インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
鈴を寮まで送り届けて別れた後、俺は寮長室に直行せずに階段を上っていく。
今、この寮のレクリエーションルームは、1組の連中が占拠して一夏の代表就任記念パーティと言う口実でドンチャン騒ぎをしている。
羽目を外し過ぎず、消灯時間までに撤収できるのならば構わない…と言う千冬の許可を得た上でのパーティなので、特に問題がある訳ではない。
とは言え、この寮に居る人間がそんな催し物を知らない訳も無く、寮中の生徒が御近付きになろうとレクリエーションルームへと殺到していた。
無論、1組の生徒は検問を設けてクラス以外の人間が入り込まない様に、厳しくチェックしてたりするわけだが。
「あれ、センセは一夏君のパーティに出席しないんですか?」
「ん~?俺はパス。おっさんが居たって仕方ねぇだろ?」
「え~、そんなことないですよ~」
階段を上る途中に、1組の生徒の1人に声をかけられて足を止める。
確か…名前はクレア…だったか?
綺麗な赤毛をポニーテールにした、アメリカ出身の生徒だ。
クレアは一夏が懐いているので、出席するものだと思っていたのだろう。
一応見習いとは言え、俺も教職に就いている。
俺が居たのでは、監視している様に思われるだろうし、あくまでも生徒同士の親交を深めるための場だ。
遠慮するのが筋ってものだろう。
「そんなことあるのさ。それに、俺が居ると悪い事まで覚えさせちまいそうだからな~」
「あ~、煙草は止めた方がいいですって~。モテませんよ?」
懐から煙草とオイルライターをチラ見せすると、クスクスと笑いながらクレアに止める様に促される。
こればっかりは止められないルーチンワークの様な物なので、周囲の人間には諦めてもらう他ない。
そもそも止める気が無いわけだし。
「ふふん、これでも昔はモテてたんでね」
「でも、煙草吸い出した途端…でしょ?」
「まぁ、ここ何年かはご無沙汰だわな…」
「ほら~。私がお相手してあげよっか~?」
クレアはあっは~ん、と言いながらセクシーなグラビアポーズをとって俺に色目を使ってくる。
言うまでも無く、IS学園の生徒故か非常に整った顔立ちをした少女だ。
そこら辺の馬の骨じゃ、速攻で勘違いして落ちるだろう。
だが、俺はそれを冷めた目で見た後に軽く肩を竦め、額を軽く小突いてやる。
「阿呆抜かせ、せめてもう一回り歳食ってから出直しな。生憎、ロリコンじゃねぇからな」
「ぶー、出るとこちゃんと出てますぅ~」
「そんな事で大人だってんなら、まだまだお子様な証拠だぜ?」
クレアは俺の目から見てもそこそこ大きい胸を、両手で下から持ち上げる様にして俺に見せつけてくる。
クレアにとって数少ないセックスアピールであろうその仕草も、俺にとっては大した事のないものだ。
「外見も内見も磨きな…そしたら、正当に評価してやる。イイ女ってのは身体だけじゃ、なれねぇもんだ…背伸びしなくて良い、お前のペースで女を磨けばいいさ」
「むぅ~、故郷じゃ言い寄ってくる男ばかりだったのに~」
「男はいつまで経ってもガキだが、がっついてるのはもっと子供だ。そう言うのはお前を付属品か何かにしか見てねぇよ」
「それは…」
付属品…もっと言えばアクセサリー…自分を良く見せるためのな。
彼女が美人であれば、仲間に自慢ができる。
そんな美人が彼女であれば、自身が所有者であるかのように錯覚する。
後は泣かされて、他にイイ女が出来ればポイ…なんてこともあり得る。
勿論全員が全員そうだとは言わない。
クレアの事をキチンと見て、良い所も悪い所もひっくるめて惚れ込むガキも居るだろう。
クレアにも
