インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~   作:ラグ0109

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#13 初日の終わりに

「さて、これで今日の授業は最後になる訳だが…世界史ってのは人類が歩んできた膨大な記録の一端に触れる事ができるものだ。オカルト的な話になるが、お前たちの前世が生きていた時代に触れる事にもなる…1つ1つの時代に興味を持って接してもらいたい。今、こうして安穏としていられるのも、そうした時代の積み重ねの上に成り立っているんだからな」

 

授業の締めくくり…午後に一時間だけ設けられた一般教科の時間が終わりを告げる。

皆、あまり興味が無いように見えるがそれも仕方ない…なんてったって、此処はIS学園。

ISの技術を学ぶための物であって、一般的な学業と言うものはどうでも良いと考えている連中の方が圧倒的多数だ。

ましてや女尊男卑社会…俺の言葉なんて更に通りづらくなる。

分からない様に溜息を漏らすと、小さい声ながらも『ハイ』と言う返事が返ってきて少しばかり嬉しくなってしまった。

う~む…案外、俺もちょろいもんだ。

日直が号令をすれば、そのままSHRの流れになる。

俺は一旦教壇から降りて黒板の脇に真耶と共に控える。

 

「教師は…初めてでしたよね?」

「んぁ…?そだよ。なんせ、今まで浮浪者やってたもんで」

「それにしては、簡単ながらも分かりやすく伝えてましたよね…まるで見て来たみたいに」

「そうかねぇ…?」

 

俺は真耶とは視線を合わせずに、生徒達をぼんやりと眺めながら受け答えをする。

幾度か世界を巡ってきたお蔭かは分からないが、ここ最近まで似通った歴史を持つ世界に行った事があるお蔭で色々と教えるのが容易かった。

ちょっと興味を惹きそうな、それでいて専門家しか知らないような話を交えつつだったんだが…まぁ、まだ興味を惹くような話題には至らなかったみたいだ。

ここら辺は仕方ない…やれる事やってダメならダメで分かりきっていた結果な訳だし、飼い殺す為に俺を学園に雇っているんだ…教師としての力量は期待しちゃいないだろう。

…この世界の中心であるISに触れるにはピッタリの場所ではあるが、本当に此処に居るだけでアイツは満足するんだろうか?

此処の所連絡が来てない所を見ると、そこまで大それた事はしていないみたいなので、問題は無いようにも思えるんだが。

 

「では、連絡事項は以上だ。部活動の入部申請は今日から受け付けているので、各部部長に今配った申請書を提出する様に。織斑、貴様は補習があるので教室に残る様に」

「「「「ハイ!」」」」

「では、解散!」

 

千冬が手を叩くと、一夏を残して一斉に生徒達が教室を出ていき、残るのは俺を含めた教師三人と一夏だけになる。

黄昏時の教室は現代的な内装だと言うのにも関わらず、少しばかりノスタルジックな気分にさせられる。

人が居なくなったのを見計らって伊達メガネを外して背伸びをすると、千冬達にじぃっと見つめられる。

 

「な、なんだよ…」

「…いや、眼鏡はやはり違和感があるな、と」

「そうでしょうか?」

「えっと、ちふ…織斑先生と俺はアモンと一緒に暮らしてたからさ」

「あぁ…そうそうでした」

 

千冬にしろ一夏にしろ共同生活を長く送っていたと言う事もあって、俺が眼鏡をかけていると非常に違和感を感じる様だ。

一応インテリっぽく見えると千冬から押し付けられた、フチなしスクエア眼鏡なんだが…千冬の趣味なんだろうな…以外にも眼鏡萌か?

 

「でも、ミュラー先生…髪形もあいまって、なんだかその筋の人に見えますね…」

「あぁ、インテリヤクザ…」

「あのなぁ…」

 

真耶が頬を指でなぞる様にしながら揶揄う様に言うと、一夏が便乗して頷いてくる。

俺は思わず仏頂面で髪の毛を掻くようにして乱し、いつもの野暮ったいヘアースタイルに戻す。

ピシッとしていると、どうにも堅苦しい生活を送っていた頃を思い出してゲンナリとしてしまう。

あの頃が悪かったわけでは無いし、良い思い出も苦い思い出もある…今の俺を形作る重要な物だ。

決して、いらない思い出ではない。

 

