相棒 アナザーエピソード 藤色の秘密【相棒×源君物語】   作:十宮恵士郎

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後編(解決編)

 紫雲大学のキャンパス、その広い中庭。

 その中央付近に、杉下と神戸は立っていた。

 昼休みを過ぎた今、大学は午後の講義の時間に入っており、

昼休みの時に比べると、キャンパスを歩く学生の数はめっきり減っている。

 そしてその、数少ない学生の1人が――特命係の2人の方へ歩いてくる。

 ショートの髪に、丸眼鏡の女性。

 ――萌木若菜。

 以前、山吹教授に関する証言を、2人に頼まれた学生だ。

 

「あの……何なんでしょうか?

 事件に関する大事なお話って」

 

 2人のところへ来ると、萌木は開口一番そう切り出した。

 それに対して杉下は、

 

「実は、山吹教授が犯人ではない、ということがはっきりしました」

 

と言う。

 萌木は首を傾げた。

 

「……そうなんですか? あの様子だと、山吹先生ならやりかねないな、

 って思ってたんですけど……」

「しかし、彼女がやったという決定的な証拠もない。

 そう思って、彼女のアリバイを詳しく洗っていったんです。

 そうしたら、事件当日、彼女は妻子のある男性と隠れて会っていたということがわかりました」

「えっ……?」

「近衛教授に未練はあったようだけど、結局今の恋人ではなかったみたいだね。

 しかし、彼女の恋は表沙汰にできない類のものだった。

 自分と相手のキャリアに傷がつくことを恐れて、黙っていたというのが真相のようだね」

 

 神戸は補足する。

 萌木は意外そう顔つきで杉下に訊く。

 

「……じゃあ、また犯人がわからなくなった、ということですか?」

「いえ。あらかじめある程度の目星はついていました。

 それを確かめるために、被害者の少女が暮らす地域の監視カメラを全て確認しましてね」

「監視カメラ……?」

「そのカメラに、不審な人物が映っていないかを確認するためです。

 そして……この映像が出てきたんですよ」

 

 杉下は何気ない仕草で、萌木に1枚の写真を差し出す。

 萌木はそれを受け取り、見て――尋常でない様子で、驚愕した。

 それもそのはず。

 カメラに映し出されていたのは、服装こそ大きく異なっているが

他でもない――彼女自身だったのだから。

 

「え……あ……こ、これってどういう……」

「これはあなたが、被害者の少女が暮らす地域に足を運んでいたという動かぬ証拠です。

 そこで、あなたの写真をあの地域の方々に見せてまわったのですが……

 あなた、何度もあの界隈に姿を見せているようですね。

 ……あなたの通学の範囲から、大きく外れたあの地域に。

 あなたが、小学校の前をうろついているのを見た、という人もいましたよ?」

 

 杉下の鋭い視線が、萌木に突き刺さる。

 たちまち、彼女の呼吸が荒くなってきた。

 だがそれを隠そうとするかのように、唾を呑みこみ、杉下に食ってかかる。

 

「そ……それが何だって言うんですか!!

 そんなことだけで、私を犯人扱いするっていうんですか? 暴論にも程があります!」

「では、あなたはなぜ、藤原香子さんに関する物証のことを知っていたのでしょう?」

「…………え?」

「この前、あなたにお会いしたとき、あなたは言いました。

 

『そんな小物1つだけじゃ、大した証拠にはならないでしょう』

 

 おかしいじゃありませんか……誘拐現場に落ちていた物証が何なのかは公表されておらず、

 僕たちもそれを口にはしていない。

 なのになぜあなたは……証拠となる物が服や鞄などではなく

“小物”だと知っていたのでしょう?」

「あ……ああっ……!」

 

 萌木が、目を見開き、一瞬だが口を隠すような動作をする。

 それを見計らうかのように、神戸が口を挟んだ。

 

「実は、女の子と藤原さんが発見された旧校舎の教室には、

 2人のものとは異なる毛髪が落ちていたんだ。

 今のところ、その毛髪に該当する人物は浮かんできていないけど……

 君の毛髪を採取させてもらって、DNA鑑定をすればはっきりするかもね。

 その毛髪が、一体誰のものなのか」

「……っ…………!」

 

 事ここに至って、もはや萌木は動揺を隠そうともしなかった。

 焦り。恐怖。苛立ち。落胆。

 様々な感情が顔に浮かんでは消える。

 だが……最後に浮かんだ表情は、1つだった。

 かたくなな……拒絶。

 

「……違う。…………違う!! 私はやってない!!」

「まだそんなことを……」

「やっていないの! ……第一、動機は? そう、動機がない!