アクセサリーとして人を見ると言うのは、何も男に限った話では無いのだから。
「な~に、落ち込んでんだよ?」
「え、べ、別に落ち込んでないですって」
「だったら、笑顔じゃなきゃな。イイ女の条件だぜ?」
俺は両手の人差し指で口角を押し上げて、無理やり笑みを作って見せる。
程度にも依るが笑顔は人を幸せにする。
それが美人であれば、尚更だ。
クレアは、俺の顏を見てプッと吹き出してお腹を抱えて笑う。
「あははっ、いきなり変な顏しないでよ、センセ!」
「応、笑ったな。さっきよりかは、ちったぁマシな顏だよ」
「今ならセンセ、落とせるかな?」
「無理」
「即答!?」
俺はクレアを手を追い払う様に振り、首を横に振る。
生憎とロリコンと言うわけでは無い…ストライクゾーン広めだけどな。
「良いから、一夏ん所行って遊んで来い。消灯まで時間がねぇぞ?」
「いっけない!それじゃセンセ、また明日ね~」
「羽目外し過ぎるなよ~」
クレアは慌てて階段を駆け下りて、立ち去っていく。
…多少、吹き込まれていた様な感じがしたな…元浮浪者相手に、今の時世の女がそう簡単に色目を使うとは思えない。
大方、お国の方から何かしら餌を出されたんだろうが…。
ガキ共のハニトラに引っかかるほど甘くはないものの、少しばかり気を引き締めて生活を送る必要があるだろう。
ガキを大人の思惑に巻き込まないで貰いたいものだ…。
クレアと別れた後、気を取り直して階段を上って屋上に出れば、フェンスに備え付けられているベンチに腰掛けて足を組む。
何とはなしに夜空を見上げると、雲一つない星空が視界一杯に広がる。
昔に比べて空が濁っている、とどっかの老人が言っていた気がするが、それでも充分綺麗な星空と言えるだろう。
懐から煙草を取り出しゆっくりと口に咥えたところで、隣からライターの火が差し出される。
「こんな所で喫煙か?」
「こんな所だから喫煙だ…なんだ、千冬も嗜んでるのか?」
ライターの持主である千冬は、俺の隣に腰掛けて呆れたような顔をしている。
何時の間に座ったのやら…?
俺自身、1人きりだと思って気が緩んでいたのかもしれない。
大人しく千冬のライターで煙草に火を点け、ゆっくりと煙を吐きだしていく。
「お前程、頻繁に吸うわけでは無い。ただ…何となく吸ってるだけだ」
「あんまり、おススメできる趣味じゃねぇんだけどなぁ…」
「べ、べつに良いだろう!?」
「いや、そうなんだけどよ…」
千冬は俺から顔を背けると、少しばかりふくれっ面で煙草を口に咥えて火を点ける。
暫くジリジリと煙草が灰に変わる音と、交互に煙を吐きだす音だけが屋上に流れていく。
気まずい…千冬の方は何か言いたげにしているが、話の切欠を掴めずにいる所為かソワソワとするだけで沈黙するだけだ。
「…ウサギはどうしたんだ?」
「私の質問に答えるだけ答えたら、お前の専用機を進めるって言って帰った」
「俺が使ってぶっ壊れなきゃいいけどな」
茶化す様に言うと、千冬は首を横に振る。
信頼なのか信用なのかは分からないが、束はきっちり個人に合わせた物を作ってくるらしい。
俺が使ったISのデータをコア・ネットワーク経由で取得しているだろうし、負荷対策はきっちり行ってくるだろう。
どういった仕様の機体になるのかだけは分からないので、不安と言えば不安なのだが。
「アイツをそこら辺の技術者と一緒にしない方が良い…気に入った個人相手に作るのならば尚更だ。あいつは、よく見ている」
「他人に目移りしないからこそ…と言うのもあるんだろうな。人間関係壊滅的でも、もうちっと慎ましやかなら可愛げがあるんだが…」
「ハッ…」
可愛げ、と言う言葉に反応したのか、千冬は鼻で笑い飛ばして肩を竦める。
束の事を良く知っているからこその反応なのだろうか?
