暗転した視界が元に戻る、つまり元の色彩の世界が瞳に映るようになったとき、まず最初に目にしたのは蒼銀だった。 固く、どこまでも続いているそれは認識が固まり理解すればそれは床であり全身がそれに触れている、つまり寝転んでいたことになる。 模擬戦が訳の分からないうちに終わりを迎えてその後起き上がれば建物の中の地面に倒れ込んでいる。 なんか我ながらよくわからないなぁと思いながらちゃんと荷物は全部あるのか確認するためにバッグとペンダントを確認して、何も問題がないとみて立ち上がろうとすれば目の前で遠坂君も倒れ込んでいるのが見えた。
「あ―――遠坂君、大丈夫?」
声を掛けて見るが反応がない。 近づいて、口元に指を近づければ呼吸は正常であり、腕に指を添えても脈拍もまた正常であることから普通に寝ているだけと判断する。
「私も遠坂君も床で寝るなんて……ひょっとしてさっきの模擬戦は夢落ち? ……なわけないかぁ」
冗談めいた口調でそう言って、その実少しだけ期待して。 だけど遠坂君の右腕に赤い模様が入っているのを確認して夢幻じゃなく現実だと認識して溜息を吐く。 想定外に次ぐ想定外。 予想外も良い所で突発。 一体何をしたらいきなり模擬戦だなんだと始まるのか。
「私って呪われてるかも……」
それでも余裕があるのは建物の中に入れたからか。 そんなこと溜息をもう一度吐きながら現状を確認し、とりあえず遠坂君を起こしてまずは受付か案内掲示板を探そうと結論付け、起こそうとした瞬間、影から何かが飛び出した。
「フォーウ!!」
「うわぁ!? って、な、何なのこの生き物?」
飛び出てきたそれは30㎝程の小さな獣だった。 羊のようなモフモフとした毛並みで所々極彩色、見たことも聞いたこともない動物だけれど人懐っこい表情? を浮かべながら遠坂君の顔の上に着地して顔をぺろぺろ舐めている姿には特に害意はありそうに見えない。 驚かされたものの大丈夫かなぁと判断して指をそろそろと近づけて、触れる。
「フォウ? ……フォーウ!」
「うわ、ひゃ!? く、くすぐったいよぉ!」
柔らかく絹のような毛並みに指を通して感動していたら触っていた私の左手の指をこの子が遠坂君の顔に代わって舐め始めた。 ざらついた獣特有の舌が指先が怪我しない程度の力で柔らかくこすれるのはくすぐったくて、自然と笑いがこぼれてしまう。
「これは……驚きです」
「ひゃい?」
そんなふうにちょっとふざけている間に気付けば通路の角から人がこちらをのぞき見ながら驚愕といった表情で此方を見ていた。
「えっと、貴女は……?」
「ん、機先を制された上に難しい質問なので、返答に困ります。 名乗る程のものではない――――とか?」
「えぇ……? と、とりあえずここ、カルデアの人かな?」
「ええ、それならばそうです。 肯定します」
通路の角から出てきたのは眼鏡を掛けた少女だった。 彼女は多分私達と同じぐらいの年齢、だけど研究員さんとかがよく来ている白衣を身に包んでいるから多分施設の人かなとあたりを付けてそう問えば若干天然さんなのかなと言った回答が得られる。 ならば彼女に聞けば何処へ行けばいいのかとかそう言ったことはわかるだろうと考え、そこまで思った所でそう言えばまだ遠坂君を起こしていないことを思い出した。
「と、とりあえずちょっと待っててくれなませんか? この人、遠坂君を起こしてから聞きたいことあるから」
「……わかりました。 私もその人にお聞きしたいことがあるので助力します」
そう言って彼女も此方へ近づいて横になったままの彼へと手を伸ばして揺すり始める。 私と彼女が揺すり、ふわふわした獣が再び遠坂君をぺろぺろ舐め始めて割とすぐに反応が強くなってきて、目を覚ます。
「……知らない天井だ」
「いや、いきなりガッツポーズしながらそんなこと言わずに起き上がってよ」
「キュウ! フォーウ……」
鉄板ネタをやれて成し遂げたぜ。 と笑いながらようやく完全に目が覚めたのか遠坂君が起き上がる。 そこでようやく私以外の二人、ふさふさの獣と少女に目が行ったのか少しだけ怪訝そうな顔をする。
「えーっと。 このふわふわしたのと彼女の名前は?」
「そういえばまだ私も聞いてないや、さっきは名乗ってくれなかったけど……」
