小さい石室みたいな箱、とはいっても幾分科学的で、どことなくロボットのコクピットを想起させるソレの中に身体を入れる。 座り、しっかりとシートベルトのようなもので身体を固定したところで箱は閉じ、目の前を青い、淡い光で満たされる。 画面が映り、始めたところで目を閉じ、そっと息を吐いた。
『マスター設定を開始します』
無機質なアナウンスが告げるそれはカルデアですべき事の最初の一歩であり、全ての始まりだった。 だが私がやることは何もない。 この中で座ってただ待つだけだ。 もともとカルデアに私達のデータは全て提出済みで、それをあわせるだけだと所長が言っていたのはちゃんと覚えている……覚えなかったら殺すといった勢いだったのもあるけれど。
「……そう言えば遠坂君は大丈夫かなぁ?」
先ほどまで行われていた説明会、説明会の前にギリギリで起きた遠坂君はその後すぐに所長の説明中に目の前で寝ちゃうという大技をだして大目玉を喰らい、暫く仕事に携わるなと言われていた。 まあそれは自分も言い渡されそうになったのだけれどそこ辺りは気にしない。 結局今現在こうして初期設定だけでもやれるのだから問題はないはずだ。 ない、はず……。
『どうして貴方達みたいなズブの素人がこの場にいるのよッ! 汚らわしい! 私のカルデアに触らないでッ!』
「……へいき、へっちゃら。 レフさんが何かを言ったら一応納得してたし」
深く考えるのは辞めよう。 精神衛生的に良い事が一つもない。 とはいえただひたすら座り続けて待つだけというのは暇だ。 何か暇を潰せるものはないかと考え、今手持ちにはペンダントしかないことから諦めて溜息を吐く。 本格的にやることが無くなって手持無沙汰になって、ふと思った。
「……ここでなら、歌ってもいいかな?」
歌う。 唄う。 詠う。 謳う。 謡う。 それは私の趣味、というよりは習慣のようなものだ。 ただ人前で歌えるほど上手くはないし、人前で歌うのは非常識だしとしばらくの間歌っていなかった。 でも今ここは誰の声も聞こえない、誰からの声も届かない密室。 だから、
―――歌おう。
そう思い立ってしまえばしばらく我慢していたこともあってむずむずとしてくる。 どうせ聞く人もいないし歌うのは決定。 何を唄おうかなと考え始めて、ふと私のママが口ずさんでいた曲を思い出した。 どうしてかは分からないけれど思い立ったが吉日という言葉もあるし、覚えている曲だから、詠う。
「―――――――――――」
深く息を吸い、喉の奥、お腹の底から声を震わせ、音を奏でる。 曲の意味と、歌詞に没頭して口を動かし、次に
「―――――――――!」
響く音を途絶えさせぬように続ける。 呼吸のタイミングが邪魔なくらいに唄うのを楽しみ続ける。 強弱、音程などを間違えない様に夢中で歌を楽しみ続けて、
―――不意に脳裏に橙色の装束を纏った戦士のヴィジョンが浮かんだ。
「―――っぅ! 何?」
それだけじゃなく頭に疼痛のような痛みが響き始め、同時に更に別のヴィジョンが次々と浮かぶ。 蒼色、紅色、白銀、桃色、緑色、紫色。 それぞれ剣、銃、短剣、鋸、鎌、笏の武器を持った戦士が戦う姿が浮かび上がっていく。 そして、その一つ一つが浮かぶたびに頭に酷い痛みが奔り、苦悶に声を上げることになる。 それどころか、首から掛けているペンダント、それが若干明るい光を灯して輝き始めていて――――、
「……あれ?」
―――唐突に痛みが治まり、楽になった。 首からぶら下げているペンダントも光を失い、ただの石に戻っている。 手に取ってぶら下げて見ても何の変化もない。 至って普通の今まで通りのペンダントそのものだった。
「おっかしいなぁ……って、うぇ?」
異常は続く。 唐突に画面の灯が全て落ち、真っ暗になる。 画面を触ったりボタンを押し込んだりして見るが反応がない。 完璧に落ちている。 つまりそれは何かおかしなことが起きたという事。 異常に異常が重なる妙な事態が起こり始めた。
「どうしたのかなぁ……? 故障?」
疑問に思いつつとりあえずこっちは待てばいいやと思い、再びペンダントへと手を伸ばした瞬間、理由もなくぞわりと産毛が逆立つような悪寒が奔った。
「――――――ッ!?」
なぜ、どうして? そんな疑問を覚える間もなく直感が告げる。 このままじゃあ死ぬと。 だが理由は? 対処方法は? それすらもわからない。
だが分からなくても対処しなかったらこの瞬間に私は死に絶える。
―――それはダメだ。 生きるのを諦めるのは絶対に、絶対ダメ。
咄嗟に私は両腕で身を庇い、耐えるための体勢に移り、気を整えた。 直後―――閉じようとする瞼に光が網膜に焼き付く様に輝き、爆ぜた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……っぁ」
―――目を覚ました時に最初に覚えたのは鈍い痛みが全身を貫き、苛む刺激だった。
腕も、足も、身体も全部が全部無事じゃないって痛みを告げて泣きたくなるくらい痛い。 だけどこの痛みが教えてくれることは、私は生きているという事だった。
