「ひな、た……ぁ」
「む」
杏との話を終えた直は校舎に出てからうめき声らしきものを聞いた。
聞き覚えのある声だ。ここ最近聞くことが増えた、そしてつい先ほど――もっと元気だったが――聞いたばかりの声でもある。
視線を向ければ、
「…………なんだ、あれ」
声を掛けてきた生徒も含め、十数人の男子がグラウンドで汗だくになりながらぶっ倒れていた。全員が息も絶え絶えであり、へたり込んでいる者もいれば地面に大の字になって精根共に尽き果てていた。
一瞬、意識が切り替わる。
腰を沈め、何があろうと迎撃可能体勢へと移行。制服と白のパーカーには袖に二本、足首に二本常に仕込んでいる。故にこの場であろうとも戦闘は可能であり、
「お、日向じゃーん! 会長の話終わったのー?」
「……」
間延びした声に警戒が霧散した。
声を掛けてきたのは体操姿の典子だ。視線を少しずらせば彼女の後輩一年女子三人――あひるチームも。そういえばつい先ほど応接室から彼女たちが練習をしていたのを思い出した。杏の話の後で少し気を張りすぎていたと自分を戒める。
……我ながら、悪い癖だな。
真面目になりすぎだ。
ため息を吐きつつ、
「……あぁ、終わった。それで? この状況はなんだ?」
死屍累々の男子勢と汗を流しながらそれでも元気を失っていない典子を交互に見れば、
「いやー! あたしらがバレーの練習してたら男子も一緒にやりたいって言ってきたからさ! かるーく流したらなんか皆へばっちゃったんだよ!」
かるーく……? と倒れた男子勢が頭を抱えていた。
「全く、男子だらしないなぁ。日向とか余裕ぽいし、皆もいけるんじゃないの?」
「……いや、自分で言うのもなんだがあまり俺を基準にしないほうがいいんじゃないか?」
しかし状況は解った。
が、男子らがバレーボールに興味があったかどうかという純粋な疑問はあるが、
……まぁどうせ本人たち目当てだろう。
直から見てもバレー部女子の容姿は整っている。さらにいうと一年のあけびと妙子に関しては年齢詐称しているのかと思う程のスタイルの良さだ。仲良くなりたくて男子共が群がるのも仕方ない。
ただし、問題なのは、
「まだまだ準備運動も終わってないのに!」
「お前たちの基準で動くと普通はそうなるだろう」
典子を初めとしたバレー部は直からしても驚くべき運動能力と体力の持ち主だ。転校してから何度かバレー部の練習を覗いたことはあるがかつて自分たちの鍛錬と負けず劣らずなくらいにハードで驚いたものである。
つまるところ、女子目当てに群がった男子勢が返り討ちにあったというわけである。
「ひなた……すまない……! 頼む……!俺たちの無念を晴らしてくれ……!」
「いや、何の無念だ」
先ほど声を掛けてきたクラスメイトゾンビのように足に縋りついてくる。可愛い女子に声を掛けたいというのは解らなくもないが、しかしそれが駄目だったから他人に縋りつくというのは情けないにも程がある。
「俺は少し河原に用があるんだ。お前たちの煩悩に付き合っている暇は……」
「あー! みなさーん! こいつ聞きました!? 河原ってこいつ一年生の子たちのとこに行くつもりだぞ! これはつまりうわkげぼはぁ!?」
縋りついたゾンビが直の蹴りを喰らって十数回転しながら吹き飛んで地面に大の字で叩き付けられた。
「……チッッッ」
「ひえっ……すいませんすいませんすいません……っ」
「その手の冗談は好かん。いいな?」
「おっす……」
同級生のガチ土下座を視界に収めつつ、
「というわけだ。このゾンビ共は放っておけばいい。磯部、練習頑張ってくれ」
典子に声を掛けてから当初の目的通りに河原の方へと身体を向ける。一年生組がサバイバルをしているはずなのでその面倒を見に行かなければならない。そう思い足を踏み出そうとして、
「ん、折角だし日向もバレーやってかない?」
「……何?」
「そっちの男子たちすぐ終わっちゃったし」
「ぐはっ……」
「……しかし俺はバレーボールなんてやったことないぞ。それこそ体育の授業くらいなんだが」
後ろで典子の言葉で精神へ多大なダメージを負った男子は無視しつつ、眉を潜める。実際直にバレーボール経験はない。精々が黒森峰で受けた体育の授業程度のものだ。
「いやいやレシーブの仕方知ってればなんとかなるって。ぶっちゃけコートもないし、レシーブするだけだから!」
●
「いえーい! 始まりました大洗男子の新たなる希望の星! あの軍神を落とした俺たちの兵長! 歩兵道参加者募集中! ここまで言えば俺も参加参加するべきだろうけど怖いのでやりません!」
