命蓮寺の皆さんといっしょ。   作:佐藤之姓

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epilogue:聖さんといっしょ。

 

 轟轟と。

 春闇を照らしながら燃え上がる伽藍から飛んでくる、火の粉ばかりが暖かかった。

 

 

 

―――彼は、無事に逃げ延びたのでしょうか。

 

 

 

 己を縛る不可視の磔台に益々力を奪われて、薄れ行く意識のなかで。

 伽藍の主、聖白蓮は、ただそんなことをぼんやりと考えた。

 

 

 

 日々皆に仏法を説いていた講堂も、皆と起居した僧房も、時に笑い合いながら食事を囲った庫裡も。その朱々とした顎に全てを呑み込んだ業火の咆哮に混じって、何処からか甲高い悲鳴と、剣戟の音が聞こえてくる。

 

 

 

 今となっては、ただその事実ばかりが哀しかった。

 

 

 

―――皆はどうなったでしょう。村紗は、一輪は、雲山は。星とナズーリンは……御使いとして、人間たちに受容されていると良いのですが。

 

 

 

 遠くから、愛弟子たちの泣き叫ぶ声が聞こえたような気がして、白蓮は胸が締め付けられるような想いに微笑んだ。

 

 

 

―――彼を人里に出していたのは、今思えば英断だったのかもしれない。或いは、彼が只の人間だということを知っていた、あの陰陽師と里の人間たちの、せめてもの情け心だったのかも知れないけど。―――

 

 

 

 彼。

 もう一年ほども前に、遥か彼岸から降ってきた、人間の少年。

 

 

 彼がただの記憶喪失でないことなんて、初めから気付いていた。

 

 

 見たこともないほど漆黒に染め上げられた外衣。その下には、真白の単を着込み。どちらも縫い目さえ見えない不可思議な布地で、金と白の小片を用いた初めて見る機構で前を綴じていた。

 

 

 何も知らなかった彼。この土地のこと、食べ物のことどころか、初めは衣の着方さえ知らなかった。それと同時に、何でも知っていた彼。不思議な知識で色々なものを言い当て、色々な道具や機構を造り出した時には、寺の皆ばかりでなく、白蓮自身も驚いた。彼が知っていて、自分達が知らない動植物の話をされたときには、お互い困惑したこともあった。

 

 

 恐らくは、とおい先の世から落ちてきた彼。それでもこの世に慣れようと必死に藻掻いて、いつも笑っていた彼の姿に、白蓮はどこか身勝手な希望を見ていたのかもしれない。

 

 

 

―――そんな彼に、私の理想のことについて尋ねなかったのは、私の弱い心が為せる業だったのでしょうか―――

 

 

 

 今となっては遅すぎる後悔。そして此処に至っては、彼が正体を明かさなかったのも、故郷の話をしたがらなかったのも、良くわかる話だった。

 

 

 いつか、彼と一輪が作った鍋を皆で囲った時。

腫れた目を隠す一輪に、それとなく事情を聴いたことがあった。

 

 

 あれがこのようなことを予見したからだなんて、そんなことは今も考えもしないけれど。それもまた、今となっては彼としての英断だったのかもしれなかった。

 

 

 

 がらがらと轟音を響かせて、講堂が崩れ落ちていくのが見えた。一輪と雲山が張り切って木を採ってきて、皆で建てた講堂。雨の日も雪の日も、彼や皆で磨き上げてきた講堂。読経中、疲れてこっそり居眠りをする彼の頭を勢い良く叩くナズーリンや村紗や一輪を、星と共に笑いながら宥めていた思い出たちもいっしょに崩れ落ちてしまったような気がして、今の白蓮にはそのことばかりが辛かった。

 

 

 

――――もう、限界なのかも知れませんね――――

 

 

 

 京からやって来たという、あの陰陽師に施された封印。目に見えぬ法力で自身を縛る磔台は、今も貪欲に白蓮の法力も魔力も奪い続けて、元々朦朧としていた白蓮の意識を、更に模糊曖昧なものにしてくる。

 

 

 

せめて、最期に皆の姿をこの目に収めたかった。そんな勝手なことを思っていたところに、

 

 

 

 

「―――白蓮さん!!」

 

 

 

 

 いつも明るく弾ませていたその声を、ただ悲痛に歪ませた、彼の声が耳に届いた気がした。

 

 

 胡乱な頭を叱咤して、どうにか動く眼をそちらに向ける。

 