 私には、山吹先生を陥れる動機なんて!!」

「そう……そこが一番の問題でした。

 あなたには、山吹教授を陥れる動機はない。ならばなぜ犯行に至ったのか。

 そこに気づくまでに随分と時間がかかりました。

 なぜなら、前提がそもそも間違っていたからです」

「前提が……間違っていた?」

「そう。あの誘拐事件が、山吹教授を陥れるために仕組まれたものだという前提ですよ。

 実際のところは、あなたにとって山吹教授はどうでもいい存在だった。

 ただ、事件の犯人として捕まる人間が必要だったから、近くにいた教授を選んだだけのことです。

 あなたの本当の目的は、違う。

 それは…………藤原さんの計画を、台無しにすることですよ」

 

 その瞬間、萌木の顔からあらゆる感情が消えた。

 何も映さない、ゼロの表情。ゼロの瞳。

 その状態で彼女は、杉下の推理を聞いている。

 

「…………あ…………」

「あなたは知っていたのですね? 藤原さんが甥の光海君に、光源氏の役を演じさせていること。

 彼にたくさんの女性をあてがっていること。

 そして…………その藤原さん本人も、光海君に惹かれているということに」

 

 杉下は、ここまで言って沈黙した。

 じっくりと間を置いて、萌木の出方を伺っている。

 だが萌木が何も言わないので、仕方なく言葉を継ぐ。

 

「藤原さんは……恐らく源氏物語で言うところの、藤壺中宮に自分を位置付けているのでしょう。

 それが元から計画されていたことなのか、それとも光海君への好意がたまたま生じた結果、

 そういった役回りを演じることになってしまったのか、それはわからない。

 しかし、今の彼女は、限りなく藤壺中宮に近い心境になっていること、これは確かです。

 彼女が藤壺中宮の心境を引き合いに出して僕を非難したことも、

 そう考えれば納得がいく」

「…………はは…………」

「話していただけませんか、本当のことを」

 

 杉下が、再度萌木を見る。

 その表情を見て、ついに観念したのだろう。

 萌木は語り始めた。

 

「……あの人は、私のすべてだったのよ。生きることなんてくだらないと思ってた。

 どうせ生きていてもいいことなんてないと思ってた。

 でもこの大学に入って、あの人に出遭って……すべてが変わった。

 生きることが本当に楽しいと、思えるようになったの」

「それが、君が藤原さんに対して抱いている感情なのか」

「ええ。自分でもよくわからない……

 でも人を愛するって、こういうことなのかもしれないわね。

 私は……あの人のこと、ずっと傍で見守っていきたかった。

 そしてできれば……私のことも見てほしい、そう思ってた。

 でも……でも、それは無理だって、気づいちゃったんだ

 なぜなら…………」

「彼女が今一番に望んでいることは、特定の学生と親しくすることではなく、

 自分の甥を光源氏に仕立て上げることだと、知ってしまったから」

 

 神戸の指摘に、萌木は頷く。

 

「そう。調べていけばいくほど……香子さんがあの甥っ子をどれだけ大事に思っているか、

 すごく伝わってきたわ。

 でも…………でも! おかしいじゃない!!

 あの男には、もうたくさん、十分すぎるぐらい恋愛する相手がいるのよ!?

 なのに何で、何で……その上で私から香子さんを奪わなきゃいけないの!!?」

 

 萌木は、感情を剥き出しにして叫ぶ。

 嫉妬。絶望。途方もない怒り。

 そういった心の衝動が、眼鏡の奥の瞳からほとばしり出る。

 

「……だから、あなたは決意したんですね? 藤原さんが光海君に託した計画を潰すことを」

「ええ。……あの男を殺すことも、最初は考えたわ。

 でも…………結局あの男は死んでも、香子さんの心に残り続ける気がしてね。

 だったらいっそ、あの2人が一緒にいること自体が辛いことになればいいと思った。

 それで、香子さんを少女誘拐犯に仕立て上げたの。

 世間的に誘拐犯扱いされることになれば、例え香子さんが無実だと信じていたとしても、

 あの男の心にはわずかでも疑念が残る。

 それが結果的に、あの2人を引き裂くことになる。

 ついでに、香子さんの社会的な信用がなくなれば、あの男の新しい恋人候補も、

 怖がって香子さんに近づかなくなるだろうしね。

 一石二鳥だって思ったんだ」

「そして、孤独になった藤原さんに、あなたは取り入る」

「……そうなったらもう誰も、先生をちやほやする相手はいないだろうしね。

 私だけが、あの人の理解者になってあげられる。

 私が……あの人の特別になるんだ…………ふふ」

「何を、笑っているんですか」

 

 投げやりな笑みを浮かべた萌木に、杉下が食ってかかる。

 その顔に浮かんでいたのは、怒りだった。

 ……勝手な理屈で自分の犯行を正当化しようとする犯罪者に対する、怒りだ。

 

