命蓮寺の皆さんといっしょ。   作:佐藤之姓

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村紗さんといっしょ。

「きれいですねぇ」

 

「ほんとですねぇ」

 

 もうずいぶん和らいで、暖かな光を投げかける太陽が、高い高い紺碧の空の、その奥遠くに埋まっている。

その下を流れる大気には、気持ちのいい涼しさが宿っており。黄金色に仕上がった草の穂を撫で下ろして、さわさわと軽やかに揺らす。

そして、俺のつま先から先には、足を踏み出せば草履どころか踝まで埋まりそうな、ふかふかのきれいな絨毯が広がっていて。

 

 視線を上げれば、黄に紅に彩られた、どこまでも広く、どこまでも深い、深遠な秋色の森に、視界が圧倒された。

 

「大きい、ですね。すごいとしか言いようがありません」

 

 背負ってた籠を足下に下ろして、半ば独り言のようにそう言うと、右やや後方から、くすりと笑い声が聞こえた。

 

「ここの森は、ほとんど人間の手が入ってませんから。今年もまた、見事に色付いてますね。

 秋の森は、お好きですか?」

 

 さく、さくと、隣にまでやって来て、横目遣いに、そう水蜜さんは訊いてきた。

 

「もちろん。この景観が嫌いなものなんて、この国にはいないでしょう」

 

 また視線を前方に戻して、長く息を吐く。目の前に高く深く並び立つ、何百何千もの多彩な樹々。

一体どれ程の年月を経ているのか、なんて、問い掛けることを忘れてしまうほどの雄大。

なるほど、ここなら数多の妖怪が跋扈するのも道理だろう。

 ほとんど呆然と立ち尽くしていると、右側からまた笑い声。

 

「しっかりして下さいな。そろそろ、当初の目的を思い出してもいい頃ですよ?」

 

 そう言われて、俺もはたと気がついた。

 

「そういや、茸狩りに来てたんでしたっけ」

 

「茸だけじゃなくて、木の実や山菜なんかも採れますよ。秋は豊穣の季節ですからね。

 さあ、行きましょうか」

 

 背中の籠をちょっと上げるようにして、水蜜さんは森へと続く鮮やかな絨毯に足を踏み入れていく。

 

「あ、はい。ちょ、ちょっと待ってください」

 

 俺も、遅れじと慌てて籠を拾い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、あれですね」

 

「はい?」

 

 ほとんど這い蹲るようにして、落ち葉の陰に隠れている茸を探索していた水蜜さんは、上体を起こしてこっちを見やる。

 

「ここらの秋は、全然臭くないんですね」

 

 こちらも犬になったつもりで這い回っていたので、よっこらせ、と体を起こして、衣にくっ付いた落ち葉を払いながら水蜜さんの方を向く。

 すると、水蜜さんは怪訝そうに首を傾げていた。

 

「臭い?」

 

「あ、いや、秋って、普通は臭いもんじゃないですか。まあつまりは、この辺りには銀杏がないですね、ってことなんですけど」

 

 

 

 ここは既に森の奥深く。茸やら何やらを探している内に、大分深くまで分け入っている。帰りが些か心配だけど、水蜜さんが自信満々に進んでいっているので大丈夫だろう。

さて、今俺は落ち葉の中に頭を突っ込みながら働いている訳なんだけど。こうして黄葉した落ち葉を見ていて、どうにも気になっていることがある。

おかしなことに、それこそ寺からここに至るまで、俺はまだ一本も銀杏を見かけていない。

辺りに満ち満ちている黄色い葉っぱ。ここだけじゃない、寺やここに来るまでの道中も黄色い葉っぱで溢れていたけど、その中にあの独特な二股の葉っぱは一枚もなかった。

というか、何よりもまず第一に、あの強烈な腐敗臭がどこにもない。だからこそ、こうして頭を突っ込んでいられるんだけど。

 秋、それに黄葉と言えば、あの黄金一色の大樹の佇まいや、うっかり靴で踏んでしまったあの時の絶望感をぱっと連想できる一日本人としては、銀杏が見当たらないというのは、かなり違和感がある、のだが。

 

「いてふ?」

 

 更に首を捻る水蜜さん。

 

「あ。あー、あぁ」

 

「なんですかその反応は」

 

「いえ、何でもないですよ?そういえば、そうだったなー、みたいな。

 水蜜さん、銀杏、って聞いたことありません?」

 

「ありませんけど。なにかの木の名前ですか?」

 

 心なしかジトッとした目でこっちを見てくる水蜜さん。

 

「えっと、はい。大きな木で、秋になると見事に黄葉するんですが、その実がやたらと臭いんですよ。

 俺の故郷に生えてた奴なんですが」

 

 そういえば、向こうでも山で銀杏に出くわした記憶はない。かなり強烈な存在感を持つ木だから、今まで考えに上らなかったけど、よくよく考えてみれば、見たことのある場所といったら並木道や公園ぐらいなものか。

