インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
#11 華のIS学園
針の筵と言う言葉がある。
要約すると、居心地が悪いと言う意味なのだが、俺は今その状況に立たされている。
腰まで伸びていた髪の毛は千冬に肩甲骨辺りまで切り落とされて、後ろにゴムで纏めている。
前髪も整えてオールバックにし、目つきが悪いと千冬に言われたので仕方なく伊達メガネを着用。
衣服もいつもの一張羅ではなく、パリッと糊の利いた新品のスーツを着用している。
色は好みの問題で黒…ネクタイは流石に赤にしたけども。
兎も角、どこに出ても恥ずかしくない社会人らしい恰好で、俺は今教壇に立たされている。
では何故居心地が悪いのか…それはこの場所が他ならぬIS学園であるからだ。
言うまでも無くIS学園は女性しかいない、一部の…いや、殆どの男性垂涎の環境だ。
しかも右を見ても左を見ても、なんだったら後ろを見ても将来有望な美少女ばかりだ。
IS乗りは必然的に顏を晒し、体型も晒しとなるので自分に自信のない奴は積極的に関わろうとは思わないのかもな。
それでも特権だけは振りかざしてくるんだけども。
話を戻して…ISに関わる分野において、女性の比率が大きくなるのは避けられない問題であり、俺なんかが教壇に立つなんてことは本来はあり得ない訳だ。
痛む筈のない胃がジクジクと痛んできている気がするぜ…。
「あ、あのぅ…とりあえず自己紹介だけでも…」
「そだな…まぁ、うん…」
隣に立っているこの教室…1年1組の副担任である、山田 真耶は物凄く申し訳なさそうに両手を胸の前で組み合わせて見上げる様にして此方を見上げてくる。
両手を胸の前で組んでいる所為で、あのオッパイお化けの束を越えるサイズの胸が腕に押し潰されて形を変えている。
う~ん、でかい…。
至ってポーカー・フェイスを気取っているので、そんな思考は読み取られていないだろう…っつーか、読み取られたら俺は社会的に…死ぬ…ッ。
「あー、アモン・ミュラーだ。まかり間違って大道芸人から学園勤務の教師見習いになった。安心しろ、ISは教えない。教えるのは一般教科の方だ」
「「「……」」」
「え、えっとぉ、皆さんご存知の通り此方のアモン先生は世界で二人目の男性適性者です。ISに関する座学、及び実技は皆さんと混ざって学んでもらう形になりますのでよろしくお願いしますね」
真耶が補足する様に俺の立場を説明すると、教室に居る生徒からは好奇の視線、敵意の視線、安堵の視線――最後のは言うまでも無く教団の真ん前に居る一夏からの視線――…様々な視線が俺に突き刺さる様に注がれる。
真耶が言った様にISに関してズブの素人である俺は、この1組の教室でISに関する授業を受ける事になっている。
流石に、ISに関わっていない人間が教鞭を取るなんてことは許されないからな…妥当っちゃ妥当だろ。
とは言え、そう言った座学や実技の合間に少ないとは言え、給料分のお仕事はきっちり熟さなきゃならないんで、非常に忙しい生活になりそうなんだが。
IS学園において一般教科ってのは、あまり重要視されていない。
あくまでも、ISに関わる人材を育成する事がメインとなっているからだ。
ぶっちゃけ、いらない子扱いされるのが目に見えている。
「何か質問あったら答えるが…あるか?」
「「「はい!!!」」」
「お、おう…じゅ、順番にな…?」
痛いほどの沈黙を打破するために教室全体を見渡して質問を募ってみると、まるで餌が仕掛けられた釣り針に食いつく熊…いや、魚の様に一斉に手が上がる。
ほぼ教室内に居る人間全員の手が上がり、、それだけ男性と言う存在が珍しいんだと言う事を認識させられる。
ただまぁ、一夏まで手を上げているのはどうなんだろうか?