「だって……だって! 私が幸せになる道は、それしかなかったんだもの。

 あの人にあの男を……源光海を諦めて私を見てもらうには、これしかなかった!」

「いいですか……あなたは藤原さんへの感情を、愛だと言っていましたが。

 その愛する人を社会的に追い詰めて、周りの無関係な人間まで巻き込んでおきながら

 自分は安全な場所にとどまり、自分に都合のいい結果だけを享受する。

 そんなもの……愛などではありませんよ!!」

「……う……ぐ……う、うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 杉下の、最後の一押し。

 その一押しで、萌木の最後の意地は崩壊した。

 絶叫し、拳を地面に叩きつけて、自分の行いを呪う。

 そんな彼女のもとに、いつものように伊丹たち捜査一課の3人がやってきて、

彼女に手錠をかけ、警視庁へと連れていくのだった――。

 

 

 

 

 

 

「……まさか、犯人が香子さんの教え子だったなんて……」

「ええ。僕たちも最初知った時は、驚きました」

「……でも、いくら恨みを持っているからって、無関係の女の子を誘拐した上に

 香子さんを誘拐犯に仕立て上げるなんて……そんなの、おかしいです」

「うん……僕たちも、そう思っているよ」

 

 以前光海と香子と一緒に話したあの喫茶店。

 そこで特命係の2人は光海に会い、事件の結末を話していた。

 光海に一つ一つ説明しながら、杉下と神戸は密かに視線を交わす。

 ……結局、萌木は犯行を認めながらも、動機については本当のこととは違った供述をした。

“自分は藤原香子を恨んでいた。だから誘拐犯に仕立て上げて汚名を着せた”

“山吹澪生の私物を現場に落としたのは、捜査を撹乱するためにしたことだ”と――。

 そう言う意味では、真実が公になることはなかった。

 しかし、杉下と神戸は、それで納得していた。

 

(……多分、それが彼女なりのけじめなんだろうな。

 香子さんや、光海君を、これ以上自分のわがままに巻きこまないための)

 

 少なくとも神戸は、そう考えていた。

 なので、光海の前でも、萌木が語った本当のことは明かしていない。

 

「しかし、藤原さんにとっては、これで本当の意味で汚名がそそがれることになりましたね」

「ええ……ゼミも講義もまた始まりましたし、これで元通りです。

 オレたちもまた前みたいに、一緒に暮らしていくことができそうです」

「これからも、叔母さんとの二人暮らしは続けるのですか?」

「ええ。香子さん、いろいろ胡散臭いところもあるけど……

 それでもいろいろと話し合って、うまくやっていきたいと思います。

 あの人は……オレの、大切な人ですから」

 

 そう言って、光海は照れくさそうに頭をかく。

 そんな光海を、杉下と神戸はにこやかに見守っていた。

 ――表向きは。

 

 

 

 

 

 

「……結局、萌木さんが意図した、藤原さんの計画の破綻は成らなかった。

 つまり……藤原さんの計画は、これからも続いていくってことなんですよね」

 

 特命係の部屋に帰ると、神戸がぽつりとそう呟いた。

 杉下が答える。

 

「そうなりますね」

「そして、二人の秘密の計画が続く限り、二人が一線を越えてしまう危険も残り続ける。

 甥と叔母という危険な関係――僕としては、思いとどまって欲しいものですけど」

「光海君は……優しさとは何か、思いやりとは何かということをちゃんと知っていると思います。

 少なくとも、欲望におぼれて自分を見失い、家族を傷つけることはないはず……

 僕はそう信じています」

「そうですね……」

 

 肯定する神戸だが、その後に言葉が続かない。

 しばしの沈黙。

 それを破るように、杉下が言う。

 

「神戸君、今日、花の里に寄りませんか」

「いいですね、行きましょう」

 

 その言葉で、2人は身支度を始める。

 そして部屋を出るその前に――

 神戸が、思いついたように言った。

 

「杉下さんにもありますか。家族が恋しくなるときが」

「……ないわけでは、ありません」

「花の里に行くときに、そう思ったりはしませんか」

 

 神戸の問いに、杉下は少し考えた後――

 

「そういうことも、あるかもしれません」

 

 少し笑って、そう言うのだった。

 

 

<了>




どうも、十宮恵士郎です。
人気ドラマと人気漫画、でも二次創作小説が作られることは少ない、
そんな作品同士のコラボでしたがいかがでしたでしょうか。

本当は、黒い裏のある六条美也子さんの真実を右京さんが暴いていく、
なんて話も書きたかったのですが、そこまでやると『源君物語』の本編の方に
抵触するのでやめにしました。
この話の中では香子さんが警察にしょっ引かれて行っていますが、
結局は冤罪とわかって解放されているので『源君物語』本編と同一時間軸の話として
読むことも不可能ではないかな? と思っています。

『相棒』を二次創作ノベライズするのは今作が初めてでして、今回は(前書きに書いた)
作劇の都合上、神戸さんにご登場願いましたが、
次があるとすれば、冠城さんたちも活躍させたいです。
(あと、今回、構成の都合上一切出てこれなかった米沢さん)

ともあれ、最後までお読みくださりありがとうございました。
縁がありましたら今後ともご贔屓ください。

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