7月。遊園地に遊びに行ってから2ヶ月が過ぎた。
あれからかおりの計らいで3人で遊びに行ったりご飯を食べたりと割と充実した生活を送っていた。
春出会った頃と比べるとずいぶんと仲が深まったように思う。
正直かおりの計らいがなくともあたし自身で比企谷を外に連れ出せるようになっていた。
順調そのものだけどあたしには気がかりがある。
仲はそれなりにいい。いいんだけど…。
なんか比企谷から友達以上の感情が見えない。
たぶん比企谷側からすればあたしが友達以上の感情を持っているってことは気付いてると思う。
でも肝心の比企谷からは一切そういった感情が見えない。
順調なんだけどあたしは正直焦りがあった。
あたしは友達としか見られていない。それ以上にはなれないんじゃないかって。
あたしはかおり、由比ヶ浜、雪ノ下の顔が頭に浮かぶ。
やっぱり未練があるのかな。
あたしのことなんて眼中にないんだろうか。
最近のあたしはそういうことばかり考えてしまう。
沙希「あっつ…。」
今年は猛暑らしくイライラするほどの暑さが続く。
あたしはスーパーからの帰り道汗を流しながら急いでアパートに帰る。
とてもじゃないけどエアコンの効いた部屋じゃないと生きていけない。
そう思わせる程の暑さだった。
アパートもエアコンがなければ相当な暑さを誇る。
節約だとか思って買うのを渋っていたけれど今は買って良かったと心底思う。
沙希「あれ?比企谷?」
アパートまで帰ってくると自分の部屋の前でうなだれている比企谷がいた。
汗を流しながら水を片手にいつも以上に腐った目をしていた。
沙希「どうしたの?この暑いのに外なんか出て?」
八幡「あぁ…川崎…。暑いな今日も…。」
沙希「う、うん暑いよね。あんた大丈夫?顔色悪いけど風邪?」
八幡「いや…。エアコン壊れた。」
沙希「うそ…。この暑いのにヤバいじゃん。」
八幡「部屋の中より外の日陰の方がまだ涼しいからここに居るんだ…。」
言葉が弱々しい。同じアパートだから部屋がどれほど暑いのかは容易に想像できる。
沙希「修理とか頼んだの?」
八幡「今忙しいんだとさ。明後日の午前中には伺いますと言われた。」
沙希「うわぁ…。」
ゾッとした。この暑さの中明後日まで我慢しないといけないとか苦行以外のなにものでもない。
なにかあたしに出来ること…。
沙希「あ、じゃあ一緒にプール…行く?」
八幡「…プール。あぁいいな。プール。行くかプール。」
いつもはどこかに誘った時、一言目は必ず渋るのに今回は即答だ。
暑さで頭がやられているんだろう。
沙希「近くに小さくてあんまり綺麗じゃないけど市民プールがあるの。」
沙希「あんまり人がいないから比企谷も行けると思って…。」
八幡「準備してくる。」
そういうと比企谷は部屋に戻って行く。
普段は絶対に見せない俊敏さだ。
あたしは一緒にプールに行けるのが嬉しかったけどなんか不憫に見えた。
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八幡「はぁ~~~…。プール最高。」
比企谷はプールに浮かびながら満足そうな表情を見せる。
良かった。連れてきて。
八幡「川崎は入らないのか?」
沙希「あたし水着持ってないから水に足浸けとくだけでいいよ。」
嘘だ。水着は持ってるけど比企谷の前で水着になる勇気がなかった。
八幡「最初にそう言えば先に水着買いに行ったんだが。」
沙希「ううん。いいの!こうしてるだけで結構涼しいから。」
八幡「そうか?ならいいけど。」
沙希「あ、でも今度でいいから水着買うの付き合ってよ!」
八幡「おう。今度な。」
サラッとデートのお誘い。良かった断られなくて。
あたしも成長したもんだ。
比企谷は相変わらず浮かんで漂っているだけ。
それでもいつもは見せない表情が見れてあたしは嬉しかった。
~~~
八幡「…。やっぱり帰りは暑いな。」
沙希「だねー…。」
もう夕方になるけれど一向に暑さはおさまらない。
ニュースでも言ってたな。寝苦しい夜が続くって。
沙希「アイスでも買って帰る?」
八幡「そうだな。」
なんかカップルみたいな会話。思わず頬が緩む。
二人でコンビニでアイスを購入した。
この店員にもカップルに見えてるのかな?