「さて、お話は此処までだ。山田先生、後は頼むぞ」

「はい、お任せください!」

「一夏ー、補習終わったら…そうだな、グラウンドにジャージに着替えて出て来い。揉んでやるよ」

「お、おう!」

 

千冬と共に教室を出る前に、一夏と約束を取り付ける。

補習も大事だが、周囲の目に晒され続けた鬱憤も晴らしてやる必要がある。

ただでさえ、ストレスで思考を放棄しがちだからな…体を動かせば少しは発散できるはずだ。

一夏は俺が相手をするのが余程嬉しいのか、満面の笑みを浮かべながらノートを広げ始める。

まるで、ご褒美を前に喜ぶガキみたいな顔だ…いや、まだガキなんだが。

千冬と一緒に教室を出て、廊下を歩く。

生徒達は俺と千冬の組み合わせを見て、ヒソヒソとした声で何やら話し込んでいる。

 

「で…なんで煽る様な事を言ったんだ?」

「なんだ…オルコットの暴走の時の話か?」

 

黙々と歩いている事に耐えられず、階段を降りる最中に思わず声をかける。

すると、千冬は立ち止まって俺の方へと振り返り見上げてくる。

何処か、不敵な笑みを浮かべながら。

俺はそんな千冬を真っ直ぐに見つめ、静かに頷く。

 

「俺の実力云々なんて言うのはどうでも良い事だったろ?此処にはお前目当てで来てる奴らも居るし、失望させるようなことを――」

「アモン、それでは駄目だ。私に憧れているからと言う理由でこの学園に入っているのであれば、早急に退学した方が良い。この学校は実力だけが物を言う。実戦然り、座学然りだ。憧れ等と言う少女染みた幻想を持つ者はついて来れなくなる」

「…それとこれとは関係あるのか?」

「…私は弱い人間だ。弟一人守れなかった…お前が居なければ…一夏だってどうなっていたか…」

 

千冬は歯を強く食いしばり、視線を俺から逸らしながら俯かせる。

千冬の根っこに根付いてしまっている部分…()()()()()()()()()()()()()()()と言う悔恨。

無事だったから良かった、では済まされないそのプライドが千冬を苦しめているんだろう。

純粋に憧れを向けられれば向けられるほどに、『世界最強とは呼べない弟すら守れなかった女』と言うギャップに苦しめられる。

不器用なものだな…ただ単に間が悪かったってだけなのによ。

 

「なっちまったもんは仕方ねぇし、今回は次がある。ましてや、アイツはIS乗りになれるんだ。いつまでも過保護でいると、アイツも成長できねぇぞ?」

「本音を言うとな…ISになんぞ、関わってほしくなかったよ。アイツは…一夏だけは普通に暮らし、普通に結婚し、普通に死んでいく…そんな人生であれば良かった」

「願うのは勝手だが、世界はそれを聞き入れはしねぇ。どうあったって巻き込まれる時は巻き込まれる。束が如何こうしなくても何れ、IS乗りになってたろうよ」

 

一段一段ゆっくりと階段を降りて、すれ違いざまに千冬の頭に手を乗せ撫でる。

すぐに手を離して通り過ぎ、振り返らずに俺は階段を降りていく。

 

「何が最善なのかどうかなんて俺も、お前も、束にだって分かりゃしねぇんだ。その遠きその時の最善の選択をしていくしかねぇ。だからよ、いつまでも凹むんじゃねぇ…イイ女が台無しってもんだろうよ」

「アモン…それでも…私は…」

「俺をダシにして、自分を示すんじゃねぇ。自分を示すんなら、自分でやりな。そう言うのは、卑怯だろ?」

 

階段の踊り場まで降りて立ち止まり、顔だけ振り向いて千冬を睨む。

確かに、千冬は強いだろう。

ことISにおいて右に出る者は、イタリアの国家代表くらいだって話も聞いている。

そんな中、打倒し得る可能性を持つ人間が目の前に現れれば…自己証明の為に利用したくもなるか?