学生時代からの長い付き合いだって話だしな。
「アレに可愛げなんてないぞ。他人を巻き込むだけ巻き込んで、後片付けしない子供だからな」
「たま~に、お前ら友人なのか気になるんだが…」
「友人だからだ…」
千冬は深く溜息を吐いた後、腰を少し浮かせて俺の方へと身を寄せて寄りかかってくる。
灯りがあまりない屋上で顔は良く見えないものの、ほんのりと頬が紅いのが見える。
ただ、それ以上に…表情は不安げだ。
「10年…ISと関わって10年になるんだ…私は」
「束との付き合いがありゃ、そうもなるわな…」
「…それだけ、長く付き合ってきたにも関わらず、私はISと言う存在に本当の意味で触れた事は無かったんだ」
千冬は煙草をもみ消して捨てると、深く溜息を吐いて顏を俯かせる。
…声色からは後悔と申し訳なさがにじみ出ている。
恐らく、暮桜に起きた現象について束に問いただしたのだろう。
ISについて真に精通しているのは、束しかいないからな。
「…ISに守られてた、か?」
「…道具の様に扱っていて、それでも尚守ってくれていた…滑稽だと思わないか?」
暮桜の石化現象に関して、ある程度予測自体は出来ていた。
それは、外部からの干渉の物理的な拒絶。
暮桜に施された干渉は、千冬にとって危険な物だったのだろう。
「教壇でISには心があると説きながら、実際のところ自分はそれを信じていなかった。機械に意識なぞ宿る訳が無い、機械的に最良を選択しているだけだと」
「……」
暮桜は知っての通り、千冬が世界最強と言う肩書を得るに至った特別な機体だ。
苦楽を共にし、常に死闘を演じ続けてきたその相棒は、知らない内に千冬の中で大きな存在となっていたのかもしれない。
俺は静かに口を閉ざして、煙草を携帯灰皿の中に捨てる。
「だって、そうだろう…私には聞こえなかった…暮桜の声が聞こえなかったんだ。聞こえていれば…こんな気持ちにもならなかったのだろうに…」
「聞こえなきゃどうしようもねぇだろ。想いを秘しては伝わらぬってな。伝えなくちゃ何考えているのか分からねぇだろ。束のところの姉妹関係みたいにな。だから…」
俺は優しく千冬の頭を抱き寄せて、優しく撫でてやる。
子供をあやすように、慰める様に頭を優しく撫でて気持ちを落ち着かせていく。
本当の慰めにはならないだろうが、気休めくらいになる事を信じて。
「っ…」
「…今回は、知る事が出来て良かっただろう?今度は、もっと優しく接してやれんだろ?」
「だが、暮桜はもう…」
「うだうだするなって…いつか、また動く日が来るだろうよ」
「だと、良いんだがな…」
千冬は大人しく俺に体を預け、上着の裾を握りしめる。
普段毅然とっした態度で振舞っている姿を見ている分、こういった反応をされると少しばかりドキりとさせられる。
見た事のない一面…とでも言うのだろうか?
「…束が言うには、あの闘いの最中にデータの引き抜きとウィルスの注入が行われていたそうだ。犯人までは掴めなかったと言うが…」
「まぁ、タイミング的には倉持だろうが…ウィルスってーのは…」
「アモンも知っての通り、ISには生体補助機能が搭載されている。その機能にバグを引き起こさせ、人体を破壊する様に仕向けるものだったらしい」
…随分とエぐい殺し方だ。
のたうち回るくらいじゃ済まされない、想像を絶する激痛を与えて殺すつもりだったのだろう。
千冬がそこまで恨まれているとは思えないが…一夏絡みで引き起こされていると思うと不思議でも無い気がする。
一夏の身元は千冬がしっかりと保護している状態で、迂闊に手出しができない状態だ。
まぁ、手を出したら火傷程度じゃ済まされないしっぺ返しを食らう事は目に見えているからな。
問題は、データの引き抜きと同時に送り込まれたウィルスの注入方法だろう。
コア・ネットワークは束が一元管理をしていて、セキュリティが確立されたものだ。
腐っても大天災のあいつが、ヘマするとは思えないが…。
「一夏やアモンは安心して良い…束の方で何かしら対策を立てるから、私と同じ目に合う危険はほぼ無いと言って良い」
「俺は兎も角、一夏にそういった危険が無いってのは安心するな」
「馬鹿を言え、お前に死なれては…私が、困る…」
千冬はぼそっと呟く様に言うと身体を滑らせるようにずらして、頭を俺の膝の上に乗せる。
