大洗対大学選抜の会場、大草原にて思わず梓は空を仰いだ。
快晴だ。
輝く太陽に青い空、少しばかりの雲。これで天気予報では途中から雨が降るというらしいから不思議なものだと思う。
太陽の日差しに思わず目を細めて視線を戻した。
大草原、まさにそうとしか表現できない。見渡す限り全体が草原であり、視界の遠くにはいくらかの凹凸がある。今この場は草原であるが場所を移せば山岳部や森林があり、挙句には廃棄された遊園地まであるという。昨夜みほからブリーフィングで見せられた試合会場は、
……今までのどこよりも大きいよね。
全国大会を経験し、様々な地形での戦車道試合を行ってきたが今回の会場は今までとは段違いに広大だ。つまりそれが意味するのは、
……それだけ大人数での試合ってこと。
思い、考え、そして見る。
自分の隣には多くの戦いをくぐり抜けた戦友ーー親友や先輩たち。
少し前、歩みを進めているのはみほと直。
そしてその先、
「……っ」
百人以上の大学選抜チームのメンバーが整列していた。
敵戦車数が三十。向こうの戦車であるセンチュリオンは四人乗りだから単純に計算して百二十人。三十人程度、八台の大洗戦車道とは大違い。そしてこれが殲滅戦であるために、
……数の差は、そのまま戦力差、だよ。
両隣、うさぎさんチームの仲間たちが緊張で身を固めていることを感じつつ、梓は思考を重ねる。
それが無意味なことだとは思わない。
確かに梓は大洗連合として特別なポジションにいるとは自分でも思っていない。車長ではあるが所詮一年生チームであり、戦力的には決して重要ではない。
……アリクイさんチームには勝ててたと思ってたんだけどなー。
思わず遠い目で視線をズラす。
「ぬん……!」
緊張に負けるかと言わんばかりに、直立不動ながら全身を力ませ、血管を浮かせるアリクイさんチーム三人がいた。
……意味が解らないなぁ。
廃校によりどうにも力不足を感じたらしく、廃小学校ではずっと筋トレを続け、直にもアドバイスを貰った結果、恐るべきマッスルウーマンが生まれた。
力不足って物理的なことだったのと突っ込みたかったが、戦車道的に筋力はあって困るものではない。軍神立ちや軍神跳びにて名を轟かせるみほの意外な身体能力の高さは言うまでもないし、各装填主はちょっと頭がおかしいレベルの怪力である。
勿論、歩兵組は置いておいてだけれど。
何にしても、うさぎさんチームは大洗の要ではない。むしろ完全な脇役だ。梓は誰よりもそれを理解している。
だけど、それは諦めではなく、
……だからこそ、できることがある。
いつか日向直に言われた。みほになる必要はない。大事なのは自分らしくあることだと。つまりそれは、
……無理をしちゃ、駄目だ。
いや、全く駄目ということはないだろうけど、それでも無謀は駄目だ。自分の実力やできることを理解し、その上で尚、自分にできる最善を求め続けなければならない
そう、己に誓うのだ。
大袈裟かも知れないけれど今から始まる戦いにはきっとそれくらいの決意が必要なのだ。
そして、この中で最も強い誓いと決意を抱いているのが、目前、寄り添い合うように並び立つ二人だ。
●
「高地を先にとって地の利を活かせば……いや、でも経験と実力で劣っている上に数で負けてる私たちがどうすれば……」
隣、みほが俯き呟きながら、勝利への道筋に必死になっているのを直は悟った。
顔色は、良くない。
直からすればみほの仕草や息遣い、視線で何を考えているかは判断可能であり、
……あまり、良くないな。
体調的には出なく、精神状態が。
無理もないと思う。これまで戦車道全国大会で常に不利な戦いを超えてきた彼女だが、今回の場合、
……数、実力、経験。何もかもが向こうが上。
大学選抜チームだ。
つまり自分たちの先輩、その上で各大学からその実力を買われ選抜された精鋭たち。カタログスペックで見た場合、全ての要素で向こうが上回っているだろう。勝利の可能性は限りなくゼロに近い。試合が決まった時、桃がもう終わりだと泣き叫んでいたがーーある意味いつものことだとしてもーーそれも仕方ないことすら言える。
限りなくゼロに近い、それでもゼロでないのは、
……みほの戦車道なら。
彼女の奇策ならば。城跡に囚われない変幻自在のみほの戦車道ならば或いは。
……そのはず、なんだがな。
断言できないのは相手が問題だ。
島田流--島田愛里寿。