今度こそ名乗ってくれるのかなと若干期待しながら少女へと目を向ければ、困ったような表情を返し、肩を竦めた。
「いえ、名前はあるのです、ちゃんと。 でもあまり口にする機会がなかったので印象的な自己紹介が出来ないというか……コホン。 どうあれ質問宜しいでしょうか先輩?」
「先輩?」
「えっと、多分遠坂君の方だと思う」
顔を向ければ頷きを返し、彼女は疑問を尋ねる。
「お休みの様でしたが、通路で眠る理由が、ちょっと。 固い床でないと眠れない性質なのですか?」
「……あぁー、実はそうなんだ。 畳じゃないと、ちょっと」
「ジャパニーズカーペットですね。 噂には聞いていました。 なるほど……なるほど」
「いや違うよねッ!? なんか模擬戦が始まって終わったら気付いたら倒れて寝てたよねッ!?」
「アレ、そうだっけ?」
「フォーウ……」
鳴っとくと言った様子で頷き合う彼女と遠坂君になんだろう、少しだけ遠坂君を起こしたことにちょっと後悔し始めた気がする。 彼女と遠坂君のどっちも若干天然の気があって話が脱線に脱線を重ね続けるような予感とそれのツッコミ役になりそうな予感がする。
「おっと……失念していました。 あなたの紹介がまだでしたね、フォウさん」
何とか話を最初の方向、というより尋ねようとしていた内容に戻せないかと考えていたころでそう言えばと少女が私と遠坂君の間にいる獣を指しながらそう言った。
「そちらのリスっぽい方はフォウ。 カルデアを自由に散歩する特権生物です。 わたしはフォウさんにここまで誘導され、お休み中の先輩の上でフォウさんとじゃれているそちらの方を発見したんです」
「立花さん!? なにしているんでぃすッ!?」
「間違っている気がするけど間違ってないから突っ込めない……!」
「……ンキュ、フォーウ!」
ウェーイ! となんか言っている遠坂君はとりあえず置いといて、獣改めてフォウ君を見つめる。 なあなあで流していたけれどフォウ君は結局なんなんだろうか? 疑問に思っている間にぴょんと跳ねてどっかへ行ってしまったから分からずじまいなのだが。
「……またどこかに行ってしまいました。 あのように特に法則性もなく散歩しています」
「……不思議な生き物だね」
「はい。 わたし以外にはあまり近寄らないのですが、先輩方は気に入られたようです。 おめでとうございます。 カルデアで二、三人目のフォウ君御世話係の誕生です」
「やったぜっ!」
「……外にいた時はあんまりそうじゃなかったけど遠坂君、君結構愉快な性格してるね」
完全勝利と言いながら両腕を掲げている遠坂君に、それをマネして同じポーズを取ろうとしている少女。 出会ってから五分以上たっているはずなのに全然物事は動かずいよいよ収集が付かなくなってきて、若干諦めの領域まで入りかかっている。 というか遠坂君は割と本気でここに来た目的を忘れているんじゃないだろうか? ともはやツッコミを放棄し始めたところで、
「――――ああ、其処にいたのかマシュ。 ダメだぞ、断りもなしで移動するのはよくないとあれほど言ったろう?」
少女が現れた曲がり角から緑色のスーツを着込んだ男性がそう言いながらやって来た。 柔和な笑みを浮かべながらやってきたその人は私と遠坂君を見るなり一瞬怪訝そうに顔を変え、直ぐに納得したのかああと呟いた。
「君たちは今日から配属された新人さんだね。 私はレフ・ライノール。 ここで働かせてもらっている技師の一人だ」
そう丁寧に挨拶され、私も遠坂君も頭を下げながら挨拶を返す。 名前を聞いて彼、レフさんは少しだけ腕を顎に沿え、悩むような仕草をした後、頷いた。
「ふむ。 遠坂士郎君と、立花来音君か。 招集された48人の適性者、その最後の二人というワケか。 ようこそカルデアヘ、歓迎するよ。 一般公募の様だけど、訓練期間はどれくらいだい? 一年? 半年? それとも最短の三か月?」
「えっと? ちょ、ちょっと待ってください。 あの、話が見えないんですけれど……訓練? それってさっき入り口で起きた模擬戦闘と何か関係あるんですか?」
いまいち飲み込めずに申し訳ないながらもそう尋ねる、逆にレフさんが困ったような顔をするが分からないのはこっちもだ。 顔を横に向ければ遠坂君も同じようにちょっと分からないと言った表情をして……。