ダシにされる方は、堪ったもんじゃねぇけどな。

 

「弱音なら聞いてやる…いくらでも、何度でも、キチンと聞いてやる。だからせめて、気高く居ろよ。一夏の頼れる姉ちゃんなんだからな」

「…すまない、アモン」

「じゃ、ま…会議頑張れよ~。俺ぁ煙草吸ってくらぁ~」

 

再び歩きだし、千冬を置いて玄関口まで向かう。

放課後と言う事もあって皆部活動の方にご執心の様で、何処からかブラスバンドの音やトレーニングに励む運動部の声が響いてくる。

青春やってんなぁ…なんて、おっさん臭い思考を巡らせながら喫煙所のある方悪へと歩いていくと、ベンチに用務員と思しき初老の男性が腰掛けていた。

視線の先には綺麗に整備された花壇があり、色とりどりのチューリップが咲き誇っている。

 

「おや…貴方も一服ですかな?」

「生憎とドップリ浸かっててなぁ…こればっかりは止められねぇんだわ」

 

俺の存在に気付いた男性は、柔和な笑みを浮かべながら懐から煙草を出して見せてくる。

どうやら肩身の狭い喫煙仲間らしく、数少ない男性と言う事もあって自然と笑みが零れる。

男性の隣にどっかりと座って足を組めば、煙草を一本口に咥えてオイルライターで火を点ける。

一般的なガスライターでは潮風の強い学園では火を点けにくい…こんな環境でも吸おうって言うんだから、俺も相当な酔狂だな。

 

「ふー…で、あれはアンタが?」

「えぇ…昔から土いじりが好きでして。少しでも学園に華やかさをと少しずつ整備してるんですよ」

 

まぁ、見向きされないんですけどね、と朗らかに笑いながら男性は静かに煙草を吸う。

華の女子高生…風情云々よりも身近な話題の方が興味を惹かれるのかもしれないな。

とは言え、その内こうした花の良さと言うのにも気付くんだろうが。

 

「学園中のってなると、人手が足りなくなるんじゃねぇの?」

「まぁ、あくまでも趣味の範疇ですし、基本的には暇ですからね。そんなに苦でもないんですよ」

「あ~…俺は無理だな…」

「おやおや、教師がそんな事を言ってはいけませんよ?」

「痛いとこ突くなぁ…おっさん」

 

何て言うか、得意分野であればチマチマした作業も苦ではないんだが、そうでない場合は異様に飽きっぽい。

性格と言われれば、それまでなんだけどな。

 

「花も生徒もそう大した差はありません…愛情をもって接してあげれば、キチンと応えてくれるのですから」

「俺なんかよりもよっぽど教師向いてる気がするな…」

「はっはっは、何事も経験ですし全力でぶつかるのが一番ですよ。砕け散っても泣けませんが…」

 

二人揃って煙を吐きだすと、潮風に乗ってすぐに流れていく。

おっさんは俺の事をどうも良く知っているらしく、日本に滞在していた時に俺の芸を見たことがあったらしい。

こんな所で観客に出会う事になろうとはな…世界ってのは案外狭いものだ。

 

「いやはや、あの人形劇は素晴らしかったですよ。人形とは思えない精緻さ…すべてその手で行っているのでしょう?」

「たまたま向いてたてっだけだけどな。下手でも上手くなれるくらいの時間はあったし、俺の手で人らしく振舞えさせるってのも面白かった」

 

指を滑らかに舞う様に動かし、掌を夕日に透かす。

こんな手でも楽しみがあるってんだから、生きるってのは面白いもんだ。

 

「さて、そろそろ終業時間ですしお先に失礼しますね」

「応、またなおっさん」

「はい、それでは」

 

男性は吸殻を灰皿に捨てて立ち上がれば、スタスタと歩き始める。

学園中の花壇を世話していると言うだけあって、その歩みは見た目の年齢に反して非常にしっかりしている。

案外、結構鍛えていることだって考えられる。

それを感じさせない老獪さは、何処か恐ろしくも思える。

あぁ言うおっさんは、総じて相手がしにくいものだからな。

暫くこの喫煙所で煙草を吸っていると、一夏が小走りで此方にやってくる。

キチンとジャージに着替えているな…。

 

「もう、補習はバッチリか?」

「おう、山田先生に褒められたよ。覚えるのが早いって」

 

一夏は両手を腰に当てて胸を張り、良い笑顔を浮かべる。

…参考書を廃棄しなきゃ補習自体無かったんだけどな。

一夏は昔から煽てると調子づく事がある。

悪い事では無いが、それが原因で空回りを起こして失敗する事がよくある。

勝負事において、ちょくちょくそう言う性格が災いして勝てるものも勝てなかったなんて事があったな。

何度か本当に痛い目見ないと、この性格は治らないだろう。

 

