「……ふぅ」
ポケモン浴場――――人間とポケモンが共に利用できる温泉施設。そしてその男湯には、リョウスケと二匹のポケモン……ボーマンダと、ブースターがいる。
ちなみにイエローの♂ポケモンは前回多すぎて管理しきれなかったので、今回は遠慮してもらったという形だ。
「ふぅー……」
『リョウスケ、さっきからため息ばっかりだな。幸せ逃げるぞ?』
「うるせー……」
『リョウスケもさっきのを見て悩むこともあるんじゃない?単細胞のボーマンダと違って』
『……あ?ケンカ売ってるのか?』
(マジでうるせぇ……)
リョウスケが先程のマグマ団に関して色々悩んでいるのにも関わらず、相変わらずのこの二匹である。ちなみにブースターは炎タイプではあるが、お風呂は嫌いじゃない。むしろ好きである。
……炎タイプといっても、様々な種類が存在する。ヒトカゲやマグマッグのような炎が身体の一部であり、身体の外部に炎エネルギーが存在する炎ポケモン、ロコンやガーディのような身体の内部に炎エネルギーを溜め込んでいる炎ポケモン。ブースターは後者である。
前者は水などの液体そのものがアウトではあるが、後者は水は苦手ではあるがお風呂のようなお湯は好きといった炎ポケモンも存在する。
「お前ら、ケンカするならもう出すぞ」
『『すいませんでした』』
一応、前回はしゃぎすぎたという自覚がボーマンダにはあるらしい。そして過激に反応しすぎたという自覚がブースターにはあるらしい。
「……ん?」
ガラララッ、と浴場のドアが開く。
「あぁ~あっこがれーのーポケモンマスタぁにぃ~」
(う、うるせぇ……!)
新しい人が入ってきたかと思えば、大声で歌を歌いながら入ってきたのだ。迷惑極まりない。
(ってか、この人……)
リョウスケはその人物を見てあることに気がつく。
(全身、傷だらけじゃねーか……!)
重症、という程ではないが擦り傷、切り傷といった痛々しい跡が身体中にあるのだ。
「なりたいなぁ~ならなくちゃぁ~」
その人物は歌を歌いながら身体をさっと洗い流し、
「絶対なってーやるー!」
(何故、俺の隣に来た……!?)
ザバァッ!と、リョウスケのいる温泉に勢い良く入ってきた。
「……あん?」
(何だっていうんだよ面倒くせぇ……!)
その人物はリョウスケの方を向き、何かに気がついたような表情を顔に出す。リョウスケとしては、こんな変人できるだけ関わりたくないというのが本音だ。
「お……?すげーな!このボーマンダとブースター!」
『……あん?俺?』
『……この人誰?』
何故かボーマンダとブースターを絶賛するのだ。リョウスケも少しん?と首をかしげる。確かに、ボーマンダというポケモンもブースターというポケモンも伝説とは比べ物にはならないが、全体のポケモンの中では比較的珍しい部類の方に入るかもしれない。
だが、この人物はボーマンダとブースターが凄いのではなく、「この」ボーマンダとブースターが凄いと言ってきたのだ。
「もしかして、君がボーマンダとブースターのトレーナーか?」
「はい、そうですけど……?」
聞かれたからには、流石に素直に応えなければならないとリョウスケはしっかり対応する。
「……えっと、何が凄いんでしょうか?」
「ん?……いや、凄いだろ。かなり鍛えられてるだろ?この二匹は」
「わか……るんですか?」
「ああ、俺くらいになるとな。攻撃力だけじゃねえ、色々な面で強さを持っている気がする」
確かにリョウスケは今まで自分のポケモンと共に特訓をしてきた。それも攻撃だけではなく、制度、精神など色々な面でだ。それをこの人物は見ただけで見抜いてきた。
「っと、悪いな。俺の名前はショウって言うんだ。君は?」
「ショウさんですか、俺はリョウスケって言います!」
最初は変な人かと思ったけど意外と凄い人なのかもしれない、リョウスケは会話をしているうちにそう思ってきた。
