ボコミュージアム。
そんな場所があるなんてみほは知らなかった。
ボコ人形と出会ってから早十数年。同好の士は中々いなかったが、しかしそれでも人形を集め続けていた。家族旅行に行けばゆるキャラショップを巡りご当地ボコを父にねだり、新しいボコが発売すれば父に頼み、部屋がボコで溢れれば家にボコ専用ルームを父に作ってもらった。
直を除けば――幼馴染はいたけど転校してしまった――人付き合いが苦手なみほにとってはボコこそが一番の親友だったのだ。
そんなボコの博物館。
偶然あんこうチームや直と出かけた先に見つけたのは最早奇跡に等しい。
その日、西住みほのテンションは人生最大級に上がっていた。
●
「うわぁ! こんなにもボコが沢山……!」
目を輝かせてボコのお土産コーナーに突撃するみほを見て沙織は苦笑せざるを得なかった。
……ボコ好きは知ってたけど……。
それでも普段の彼女との変貌振りに驚かざるを得ない。
普段のみほは本当に大人しい。物静かであり、控え目という表現が当てはまる。天然というかドジが激しく最早クラスでは名物になりつつある。
半目、戦車に乗れば冷静沈着であり、一体どこにそんな本能が眠っていたのかは解らないが軍神というあだ名も斯くやというリーダー振りを発揮する。
だがどちらにしても静けさというものが付随している。
……なのに、今のみぽりんは……
「うわー! うわー! うわー!」
「西住殿が子供みたいに……!」
優花里の言う通り子供みたいに騒いではしゃいでいる。
というかどこからか出したのかやたら高そうなカメラで勝手にみほを連射している。あのみほがここまで子供みたいにはしゃいでいる姿を残したいと思うのは解らなくもないが優花里の場合だと少しだけ怖い。
少しだけ。
しかし友達であるには変わりない。
少しばかり友達のアレだとしても友達なのだ。
「……直っち直っち。彼氏的にどうなのあれ」
アレな友達は置いておいてハイな友達の彼氏に声を掛ける。
普段無表情な彼はボコミュージアムでみほが狂気乱舞している間もずっと無表情のままだ。ただ彼女の後にいるだけで、特に何も言わないままだった。
「……昔から」
「ん?」
「知っての通りみほは大人しいがボコが絡むとキャラが変わる」
「あぁうんまさに目の前でそうなってる」
「そうなった時はしほさんだって止めないし、そもそも常夫さんもまほさんも止める気を見せない」
「つまり?」
「落ち着くまで放っておくしかないな」
「あぁ……」
心なしか普段の無表情がさらに遠い目になっていた。
全体的に古びた、もっというとボロボロで客もほとんどいない博物館だ。沙織たちが入館した時には彼女たちしか客はいなかったようだし、今も先ほどボコショーで自分たち以外にももう一組だけいたのみ。
……よく潰れないなぁ。
正直ボコとかみほと出会うまで全然知らなかったし、正直なぜそこまで好きになれるか謎ですらある。
正直最初は何やら闇を感じなくもなかったがやはり友達が多少アレでも気にしない。
「見てください麻子さん麻子さん。ボコ饅頭ですって。あんことカスタードとおまけでハバネロ味ががあるみたいですよね」
「ふむ……ハバネロは沙織に食べさせてあとは私たちで食べよう。とりあえず幾つか買って行くか」
「ちょっと麻子なに人を犠牲にしてるの!?」
「まぁまぁまぁ」
受け流されつつも二人の手の中にはボコ饅頭の箱がいくつも積まれていた。大食漢と甘い物好きの幼馴染に頭を抱えつつ、別の友人たちに視線を移せば狂気乱舞する友達とその狂気乱舞する友達を見て狂気乱舞する友達がいる。
……か、カオス……!
「あ、これ最後の一つだって!」
みほが手に取っていたのは灰色のボコだ。
確かにそのボコミュージアム限定というボコは今みほがゆびを指したもの一つだけであるが、
「いやそういう手だよ……」
「でも可愛いし」
「どれ、買おう」
「っ直君……!]
「……」
眼からハイライトが消えるのを自覚した。
なぜならば、
……私が彼氏にしてほしいことその二十一をこんなにも簡単に……!