 つまりは、そういうことなんだろう。

 

「ふーん。なんていうか、そんなどうでもいいことは覚えてるんですねぇ」

 

 ジットリとした目でこちらをねめつける水蜜さん。

 

「すみませんでした」

 

「よろしい」

 

 水蜜さんは、落ち葉の下から馬鹿に大きい何かの塊(おそらく舞茸)を取り出した後、腰に手を当てて、ふう、とため息を吐いた。

 

「でも、そういう木があったなんて、あなたの故郷の秋はずいぶん賑やかなんでしょうね。

 あなたの記憶が戻ったら、一度訪ねてみたいもんです」

 

「あー、どうですかねぇ」

 

 視線を足下に落とす。毬に気をつけながら、そこらに散らばっている栗を、注意深く拾っていく。

 

「確かに、色んな形の秋はありますけども。こんなに深い森なんて、ほとんど残っていませ………いなかった気がしますし。

 こんなに雄大な秋を感じたことは、ほとんどなかったように思いますよ。

 そういう意味では、ここの秋の方が良いような気がしますけどね」

 

「あなた、実は記憶が戻ってるんじゃないですか?」

 

「そ、そんなことないですよ?」

 

「……ま、いいですけどね。

 それより、ここの秋の方が良い、っていうのは、ちょっと間違ってると思います」

 

「へ?」

 

 再び、水蜜さんの方を振り返る。

彼女は、こちらに背を向けて、せっせと茸を採っていた。

 

「私は、あんまり他所の秋を知っている訳じゃありませんけど、確かに、ここの秋は雄大です。

 深い森があって、たくさんの恵みがあって、外には広大な薄野もあって。

 でも、雄大じゃない秋が、良くない秋だなんていうのは、違うと思いますよ」

 

 水蜜さんは、こっちに背を向けたまま、また上体を起こして腰を叩く。

 

「私は、ずっとずっと昔は、海辺の方に住んでいまして。聖に率いられる前には、こんな雄大な秋は知りませんでした。

 それでも、あそこの秋は良かったですよ。魚に脂がのっていたり、粟や黍を食べられたり、なんてことももちろんですけど、それだけじゃなくて」

 

 水蜜さんの頭が、少し上を向いた。

彼女が何を見ているのかは、ずっと後ろにいる俺にはわからない。

 

「住んでいた家の近くに、雑木林がありましてね。海に近いところでしたから、そんなに大層なものではなかったんですけれど。それでも、秋になると、けっこう賑やかになりましたっけ。

 色々な木が色づいてましてね。あれは……今思うと、楓と、橅だったんでしょうか。あの頃は木の名前なんて知らなかったけど……とてもきれいで。

 いっぱい遊びました。近くの子たちといっしょに、どんぐりや、きれいな落ち葉を集めたり、松ぼっくりを投げ合いっこしたり…………。ただ林の中を歩き回るだけで楽しかったっけ」

 

 彼女は、首を左右に振って、再びしゃがみ込む。

 その背中が、遠く見えた。

 

「……ああいけない。茸狩り、頑張り過ぎましたか。疲れてるみたいですね。

 妙な方に話が行きましたけど、結局私が言いたいのは、どこかの秋の方が良い、なんてことはなくて、どの秋も……どんなところの秋も素晴らしくって、そこに優劣なんかない、なんてありふれた話ですよ。

 だって、あの林の秋は、すごく素晴らしかったんです。この森の秋も、もちろん素晴らしいですけど、それだから、あの林の秋が霞んでしまう、なんて。そんなことはないって、私はそう断言できます」

 

 水蜜さんは、動きを止めて、首だけ俺の方にちらりと向けて。

 

「…………長々と話しちゃいましたね。途中のところは、忘れてくれると嬉しいです」

 

 そう、恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 

 その微笑みに、少し気を取られ過ぎて。

 

「―――痛っ」

 

「どうしました!?」

 

 水蜜さんが、起き上がって駆けて来る。

 

「あ、や、なんでもないです。栗の毬に指を刺しちゃいまして」

 

 右手の人差し指の腹に、ぷっくりと赤い雫が浮かんでいる。でも、その雫は小さいし、痛みもほとんどない。傷、という程ではないだろう。

 

「なんだ、びっくりさせないで下さい。てっきり蛇にでも咬まれたのかと」

 

「そしたら大声を出して転げ回るんで大丈夫です」

 

 じ、っと水蜜さんを見つめる。

 

「?」

 

「いや、ぱくっと口に含んでくれたりしないかな、と」

 

「え、そしたらそのまま指を噛み千切っちゃいますけど。いいんですか?」

 

「ごめんなさい」

 

 洒落にならん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 りーん、りーんなんて、そんなお上品な鳴き方でなく。なんていうか、ぐきぎぎがかが、みたいな感じで、耳が痛くなるくらいに虫達が鳴いている。