「リョウスケか、よろしくな。明日の大会には出るつもりなのか?」
「はい、出ますよ。勿論狙うは優勝です!もしかして、ショウさんも出る予定なんですか?」
「ああ、その予定さ。……でもよ、実はさっき俺のポケモンがやられちまってさ。明日までには回復するだろうが、温泉に入れてやれなかったのが残念でしょうがねーな……」
「やられたって……もしかして」
先程までの騒動、そしてショウの身体中にある真新しい傷跡。そこからリョウスケが導き出した答えは。
「ショウさん、さっき暴れていたスカイ団を追い払っていたんですか!?それで、ショウさんもポケモンも傷ついて」
「……へ?いや、その……うん」
「?」
明らかに目が泳いでいるショウを見て、リョウスケは少し疑問を抱く。
「ま、まあ……そんなとこだ!」
いや、あんな雑魚連中にやられるはずではなかったんだがなー、油断したぜなどと呟くショウ。まだ、目は泳いでいたとか。
「話変えるけどよ。さっきスカイ団が暴れてたけど、リョウスケは大丈夫だったのか?」
「はい、友達と一緒に鎮圧してました」
「そ、そっか……」
暴れていたK部隊の奴らの自業自得とはいえ、同じ組織の人間がやられているのに複雑な心境になるショウであった。
「……けど」
「ん、どうした?……何か悩み事があるなら俺でよければ聞くぞ?」
「悩みって程でもないとは思うんですけど……」
リョウスケは先程のマグマ団との話、そしてイエローの事をショウに話した。
「ふーん、なるほどねえ……確かにそのイエローって子の観察眼はすげーな。俺でもその話を聞いただけならそのマグマ団ってのが悪に思うわ」
「……やっぱ、そうですか?イエロー、凄いですよね」
「何だ?悩みって、その凄さに嫉妬でもしてる事なのか?」
「……そうかもしれませんね」
「え、マジ?」
冗談で言ったのに、とショウは一言加える。
「俺、過去にボロクソに負けた事があるんですよ」
四天王ワタルに完膚なきまでに叩きのめされたリョウスケ。
「その時に、友達のあいつを泣かせてしまったんです」
奇跡的に生きて帰る事は出来た。だが、その時にイエローにかなり心配をかけてしまった。大泣きしたのが、その証拠である。
「そして思ったんですよ。負けて悔しいって思いもあったんですが、それ以上に俺の周りに心配をかけないくらい、強くなるって」
イエロー含め、自分の周りの友人、知り合いといった人達に二度と心配をかけたくなかったリョウスケ。その為には、それだけ強くならなきゃいけないと。イエローが女の子と知って、泣かせちゃいけないという気持ちがさらに高まっていたりもする。
「ふーん、なるほどなぁ。そんな決意を持っているんなら、リョウスケもリョウスケのポケモンも、強くなるわなぁ」
「……でも、イエローはまだ俺よりも強いのかも」
「ぶわぁーか!」
「……えっ」
いきなり暴言を吐き出すショウ。突然すぎて、リョウスケもポカンとした表情を浮かべる。
「……ったく、ガキが何大人ぶってやがるんだ」
「別に、大人ぶってるわけじゃ……」
「いーや、大人ぶってるね。ガキはガキらしくしてろっての」
「……さっきから、何が言いたいんですか」
自分の思いを否定され、さらにはガキと連呼され、少し苛々してきたリョウスケ。そんなリョウスケに、ショウは言う。
「リョウスケの決意、そしてその決意が揺るがずに強くなってきた、確かにすげえ。だけどよ、イエローの凄さを見て嫉妬だあ?馬鹿か?ぶわぁーか!」
「ちょっと、いい加減に……」
「いい加減にしねえよぶわぁーか!ああ、そのままの考えなら何度だって馬鹿にするさ。結局リョウスケは、自分だけしか見てねえ」
「なっ……」
またもリョウスケを馬鹿にするショウ。リョウスケもどんどん苛々がたまっていく。