「いっ!? ……一体何が――――」
起き上がろうとして痛みが奔り、一瞬声が上がりながらも起き上がって瞳を開いた。 そして、絶句した。 呼吸すら忘れて、その瞬間何も考えられず思考が停止した。
「何、コレ―――――?」
視界に映る現実は黒、赤、灰。 色を表す言葉はそれだけしかなく、それ以外の物を示すのであればまず、炎だ。 周り一帯が炎が燃え盛り、煙を上げている。 ついで瓦礫の山だ。 辺り一帯の家屋だったのであろうものが須らく瓦礫と化し、崩れ落ちている。
―――端的に言ってしまって、この場所は滅んでいた。
きわめて物理的に、災害にあった後のようにこの場所は只の被災地とかしていた。 そこまで理解して、ようやく気付いたこととして―――この場所は、カルデアではなかった。
「――――ぁ、どこ? ここ」
予想外どころじゃなく現実離れした光景に零せる言葉はありきたりで、現実を受け入れられないと心が叫ぶ。 こんなこと起こり得る筈がないと強く口にしたくなるけれど、目の前に映る光景に何も言えずにいて、やがて嗅覚が炭臭い、焦げるような臭いをようやくとらえ始めてから思考が動き始める。
「誰か……いないの?」
何が起きたのかは分からない、どうしてここに私がいるのかも分からない。 だけど、それでもこの場は災害が起きた場所で、ならば当然考えられることはある。
―――人が、苦しんでいるかもしれない。
「だれ、か―――生きてる人は、誰かいませんかっ!」
誰か、誰でもいいから生きている人がいないかと立ち上がり、走り始めた。 分からないことで頭はぐちゃぐちゃで、それでも今、この場で私が考え、動き始めるうえでやろうとしたことはこの災害都市で、生存者を探すことだった。 無論、見渡す限り一面、見える範囲の遠くまで炎に包まれているようなこの場所で人が生きている保証は限りなく低い。 私みたいに動ける人なんていないだろう。 だけど、だからと言って、もし手を伸ばせば届く距離に人がいれば、それを助けられなかったら絶対後悔する。 だから、人を探し始めた。 0に近い確率でも、人が生きている可能性を信じて、叫んだ。
――――反応は、帰ってきた。
ガサリと近くで音が鳴る、それだけならただ単に壁とかが崩れた音だったかもしれないけれどカツカツと歩く音が響いてくる。 それはつまり生きている人がいるという事の証明で、それがどうしようもなく嬉しくて足音が聞こえた方向へと駆け出した。
「瓦礫でよく見えないけれど……近くから聞こえたから、直ぐ近くにいる筈ッ!」
耳を凝らしながら何処から足音が来ているのかと限界まで集中し、音がしたと思った方向へと走り出した。 途中、何度か瓦礫に足を取られたりして危なかったけれど音がどんどん近づいているのが分かって、直ぐ近くの等身大の瓦礫の向こう側、そんな壁の向こうへと走ればそこに誰かいるという距離まで近づき、飛び出した。
「大丈夫ですかッ! 何か怪我は――――!!?」
続きの言葉は出なかった。 口から言葉が出るという事さえ忘れるほどの衝撃だった。 それほどまでにショックで、想定とかそう言うのを遥かに超えた存在がそこにいた。
―――見えなかった足音の正体は髑髏だった。
髑髏、躯。 人だったはずの存在。 そう呼ばれるような物が肉も何もないのに、腕の先の骨に鋭利な凶器を持って振り上げている姿だった。
「ぁ―――――ぁぁあああッ!?」
見た瞬間は完全に硬直していたのに初撃を避けられたのは奇跡と言っても差支えなかった。 0距離と言っていいほどに近くにいた髑髏、その骨の奥の感情も何もと持っていない瞳の奥の昏い光りを見たところでおぞましさに思わず腕を突出し、それが相手の胸部を突き飛ばしたことで振り下ろされる武器の一撃は掠りもせずに、当たることなく空を切った。 反動で尻餅を突いてしまったけれど、それ位ならば安いものだろう。 だけど、状況は変わっていない。
「何、何なの、何が一体どうなっちゃったら骨が一人でにッ!?」
困惑の声に対して返答する者は誰もいない。 この場には私一人しかいなかった。
髑髏は、立ち上がろうとしていた。
『――――――――!』
カタカタと音を立てながら立ち上がった髑髏は声とは到底言えない掠れた音を立てながら私へと手の凶器を向け、振り下ろす。 単調で真っ直ぐに仕掛けられた攻撃だったからこそ、咄嗟に身体を捻ることで回避し、離れるために裏拳気味に拳を当て―――しかし髑髏は微動だにせず逆に拳に痛みが奔る。 凶器を振り下ろした体勢で、間近に見える髑髏の瞳、改めて見えたその光には殺意も悪意もなく、ただ単に私を殺すという目的だけで動いているのが分からせられる。
「に、逃げなきゃ――――ッ!?」
何とか蹴り飛ばすように立ち上がって全力で離れ、そのまま振り向いて逃げようとすればその先にもまた別の髑髏がいた。 まさかと思い左へと顔を向ければもう一体。 唯一右へと向けばなにもいない、だけど袋小路だった。 ジリジリと近づいてくる髑髏には何も出来ず、自然と袋小路へと追いつめられる。
―――どうする? どうするッ!? どうすれば生き残れるッ!
