インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
5月…クラス代表対抗戦を間近に控えていると言うときに、少しばかり問題を抱える事になってしまった。
あの、渾身の束の告白の翌朝から、千冬がどこか余所余所しく…しかし、少々過剰とも言えるスキンシップをとる様になったのだ。
流石に日中の人目がある時間帯はスキンシップをとるなんて事はしないものの、食事中は必ずと言っても良いほど俺の隣を離れないし、体をこちらに密着させてくる。
あの時、束の告白を聞いていたのは間違いないが、恐らく束からの宣戦布告の様なものもあったのだろう。
千冬にスキンシップが多いのでは…と言う話を振っても、普通だの1点張りで事態が大きく好転することは無かった。
…もちろん、どうしてこんなことをしているのかなんて事には気づいてはいる。
自惚れでもなんでも無く、俺の事を好いているからと言うことくらいは分かっている。
ただ、突き放してしまえば良いだけだと言うのに、何故か…俺にはそれができなかった。
何故か…なんて言ってはいるものの、答えなんてとうの昔に分かっているんだが。
「はぁ…」
サロンの隅にある大理石のテーブル席に頬杖をつきながら、テーブルに掘られた盤上に白と黒の駒を並べていく。
向かい側には、この学園唯一の貴族であるセシリア・オルコットが席について紅茶を優雅な仕草で飲んでいる。
「溜息とはらしくありませんわね?」
「まぁ、おっさんにも色々あってな…」
駒を並べ終えた俺は、懐からピカピカに磨かれた金貨を取り出して両面をセシリアに見せる。
表側には王冠を着けて勇ましく剣を掲げた男性の像が彫られていて、裏側には跪き祈りを奉げる少女の像が彫られている。
…ちなみに知人である吸血鬼と少女の夫婦の像だったりする。
かたやロリコン、かたや少し行き過ぎたヤンデレと扱いに困る連中なんだよな…。
セシリアはその金貨を見て少しだけ目を丸くする。
「随分と…。それは何処の金貨ですの?」
「さてな…ダチからの貰い物なんで分かんねぇんだわ。で、男と女…どちらにする?」
「では、女性で」
セシリアの宣言を聞いて、俺は金貨を指で上に高く弾いて顔面まで落ちてきたときに握り込んでセシリアの前に突き出して開いて中身を見せる。
コインは少女の像が表側になっていた。
「では、わたくしから…それにしても、ミュラー先生からチェスのお誘いがあるとは思いませんでしたわ。どちらかと言うとテレビゲームがお好きなのかと…」
「アレも良いが、俺はこういうボードゲームの方ばかりやっててな…親父によく扱かれたもんさ」
大理石の盤上を交互に駒を進める音が、静寂に包まれたサロンに響き渡る。
カツン、カツン、カツンと言った音は、さながら戦場に響く軍靴の様に響き渡り、一種の緊張感を生み始める。
もちろん、サロンには他にも生徒がいるものの、俺とセシリアの対決を静かに固唾を飲んで見守っている。
ひそひそとした声は、恐らくどちらが勝つのか…と言う話声だろう。
「定石通りに打っていきますわね…」
「イタリアン・ゲームだったか…?多少は先生らしく打っていかないとな」
「あら…わたくし、これでもチェスには自信がありましてよ」
「そら楽しみだ…一夏も鈴もチェスは打てなくてなぁ…」
互いに笑みを深め、セシリアは定石を崩すために一手を打ち込んでくる。
俺はそれらをのらりくらりと凌ぎ、そして王道を突き詰めていくかのように駒を進めていく。
一進一退の攻防はやがて一手打ち込むごとに長い時間を要するようになり、サロンに設置された大きな柱時計の振り子の音が耳障りなくらい大きく聞こえてくる。
誰かが淹れてくれた紅茶を一口飲み、少しだけ頭をクリアにしようとすると、徐にセシリアは口を開く。
「…先生も、人ですわね」
「どうだかな…」
「結構、噂になってますのよ?織斑先生とデキあがっていると。ですが、どうやら噂は噂…デキあがる一歩手前と言ったところでしょうか?」
「貴族のお嬢様はそんな事も分かるのかね…?」
セシリアは漸く駒を進めて笑みを深くする。
どこかしてやったりと言った顔だ…。
俺は進められた駒を見て、苦々しい顔になる…気付けば敗色が濃厚になってきているのだ。