欲しいものを彼氏に買ってもらう。なんて羨ましい。派生形として最初眺めていたものを気づかない間にこっそり彼が買ってくれているという展開もありだがしかしこれもこれでいいものだ。いいものだが問題は自分ではなく自分の親友が当事者であるということ。それ自体は喜ぶべきというかみほは親友で一度大洗を廃校の危機から救い、直は廃校になってどうしようもなくなった大洗に転校してきて彼女を支えている。そのまま小説やドラマなってもいい文句なしのカップルだ。
正直に言えば祝福している。
しない理由はどこにもない。
……でも羨ましいものは羨ましい……っ!
目から流れる血涙は嫉妬か羨望か。
隣でエアパンツァーファウスト撃ちまくっている優花里はやはり放置。
血涙溢れる視界の中、みほが限定ボコに手のを伸ばし、
「――あっ」
二つの手が重なった。
●
少し離れた所でその光景を見ながらボコロールケーキキアヌアボカドピスタチオ味を試食していた。見た目緑と緑の二層で作られたロールケーキで中心には多分その二つを混ぜて作ったクリームがあり何とも言えない風合いを醸し出している。味に関してはキアヌとピスタチオの相性はそれほど悪くないし食感も楽しめるが時折口の中に溢れるアボカドの青さが何とも言えない気持ち悪さを生み出している。
結論から言うと、
……不味い。
これは買わなくていいなと判断しつつ、改めて観察する。
みほと手が重なり合ったのは一人の少女だ。
それもかなり幼い。麻子自身、たまに中学生と間違えられるがしかし彼女は本当に中学生くらいの子供だろう。灰色のサイドテールに値段の高そうなゴシック風のワンピース。顔つきははっきりしており幼いながらも可愛いさと綺麗さを合わせもっている。
「っ……」
「あ、どうぞどうぞ!」
二人が同時に手にした人形はしかしみほが少女に譲り渡した。
……西住さんらしい。
彼女がどれだけボコが好きなのかはこの数十分でよく理解できた。にもかかわらず彼女は見も知らずの女の子を優先した。どんな時でも仲間との絆を大事にする彼女らしい選択であり、みほの優しさの表れだ。
だが、
「……」
少女は譲られたボコを胸に抱え、何も言わずに踵を返した。
「せっかくみぽりんが譲ってあげたのに」
「あはは……きっと恥ずかしがり屋なんだよ」
……まぁそういう子もいるだろうなぁ。
沙織はコミュ力が高すぎて、そのあたりの機微を理解できないことがたまにある。最も彼女の場合それを理解した上で思い切り踏み込んで関係を築いていく。
内心大したものだと正直思う。
……まぁ調子に乗るから絶対言わないが。
限定ボコを抱えた少女はそのままグッズコーナーから走り去ろうとして、
「こらお嬢! ちゃんと礼くらい言わねーか!」
「あう!?」
頭に拳骨が落ちた。
●
「ったくそんなんだから友達できないんだぜ? こんにちはありがとうごめんなさい。これくらいは言えるような人になれっていつもお袋さんも言ってるだろ!? どーして頑なにコミュ障を貫くかね!」
「ぅぐ、ぐぐぐ……べ、別に友達なんかいなくても私は……」
優花里は目の前で妙なやり取りが繰り広げられた。
頭を押さえた少女に説教するのは長身の男だった。くたびれたレザージャケットにダメージ加工の入ったジーンズ。目測であるが身長は百八十ほどもあるだろう。
……大学生、でありますか?
雰囲気が自分たちよりも大人びた雰囲気がある。目に掛かるくらいの長さの茶髪は少し野暮ったく美容室の娘としてはもうちょっと短く切りそろえるか整髪剤で逆立たせるか或は最高にかっちょいいパンチパーマにしたらもっとカッコいいと思う。顔だちも結構カッコいい系だ。
……はっ、しかしそうなると……!
「あ、あのっ! お兄さんですか!?」
目を輝かせて沙織が一歩前に出た。
……流石婚活婚活ゼクシィ武部……!