「じゃ、まぁ…自己紹介ついでに質問してみろよ、一夏」
「お、おう。と、とりあえず自己紹介から…」
一夏を指名すると、女子からはガッカリした様な溜息と同時に、親し気な雰囲気を見抜かれたのか少しだけざわついた空気が漂ってくる。
俺は手で一夏に立つように促し、様子を見守る。
さて、一夏はある意味俺より特殊な立場の人間だ。
織斑 千冬の実弟、篠ノ之 束が心を許している数少ない人間、そして…世界で最初に確認された男性IS適正者だ。
ほぼ同時期に俺も動かしているとは言え、人間関係から考えて何かしらの因果関係を推測されている一夏は、世界でも注目の的になっている。
なんせ、テレビでも勝手に特番を組まれて紹介されるくらいだからな。
まぁ、それは俺にも言える事なんだが、交友関係が謎に包まれている俺は番組で好き勝手言われてたなぁ…大富豪の放蕩息子とか、元ヤクザのチンピラとか。
あぁ、でも芸人として公園で芸を披露していた時の映像を何処からか拾ってきて流してくれたのは嬉しかったか。
CGだとか何だとか言われた時は憤慨したが。
「織斑 一夏です!」
「「「……」」」
一夏は力強く名前を名乗り、背筋をピンと伸ばしている。
皆生唾を飲む様に神妙な面持ちで一夏の自己紹介を待ち続けるが、一夏も一夏で何を言うべきなのか迷っているのか中々続きを切り出せないでいる。
色々と言うべきことはあると思うんだよな…姉ちゃんの世話をする過程で異様に家事が得意になった事とか、中学時代モテすぎて男に恨まれ…は無自覚だから無理か。
…鈴の奴に何度相談されたかわからないな…今日も女をたらし込まれたとか、どうすれば女らしくなるだとか…。
元気にしてるかねぇ…なんて思いながら無意識に懐に忍ばせていた煙草を取りだそうとして、頭に凄まじい衝撃が走る。
あまりの衝撃に前につんのめって痛みに悶えると、俺の耳に鋭いナイフのような声色が飛び込んでくる。
「貴様、SHR中に煙草を吸おうとするんじゃない」
「っったー!!千冬!叩くことねぇじゃねぇか!?」
涙目で俺の背後に立っていた人物、織斑 千冬は手に持った出席簿の背表紙で自分の肩を叩きながら、俺の事を見下す様に見つめてくる。
…出席簿から煙がでてるんだが…。
俺は頭をさすりながら体勢を整え、千冬の背後の黒板に手を突きながら詰め寄る。
「お前な!せめて口頭注意にしろってんだよ!俺だから良いものの、他の奴らにやったら首が消し飛ぶっつーの!」
「フン、貴様だから加減無しでやってやっただけだ…それとも、貴様はその程度で音を上げるのか?」
「ち、千冬姉!それにアモンも落ち着いて!!」
千冬の膂力は人間の範疇を軽く超えている。
あれは、IS適性検査の片づけを手伝わされていた時だったか…ISのクソ重い装甲版を片手で軽々と持ち上げて運んでいたのを見てしまった。
ゴリラなんてもんじゃ断じてない…もっと恐ろしいものの片鱗を見てしまった気分だ。
千冬ならISに乗らなくても、ISを打倒できる気がする…。
互いに一歩も退かずに睨み合っていると、背後の生徒達から凄まじい視線を感じて思わず顔を向ける。
「「「き…」」」
「…き?」
「「「キャーーーッ!!!」」」
衝撃波もかくやと言わんばかりの大音量の悲鳴が教室を駆け巡り、俺と一夏の体に叩き付けられる。
あまりの声量に思わず両手で耳を塞いでしまうほどだ。
喜びや悲哀その他諸々が混ざった悲鳴は、びりびりと窓を振動させる。
ちら、と横目で真耶を見ると顏を真っ赤にして悲鳴を上げていやがる…。
「ち、ちちち千冬様!生千冬様よ!!」
「壁ドン!壁ドン!!」
「千冬様!そこにいるどこの馬の骨とも知れないヤクザ崩れと付き合っているのですか!?」
「誰がヤクザだコラ」
千冬はこの業界において、引退しているにもかかわらずトップの人気を誇る女傑だ。
ISにおいて一番有名なのは誰かと問われれば、間違いなく千冬と言われる。
それだけ、千冬の選手としてのスター性は凄まじいものがある。
強く、美しく、なによりも実直なその性格が、男性だけでなく女性のハートを射止めたんだろう。
「まったく…毎年毎年似たような輩ばかり集めて…」
「いや、IS業界の人間としちゃ当然の反応じゃねぇかなって…」
「織斑、貴様もまともな自己紹介くらいしてみせろ!」
「無視かよ!?」
千冬の言葉に反論してやると、それを無視して一夏をキツめに睨んで叱責する。
一夏は普段とは違う千冬のその様子に体を少しだけビクつかせ、しかし疑問を解消するべく口を開く。
「な、何でこんな所に居るんだよ、千冬ねっえっ!?」
「ここでは織斑先生だ」
「ま、マム・イエス・マム…」
しかし、千冬は聞く耳持たないと言わんばかりに手に持っていた出席簿を一夏の頭に叩き落として強制的に座らせる。
音を聞く限り、確かに俺よりは加減している辺り区別はつけてるのか…なんて思っていると俺の足を千冬が思い切り踏みつけてくる。
こいつ、俺が頑丈なのを良い事にサンドバックにするつもりじゃないだろうな!?