実力が拮抗してしまっているのであれば、勝敗を分かつのは冷静さだ。
なんてことは無い恋心…俺はその恋心に翻弄されてしまっている
「これでも魑魅魍魎の住まう社交界で舞っていたのですから、多少は人の機微と言うものに明るくなるものでしてよ?」
「だったら、ドストレートに好意を彼奴に伝えればいいじゃねぇか」
「その言葉…そっくりそのままお返しいたしますわ」
俺が一手進めると、セシリアはすぐさまに一手進めてくる。
段々と長くなってきた思考時間は短くなっていき、手勢は僅かとなり、キングとクイーンがほぼ丸裸にされる。
打てる手はほぼ無く、目の前に座る
もはや、あとは最後の時を見守るだけだ。
「…それは、ふざけてますの?」
「んにゃ、大マジさ。負けるときは必ずこうする」
キングをクイーンの前へ。
王とは鮮烈に生き、その生き様を敵に、民に、愛する者に見せつけるものだ。
で、あるならば…最後まで残る者の前に出るべきだろう。
「そう言う覚悟はある癖に、随分とヘタレていると思いませんか?」
「俺は我儘でな…1つ欲しがればアレもコレもと欲しがっちまう。だから、欲張らねぇようにしてんのさ」
「で、あるならば世捨て人になって、人と関わるのを止めるべきですわ」
セシリアは離れている自分のキングの駒を持つと、俺のキングの駒にぶつけて倒す。
少しばかりの苛立ちを込めているように。
「俺は…人間が大好きだからな。そうしようと思ってもできねぇのさ」
「織斑先生の事は特に好いておいでなのでしょう?でしたら…」
「分かっちゃいるんだよ…けどな、それをしないのもまた優しさみたいなところはあんのさ」
深くため息をつきながら立ち上がると、セシリアは不満そうに口を尖らせて俺の事を見上げてくる。
まるで、面倒くさいものを見るかのような眼差しだ。
なまじっか自覚している分、結構クるものがあるな…。
「ミュラー先生…いえ、今はアモン・ミュラーと敢えて呼ばせていただきましょう。アモン・ミュラー、貴方は莫迦ですわね」
「おう、ようけ言うたなパツキンドリル…」
「なんとでも仰ってくださいまし。アモン・ミュラーのその優しさは、ただのお節介と言うものですわ」
余計なお世話、か…。
やがて俺がどういう形であれ居なくなってしまうと分かっている上で、そう接してきている。
で、あるならば俺の気遣いなど無用の長物と言うものか?
段々と考えるのもバカバカしくなってきて、思わず眉根を寄せてしまう。
「わるい、後片付け頼むわ…今日はもう休む…」
「え、えぇ…」
セシリアは俺の表情を見てクスリと笑う。
どこか勝ち誇ったようにも見えるその笑みは、歳不相応に大人びていて妖艶にも見える。
「敢えて、はっきりと申しましょう。わたくしは、一夏さんが好きです。ですが…わたくしのこの想いは叶える事はできません。わたくしは貴族ですから」
「身分差の恋なんぞ時代遅れだろうが」
「そうした時代遅れの身分に居るからこそ…ですわ。ですが、せめてこの学園に居る間くらいは夢見ても構いませんでしょう?」
IS学園特記事項第21項に学園に在学中の人間はあらゆる機関に干渉を受けない…と言うような記述がある。
つまり、この学園に在学している生徒は皆平等な立場であり、この学園の庇護下にある限りあらゆる外的要因から守られる。
学園が中立の立場であるからこそできる芸当だな。
そんな学園だからこそ…セシリアは貴族としてのセシリアではなく、ただの少女で居られる。
「ガキはガキらしくしてりゃ良いだろうに]
「先生程子供ではありませんので。後片付けは、わたくしの方でしておきますわ」
セシリアは俺を追い払うように手を振る。
…子供か。
人一倍どころか万倍歳食っても、こと恋愛沙汰はまだまだ青いか…。
俺はげっそりとした顔で俺とセシリアを囲むようにしていた生徒達をかき分けて、サロンを出ていく。
寮の廊下は閑散としていて人の気配が無く、サロンの中とは打って変わってしんと静まり返っている。
「どうにかしちまってるんだろうなぁ…あの時から」
静まり返っている廊下を歩きながら、ぼやく様に呟く。
初めて出会ったあの暑い真夏のドイツ…そこから既に今の状況に陥ることが確定していたのかもしれない。