西住家と並ぶ戦車道の大家。
電光石火である西住流に対して島田流の特徴は変幻自在だ。
優花里に聞いたところ、忍者戦法などと言われることもあるらしい。アンコウニンジャ=サンなどと呼ばれる彼女から言われるのは変な気分だったが、ある意味納得もできてた。
……ショウさん、確か苗字島田だったなぁ……。
思い返すのはかつて先生の友人の一人として紹介された島田将介という男。先生の友人だけではなく西住常夫の友人でもある彼は、
……まさしく忍者としか言いようが無い。
我ながら馬鹿らしい表現だがまさにそうだ。影のように疾走し、手裏剣や苦無、短刀を振るい、どういうわけか質量を持った分身まで可能にする。島田の名を聞いた時最初はピンとず、優花里のパンツァーハイトークを聞いてやっと思い出した。
と言うのも、
……あの人ら、カゲ、ツネ、ショウって呼び合ってたからなぁ。
自分たちもそれに習っていたから名前と苗字が一致しなかった。常夫に関しては日向家に入ってからは分家の養子が馴れ馴れしいかと思い矯正したが。
詰まる所、
……奇策は向こうの得意分野かもしれない。
変幻自在の忍者戦法とみほの戦車道は別物だろうが、その可能性がなくもないのだ。
そして懸念はまだある。
みほの問題ではなく、直の問題だ。
戦車道選抜チームの端にタンクジャケットと似たような灰と水色のカーボンスーツを来た七人。共通のスーツにそれぞれ白衣やマフラーを付けたり、袖のプロテクターを外したりとカスタマイズしている。
この七人と、
「ーーよう、彼氏。いつか以来だな」
くしゃっ、と快活に笑う男ーー黒龍。
この八人こそが直が倒さなければならない相手だった。
相対権は八回分。
しかし相対者は一人故に獲得可能勝利点は一。
全勝しても一点しか得られないが、問題は、
……俺が負けた時点で、残っている敵はそのまま野放しだ。
仮に初戦で直敗北すればその時点八人はフリー。
戦車へと攻撃すればさらに勝利は遠のいてしまう。
つまり、
……八連戦、八勝しなければならない。
いや、それだけでは駄目だ。八連勝した上で、尚且つみほたちの援護も行わなければならない。
こうして言葉すれば簡潔だが、当然実行はどうしようもなく難関だ。
そもそも八連勝。
向こうの高校生組がどれだけの力量かは分からないが選抜チームに参加している以上弱いということはないはずだ。
そして何より問題なのが。
「ーー黒龍」
「おうよ、改めてましてよろしくな。大学選抜歩兵道隊長黒龍だ。……ま、このチームの歩兵は大学生俺もだけなんだけどな」
肩の力を抜き、親しげに話しかけて来る茶髪の青年。
……強い。
素直に、そう思う。身のこなしや呼吸が只者ではないし、何より雰囲気が常人のそれではない。
ある程度以上、壁を超えた強さを持つ者ーー若松影勝、西住常夫、島田将介。この男は彼らに近いものを纏っているのだ。
……きついな。
これまた素直に、思う。
直の勝率としても限りなくゼロに近い。
ルールにしても明らかに大洗に不利である。
なぜこんなことにと思わなくもないが、
……先生からの無茶振りと思えばいつものことだ。
昨夜みほに告げたことは嘘ではない。
幼い頃から不可能と思えるような無茶は何度もやらされてきた。
それでもその度になんとかくぐり抜けてきた。
その時の仲間たちはいないけれど。
今はみほとその仲間たちがいる。
「では、互いに礼を」
そして決意と共に審判ーー大洗の教官でもあった蝶野亜美ーーが試合の開始を促す。戦車道にしても歩兵道にしても全ては礼から始まる。
直も、みほも、愛理寿も、黒龍も、頭を下げ、
「よろしくおねーーーーーー」
「待ったあーーーーーーッッッ!!」
その声は何もかもを遮った。
●
……お姉ちゃん!?
聞き慣れた声であるが故に一瞬で誰かを把握し、しかしなぜ彼女の声するのかが理解できず、またさらに姉がこんな声を出すこと自体にも驚いた。
視線の先にいたのはかつて見慣れた黒森峰の戦車。
みほたちの前まで来て降り立ったのは、
「……!?」
「西住まほ、大洗学園への短期留学生だ。故に今より大洗戦車道へと合流する!’
「同じく逸見エリカ! 右に同じ!」
短期転校手続きの書類を突き出すまほとエリカがーー何故か大洗の白と緑のセーラー服を来ていた。
「お姉ちゃん……!」
……コスプレ!?
いや、そうではなくて。
……助けに来てくれた……!
