一向に心が落ち着かない。
なんであいつが隣に?冗談抜きで?
こんなに早く再会ってなんなの?
あの卒業式の別れってなんだったのさ!
八幡「お、おい…川崎?」
沙希「な、なんだっ!」ギロッ
八幡「おわっ!?」
気付けば拳を握り怒鳴り付けているあたし。
あいつからすれば見慣れたものだろうね。
八幡「い、いや。固まってたから…」
そりゃあ固まるに決まってるじゃない。
逆にあんたはなんでそんな普通に話しかけてこれるのよ?
沙希「あ、ごめん。ついびっくりして…」
八幡「つい。で拳握るんじゃねぇよ…」ブツブツ
沙希「…何か言った?」ジロッ
八幡「…何でもねぇよ。」
どうやら話をまとめると。
同じ大学。同じアパートらしい。
まとめるほどのものではないけれどそういうことらしい。
沙希「あんたなんで同じ大学だって言わなかったのよ?」
八幡「俺も川崎が同じだとは聞いてない。その言葉そっくりそのまま返してやる。」
沙希「うざっ…。もういい。作業にもどるわ。」
久しぶりに会話をしたかと思えばこんな感じ。
普段から他人と関わらないもの同士だとこんなものなのか?
一人で部屋の片づけをしていると猛烈なくやしさが込み上げてくる。
沙希「もうちょっと、”よろしくな!”とか”元気か?”とかないのかよー…」
もう高校生ではない。
しかし高校時代のままのやりとりで何も変わってないことを痛感させられる。
もう少し大人びたやりとりにならないものかと考えたが、
少し前まで高校生だったのだから仕方ないのだろう。
沙希「ん~っ…」
あたしは外に出て背伸びをする。
考え事をしていたら作業が思いのほか捗った。
もう少しで終わりそうな勢い。
チラッと横目であいつの部屋の方を見る。
あいつ全然片付いてないじゃん…。
まだまだ部屋の外に荷物が置いてある。
汗をかきながらあいつが荷物を運んでる姿を見たら可哀想になった。
沙希「ねぇ。」
八幡「あ?今、はぁはぁ…忙しいから後にしてくれ…」
沙希「手伝ってあげる。」
~~~
気付けば夕方。ようやくお互いの部屋が片付き一息いれる。
初めて入る異性の部屋。
といってもダンボールだらけだけどね。
八幡「あ~マジ疲れた…。」
沙希「あんた荷物多くない?整理するのゾッとしそう。」
あたしの倍はあるのではと思うほどの量。
普通女の方が多そうな感じがするけど。
まぁ、お互い普通から外れてるからこんなものなんだろうか。
八幡「整理はボチボチやるわ。それより川崎助かった。すまんかった。」
沙希「いや、別に…。あたしの方はだいたい片付いてたし…。」
なんだ。素直にお礼言えるんだ。
もっとひねくれてると思ってたけど常識はあるらしい。
予想外の言葉だったから案外嬉しいものだ。
八幡「あ、そうだ。」
ガサゴソとダンボールを漁り始める。
1箱、2箱、3箱目。ようやくお目当てが見つかったらしい。
ダンボールに何が入ってるか書いてたらいいのに。
八幡「ほれ。」
沙希「おっと…。何これ?」
八幡「マッカン。」
沙希「いや、知ってるけども…。」
八幡「手伝ってもらったからお茶くらいはって思ったんだが今はそれしかねぇんだよ。」
沙希「あ、ありがと。」
てっきり終わったら即解散くらい覚悟はしていた。
でもどうやらまだここに居てもいいらしい。
てかあんたそのダンボールの中マッカンしか入ってないじゃん。
どんだけ好きなのよ…と思いつつ缶をあける。
沙希「うっわ…あま…。」
八幡「疲れた体にはこれが一番いいんだ。」
表情こそ変わらないけどおいしそう・・に飲んでいるんだろう。
二人して無言でマッカンを飲んでいる。
男と女が二人きりで部屋にいるっていうのにそれはどうなのさ。
二人きり…。急に恥ずかしくなってきた。
こんな状況想像なんてしてなかった。
八幡「俺後でコンビニに晩飯買いに行くけどついでになんか買ってくるか?」
優しさからなのだろうか。それとも気を遣ってのことなのだろうか。
後者なのだとしたらなんか嫌だな。
やっぱり気を遣わせてしまう相手なんだろうな。
それもそうか。今までの距離感からすれば当然のことなんだろう。
沙希「あたしはいいよ。自分で作るから。」
八幡「初日から自炊とかすげぇな…」
沙希「あんたって自炊とかしなさそうだよね。ずっとコンビニ弁当食べてそう。」
八幡「うっせ。」
たわいもない会話。だけど心地いい。
人と喋るのは苦手だけど今はもっと喋りたい。
あいつはどう思っているんだろう。
好きだからこうやって気になるんだろうか?
