9月も中旬に差し掛かった頃。
まだ寝苦しい日々が続く中あたしは悩んでいた。
比企谷の誕生日を祝ってから次の一手が浮かばないのだ。
距離は確実に縮んでいる。しかし決め手に欠ける。
定期的にご飯をたべたり出かけたりはしている。
でももっと踏み込む何かが欲しい。
じゃないと今のままじゃ良いお友達止まりで終わってしまいそうで怖い。
沙希「あー。何かいいイベントでもないかなー…。」
あたしはテレビを見ながら今後の事に思い悩む。
沙希「こんなドラマみたいな恋愛ってありえないよね。」
現実ではありえないようなドラマの展開にあたしは苛立つ。
もっと為になるようなドラマってないんだろうか。
あたしはチャンネルを変える。こんなの見ても仕方ないから。
チャンネルを変える手が止まる。
テレビに映し出されるアレ。
あたしは叫ばずにはいられなかった。
沙希「いやああぁぁぁぁぁ!!!」
~~~
八幡「で?チャンネルを変えたらホラー映画だったと。」
沙希「……。」コクコク
八幡「はー…。そんなことか。何事かと思っちまったじゃねぇか。」
沙希「あ、あたしにとったらそんなことじゃない!」
八幡「強盗か何かかと思って包丁持ってきちまったよ。」
あたしが叫んだ後すぐに比企谷は飛んできた。包丁を握りしめて。
そりゃそうだろう。隣の部屋から尋常じゃない叫び声が聞こえるんだから。
あたしにとったら飛んできてくれたことは嬉しいはずなんだけど今はそれどころじゃない。
八幡「そういや昔修学旅行のお化け屋敷でも怖がってたな。」
沙希「あ、あたしホントにこういうのダメなんだって!」
八幡「まぁテレビ見る時は気を付けるんだな。じゃあな。」
沙希「…え?」
八幡「…なんだ?」
沙希「も、もう帰るの?」
八幡「…お前まさかまだ怖いのか?」
沙希「ち、違う!いや…違わない。怖い…。助けて…。」
八幡「助けても何も俺にできることなんて…。」
沙希「ひ、一人にしないで!お願い泊まっていって!」
八幡「お前…。子供じゃないんだから…。」
沙希「無理無理無理!子供でもなんでもいいからお願い!」
八幡「無理だ。前は理由があったが今回のは理由にならん。」
沙希「お願いだから~!うわぁああん!」
八幡「…はぁ。」
~~~
比企谷は諦めたのか泊まってくれることになった。
布団を取りに戻る時あたしも当然付いて行った。
怖すぎて一人になれないもの。
沙希「ご、ごめんね?とりあえずコーヒー入れるから。」
八幡「大学生にもなってお化けが怖いとか…。」
沙希「も、もういいじゃん!ほんとごめんってば!」
自分でも情けない。
でも嫌いなものは嫌いなんだから…。
沙希「ね、ねぇ。あたしお風呂入りたいんだけど…。」
八幡「んじゃ一旦帰るからまた連絡してくれ。」
沙希「違う。逆。お風呂入るけど怖いからここに居て。」
八幡「…それはダメだろ。」
沙希「べ、別に比企谷の前で脱ぐ訳じゃないから!」
八幡「当たり前だ。女としてどうなんだって話だ。」
沙希「そんなのどうだっていいからお願い…。」
八幡「そんなのって…。」
沙希「別に覗かれたって怒らないからお願い!」
八幡「覗かねぇよ!」
沙希「そ、そんなに拒否らなくてもいいじゃない!」
沙希「ちょっとくらい覗こうとかない訳!?そりゃあたしの裸なんて見てもおもしろくないかもだけど…。」
八幡「わかった!わかったから!ここに居るから早く行ってくれ!」
~~~
沙希「…ただいま。」
八幡「…おかえり。」
沙希「ほんとに覗きに来なかったんだ。」
八幡「もういいだろその話は。」
覗きに来られても困るけど来なかったら来なかったで女としての魅力が無いのかなって思ってしまう。
八幡「んじゃ寝るか。」
沙希「ちょっと!早いよ!まだ10時なんだけど?お風呂あがったところなんだけど?」
八幡「別にもうすることなんてないだろう。」
沙希「比企谷。もうちょっとその性格なんとかならないの?」
八幡「うるさい。俺はこれが通常運転だ。」
沙希「ちょっとくらいお話ししようよ。」
八幡「…ちょっとだけだぞ。」
沙希「大学入ってから友達できた?」
八幡「別に。いなくとも問題ない。」
沙希「でしょうね。大学で比企谷が誰かと居るところみたことないから。」
八幡「わかってるなら聞くなよ。」
沙希「でも大学生なんだからさ。か、彼女が欲しいとか思ったりしないの?」
八幡「別に思わん。養ってくれる物珍しい人間が居たら別だが。」
沙希「まだそんなこと言ってるんだ。」
八幡「当たり前だ。そこは譲らん。」
沙希「じゃ、じゃあ養ってあげるって娘がいたら付き合う?」
八幡「まぁ人によるかな。」
沙希「何それ。理想高すぎ。」
八幡「夢を見るのは自由だからな。」
沙希「じゃあ自分が人を好きになることってないの?」
八幡「ないな。振られるのがわかりきってて好きになるとか拷問だろ。」
沙希「でもかおりには告白したんでしょ?」
沙希「…あ。」
八幡「…やっぱり聞いてたのか。」
沙希「ご、ごめん!言い出しにくくてその…。」
八幡「あれは気の迷いだ。今でもなんであんなことしたのかわからん。」
沙希「…今でもかおりのこと気になるの?」
八幡「別にもう終わった話だ。今さら関係ないさ。」
沙希「…もしかおりに今告白されたらどうするの?」
八幡「この話はもういいだろ。そろそろ寝るぞ。俺は眠い。」
沙希「え?ひ、比企谷?」
そういうと比企谷は布団にもぐり込んだ。
何かから逃げるように。
なんで否定してくれなかったの?