沙希「ねぇ。晩御飯ウチで食べなよ。涼しいからさ。」
八幡「いいのか?助かる。」
よし。今のもナチュラルに誘えた。
一緒にアパートに帰って、同じ部屋に入る。
まるで同棲でもしてるみたい。あたしはまた頬が緩んだ。
沙希「ねぇ、何食べたい?あ、なんでもは禁止ね。」
八幡「なんか冷たいやつがいい。」
沙希「了解。」クスッ
~~~
八幡「ごちそうさん。」
沙希「ねぇ、もうアイス食べる?」
八幡「いや、持って帰って風呂上りにでも食うわ。」
言っていいのかな?こんなこと。
軽蔑されるのかな?
でもこのままじゃ比企谷可哀想だし…。
沙希「ね、ねぇ…。」
八幡「ん?」
沙希「……。」モジモジ
八幡「川崎?」
沙希「と、とまっ…。泊まっていきなよ!///」
八幡「…はい?」
沙希「だって部屋帰ったら暑くて寝れないでしょ!?」
八幡「いや…でも俺男なんだけど…。」
沙希「そ、そうだけど…。泊まったらなんか…へ、変なことするの…?」
八幡「い、いやそれは断じてない!」
いやいやそこまで拒否られたらなんか傷つくんだけど。
沙希「じゃ、じゃあ別にいいじゃん!」
八幡「…。」
今日の比企谷は暑さで相当やられている。
男だからだとか関係なくこの提案はすごくそそられるだろう。
八幡「…お前ホントにいいのか?」
沙希「あたしは全然平気だけど。」
平気じゃない!心臓バクバクいってる!
八幡「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…。」
沙希「う、うん!さすがに一緒にベッドはアレだから布団持ってきてもらえると助かる…。」
八幡「お、おぉ。とりあえず風呂入りに帰るわ。布団はその時持ってくる。」
沙希「わ、わかった。じゃああたしもお風呂行くから上がったら連絡するね!」
比企谷は分かったとだけ言い部屋に戻って行った。
沙希「こ、これは正解?失敗?さすがに引かれたかな…?」
でも言ってしまったものはしょうがない。
とりあえずあたしもお風呂行こうっと。
~~~
沙希「いつでも来ていいよ…っと。」
あたしは比企谷にメールを送る。
一緒に寝るとか大丈夫かな?
あたし寝れないかもしれない…。
ピンポーン
沙希「あ、来たかな?」
あたしは鍵をあけようと玄関に行った。
そして気付いた。
沙希「ご、ごめん比企谷!1分だけ待って!」
あっぶなー…。ついいつもの格好で出るところだった。
キャミにノーブラはさすがにまずい。
もうちょっと肌の露出を抑えないと。
沙希「ご、ごめんね!」
八幡「いや。いい。」
いつもの小さいテーブルを隅に寄せ比企谷の布団を敷く。
目の前のありえない光景に思わずドキドキする。
沙希「やっぱり部屋暑かった?」
八幡「おぉ。正直泊めてもらって助かる。」
沙希「あ、明日も別に泊まってもいいから!修理明後日って言ってたし…。」
八幡「いや、でもいいのか?」
沙希「いいって!明日日中もここに居てもいいから。」
いや、むしろ明日もいてください。
八幡「何から何まですまんな。川崎がここまで面倒見のいいやつだとは思わなかった。」
沙希「そりゃあたしあんたのことが好…」
っぶない!好きって言いそうになった!
沙希「い、いや!ほらあたし実家ではよくお母さんみたいって言われてたから!」
八幡「あー確かに。言われてみたらそんな気がするわ。」
沙希「で、でしょ!?」
八幡「おぉ。いいお母さんになりそうだわ。」
沙希「…っ!///」
やばい。今のはキュンときた。
そのお母さんの旦那は比企谷ってところまで想像してしまった。
沙希「そ、そうだ!アイス食べよ!アイス!」
八幡「おう。」
その後二人でアイスを食べながらテレビ見たり喋ったりして時間はあっという間に過ぎていった。
なんで楽しい時間ってのはこんなに早く過ぎてしまうんだろう。
沙希「あ、もうこんな時間。そろそろ寝る?」
八幡「そうだな。」
沙希「じゃあ電気消すから。」
八幡「おう。」
~~~
静かだ。エアコンの音くらいしか聞こえない。
今隣で比企谷が寝てるんだ。
どうしようやっぱり寝れそうにない。
でも。やっぱり比企谷からは何も感じない。
あたしの部屋で寝ることになってもいつも通り。
あたしにはやっぱり恋愛感情が湧かないのかな?