所謂膝枕である。
これって女の柔肌でやるから良いんであって、男の膝でやっても対して心地いいものでは無い気がする。
「硬い」
「なら、退かせっつーの」
「良いではないか…お前くらいしか、やってくれる男はいないしな」
「ったく…」
千冬はこちら側に顏を向けずにしているので表情を読み取る事が出来ないものの、少しばかり声色は嬉しそうに思える。
俺みたいなのの膝の何が良いのやら…俺は少しばかり呆れ気味に肩を竦めながら、優しく頭を撫でる。
「随分と甘えるじゃねぇか…」
「私だって、女だからな。それに、親なんて知らないし甘えさせてくれる人は…」
「行方不明…だったな」
「あぁ…」
千冬達の両親は随分前に家を出て行ったっきり、帰ってこなかったそうだ。
最初は内緒で旅行にでも行っていると思っていたらしいのだが…それ以来、一度も姿を見ることなくこうして生きてきた。
学業と仕事とを必死にこなしながら一夏を養ってきたその執念は、両親に対する当てつけの様にも思える。
「まぁ、何でも良いけどな…」
「フッ…あのバカがしてもらってない事をしてもらっていると言うのは…気分が良い」
「何の対抗心だ、何の」
「さぁな…私にも…わからん…」
千冬は優越感を滲ませた笑みを浮かべる様にフッと笑い、大人しく俺に頭を撫でられ続ける。
感覚的には、大型の猛獣がジャレついているのに近い…千冬の場合豹とかそう言う感じの。
暫く撫でていると、千冬から静かな寝息が聞こえてくる。
「千冬…?」
「すー…」
ペチペチと頬を軽く叩くと、千冬は邪魔だと言わんばかりに俺の手を払い、まるで子供が親にしがみ付く様にズボンの裾を掴んで寝息を立てはじめる。
俺は、深く溜息を吐いて静かに空を見上げる。
「どうすんだよ…これ…」
結局どうしようもないので、お姫様抱っこをする形で千冬を運ぶことにした。
5月間近とは言え、まだ夜は肌寒く感じてしまう為、屋上にあまり長居するのも身体によくないからな。
しがみ付く千冬を引き剥がしてはしがみ付かれると言う攻防を5分程繰り返した末に俺が勝利し、何とか抱きかかえればゆっくりと来た道を戻る。
あまり激しく揺らすと、良い夢見ているであろう千冬を起こしてしまう可能性があったからだ。
一段一段、ゆっくりと1階まで降りると、偶然なのかキャミソールにホットパンツと言う出で立ちの鈴と鉢合わせた。
「あっ、ししょ…う…?」
「鈴か、ちぃっとばかし静かにしろ」
「えっ、千冬さん、だよね?」
「千冬だなぁ…」
階段から降りて来た俺の姿を見るなり、鈴は喜色満面の笑みを浮かべた瞬間、一気に顏を青褪めさせる。
表情がころころと変わる辺り、感情をストレートに出し過ぎな気がする。
「ち、千冬さんに何したのよ!?」
「だぁかぁら、静かにしろっての」
鈴は目を白黒させ、果ては瞳孔をグルグルとさせながら冷や汗をびっしょりとかいてアタフタと慌てている。
まるでSAN値チェックに失敗して、一時的な狂気に陥ったと言わんばかりだ。
「そんな悠長に構えていられないわよ!え、なに!?千冬さんと付き合ってぷぎゅ!?」
「静かにしろってんだろうが」
あまりにもあんまりなその反応に、思わず顔面目がけて喧嘩キックを非常に優しくお見舞いして鈴の事を黙らせる。
鈴は思い込むと一直線な部分が多々見受けられる。
話を聞かなくなったら、1度叩きのめしてからしっかりと聞かせてやる方が手っ取り早い。
「っ~~!?乙女の顏に何するのよ、シショー!」
「良いからついてこい。お前にも手伝ってもらいたいからな」
「え…?わ、分かったわよ…」
鈴は渋々、と言った様子で俺に頷くと、歩き出した俺の後をヒヨコの様に歩き始める。
背後から感じる気配が、さっきからソワソワしているものを感じる。
大方、俺が千冬と付き合っているのでは、とかそう言う勘繰りをしているんだろうが…生憎と付き合っているわけでは無い。
寮長室の扉まで着けば、鈴に鍵で扉を開けてもらうことで中に入り、千冬をベッドに寝かせる。
「ん~…」
「千冬さんが子供みたいだわ…」
「んじゃぁ、これ頼むわ」
「ふぇ?」
俺は、千冬の寝間着を鈴に無理矢理渡す。
別に俺が着替えさせても構わない訳だが、それはそれで何か問題が起きそうだからな。
持つべきものは異性の弟子、か?