イケメンを見るとすぐにこれだ。こういう時の積極性とコミュ力に関しては尊敬できる所だ。が、まぁそれはそれとして、
……こういう時うまくいかないのが武部殿でありますし……。
そしてそれは思った通りに現実となった。
「あぁいやそういうわけじゃないけど――」
「そう、彼は私の旦那様」
●
華は素早い動きで自分の背後に隠れた麻子に納得した。
少女はあきらかに中学生で男の方は大学生だ。年齢差は下手をすれば十に近いだろう。にも拘らず子供に旦那様と言わせる男。
これが表わすのは即ち、
……ロリコンの変態……っ!
プラウダの変態の仲間。
麻子は偶に中学生に間違えられるような、言ってしまえば幼児体形だ。ロリコンの変態のような相手からすればまさしく餌食となるだろう。
華も自分の長身を活かして彼女を背後に庇う。
そして声を掛けた沙織と言えば、
「……………………」
声を掛けた姿勢のまま固まっていた。
目も死んでいる。
……沙織さんって多分男運ないですわよね。
それも、自分が目を付けた相手とは絶対碌なことになりそうにない。沙織のことを好きな男子、或はファンはいるのに本人は気づいていないあたり、恋愛運事態も悪そうだ。
まぁそれはそれでいいとして。
問題は目の前の変態だ。
目の前の変態はうんざりしたような顔をし、
「お嬢それ止めてくれよ。アンタのおかげで俺はもうどこでも変態のロリコン扱いじゃねぇか」
「違ってない。私と龍は相思相愛のラブラブだし問題はない」
「俺今二十二、お嬢十三。問題しかないよ!」
「愛の前に年齢など無意味」
「意味あるって覚えてくれよ。おかげで俺は警察に仲良しがめっちゃ増えちまったわ。大学行けば最近ロリコンドラゴン略してロリゴンとかよばれるようになったんだよ!」
「一向に構わない」
「構え!」
無表情の少女と龍と呼ばれた青年が言い争う。
言い争いというか、
……痴話喧嘩……?
恋人同士の会話といえば最近ではみほと直の最低限のやり取りにより意思疎通を見てきたが、これはまるで逆だ。少女と青年は会話しながらも噛み合っていない。
……という彼女がこの人に迫っているようですけど。
だったらいいのだろうか。
……いやぁ問題はありますよね! こんな所に二人で来てるとかやっぱ変態ですね!
「みほ、少し下がっていろ。武部もだ」
「あ、うん」
「……あはは」
「ほらちょっと高校生が引いてるだろ! もう嫌だぜこういうの!」
「外堀から埋めるのは策として大事だと思う」
「そういうの! いいから! ……こ、こほん。いやぁ悪かったな高校生たち。変な漫才を見せちまって」
「漫才じゃなくてガチふが!?」
少女の言葉の途中で再びの拳骨が落ちた。
「そのボコ人形、譲ってもらって悪いな。最後の一個なのに。……ほら、お嬢。礼だけはちゃんと言っておけって」
「…………………………ありがとう」
「あ、うん。どういたしまして」
「……っ」
無表情の少女の頬が赤く染まる。
……照れ屋なのですね。
先ほどみほが言った通りで、そこを見れば微笑ましい展開だが、
「行こう龍。私たちはこの後ブリーフィングがある」
「あぁ覚えてたのねお嬢。ブリーフィングあるのにボコミュージアム行くっていうから俺はもう行くの諦めてたぜ」
「ボコミュージアムで遊ぶ、ブリーフィングも熟す。どっちも熟さないといけないのが私の辛い所。さぁ早く私と同伴出勤を」
「どこで聞いたんだそんな言葉ぁああああああああああああああ!!」
「あぅ!?」
……なんというかカオスですわねぇ。
凸凹カップルというかなんというか。子供特有の年上へのはしか染みた憧れなのかもしれないが少女のほうが真顔なのが怖い。
「まぁ何にしてもありがとうなお嬢ちゃんと彼氏よ。この借りはどこかで返させてもらうぜ」
「だ、大丈夫です大丈夫ですそんな! 気にしないでください!」
「そうか? まぁ俺とお嬢はよくここに来るからな。今日は時間ないけどもしまた会ったら声掛けてくれよ」
「あ、はい」
「彼氏もそれでいいか?」
青年の問いかけに、
「あぁ、それでいい」
直は応えた。
少女
外堀から固めていくスタイル
青年
ロリゴン
さぁこの二人は一体……!?
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