「千冬姉…って…本当に姉弟なんですね!?」
「羨ましい…千冬様の傍に居られるなんて…」
…あの汚部屋を見ても同じことが言えるのか知ってみたい気はするものの、俺とて命は惜しいので黙っておくことにする。
それに夢見る少女の夢を壊しちゃならねぇ…やっちゃいけねぇんだ…。
俺が家を出るまでにある程度は改善出来ていたんだが…何処まで片付けられる様になったのやら?
「さて…SHRは終わりだ。諸君らには半月でISの基礎知識を骨の髄まで叩き込んでもらう。代表候補生であっても例外は無い。皆等しく扱わせてもらう。文句がある者は前に出て反論して見せろ」
「「「……」」」
辛辣、ともいえる様なその言葉には、決して落ちこぼれは出させないと言う意志の顕れ。
ISと言うものを熟知しているからこそ、ISに関わるものをしっかりと育て上げようと言う矜持なのかもしれないな。
いい加減踏んでる足をどけてもらいたいが。
「ないな?私の言う事には必ずハイ、もしくはイエスで答えろ。反論は許さん。基礎知識習得後に実習となるが、コレも半月で身に着けてもらう…いいな!?」
「「「ハイ!!」」」
千冬からあふれ出る鬼教官のオーラ…恐らくドイツでの経験を活かしてのそれは、あっという間に教室内の生徒の心を掌握していく。
あの一夏でさえ、条件反射で返事をするくらいだからな。
千冬は全員の反応に満足したのか、小さく頷いてから俺の方へと目を向けて踏んでいた足を退ける。
「では、これよりIS基礎理論に関する授業を始める。アモン、貴様は後ろにある席について受けろ」
「お、おう…」
千冬に指示されるまま、後ろに一つだけ空いていた席に向かって教壇から歩いていく。
基礎理論や何やらに関しては、束からあの手この手で叩き込まれたので問題は無いと思う。
問題は、この女子特有の雰囲気になれるかどうかなんだが…無理そうだな…。
「もうダメだぁ…おしまいだぁ…」
「諦めんのはえぇよ…ちったぁ、気合入れてやれっつーに」
一時限目終了後、俺は質問責めに合う事を避けて一夏の元まで向かう。
色々と詮索され過ぎるのもウザったいからな…変に想像されるのも御免こうむりたいが。
一夏は事前に知識を蓄えていなかったのか、最早頭から煙を出して突っ伏している。
俺はそんな一夏の頭をくしゃっと撫でて労う。
「しっかしまぁ、束の悪戯とは言え面倒な事になっちまったなぁ」
「あれ、束さんの悪戯だったのか…そんな事より!今まで何処ほっつき歩いてたんだよ!?」
一夏は俺に頭を撫でられていると、勢いよく立ち上がって俺の事を睨み付けてくる。
どうも、定期的に連絡をしてこなかった事に腹を立てているらしい。
俺は手で一夏を宥めて落ち着かせる。
「南半球をぐるっと回ってきた感じか…文化圏が違うと食い物も変わるから、旅ってのは飽きねぇよなぁ」
「連絡くらいいてくれたっていいじゃないか!野垂れ死んだのかと思ってたんだぜ?」
「ハッ、俺が強ぇのはお前も知ってるだろうが」
一夏の背を一度強く叩いて気合を入れなおさせる。
ガキに心配してもらうほど落ちぶれてもいないしな…一夏は背中の痛みに軽く唸りながら、もう一度机に突っ伏して恨み節の様に俺を睨みつけながら文句を垂れてくる。
「連絡なくなった辺りから千冬姉は挙動不審だし、俺だって寂しかったし…心配だってするじゃないか」
「千冬がねぇ…ま、こうして再会したんだし、手が空いてたらまた鍛えてやんよ」
千冬が挙動不審…すごく興味があるな。
その時の映像があるのなら、是非とも拝見してみたいものだ。
一夏は俺が鍛えてやると言う言葉に、不満たらたらだった顏を改めて物凄く嬉しそうな顔になる。
「アモン先生の課外授業…」
「これは…アリね…」
「漫研あるって言うし、依頼しようかしら…」
非常に不穏な声が聞こえてくるが、俺はそれらを努めて無視をする。