「それより、煙草…まだ止めてないんだな」

「これが俺の命の水ってな…早々止められるもんじゃねぇよ」

「水って言うより空気だろ…体に悪いから止めればいいのに」

「はっはっは、ガキに心配されるほどヤワな身体してねぇよ。それじゃ、ちっとグラウンドの端使わせてもらうか」

 

ベンチから立ち上がって、軽く肩をストレッチしながら一夏を伴って部活動の邪魔にならないようにグラウンドの隅っこへと向かう。

一定の距離を保って立ち止まれば、一夏へと振り向いてネクタイを軽く緩める。

 

「じゃ、いつも通りの何でもありだ。またボコボコにしてやっから、かかってきな?」

「今度こそ吠え面かかせてやるぜ、アモン!」

 

一夏はゆっくりと拳を構え、呼吸を整える様に大きく深呼吸する。

対して俺は、特に構えもせずにスラックスのポケットに左手を突っ込んで一夏が来るのを待ち構えている。

俺が旅に出る前までやっていた組手…ルールは単純で、俺が膝を付くか一夏が諦めるまで続く。

自分の限界を知ると言う事は何よりも大事だ。

出来る事と出来ない事の見分けが付かなければ、仮に力を持ったとしても犬死するだけだからな。

勿論、人間には限界を超えた力を発揮するときだってある。

それが毎回起きるわけでは無いからこそ…自身の限界を知る必要がある訳だ。

一夏はゆっくりと拳を開いて緩く握り込み、一足飛びで此方へと踏み込んでくる。

千冬と似通ったその踏み込みは、やっぱり血が繋がっているんだなぁと言う場違いな感想が脳裏を過っていく。

素早く俺の間合いに潜り込むことができた一夏は、息つく暇もないままに脇腹目がけて抉り込む様に拳を振り抜いてくる。

散歩にでも行くような軽やかさで俺も一歩だけ一夏の懐に踏み込み、一撃が当たる前に右手で一夏の顔面を掴んで押し込む事で仰向けに体勢を崩させる。

勢いが乗っていた一夏は為す術なく空中で仰向けになるものの、素早く思考を変えて腕に足を絡ませて関節を極めようとする。

 

「応、宙に浮いてっからあんま意味ねぇぞ…!」

「ぐぁっ!」

 

俺は容赦なく地面に一夏を背中から叩きつけ拘束を解除し、倒れ込んだ一夏の背中の下に足を刺しこんで、ボールの様に優しくではあるものの蹴り飛ばす。

距離にして5メートル程の所で地面に落ちた一夏は、素早く立ち上がり再び突撃してくる。

 

「おぉぉぉ!!」

「策も無しに突っ込むんじゃねぇ…っと!?」

 

一夏に向かって再び右手で掴みかかろうとすると、スライディングの要領で俺の足の間に滑り込まれて後ろへと回られる。

掴みかかる為に少しばかり重心を前にしていた俺は、地面を蹴って前方宙返りの要領で体を前に投げ出す。

一夏はスライディングで回り込んだ直後に足払いで俺の転倒を狙っていた様だが、既に跳躍されてしまっていた為に虚しく空を切る事になる。

 

「くっそ!まだ遅いのか!?」

「や、ガキにしちゃ充分だろ…俺には届かねぇってだけで。まぁ、今のは良い感じに不意をつけてたな」

 

無理矢理体を投げ出したお蔭で着地でよろめいたものの、危なげなく立ち上がって振り返る。

まるで曲芸師だな…踏みつけられる覚悟がなきゃ、足の間通り抜けようなんざ思わないだろう。

 

「毎日喧嘩にでも明け暮れたのか?」

「まさか…そんなことしたら千冬姉に迷惑かけちまうよ。暇な時に稽古つけてもらってたくらいで、後は中学時代に部活をちょっとな」

「まぁ、それなりに努力はしてきたみたいだな。それじゃ、食堂も閉まっちまうし、ルール切り替えてそろそろ終わりにするかぁ…」

「まだ始まったばかりだ…ぃっ!?」

 

ゆっくりと左手をポケットから抜き、一瞬…ISによる瞬時加速染みた速度で踏み込んで拳を顔面に寸止めで叩き込む。

半ば本気に近い速度だった為か、風圧で一夏の髪の毛が暴風に晒されたかの様に乱れる。

一夏は目を見開いて口をパクパクさせて、声にならない声を上げる。

 

「―――!?」

「と、まぁ…ISはこの程度の速度で動く。ハイパーセンサーがあれば目で追う事ができるが、人間で動きを見切るのは至難だ。覚えておけ」

 

一夏は尻もちをついて倒れ込み、驚愕の表情を浮かべたまま俺の事を見上げてくる。

まぁ、いきなり人間(らしきもの)がとんでもない速度で突っ込んで来れば驚きもするか…?