荒れる息と鼓動の中、冷静に脳が判断する。 敵の数は三体、狭めてくる幅は既に10m程までに縮まり、それぞれの間に2mほどの隙間しかあけていない。 つまり隙間を抜いて逃げるのは無理。 ならば無理矢理倒して通る? ……それも無理だ。 先ほど拳を当てたけどまるで効いていなかった、つまり私の力ではどうしようもならない。
―――有体に言ってしまえば詰んでいた。
「このままじゃあ……」
死ぬ。 それは―――ダメだ。 まだ死ねない/死ぬことは許容できない。 まだ死ぬことは許されない/諦められない。 私にはまだやりたいこと/やらなくちゃならないことがたくさんある。何よりも―――、
『生きるのを諦めないで、それが
「生きるのを、諦めるのはダメなんだッ!」
『―――■えッ!』
―――不意に脳裏にヴィジョンが浮かんだ。
ほんの一瞬、痛みを伝えながら少し前に見たはずのオレンジ色の戦装束を身に纏った人が何かを言ったような気がして、けれど何をすればいいのかわからない。 分からないまま時は無情にも進む。
髑髏が腕を振り上げる/目を逸らすな見続けろ。
カタカタと笑い声のような音を響かせる/まだ可能性はある。
笑い声が収まり力が入るのが見える/私は何をするべきか――――。
『―――――!』
「―――っ! ぁぁぁぁああああああああッ!」
何を考えていたのかなんてわからない。 只死にたくなくて、死ぬのだけは避けたくて。 振り下ろされた敵の腕を避けるように右拳を突き出した。 無論敵の骨に当たっても精々敵を怯ませられればいい方で、敵が三体もいる以上時間稼ぎにもならないのはわかっている。 痛みを堪えるために目を閉じながら振り抜いて―――。
―――硬い骨に拳が当たる感触が伝わり、しかし痛みもなくそれどころか腕が覆われる感覚と共に敵が軽くなり、敵の圧力が離れる感覚を受けた。
「―――――え?」
予想外の感覚に驚きながら閉じた瞳を開ける。 視界に飛び込んだのは敵が一体、正面の奴が仰け反り、それに巻き込まれ二体の敵の行動が少し遅れている様。 そして黒い手甲のような何かに包まれた私の腕だった。
「変わったッ!? ――――っし!」
何が起きたのかわからない、だけど仰け反ったのは確かだと信じてまた拳を振る。 感触はやはり軽く、同時に腕から先を包むように何かの感触が奔る。
「ら、ぁ、あ、あ、あ、う、ああああああッ!!」
喉が張り裂けそうなほどに声を出しながら我武者羅に拳を振るい続けた結果、やがて全身がその感触に包まれきり、最後に大振りで振った拳で髑髏たちが吹き飛んだ。
「あ、はぁー。 はぁー。 ……変身、した?」
身体を見下ろせば来ていたはずの制服はなく、レオタードのような物を身に着け、両手、両足に手甲脚甲が着いた二の腕まで伸びる薄い装束、そして耳にはヘッドホンのような何かが着いていて、何れも漆黒と言っていいほどに真っ黒に染まっていた。
――――痴女か、私は。
「な、何なのこれぇッ!? なんかすっごい防御力薄いんだけどッ!?」
肩も太腿も、丸出しで下着みたい。 正直に言って冗談じゃなく恥ずかしい。 こんな事態じゃなかったら身体を隠したいぐらいだ。
『――――――――ッ!!』
「っ! まだ動くの!? でも―――!」
衣装について文句を言いたいけれど敵が、髑髏がまだ動こうとしている。 だから今はそんなことは何も考えずに、敵へと意識を向け、拳を握った。
「どうしてこうなったのかわかんないけれどとりあえず私は戦えるんだ」
戦えるならば、勝てるのならば、その限り私は―――、
「生きることを、絶対諦めないッ!」
動き始める敵に呼応するように私は動き始めた。
まだ(戦闘中に歌わ)ないです。
立花来音
クラス:?
ステータス
筋力E魔力E
耐久E幸運C
敏捷E宝具―
スキル
———(未開示)
———(未開示)
———(未開示)