この年齢の少女の妄想はまず止められない…放置しておくのが良い…具体的には黒歴史になるまで。
なったら、逆にイジれるからなぁ…ククッ…。
「で、お前の方はどうなんだよ?」
「変な研究機関の人とか宗教家とか色々家に押し寄せて来たよ…千冬姉が千切っては投げ、千切っては投げて追い払ってたけど」
「ったく、面倒な肩書持っちまったなぁ…」
「お互い様だろ?」
一夏と他愛ない世間話をしていても感じる好奇の視線に混じった軽蔑の眼差し…何処からかは把握しているものの、あえて触れない様にしている。
こう言った手合いは、まず面倒くさい…女尊男卑そのままの性格をしている場合が多いからな。
何かを言えば自身の自尊心を傷つけられたと思い、強く反発してしまう。
恐らく、ISに乗れると言う特殊能力を持つ俺や一夏に食ってかかってくるだろう。
できれば…穏やかに行きたいもんだがな。
ふ、とまた違った視線を感じてそちらを見る。
…どうやら、俺はおじゃま虫な様だ。
俺と一夏に視線を投げかけるポニーテールの凛とした雰囲気の少女は、一夏に話しかけたいのに親し気に話してるところを邪魔したくなくて話しかけられない…そんな感じの戸惑った顔をしているからだ。
「おっと、わりぃ…ちょっと用事あるから教室出るわ。クラスメイトと仲良くするんだぜ?」
「え、ちょ…そんないきなり!?」
俺はそそくさと教室を退散しようと扉へと早歩きで立ち去る。
アモンのおっさんはクールに去るんだぜ…。
一夏の制止を振り切って廊下に出ると、真耶と恐らく二年生の生徒が何やら神妙な面持ちで会話している場面に遭遇する。
「あら、噂をすれば何とやらね♪」
「あ、アモン先生…」
「先生っつーか生徒っつーか…はぁ…で、俺の事で何か気になるのかよ?」
その女生徒は猫の様な雰囲気を纏っていて、完成された彫刻の様に綺麗なプロポーションをしている。
短めの水色の髪の毛は外に跳ねていて、活発な雰囲気を醸し出している。
「いえいえ、まさかまさか…ほら、アモン先生は大道芸人だったって話をテレビで耳にしていたので色々調べてたんですよ♪」
「え、えぇ…とてもきれいな人形を使っているって聞いていたので。今もお持ちなんですか?」
「なんか寮暮らしになるってんで、荷物送ってあるから教員用の寮の部屋に届いてんじゃねぇかな?」
露骨な話題の切り替え…の様に思えるが、此方を様子見しているって事だろう。
経歴とかは雇い主の方で色々と改竄してくれてるはずだろうが、それにしたって限界ってものがある。
「ん~、それじゃ今度披露してくれるのかしら?」
「俺の芸はタダじゃぁ見せらんねぇなぁ~」
「えぇ、見てみたいのにぃ。山田先生もそう思いますよね♪」
「へぁっ!?え、えぇ!ネットの動画だと凄さがわかりにくいですしっ!」
…基本的に人が良くて微妙に抜けてるんだろうな…真耶は。
驚いた拍子にズレた眼鏡を慌てて直しながら、真耶も女生徒の言葉に頷いて同調する。
この学園の近くに公園があるって話だし、休日にはそこに出かけて芸を披露するのも悪くはないだろうな。
「まぁ、金くれるんなら見せてやるさ」
「あら、銭ゲバ」
「じゃかしぃわい!」
「きゃ~、先生に怒られるぅ~」
女性とは俺を揶揄う様にしながらスキップで逃げて階段を上っていく。
…マジで猫か、ありゃ…。
姿が消えた所でため息をつき、ジト目で真耶の事を見つめる。
「真耶よぅ…もちっとしっかりしろよ?俺の事を勘繰ってるのはバレバレだっつの」
「い、いえそんなことは!?」
「隠すな隠すな…ま、良いんだけどな」
真耶を茶化す様に言いながら背中を向けて、元来た道を戻る。
休憩時間は有限だからな…千冬のアレは喰らいたくねぇし…。
どうやって信頼を勝ち得ていくのか…これからの勤務態度にかかってくるんだろうなぁ…。
この女の園での学園生活…思っているよりも厳しくなりそうで、辟易としてしまうのだった。