涙すら浮かべながら姉を見る。
けれど彼女は無表情でなにも言葉を返さない。既に戦車道の、西住流後継者としてのスイッチが入っているのだろう。
だけど、何を考えているのかは分かる。
ちゃんと、今は心が繋がっているから。
そしてーーーー、
●
「サンダースだぁ!」
優花里はいつか己が潜入したサンダースが高らかに訪れるのを見た。
……鬼に金棒!
●
「あら……これは祝勝会が期待できそうですね」
華はアンツィオの参戦により試合後の盛大なパーティーを期待しつつ、改めて勝利を誓った。
……勝って食べた方が美味しいですよね!
●
「虎に翼……」
麻子はプラウダが自分たちの精神を根底から砕こうとして、けれど皆で乗り切ったのを思い出した。
……なら、今度も。
●
「おぉう、味方になるとものすごい頼もしい……!」
沙織は未だに大洗が一度も勝ったことのない聖グロリアーナの参戦に心震えた。
……ダージリンさんの格言にはちゃんと反応してあげないと……!
●
「あっはー、怒られてやんの」
杏は西がダージリンに無線に怒られているのを聴いて、涙をこらえながら笑い声を上げた。
……ありがとう、皆。
●
「確か、黒森峰の時に一度だけーー」
ほとんど関わりがないにも関わらず突然現れたミカにみほは記憶を辿り眉をひそめた。
……あの人、確かーー。
●
直は多くの戦車が少女たちがみほの元に集うのを目撃した。
仲間を愛し、信じ、進んでて来たみほの戦車道。
だけどそれは仲間だけではなかった。
敵ーー否、敵では決してない。相対する戦車道すらもきっとみほにとっては仲間だし、勝手も負けて戦いの後にはお互いを認め合うことができるのが彼女たちなのだ。
あぁまったく。
自分の彼女はなんて最高なのだろう。
「ーーなぁ、お前たちもそう思うだろう?」
珍しく、誰にでも分かるくらいにはっきりと、小さい笑みと共に虚空へと直は呟いた。
否、それは虚空へとではなく。
「ばああああか!! ダー様が一番だよ!」
●
頭上から降って来たのはジャバウォックだった。平原でありながら、頭上ということは上空から落下してきたということで、パラシュートもつけない蛮族はしかし大地に亀裂を入れながら両足で轟音と遠に豪快に着地した。
「HAHAHA! それに関しては誰も譲らないんじゃないかな!」
上空からへと運んで来たのはきっとヒロだ。彼方へと去っていくジェット機のを視界の隅に入れつつ、やはりパラシュート無しで、しかしジャバウォックとは違い膝と拳を地面に叩きつけながら華麗に着地を決める。
「天上天下カチューシャ様prpr!!!」
気色の悪いことを言いながらーーパブロフが地面から飛び出して来た。手にしたスコップで地面を掘り進めて来たのだろう。気持ち悪いーーが、カチューシャへの一途さは負けてはいない。
「まぁ僕のドゥーチェはオンリーワンに僕のだから張り合う必要もないかな!」
ドゥーチェの豆戦車とスクーターで並走しながらたどり着き、器用にドリフトしながらディアボラが胸を張る。一人だけ自分の女と一緒に来ているは全く彼らしい。
「吶喊の時、来たれり……! そして西殿が一番可憐であろう……!」
いつもと同じことを言いながらやはり神風丸も空から降りて来た。先に軍刀を地面に突き刺し、どういうわけか体重を感じさせず、無音で柄へと降り立ったのだ。
「言い張ることに意味はない。だって誰が一番かは分かりきってるんだから」
弓を手に、ロープ状のワイヤーを伝って降りて来たのはシンだ。飛び去っていく飛行機にでも矢を刺したのだろう。着地の直前にロープを切り離して軽やかに着地する。
「ーーは、どいつもこいつも」
言いたい放題な仲間たちを横目に苦笑せずにはいられない。
なぜ来たのかとは、問わなかった。
だって、今までだってそうやって困難を乗り越えて来たから
今までと違うのはいつもと一番後ろにいたはずの直が、今は一番前にいるということ。そして誰もが隣に大切な少女がいるということ。
昔とは違う。
変わらないものもあるけれど。
それでも確かな今がある。
そしてきっとこの今から続く未来もあるはずなのだ。
だから。
「ーー行くぞ」
ガールズ
華麗なbgmと共に
ボーイズ
登場の仕方はそれぞれが考える一番かっこいいやつ。
愛梨寿&黒龍
かかって来い。
久々ですがぼちぼちゆるりと更新再開。
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