―――その日は月が良く見える日だった。
丸い月、満月という言葉が昔はあったそうだけど私の知っている月はいつもどこか欠けていて、満ちていた時を見たことが無い。 真ん丸に見えるけれど、その右下の部分は砕けて楕円状になり衛星を纏って見えていた。 だからいつもその窪みが見えているときは満月ってどんな感じだったのかなぁと家の縁側に寝転がりながらそんなことをぼんやりと考えていた。
『―――来音? そこで寝ちゃうと風邪ひくよ?』
私が縁側で寝ているとき、お母さんはいっつもそう言った。 ちょっと過保護すぎるんじゃないかなぁと思うこともあるけれどでもそれはお母さんが私を心配してるという事の証明で、お母さんをあんまり心配させたくないから私はそこで見るのを止めて部屋に戻ることにしていた。 でも、その日だけは違うことを、お母さんに言葉を零していた。
「ねえ、お母さん。 どうして月は欠けたの?」
『――――それはっ』
息を飲む音。 どうしたんだろうと思って起き上がってお母さんへと顔を向けた。 唐突に視界が何かに包まれて、一拍遅れて抱きしめられていると気付いた。
『それはね、ママが頑張ったからだよ』
「ママが?」
『うん。 詳しくは言えないけれど、ママが頑張ったから月が欠けて、世界は救われたの』
「むー、あんまりよくわかんないけどそれって救われたっていえるの?」
顔を上げて、お母さんにそう尋ねた。 お母さんは笑って、頷いた。
『少なくとも私は救われたかな。 ―――ほら、ママが帰って来たから玄関までお帰りなさいを言いに行こう?』
気が付けば確かに玄関へつながる通路に明かりがついていて、ただいまってママが言う声が聞こえてきた。 だから頷いて玄関まで向かって、お母さんと一緒に言った。
「お帰りなさい、ママッ!」
玄関で靴を脱いでいたママは私と同じオレンジ色の髪。
―――そう言えば脳裏に浮かんだヴィジョンの戦士の一人も同じ髪の色で……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「誰がママよっ!」
ガツリと頭に突然衝撃が奔る。 星が脳裏に舞う様な閃光のような痛みにクラクラしながら目を開ければまず映ったのは紅色の空。 ついであまり見覚えのない白銀の髪の女性。 回る痛みに少しだけ悶絶しながら起き上がり、ようやく現状、災害都市の川岸で眠ってしまったという事を思い出し、目を見開いた。
「えっと……所長! 無事だったんですか!?」
「オルガマリーよッ! なによアンタ私の名前覚えてないのッ!? ふざけないで、バッカじゃないのッ!」
「ご、ごめんなさい……でも無事だったみたいですね」
このキツイあたりに逆に無事じゃなきゃ言えないだろうなぁと呑気な思考が奔り、同時に人がいたことに対する嬉しさが湧きあがり、とりあえず落ち着くために深呼吸をした。
一度、二度と深く息を吸って、吐いて、思い出したかのように臭う焦げ臭い匂いに顔を顰めながら改めて彼女、カルデアの最高責任者、オルガマリー所長に向き合った。
「えっと、まずご無事で何よりです、オルガマリー所長」
「……と、当然よ! 私が死ぬわけないじゃない! ……貴女こそなんでここに、こんな場所にいるのかしら?」
「それが……自分にもさっぱりなんです。 あの箱の初期設定をしてる最中に嫌な予感がしたから身構えた瞬間何かが光って、気が付いたら傷だらけの状態で町の中に放り出されて、とりあえず化物がいるから逃げながら川で傷を洗って、気が付いたら寝ちゃって……」
「こんな場所で寝れるなんて貴女随分と神経が太いわね……というと貴女も何が起きたのかは知らないのね? ―――全く役立たずだわ。 私のカルデアはどうなったのよ……」
ブツブツと呟き始めたオルガマリー所長を尻目に河原っていう変な場所で寝てしまったことを思いだし、身体を解すためにとりあえず立ち上がろうとして違和感に気付く。
「……?」
勢いよく立ち上がり、屈伸をして、ジャンプを一回、そのまま深く深呼吸をしながら準備運動みたいに体を大きく伸ばして、その違和感の答えに気付いた。
「……痛くない?」
眠る前まで足の痛み、頭痛、全身に奔っていた倦怠感などがなく、むしろカルデアに来る前位に好調になっていた。 だがおかしい。 いくらなんでも治癒が速すぎる、異常と言える速度でどうしてだろうと疑問に思ったところで咳払いが聞こえ、所長へと目を向ける。