「誰が兵長だ。募集はしてない。……怖いのなら無理をする必要もないからいいんだが」
後ろで馬鹿が何やら騒いでいるに嘆息する。膝と腰を落とし、両腕は軽く力を抜き、すぐに動けるようにしておく。正直乗り気というわけではないが、
「いよぉーし! 行っくぞー!」
目を輝かせる典子を前にしてはどうにも断るに断れない。いや、別に無視してもよかったのかもしれないが、
……あひるさんチームはあの蛮族相手にしてもらったしなぁ。
あのジャバウォックとかいう人間の川を被った化物と戦車に乗ったとはいえしばらく交戦してもらったのだ。直が原因でそうなったわけではないが、あの蛮族の後始末役だった直としては微妙に申し訳なさがある。なので、これくらいならいいなと思いつつバレー部製の即席コート――コートというかただ土のグラウンドにシューズで線を引いた程度のものだ。
コートの外にはいつの間にか復活していた男子勢、それに他のバレー部女子が典子と直を三角形で囲んでいる。
「んじゃサーブするからレシーブしてねー。何回か付き合ってくれればいいからさー」
「それだけでいいのか?」
「まーねー。日向だってやることあるんでしょ?」
というわけで、
「いつも心にバーレーボール!」
「ちょっとじゃないのか」
●
典子がバレーボールを高いトスと共に地面を蹴るのをあけびは見た。
二人が始めたのは普段バレー部の練習で行っているものだ。或は体育のバレーボールの授業でもよく行われている。
……二人組になってボールをレシーブし合い、落とすまで続けるってやるだよね。
バレーボールの基本はレシーブにあるからまずはその練習を十分に重ねる必要がある。当然実行者の上手い下手によりどれだけ続くかは変わってくるわけで、
……レシーブだけなら私たちなら何時間でも続くしー。
それだけだと面白くないし、練習にならない。
もっというとバレー部は現在人数が足りなくてまともにゲームもできやしない。なので大洗バレー部の場合、必然的に、
……なんでも有りの高速ラリー!
「そーれっ!」
典子が掛け声を上げながら飛び上がる。
小柄な彼女からは想像できない高いジャンプ力だ。明らかに自分の身長を超える高さまで飛び上がりながら、中空に於けるバランスは一切ブレていない。ジャンプサーブの見本として教科書に写真を乗せたいくらいの美しいフォーム。
そして、
「!」
そこから繰り出されるのは弾丸サーブだ。
……キャプテン本気だあれ!
ブロックする度に腕に青あざができる強烈な弾丸サーブだ。
初心者ではまず取れるはずのないものだが、
……まぁ男子だし大丈夫でしょ。
とか思っていたが以外に大洗男子は全然大丈夫じゃなかった。
しかし今回典子の相手をするのはあの日向直だ。我らが長である西住みほの恋人にして、前日のエキシビションマッチではナイフとワイヤーで大暴れした歩兵道男子。彼であるなら余裕で典子のサーブも返せるはずである。
息を飲み、そして轟音を上げながら飛んだボールは直へと至り、
「……っ」
腕に当たったバレーボールは見当違いの方向へと飛んで行った。
●
「…………」
グラウンド全体が微妙な空気になるのを忍は感じだ。
典子が放ったボールをレシーブした直は、しかし完全に失敗した。真っ直ぐ返すどころか右後方に思い切り跳ね上がり、地面に何度かバウンドして転がっていた。妙子がそれを取りに行くのを確認しつつ、直を見れば、
「……ふむ」
赤くなった手首を眺めながら何度か手の平を握ったり開いたりを繰り返している。
痛がっている様子がないのは流石というべきだろうが、しかし本当のことを言えばしょっぱなからばっちりレシーブを返すと思っていた。
……現実は上手く行かないものかぁ。
バレーボールでは体育くらいしか経験がないと言っていたし、よくよく考えればほぼ初心者に典子のボールを返球しろというのは無理がある話だ。彼は歩兵男子であっても排球男子ではないのだ。
忍が勝手に納得しつつ、周囲の皆も同じようなことを考えたような空気が漂い、
「……磯部、もう一度来い」
「お? まじで?」
「あぁ」
彼は頷き、
「――次は返そう」
空気が変わった。
●
「っ……」
肌がピリリとしたのを典子は感じだ。
先ほどまで飛んでいた野次も消え、妙な静けさがグラウンド全体にある。その息苦しいような緊張感は、
……強豪校のサーブの直前……!