あまり好きって感情がいまいちわからない。
付き合いたいって思ってる?それもわからない。
なにせ初めての経験だから自分がどうしたいとかがはっきり言えない。
沙希「なんだったらあんたの分も作ってあげるけど。」
ふいに出た言葉。自分でも驚いている。
自分の口からこんな言葉が出るなんて。
八幡「いいのか?そりゃ助かるけど。」
沙希「簡単なもんしかできないけどそれで良ければ。」
八幡「じゃあ、お願いします…。」
沙希「じゃあ準備してくるから出来たら呼びにくるよ。」
八幡「すまんな。」
あいつの部屋を出たとたん汗がどっと出た。
あ、あたしなんてこと言っちゃったんだろう…。
変に思われなかっただろうか。
特に親しくしてた間柄でもない私にあんなこと言われて不愉快にならなかっただろうか。
対人スキルが乏しいあたしは嫌なことばかり考えてしまう。
嫌われたくない?あたしがあいつに?
自分の中で少しずつ何かが形になっていくのがわかった。
~~~
スゥ~。あいつの部屋の前で深呼吸をする。
なんで呼ぶだけでこんなに緊張しなくちゃいけないのよ。
あたしは高鳴る心臓を抑え込みノックする。
沙希「できたんだけど。」
八幡「おう。」
初めて異性の部屋に入り初めて異性を部屋に招いた。
1日でこれほどまでの事件が起こったことはない。
八幡「すげぇ片付いてるな…」
沙希「普通だから。そこ座って。」
誰かを招くことなど考えてもいなかったから二人でいっぱいいっぱいのテーブルに座る。
お互いの距離が近い。
八幡「そばか。」
沙希「言ったでしょ?簡単なものしか出来ないって。」
八幡「いや、ダシ作れる時点ですげぇよ。俺には無理だ。」
沙希「あんたほんとに大丈夫?」
八幡「まぁ炒めるくらいは出来るから問題ないだろう。」
沙希「栄養バランス偏りそうね…。」
八幡「そんなバランスまで考えて作れるか。主婦じゃねぇんだ。」
沙希「はいはい。それじゃ頂きます。」
八幡「…頂きます。」
まさか二人きりでご飯を食べる日がこようとは。
てかあんた何か感想言いなさいよ!
そんな黙って食べられたら緊張するじゃない。
不味…くはないよね?
いや、ホント。何か言ってよ…。
八幡「ごちそうさん。」
沙希「あ、置いといて。あたし片付けるから。」
八幡「いや、ごちそうになった訳だからこんくらいはする。」
沙希「う、うん。」
さっきも思ったけど割と義理堅い。
そういう家で育ったんだろうか。
でもそれなら味の感想くらい言ってくれたっていいのに。
すごいモヤモヤする。
八幡「じゃ、そろそろ部屋戻るわ。」
沙希「あ、うん。」
帰ってしまう。もう少し一緒に居たい。
でも、もう一緒にいる理由がない。
理由がないと一緒にいることの出来ない中途半端な間柄が憎い。
八幡「じゃあな。」
沙希「おやすみ。」
あいつは別れ際思い出したかのように呟いた。
八幡「そば美味かった。おやすみ。」
あたしは自分の目が丸くなってるのがわかった。
あいつは逃げるように自分の部屋に戻っていった。
恥ずかしくて言い出せなかったんだろうか。
沙希「もっと早く言いなさいよバカ。」クスッ
あいつのいなくなった部屋であたしは考える。
もう結論は出た。
自分の中の訳の分からない感情がはっきり理解できた。
あたしは恋をしている。
あいつに。比企谷八幡に恋をしているんだ。
一緒に居たい。もっと喋りたい。嫌われたくない。
こんなこと今まで誰にも感じたことはない。
そう、これが恋なんだ。
いざ答えが分かると視界がクリアになる。
さぁあたしはどうする?
ただ眺めてるだけじゃ世界は変わらない。
よし。あたしは小さく呟く。
近くもなく遠くもない二人の距離感。
この邪魔な距離をどうにかしないと。
沙希「やるぞあたし。距離感0にしてやろうじゃない。」クスッ
ようやくスタートラインに立てた気がした。
あたしの青春はここから始まる。
つづく