やっぱりかおりのことがまだ好きなの?
それとも由比ヶ浜や雪ノ下が忘れられない?
いつもそうだ。恋愛話になるとすぐにごまかして逃げる。
何か隠してることがあるんでしょ?
胸がチクチクする。
勝手に距離が縮んだって思い込んでただけなのかもしれない。
きっとあたしは仲のいい友達止まりなんだろう。
そう思うと涙が出る。
これが失恋っていうものなのかな?
でも直接振られた訳じゃないけど…。
けど比企谷は何か隠してる。それは確実だ。
思い返せば不審なところはいくつもあった。
あたしが踏み込もうとするとうまくかわされる。
まるであたしに近づいてきてほしくないように。
なかなか縮まらないと思ってた距離。
縮まらないんじゃなくて縮めさせてもらえないんだ。
それは何故?
あたしには恋愛感情がないから?
好きな人がいるから?
もしくは…。
沙希「もしかして彼女いるの…?」ボソッ
寝息をたてる比企谷にボソッとつぶやく。
考えないようにしてたけれど彼女がいるなら踏み込ませてもらえない理由になる。
いないにしても好きな人がいれば説明がつく。
心がざわつく。なんだか久しぶりに味わう感覚。
そんな心のざわつきを遮るように携帯の音が響く。
沙希「あたしのじゃない?比企谷の携帯か。」
テーブルの上で音を立てる携帯。
こんな時間に誰なんだろう?
沙希「比企谷?け、携帯鳴ってるよ?」
声をかけても起きない。
駄目だってわかっている。でもこの衝動を抑えきれない。
沙希「比企谷?出ないの?」
意味のない問いかけだとわかっている。
聞いたのは少なからず罪悪感を減らしたかったからだろう。
後悔するかもしれない。
でもあたしはもう自分自身を止めることは出来なかった。
鳴り続ける携帯。
あたしはそっと携帯を覗き込む。
そこに表示されていた着信者の名前を見る為に。
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八幡「…ん?」
沙希「あ、おはよう比企谷。」
八幡「もう朝か…。」
沙希「今朝ごはん作ってるからちょっと待ってて。」
八幡「悪いな。よく眠れたか?」
沙希「おかげさまで。助かったよ。」ニコッ
八幡「そりゃよかった。」
~~~
八幡「ごちそうさん。」
沙希「どういたしまして。」
八幡「悪いけど今日予定あるから帰るわ。」
沙希「珍しいじゃん。あ、そういえば比企谷寝た後携帯鳴ってたよ?」
八幡「え?あ、ほんとだ。」
沙希「もしかして彼女とか?」ニヤニヤ
八幡「ちげぇよ。妹からだ。」
沙希「つまんないの。」
八幡「んじゃ。またな。」
沙希「うん。気を付けて。」
部屋を後にする比企谷。
沙希「……嘘つき。」
誰もいなくなった部屋であたしは呟く。
沙希「着信小町ちゃんじゃないじゃん。」
ひとり浮かれててなんかバカみたいだ。
沙希「今日の予定って何よ?」
涙があふれてくる。
沙希「なんで嘘つくのよ…。」グスッ
やっぱり見るんじゃなかった。
あんな浅ましい真似をしてしまった自分が憎い。
あたしが見た着信者の名前は小町ちゃんではなかった。
嘘をつかれたってことはそういうことなんでしょ?
そこにあった名前は…。
”由比ヶ浜”だった。
つづく