」

 

 にししと杏は笑い。

 無言で直は頷いた。

 

「ま、でもあれだよー。一応学校だからねー、西住ちゃんとの不純異性交遊は控えるよーに」

 

「……みほとの交際に不純なものなどありません」

 

「ふぅん? ………………ねぇねぇ、実際どこまでやった? あたし的に戦車手放した夜の直前が妖しいと思ってるんだけど」

 

「――黙秘権を行使する」

 

 

 





黙秘権だ


しかし口調固いなこいつ

次回からみぽりんたちから離れて大洗面子との交流


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