そして誰が原因かなんてはっきりしている。
「――」
無言で構えを取る日向直だ。構えはバレーボールのものではない。先ほどは一応の形が出来ていた程度だが、今の直は別に準備を行っている。両足を軽く開き、全身を緩く脱力したその姿は自然体であり、両手だけは軽く後ろに引かれている。恐らくそれが本来の、歩兵道の構えなのだろう。
つまり、
……本気かぁ?
先ほどの自分のサーブが彼に火を付けてしまったらしい。
「……へへ、やる気だねぇ」
「お前常に全力であるということは理解した。ならば、俺も応じるだけだ」
「――ふふん」
……真面目な馬鹿だこいつ!
典子は直の返答に対して素直に思った。一度みほから直は凄く真面目で凄くかっこいい、みたいな話を聞いたが、しかしこれはもう馬鹿というレベルだろう。ついいつもの癖で全力でサーブしてしまった自分も自分だか、それに全力で応えようとするのも真面目が過ぎる。適当に誘ったんだから適当に流して、さっさと一年生の所に行けばいいのに。
しかし彼は律儀に応えた。
……私はそういうの嫌いじゃないけどね!
つまりそれは、
「――根性だ!」
●
……違うと思うけどなぁ。
内心ボヤキながら妙子は再びジャンプサーブを叩きこんだ典子を目撃する。
再びグラウンドに弾ける打撃音。それは、明らかに先ほどより勢いが増しており、
……全力&本気だぁ。
根性かどうかは置いておいて、直の反応は典子の琴線に触れるものがあったらしい。火のつきやすい彼女らしいといえばらしいがそれ以上に直の方もやる気になりすぎだ。
そしてやる気になりすぎた結果が視界の中にある。
弾丸サーブは先ほどと同じような軌道を描き、直へと叩きこまれる。
ただし、直の反応は先ほどとは違った。
レシーブをしに行くのではない。先ほどよりも、より深く身体を沈めたのだ。明らかにバレーボールの動きではない。
その動きを彼は続け、
「――ふっ」
サーブ対して掌底を叩きこんだ。
●
「それもバレーボールじゃなくね!?」
周りの男子のツッコミを聞きながら直は自分が熱くなりすぎたことを自覚する。
サーブに対して連動加速を用いた掌底による返球。全力でやると音速超過によりバレーボール自体が破裂する危険があるから力加減はしたが、しかし思わず本気で返してしまったことには変わりない。
本気に対して本気で返すのは自分のやり方であるが、
……やりすぎたか……!?
が、その焦りは典子の動きを見た瞬間に消え去った。
「――っと」
ジャンプからグラウンドに着地した瞬間、ほぼ同時に彼女が移動を行ったのだ。衝撃を膝で吸収し、そのままステップを踏みながら直の連動加速による返球の着弾地点へと飛びついたのだ。
……素晴らしいバランスだな。
内心素直に賞賛せざるを得ない。全力のジャンプサーブから着地と同時の移動。優れたバランス感覚と判断力、動体視力が無くしては不可能な芸当だろう。思えば典子は試合の中でキューポラから身体を飛び出させて自分を使って車体のバランスを担っていた。
大洗最高の練度を誇る彼女は生身の身体機能に関しても確実に断トツだ。
「ふ――っ」
レシーブはスムーズだ。
小柄な身体をさらに縮こまらせ、しかし動きはダイナミックに。
手首に着弾したボールの衝撃を体捌きと腕の動きで吸収しつつ、そこから全身を連動させて返球し、
「――っ」
直は自身の正面へ飛び込んできたボールを思わず受け止めてしまった。
「……参ったなこれは」
「おろろ、続けないの?」
「いや、止めておこう」
手の中でボールを一度弾ませ、
「俺にはバレーボールはできないし、さっきのをここまで完璧に返球されれば完敗だ」
典子へと軽く放り投げる。
呆然としているギャラリーは無視しつつ、受け取った彼女は少し首を傾げ、
「ふーむ、まぁいいけど。にしてもさっきのはいいレシーブだった! また一緒にやろう! 今度は隊長とか蛮族も一緒に」
「我ながらアレをレシーブと言っていいのかは謎だが。……あと、ジャバウォックは呼ばないほうがいいぞ。本当に」
バレーボール知識は適当でござる。
直
掌底はレシーブになるのか?
キャプテン
いつもの心にバレーボール!
次回、一年生ズの絡み。
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