「治癒の魔術を使ったわ。 べ、別に貴女なんてほっておいてもよかったけれど死なれたら目覚めが悪いし、災害保障でどんな悪評や批評を受けるか知れたもんじゃないから、つまり助けたのはカルデアが大変になるからよ、勘違いしないで頂戴」
そう言いながら顔を赤らめてそっぽを向いたオルガマリー所長にはとても言葉通りの意味を込めていたとは思えなくて、なのに恥ずかしがる姿が何処か知っている人と重なっている気がして口が孤を描く。
「ありがとうございます、オルガマリー所長!」
「―――――っ! うるさい馬鹿ぁ! さっさと行くわよ!」
顔を真っ赤にして、怒鳴る様にそう言って背を向けて歩き出したオルガマリー所長に置いて行かれない様に私も歩き出した。 さっきまで、眠る前までよりもずっと軽い足取りで、痛みよりも何よりも人がいたことにずっと安心感を覚えて。
「そう言えば貴女、現状をどこまで把握しているの? というより何をするのか位覚えているわよねえ?」
「はい! 全く覚えてないですっ!」
「――――――っ! 貴女といいあの遠坂とかいうやつといいなんで何も知らない人が来てるのよぉ!? 全くもう、全くもうっ! 助けてよレフゥ……」
……若干、大分、結構申し訳なく思うけれど。 それでも今、私は一人だった時よりもずっと良かったと思った。 だから、今はなんとしても絶対に彼女を、オルガマリー所長を護らなきゃいけないと、そう感じた。
何も知らなかったことで結構怒られ、それでもなんだかんだで説明してくれたオルガマリー所長の説明を頭の中で必死に纏めながら周囲を警戒しつつ歩く事10分程、奇跡的に髑髏とかに会わずに私と所長は比較的炎の少ない場所を目指して歩いた結果古い屋敷みたいな家の跡地にたどり着いた。
「ここは……龍脈? いえ、そこまで大きくはないけれど小規模の工房くらいなら作れるくらいの土地ね。 ……なにか礼装でもあれば通信位は出来るかも」
「えっと、通信機器があれば電波を拾える的な感じですか?」
「大体そうよ、貴女にはわかりやすい喩えでしょうね。 ……現状を正確に表すのであればその通信機器がないのだけれど」
つまり駄目なんですね。 と現状を言い表しながら壊れた門を潜り、寂れた屋敷の敷地内と足を踏み入れる。 グルっと一周して分かったことは当たり前だけど和風建築で昔のお話とかにも出てきそうな蔵もあり、当然と言えるけれど人の気配はない。 他の建物と違って多少外観を残しているだけと言っても過言ではないだろう。 通信も出来ない以上収穫は無しかとちょっとだけ溜息を吐いて振り返り、所長に移動しようかと提案しようとした瞬間、カランカランと小さな木材が打ち合わされるような音が周囲に響いた。
「――何!?」
「っ!? しまった、魔術トラップ!」
私の疑問の声と、所長の答えを示す言葉が同時に響く。 どういう事かと所長へと尋ねれば苛立たしげに親指の爪を齧りながら所長が答えを告げる。
「敵意や悪意に反応して鳴り響く警報装置みたいな物よ。 普段なら気付けたでしょうけれど此処の魔力の濃さに感覚が馬鹿になって気付けなかったみたい。 ああ、もう! どうしてこうなるのよっ!?」
「とりあえずこの場所を離れましょうっ! 早くしないと―――っオルガマリーッ!」
次の句を告げる前に手遅れだったと知る。 名前を呼んだけれど言葉をかけるのは間に合わないと思い、故に全力で走り所長の肩と後頭部を抱きしめて横に跳び、上に覆いかぶさる様にしながら倒れ込む。
「いったぁ!? ちょっと貴女いきなり何を―――って、ひぃ!?」
刹那重量のあるものが振り下ろされ、さっきまで所長のいた場所が砕け散る。 二人分の体重の加わった頭と地面で板挟みされた両手の甲が尋常じゃない痛みを伝えるのを我慢して立ち上がり、その行動の犯人であるそいつ、さっきも戦った髑髏、寄しくも先ほどと同じ数である三体と至近距離で再び対面する。
「下がっててください所長ッ! こいつらは危険です!」
「はぁ!? あ、貴女何を言って!」
返事を聞かずに直ぐに行動する。 振り下ろす前の体勢になり、再びこちらに狙いを定めている髑髏が動くより先に右足を後ろ、左足を前に地にしっかり着け、腰を捻り右拳をきつく握りしめて胴体目掛けて思いっきり撃ち込む。
「っぅ! ――――らぁッ!」