「いいか、人間誰だって得意不得意ってのはあるもんだ。バトルなら、今ならリョウスケはイエローよりも強いんだろ?だが観察眼といったところは今回の話を聞く限りでは、イエローのほうが優れているのか」
「それが、どうかしたって言うんですか?」
「つまりだ、俺が言いたいのはな」
ここでショウが、結論を言う。
「もっと、周りを頼れってことだ」
「!!」
「リョウスケにもイエローにも得意なものがあるんだよ。だったらお互い助け合っていけばいいだろ、簡単なことじゃねえか」
どんなに凄い人間でも、どんなにダメな人間でも得意なもの、不得意なものというのは存在する。しかしそれを助け合って埋めていけば、どんどんいい方向へ向かっていくということだ。
「ガキはガキらしく頼れ、頼っていけ……まあ、ガキに限ったことじゃねえのかもしれねえけどな、大人ぶる必要はねえ」
「……」
ショウの言葉を聞いて思うことがあったのか、リョウスケは無言でそれを聞き思考する。
「誰かのために孤独で戦うってのは本当の大人になってからでいい。……今はそんな事しなくていいんだ」
「……えっ?」
切なそうな表情を見せながらショウはそんなことを言う。リョウスケもその表情に気づく。
「っと、変に説教ぶって悪かったな。明日の大会、楽しみにしてるぜ!」
ザバァッ!と、勢い良く温泉から上がるショウ。それを見たリョウスケは、
「変な人だったな……」
と呟く。だが、リョウスケもショウからこの短時間で学ぶことはかなり多かった。それだけ過去に色々な経験をしているのかもしれないと、リョウスケは思った。
「明日の大会、あんな人が出るんなら楽しみだな」
そんな経験豊富なら、バトルもかなり強いのかもしれない。リョウスケは自分のポケモン達と、期待を膨らませながら温泉に浸かる。
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「ふぅー……」
風呂から上がって部屋に戻ってきたリョウスケ。
「あ、リョウスケさん!」
既に部屋にはイエローが戻ってきていた。
「おう、イエロー。イエローのポケモン達、浴場に連れていけなくて悪いな」
「いえ、昨日が昨日でしたから……リョウスケさんを、これ以上疲れされるわけにもいかないですし」
「あ、それと……」
先程ショウとの会話で思ったこと、それを一つの言葉にしリョウスケは口に出す。
「イエロー、これからもよろしくな!」
「えっと……?」
いきなりそんなことを言われるものだから、イエローもちょっとびっくりする。だが、すぐに
「はい、こちらこそお願いしますね、リョウスケさん!」
と、元気良くお互いにとって最高の言葉を返す。
「あ、そういえばラプラスはどうなりましたか?」
「ちゃんと回復したよ。ボールも返してもらってきた、ほら」
リョウスケは元気になったラプラスの入ったボールをイエローに見せる。
「よかったですね、元気になって」
「ああ、無事でよかったよ。だけど、一つ確かめなくちゃならない事もある」
ボン!と部屋の中でラプラスをボールから出す。傷は、見当たらない。
「なあラプラス、何があったんだ?」
『……』
少し表情を強張らせるラプラス。それを見てリョウスケも少し悟ったのか、
「……言いにくいことなら、今は無理しなくていい」
と、声をかける。
「……でもいずれ言ってほしいんだ、ラプラスのためにも。何時でも、トレーナーであり友達である、俺を頼ってくれよ」
『!!』
ついさっき、学んだことだ。周りで助けあい、頼るという事。何かで困っているならそれを一緒に乗り越えていけばいい。
『いえ……今、言います』
「大丈夫か?」
『はい、私は大丈夫です。……私があそこで動揺したのは、見たからです。私を傷つけた緑の装束の集団……スカイ団を』