流石は妖怪も跋扈する森の虫、鳴き声まで逞しい。

 

「さて、と。秋の幸は、今日はこれぐらいで十分ですかね」

 

「つ、疲れた………」

 

 俺達の前にある二つの籠は、どちらも茸、木の実、山菜でいっぱいだ。子供がすっぽり入れるくらいの籠だから、それを満たした苦労、推して知るべし。

半年程度の鍛錬じゃ、まだまだ及ばないということなんだろうか。水蜜さんは、それを軽々と背負って(実際、見た目ほど重くはないが)、疲労困憊しているこちらを見る。

 

「ほら、早く帰りましょう。そろそろ日が暮れますから、帰れなくなりますよ。

 妖怪たちも活発になりますし」

 

「ああ、はい………。もう白蓮さん達も帰って来てる頃ですかね」

 

「どうでしょうかねぇ。最近、聖は精力的になってきていらっしゃいますから。

 まだまだ頑張ってらっしゃるかもしれませんね」

 

 確か今日は、白蓮さんは一輪さんを連れて東の山にお説教に行っているはず。

あっちは少し遠いから、帰りも少々遅くなる、って話だったけど。

 

「それより、水蜜さん。帰り道、大丈夫ですか?」

 

 あれから、こっちもずっと頑張ってきたから、ここは既に森のかなり奥深くになっている。

正直、俺にはほとんど遭難中に見えるんだけど。

 

「任せなさい!私を一体何だと思ってるんですか」

 

「舟幽霊」

 

「船長です!

 方向感覚では、誰にも譲らない自信がありますよ」

 

「しんらいしてますよー」

 

「……なんですか、その気の抜けたような返事は」

 

「いえいえ」

 

 籠を背負う前に、ぐーっと伸びをする。ごきりごきりという、背骨の鳴る音が小気味良い。

 

「また直ぐ来るんでしたっけ?」

 

「ええ。今日の私たちは、要は様子見です。

 秋の幸はもう十分実っていますから、今度は聖も含めた全員で茸狩りですね」

 

 そう言いながら俺の前に出る、俺より頭一つ分小さな船長殿を、何気なく見やる。

すると、彼女の髪に椛が一枚くっ付いているのに気がついた。

 

「なんですか?」

 

 こっちの視線に気がついたのか、俺を見上げる水蜜さんを余所に、その椛を摘み上げる。

 ついでに、その頭をわしゃわしゃとかき回してみた。

 

「わっ、わっ」

 

 慌てふためく水蜜さん。

 

 俺がかき回してるその頭は、とても小さくて。

直ぐ近くにあるその髪からは、とてもいい匂いがした。

 

「な、何すんですか!?」

 

「んー。いえ、椛がくっ付いたんで」

 

 顔を紅くして怒ってる水蜜さんに、同じくらい紅い椛を摘まんで見せた。

 

「だからってかき回す必要はないでしょう!」

 

 うがーっとお冠な水蜜さんの頭に手を当てて、安全を図りつつ椛と見比べてみる。

 

「何をやってるんですかっ!」

 

「いやあ、やっぱり椛の方が紅いなぁ、って」

 

「うがーっ!」

 

 ぼかっ。

 

「ぐはっ」

 

 不覚にも鳩尾にいいパンチを食らって、崩れ落ちる俺。

 

「まったく。いったい乙女を何だと思ってるんですかっ」

 

「おと…め………?」

 

「何か?」

 

「い、いえ。何でも」

 

 何とか起き上がって、一呼吸。

まだ立ち上がるのは苦しいので、落ち葉の上に座りながら、水蜜さんを見上げる。

 

「…………なんですかっ」

 

「いーえ。何でも」

 

 まだぷんすかしながら、でも微妙に心配そうに、こっちをちらちら見ている水蜜さん。

茸狩りの最中の会話を思い出す。あの時、懐かしそうに、でもどこか淋しそうに、ふるさとの秋について話していた彼女。

俺の方には訪ねてみたい、って言われたけれど。彼女の方にもお邪魔してみたい、って言うのは、野暮なんだろうか。

 

「………水蜜さん」

 

「はい?」

 

「俺の故郷や、水蜜さんの故郷の秋も素晴らしいんでしょうけど。

 ここの秋も、素晴らしいでしょう?」

 

 水蜜さんは、ちょっと意外そうな顔をして、

 そして、少しはにかんだ。

 

 

 

「……はい。ここの包み込むような秋も、大好きです」

 

「………そうですか。良かった」

 

 

 

 ざあ、と。秋の香りを含んだ、涼やかな風が吹く。

 よいしょ、と腹に力を入れて起き上がる。水蜜さんの少し心配そうな視線に、笑顔で応えて。

 

「さて。

 それじゃあ、帰りましょうか。俺達の寺へ」

 

 

 

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