傷口に響く痛みに歯を食い縛り、薄い膜が広がるような感覚が再び来るのを感じながら、敵が少したたらを踏むのを見て左足を軸に右足で回し蹴りを打ち、一体を地面に倒れ込ませる。 同時に右足にも膜が広がるような感覚が伝わり、眼に脚甲が現れているのと、休む間もなく襲い掛かってきた二体目、三体目が攻撃をするために武器を振りかざしているのが映る。
『―――――!』
「っ、のぉ!」
同時に振り下ろされた攻撃の片方を右腕で受け、逸らしてもう片方の攻撃へぶつけながら左足で両武器を踏み、すかさず左手で二体目の頭部を殴る。 しかし不慣れな左という事もあり撃ち込みが浅く対してダメージを入っていないと理解して、すかさずラッシュを叩き込み、締めに大きく突き飛ばして、同時に地面に倒れている一体目も蹴り飛ばした。 その間に全身は再び真っ黒の装束に切り替わり、私は改めて構え、拳を握る。 同時、背後のオルガマリー所長の驚愕の声が響いた。
「サーヴァントッ!? いや、違う。 でも……立花来音、貴女一体何者なのよ?!」
「――――わからない、です。 でも今分かっているのは、私は、戦えるっていう事ですッ!」
所長の問いかけに答え、駆け出す。 一瞬で体勢を立て直そうとしている髑髏たちの前にたどり着き、体勢を立て直しきる前に倒す為、拳を振るう。
「はぁッ! らぁッ! やっ! ――――うぉりゃぁッ!」
『――――――!』
連続で叩き込む左右の拳が骨を砕き、不快な悲鳴のような音が髑髏から響き渡る。 その音に眉を顰め、煩わしいと思いながら更に拳を振るう。 敵が体勢を整える暇を与えず、一気に押し切るために全力で、この拳を振るった。 拳が脊椎を破壊し、地面に落ちた髑髏の頭部を踵落としで踏み砕き、消滅するのを確認し、後二体と前を向いた時には既に敵の武器が振り下ろされていた。
『――――――!!』
「ギィ――――ァア!」
避けようとするも近距離であり避けきれず胴体に凶刃が振り落とされ、体表を覆う装束に重たい衝撃と目を見開くような痛みを伝え、止まる。 たった今知った装束の防御力に感謝しながら涙に滲む目をそのままに歯を食い縛り、0距離であること利用してその骨の腕を掴み、砕き、そのままタックルを敢行する。 髑髏と一緒くたに転がり込んで、マウントを制し頭部へと拳のラッシュを叩き込んで破砕する。 後一体と周囲に目を向け、髑髏に囲まれた所長を見て目を見開いた。
「ひぃ!? い、いや、やめて、来ないで! 助けてよ、誰かぁ!」
「増援!? けど――――ッ!」
全力で踏込、取り囲んでいる髑髏の一角へと思いっきり飛蹴りをかまし、囲みを崩す。 所長が全力で開いたこちら側へとバランスを崩しかけながら走り、それを後ろから追いたてる髑髏との間に入り――――髑髏、私、所長、建物の順番に行き止まり、再び囲まれ、追いつめられる。
「――――――っ」
『――――――!』
数えてあと六体。 だが時間が経過すればさらに増える可能性もある。 かといってこの髑髏たちを一撃で葬り去る力なんてない。 そして一体を斃そうとすればその間に所長が狙われる可能性もあってジリジリと包囲網を狭めてくる髑髏たちへの有効打が見つからない。
――――このままじゃぁ……。
「ど、どうするのよ……このままじゃあ――――」
オルガマリー所長の引き攣った声に内心同意しつつ、どうするべきか方法を探す。 諦めるなんて選択肢はないのだから。 だけど現実として私達にはどうすることも出来ない。
「―――頼むマシュ、戦闘開始だ」
―――故に。
「了解です、先輩。 対竜牙兵、戦闘を開始します」
その場に現れた第三者である二人によって状況は破られた。
声が響くと同時、目の前の髑髏の横合いから鈍器のようなソレ―――盾が降り落ち、髑髏を破砕して、そのまま持ったその少女が周囲を薙ぎ払う。
そんな一瞬、ほんの刹那で厄介だった髑髏は一蹴され、塵へと還って逝った。
「君は――――!」
だけどそれよりも、それ以上にその少女の容貌を見て、驚愕に目を見開いた。 黒鉄の鎧のような装束に身を包む、見覚えのあるその白髪に。 少し前に見たことある無に近い表情のまま、彼女は此方へと仰け反る様に顔を向けて、告げた。
「デミ・サーヴァント マシュ・キリエライト。 所長たちを救援に参りました」
そう彼女、マシュちゃんは盾を片手に名乗った。
「―――あ、僕もいます」
後ろから一拍遅れてカルデアの制服姿の遠坂君もそう言いながら顔をひょっこり覗かせた。
そしてようやく私は一息つけるのだと理解したのだった。