 

 そこには、一張羅なんだ、なんて笑っていた外行きの衣をぼろぼろにして、大きく肩で息をする、愛しい息子のような彼の姿。

 

 

 白蓮は、己の顔が自然と綻んでいくのを感じた。

 

 

 

「――――無事だったのですね。嗚呼、良かった――――」

 

 

 

 そんなことを呟くと、彼は悲愴な顔を一層歪めて。

 

 

 

「待っててください。白蓮さんも、皆も、今から俺が―――」

 

 

 

「―――如何するというのか。小童」

 

 

 

 ばっ、と振り向く彼。霞む視界で、しかしその壮絶な術力から、件の陰陽師がやって来たのがわかった。

 

 

 

「……お前か。お前が、白蓮さんを、皆を―――!」

 

 

 

 飛び掛かろうとする彼。やめて、と言う間もなく。その小さな頭に某かの術を受けたのか、直ぐ様昏倒する彼の姿が、狭まる視界に映った。

小さく漏れる呻き声から、まだ彼の意識があることはわかったけれど。せめて彼の母代わりとして、白蓮は力の入らぬ腹に、残る全力を込めた。

 

 

 

「―――――お止めなさい。彼は、只の人間ですよ」

 

 

 

「―――ほう。件の似非聖殿も、親心許りは持ち合わせているのか」

 

 

 

 獣のように呻いて足掻く彼の姿を、必死に見下ろして。

 

 

 

「―――――親心?高が餌代わりの人間如きに、この大魔法使いたる私が、そんなものを持つとでも思うのか」

 

 

 

 全てを見透かすような、彼の凄絶な視線を他所に。

 

 

 陰陽師は、どこか可笑しげに、どこか淋しげに、微笑んでいるように思えた。

 

 

 

「妖怪寺の餌代わりか。成る程、其れならば此の小童は封印の対象とは成り得んな」

 

 

 

 じゃり、と。陰陽師が近寄ってくる音が、聞こえたような気がした。

 

 

 

「―――安心召され、偉大なる阿闍梨を弟御に持つ尼公よ。此奴の事は、里の人間達にも良く良く言い聞かされている」

 

 

 

 その声に。白蓮は、全霊で込めていた力を抜いて、弱々しく微笑んだ。

 

 

 

「――――――他の、皆は」

 

 

 

「舟幽霊と、見越し入道の二人組には、同じく封印を施したが。毘沙門天王の代理と言う化生と、其の使いと宣う小鼠は、遺しておいた。無論、彼奴め等も暴れたが故、意識のみは刈り取っておいたが」

 

 

 

「――――――ありがとう、ございます」

 

 

 

 白蓮の消え入りそうな感謝の言葉に、陰陽師は悲しげにその身を揺らして。

 

 

 

「―――人妖共存か。其の理想は、未だ此の平安の世には早過ぎた 。

魔界の片隅にて、千年許り其の世が来るのを待つが良い」

 

 

 

 がり、と。

 陰陽師の足元で、そんな小さな、しかし壮絶な音が、きこえた。

 

 

 視界の隅には、陰陽師の沓に必死に歯を食い立てる、彼のすがた。

 

 

 やめて、と言う己の声は、彼らに届いただろうか。

 

 

 陰陽師は、彼のその黒々とした頭を掴み上げる。

 

 

 

「我が術理に縛られて尚、此処迄這って来たか、小僧。見上げた気骨だ」

 

 

 

 陰陽師は、彼のその透明な装飾具の奥にある、凄絶な光を放つ瞳を覗き込んで。

 

 

 

「―――貴様、此の世の人間では無いな」

 

 

 

 弱々しく藻掻く、彼の頭を、陰陽師はぼとりと落とした。

 

 

 

 

「此れも縁だ。貴様も、元が世に送り還してやろう―――」

 

 

 

 

「や、め、ろ――――!」

 

 

 

 

 彼の悲痛な叫びに、陰陽師は淋しげに笑って。

 

 

 

 白蓮は、ふわりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

「―――――――お疲れ様でした。千年後の世で、また相見えましょう――――――」

 

 

 

 

 

「白蓮さん――――!!」

 

 

 

 

 

 ごう、と。もう殆ど見えない視界が、蒼い閃光に包まれるのを、何処か他人事のように感じながら。

 

 

 

 

 

 白蓮の意識は、深い闇の中に解けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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