鈴はキョトンとした顔で俺から寝間着を受け取り、交互に俺と寝間着を見つめる。
「俺が着替えさせてやっても良いんだが、それだと色々と問題だろ?ちょっと面倒かもしれねぇけど着替えさせてやってくれ」
「アッハイ」
「んじゃ、終わったら部屋の扉ノックしてくれ~」
鈴は素直に頷いた後に首を傾げるものの、早速千冬の衣服を脱がせるためにボタンを外し始める。
非常にそそられる生着替えではあるものの、今後の生活の事を考えると背に腹は代えられない…大人しく部屋を出て、扉の前で待つことにする。
時間的には消灯時間まで間があるものの、聞こえて来るであろうレクリエーションルームのどんちゃん騒ぎが聞こえてこない。
一応、羽目を外さずに節度を守ってくれたらしい…関心関心。
「あら…ミュラー先生。ついに粗相を働かれましたか?」
「聞こえの悪い事言うんじゃねぇよ、オルコット」
扉脇の壁に背を預けて、鈴からの返事を待っていると大浴場のある方角から風呂上りのセシリアが此方へとやってくる。
そこそこ美味しい目が見れたのか、傍目から見ても機嫌が良いのが見てとれる。
「ふふ、冗談ですわ。それにしても、何故こんな所に?パーティにも参加してなかったではないですか」
「今、弟子2号に頼んで千冬の着替えを頼んでるところだ」
「弟子…2号…ですか?」
セシリアはキョトンとした顔で首を傾げて、此方を見上げてくる。
微かに漂ってくるフレグランスは…香りからして相当な高級品であることを伺わせる。
「正式な転入自体は明日から…同じ国家代表候補生だし、多分お前の知っている奴だ」
「は、はぁ…」
何とも釈然としない面持ちでセシリアに頷かれる。
俺の交友関係がどうなっているのかさっぱり分からないのと、千冬と何があったのかを濁されたことが原因だろう。
…何があったのかって言ったら言ったで、面倒な事になりそうだ。
「それよか、お前…随分と良い香水使ってるんだな」
「あら、先生でも分かりますの?」
「これでも良いとこのお坊ちゃんらしいからな」
けっけっけ、と笑いながら話題転換をすると、セシリアは満面の笑みを浮かべて自身の頬に手を添える。
「ブランドの特別な会員にしか渡されない、非売品のフレグランスですの。わたくしっこの香りが一番のお気に入りで…」
「身だしなみに気を使うからなぁ…そう言うの、野郎からのポイント高いと思うぜ」
一夏は知らないけど…と言う言葉をグッと飲み込んで、とりあえずセシリアを褒める。
すると、セシリアは確かな感触を得たかのようにグッと小さくガッツポーズをする。
チョロイな…クックック…。
「フフフ、先生に褒められると何だか自信が持てますわね」
「おっと…ただの浮浪者みてぇなもんなんだから、あまり参考にすんなよ?」
「いえいえ、色々な世界を見てきた殿方なのですから、大いに参考になりますわ。では、わたくしはこれで…ホホホ…」
「お~、しっかり睡眠取れよ~」
セシリアは自分磨きに精を出すつもりなのか、す~っと素早くかつ下品にならない速度で立ち去っていく。
セシリアが立ち去ったタイミングを見計らったのか、鈴は扉を開けて隙間から顔を出して此方をジト目で睨み付けてくる。
「シショー、いくらなんでもあんまりじゃない?」
「ま、酸いも甘いも知るのが恋愛だからな。多少は良いスパイスになるもんさ」
「まぁ…それはそうかもしれないけど…」
鈴はなまじ一夏の朴念神っぷりをマトモに見てきたことがある所為か、セシリアに対して合掌をする。
本当に、一夏に対する執着が消え失せてるな…。
「ところで、シショーって何処で寝てんの?」
「何処って…その部屋だ。千冬と同棲してんだよ」
「んな…!?いやいやいや、そんなそんなそんな…本気の本気で言ってる?」
鈴は目を見開くほど驚いた後、首を横に振りって事実を認めようとしない。
俺は静かに頷いて、言葉を続ける。
「千冬とはそこそこ一緒に暮らしてたって事で、千冬が監視役を請け負ったらしくってな?この寮に住んでるのも、一夏と纏めて管理するためなんだろうよ」
「え~…そんな…」
「あのな、さっきから何をそんな残念がってるんだよ?」
軽く溜息を吐きながら、鈴の頭をワシャワシャと撫でてやると途端に機嫌が良くなる。
年頃の娘っ子ってのは何だか良く分からんな…。
「だって、シショー1人部屋なら気軽に遊びに行けるじゃん」
「年頃の娘っ子が、おっさんの部屋に入り浸ろうとすんな!」
「シショーはおっさんって感じしないわよ!まったく、いっつもおっさんおっさんって自分を卑下するんだから…」
「鈴にそう言われんのは悪い気はしねぇけどな…とりま、助かったわ」
最後にポン、と頭を撫でて鈴と入れ替わる形で部屋に入って行く。
「明日早いんだから、とっとと寝ろよ~」
「分かってるわよ!シショーも、千冬さんに変な事するんじゃないわよ!?」
「へ~へ~、わかってますよっと」
互いにおやすみと言葉を交わし、静かに扉を閉める。
千冬にしろ、鈴にしろ…こうして好意を持たれる事に嫌悪感があるわけじゃない。
だが…いつまで、話を先延ばしにできるものなのやら…そう思考して溜息を吐くのだった。