少しくらいソワソワしたりとかあるんじゃないかって思ったんだけど…。
駄目だ。こんな気持ちじゃ進めない。
やっぱり聞かないと。
沙希「…まだ起きてる?」
八幡「おぉ。」
沙希「ぶっちゃけた話しさ。由比ヶ浜と雪ノ下のことまだ未練ある?」
本当はかおりのことも聞きたかったけど、あたしはそのこと知らないってことになってるからね。
八幡「なんでそんな話しになるんだ。」
沙希「ただの興味本位。女ってそういう話し好きだから。」
恋愛経験のないあたしの口から言えることじゃないけどね。
八幡「未練はない。前も言ったと思うがこれで良かったんだ。」
沙希「高校の時、由比ヶ浜は結構泣いてたみたいだけど比企谷はいつも通りだったよね。」
八幡「感情ってのはおいそれと人に見せるもんじゃない。」
八幡「感情を。自分を表に出してしまったらきっと嫌われる。」
八幡「俺はそれで失敗してきたからな。だから俺はいつも通りにするだけだ。」
沙希「それって自分の気持ちを殺すってこと?」
八幡「過程はどうあれ周りがうまく回ることにこしたことはない。」
あぁ。きっとかおりとのことを言ってるんだろうなと思った。
あの時失敗したから。誰にも相談できずに自分で解決した結果がこれなんだろう。
由比ヶ浜と雪ノ下の時も自分を出せなかったんだろうな。
伝えてしまえば壊れるから。
また失敗するんじゃないか。
自分の為に二人が離れてしまうことはない。
だから自分が犠牲になることを選んだ。
でも本人は犠牲だとは思っていない。
それが1番だと。そうすれば皆が幸せになれると。
自分の幸せよりも他人のことばかり気遣っている。
歪んだ幸せの形だ。
沙希「でもそれって比企谷はどうやって幸せになるの?」
八幡「どういう意味だ。」
沙希「自分を押し殺してばかりじゃ幸せにはなれないよってこと。」
八幡「俺はこれしかできない。おいそれと変えることなんてできない。」
沙希「じゃああたしで練習しなよ。」
八幡「え?」
沙希「あたしにもっと比企谷の感情を見せて欲しい。」
八幡「無理だ。」
沙希「なんで?また嫌われるのが怖いから?」
八幡「……。」
沙希「あたしは嫌ったりなんかしないよ。友達じゃんあたしたち。」ニコッ
八幡「……。」
どうりで。比企谷からは何も感じないと思ったのはこういうことか。
あたしに嫌われたくないって思ってるんだよね?
だからあたしには何も見せない。
喜怒哀楽も恋愛感情も友情関係すらも。
見せてしまったら失敗すると思ってるんだ。
まぁあたしに恋愛感情があるかどうかは別だけど。
少なくともあたしは嫌われてはいないらしい。
それがわかれば今は十分だ。
沙希「もっといろんな比企谷が見てみたいってあたしは思う。」
沙希「このままじゃダメだよ。進めるなら進むべきなんだ。」
沙希「今だよ比企谷。今なのよ。あたしがしっかり見ていてあげるからいっぱい失敗しなさい。」
驚きの表情を浮かべる比企谷。
あれ?あたし何か変なこと言った?
八幡「まったく同じセリフを昔ある人に言われたわ。」
沙希「そ、そうなの?」
八幡「また聞くことになるとはな…。」
比企谷はクスっと笑うと「寝る」と一言言い放ちあたしに背を向ける。
結局それから話しかけても何も返してくれなかった。
まぁいっか。少しはあたしの言ったことわかってくれるといいな。
その夜気持ちが少し楽になったのか気付けば寝ていた。
次の日かおりにふたりで寝ているところを見られて言い訳が大変だった。
でも言い訳しながらもあたしと比企谷の顔はすっきりしていたと思う。
つづく