ただまぁ、この踏み込み…やろうと思えばお前の姉ちゃんもできるんだけどな!

俺は千冬に人外っぷりを口には出さずにぐっと飲み込んで、一夏に手を差しだす。

 

「うら、腹減ったから飯にしようぜ~」

「お、おう…」

 

一夏は、おそるおそると言った感じで俺の手を掴んでくる。

俺はただただ肩を竦めて引き上げてやると、勢いが良すぎたのか一夏がよろめいてしまう。

 

「っとと…なんだか、アモンに追いつけるのかどうか分からなくなってくるなぁ…」

「ハッ、ガキに早々追いつかれちまったら悪魔の面目丸つぶれだぜ?」

「また、それか…確かに悪魔染みた強さだけどさ…」

 

一夏は呆れたような顔で俺を見上げてスタスタと歩きだす。

良い歳したおっさんが悪魔悪魔なんて言ってるからか…?

事実だって言うのにな…。

 

「待てって、一緒に飯食おうぜ飯~」

「だったら、アモンの驕りな?」

「しょうがねぇなぁ…ったく」

 

どこからか黄色い声が上がったような気がするが気のせいだと言い聞かせ、一夏を連れ立って食堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

楽しい食事を終えて教員用の寮へと向かおうとすると、千冬に呼び止められて手を引かれる。

一体何事だと思い声をかけるものの、千冬は一切無言で一年生用の寮へと俺を連れ込もうとする。

流石に説明が必要だと思った俺は、千冬の腕をやや乱暴に振り払いじっと睨み付ける。

 

「だから、話を聞けっつーに…何で、1年寮に連れ込もうとしてんだお前は?」

「…それは、だな…色々と協議した結果、私がお前のお目付け役になったからだ」

 

千冬はどうにもシドロモドロといった感じで話し、視線もどこか宙を彷徨っている。

…あぁ、そういう…。

 

「…つまり、お前と共同生活しろと…そう言う事か?」

「そういう、事だ」

「今更気恥ずかしくなるような仲でもねぇだろうに…」

「そ、それとこれとは別問題だ!」

 

千冬は珍しく両手で頭を抱え、後ろを向いて何やら独り言をぶつぶつと呟いている。

何で、あそこでムキになってしまったのかとか何とか…。

難儀な性格してんなぁ…。

 

「で、部屋は何処だ?」

「…1階にある寮長室だ。一応ベッドも2台手配して設置してあるから問題は無い筈だ」

「いや、色々問題あるとは思うけどな?」

「い、良いから来い!」

 

千冬は何処か慌てた様子で1年寮に入って行ってしまう。

此処に取り残されてしまって行き場が目の前の1年寮にしかない俺は、渋々1年寮へと入って行く。

寮の外観、内装はまさしく洋館と言っても差し支えの無いとても豪奢な物で、高級ホテルのそれと見分けが付かない。

玄関に貼られている館内マップを見て寮長室を把握し、廊下を歩き始めると何ともあられもない姿の女生徒たちで溢れかえっている。

あぁ…リラックスして尚且つ女性だけならばそこまで気を使わないと言う事なんだろうか?

 

「えっ!?ミュラー先生もこの寮なの!?」

「くっは…大人の男性…滾る!」

「この寮は、この寮こそ勝ち組だったんだよ!」

「な、なんだってー!!??」

 

きゃいきゃいと何処か可愛らしく女子達が固まって、俺の事をチラチラと見ながら話している。

完全に見世物小屋のパンダの様な気分を味わいながらだだっ広い廊下を歩いていくと、寮長室と書かれた表札の下に眉間に皺を寄せた千冬が腕を組んで立っていた。

 

「遅いぞ、アモン」

「いや、千冬がスタスタ行くからだろうが…で、此処が?」

「あぁ、そうだ…んんっ!その…なんだ…これからは此処がお前の家になるんだ…だから…」

「だから…?」

 

千冬は咳ばらいをして視線を彷徨わせ、深呼吸をした後に此方を真っ直ぐに見上げて綺麗な笑みを浮かべ、こう口にした。

 

「お、おかえり」

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