「あれ、遠坂君も同じ、だよね?」
「え? ああ、まあ訓練期間とかはわからないけど。 一応呼ばれた理由はわかっているけど? というかパンフレット貰ったんだよね? あれに書いてあったけど」
「……」
なんという衝撃の事実。 現状を理解できていないのは自分だけだった。 というかパンフレット確かに貰ったけど貰って直ぐにどっかにやっちゃった気がする。 というかつまりこの場で一番まずいのは私だ。
「………」
「えっと、立花さん、大丈夫?」
「……あんまりダイジョばない?」
「ま、まあそう言うこともあるさ。 おそらくだが数合わせの為に緊急で採用した一般枠があるのだし、君たちはその方だったのだろう。 申し訳ない。 配慮に欠けた質問だった」
笑いながらも若干顔が引きつっているのは気のせいじゃないだろう。 申し訳なさがいっぱいでもう一回頭を下げる。
「―――ところで、二人ともさっき模擬戦闘、シミュレーションを受けたと言ったね? 霊子ダイブは慣れていないと脳に来るが大丈夫だったかい?」
「ああ、それで先輩はさっきこの区画で熟睡していたのですね」
霊子ダイブ、さっきのシミュレーションが遠坂君の熟睡の原因であるだと彼女、マシュは納得した様子で頷いた。 霊子ダイブというのがまあさっきの出来事の原因なのはまだいいけれど脳に来るってそれ、
「大丈夫なんですか?」
「見たところに異常はないね」
「……」
「冗談だよ。 問題はないはずだが万が一はあるから医務室で見て貰いたいところというだけさ……ただ、もう少し我慢してくれ、直に所長の説明会が始まる。 君たちも急いで出席しないと――ああ、所長というのはここカルデアの責任者にしてミッションの司令官だよ、わかったかい、立花君」
名指しで言われたことにやっぱりもうそういうイメージが着いちゃったかぁと少しだけ泣きたくなりながら頷く。 ホッと息を吐かれたことにはもう、うん。 諦めよう。 とかく時間が押していることだけはわかった。
「うん、そう言う認識で構わない。 5分後に中央管制室で所長の説明会がある。 君たち新人へのちょっとしたパフォーマンスだ。 遅れるとどやされるじゃすまないよ」
「えーっと……つまり早く行った方がいい?」
「そう言うことになるね。 質問が無ければ直ぐにでも管制室に向かうけれど質問は?」
「私は特に……遠坂君は?」
「…………スヤァ」
「寝てるッ!?」
「じょ、冗談、冗談……質問はないです…多分」
明らかに冗談になっていない。 もうすでに寝ぼけ眼になっているしコックリコックリ船を漕いでいる。 どう見てもアウトだ。 レフさんに目を向ける……笑顔でそっぽ向かれた。 どう考えてもアウトという事だろう。
「私って呪われてるかも……とりあえず私が遠坂君を運ぶので道案内お願いします、レフさん」
今日一番、深いため息を吐き、口癖が零れつつもとりあえず切り替えてそう尋ねる。
「構わないが……いけるかい?」
「へいき、へっちゃらです。 ……多分」
答えながらうつらうつらしている遠坂君を背中に背負う。 重たい……が、一応持てないレベルではない。 しっかりと腕で足を固定して、顔を上げた。
「それでは行こうか。 マシュ、着いてきなさい」
「はい、レフ教授――立花先輩、大丈夫ですか? 手伝いましょうか?」
「ん、へーき、へっちゃら! 普段の修行でのサンドバックよりは軽いからッ!」
「人はサンドバックより軽いのですか……なるほど」
「……等身大のサンドバックは100㎏近いはずなのだが、いやよそう。 私の想像で皆を混乱させたくない――――ところで立花君、一ついいかな?」
いざゆかんとした所で、突然レフさんがそう声を掛けてきた。 振り向いて此方を見る表情は先ほどまでとは若干違い、無表情に近い。 若干の恐怖を感じさせるような表情だ。
「いや、大したことじゃないのだが、君の首に掛かっているそのペンダント、その飾りに使われている七つの赤い石が少し気になってね」
「……? これですか? ただの石だと思うんですけど、違うんですか?」
「―――ふむ、そうなら別に良いんだ。 変な事を聞いてすまなかったね」
さあ、行こうかと言って進み始めたレフさんに若干の疑問を覚えつつ、とりあえず今は気にしないでおこうと思って、進み始めた。