もしあの時一夏と出会う事が無ければ、俺はこの場に立っていなかったかもな。
いや、ISが世界の中心だとすれば、立っているかもしれないか…それでも、こんなに千冬達に入れ込むことはしなかっただろう。
運命と言うものは、平気で此方を弄んでくる。
逃げようと思えば逃げることはできるだろうが…それはしない。
仕事と言うこともあるが、何よりも千冬と束から尻尾巻いて姿を消すと言う選択肢が気に食わない。
「…ったく」
忌々し気に舌打ちをすれば、寮長室の扉の前に立って深呼吸をする。
気分を切り替えでもしなければ、千冬とまともに向き合って話すことができない気がしたからだ。
確実に意識をさせられてるし、そう仕向けられもした。
自覚があってなのか無自覚なのかは置いておいて、非常に強烈な精神攻撃だったと言わざるを得ない。
惚れた腫れたはなんとやら…男って言うのはいつだって単純なものだ。
意を決して部屋に入ると、どうやら千冬はまだ校舎の方にいるようで、部屋の中は真っ暗だった。
安堵と共に部屋の明かりをつければ、着ていたワイシャツの襟元を緩めて一目散に脱衣所へと向かう。
セシリアとの知恵比べと糾弾に嫌な汗をかいた為、一刻も早くさっぱりとしたかったからだ。
基本的に寮での入浴は大浴場に定められているが、女性は定期的に来る生理現象があるために大浴場を利用できない期間がある。
そういった場合の解決策として、寮長室込みで簡素…と言っても充分な広さのあるシャワールームが備え付けられている。
流石にバスタブは無いものの、希望者は寮長に申し出ることで自費になるがバスタブの設置も認められている。
現在の1年寮でバスタブを申請したのは、セシリアだけだったな…。
俺は負の思考から意識を逸らすように別の事を考え、蛇口を捻ってシャワーヘッドから湯を吐き出させて頭から被る。
まるで豪雨の様に吐き出されたお湯は、一瞬で全身を濡らしてシャワールームを湯気で満たしていく。
5分か…それとも10分か…暫らくすると寮長室の扉が開いた音が響き渡り、小さく足音が聞こえてくる。
…千冬が戻ってきたようだ。
「…アモン、風呂か?」
「おう…使うか?」
「いや、良い…」
千冬はシャワールームの扉に背中から寄りかかり、何やら煮え切らないような雰囲気で口を閉ざす。
…このままじゃ出れないんだが…とはいえ、そこに陣取るということは、あまり顔を突き合わせて話したくない事があると言う事だろうな。
「…その、迷惑だったろうか?」
「何がだよ…?あぁ、スキンシップの話か?」
「どうも、私は男との距離感と言うのがよく分かっていないようでな」
「…まぁ、美人にすり寄られるのは悪い気はしねぇよ」
シャワーを止めて髪の毛をかき上げて水気を切りつつ、扉の方へと顔を向ける。
…出るに出られないが仕方がない、ここで話を切って顔を合わせづらくなられても困る。
俺は、曇りガラスに映る千冬の背中を見つめる。
「束との会話…一部始終聞いていたんだろ?」
「あぁ…あいつは、存在自体が煩いからな」
ゆっくりと扉へと歩み寄り手を伸ばし、扉越しに千冬の背中に触れる。
背中を押し返されるような感覚があったのか、千冬は怯えた少女の様にビクリと体を震わせる。
鉄の女だなんだとか言われていても、やはりこう言うところは可愛らしい。
人の一面だけを見て、何でもかんでも決めつけるのは良くないってことだな。
「あのな…俺は同情も憐みも欲っしているわけじゃねぇぞ?」
…うだうだと考えるのは、もう止めにしよう。
俺らしくもないし、悶々とし続けるのも疲れる。
千冬と束は、俺が老い先短い人生を送っていると勘違いしている。
で、あるなら…そんな憐みを抱いての愛情であるならば俺はいらないし、このどうしようもない感情を秘めたるものとして、胸の内にしまいこむ。
だが、もしも…もしもそうでないならば…精一杯、応えよう。
やがて、傷つけてしまう結果であったとしてもだ。
「今日居なくなるかもしれねぇ、明日居なくなるかもしれねぇ…けどな、そんな事気にしてたら上手くやっていけねぇ。今、この場に居るんだったら、精一杯楽しんでいねぇと勿体無いじゃねぇか」
「…あぁ、そうか…」
千冬は何か納得したかの様に頭を上げ、呟く様に言う。
「私は…お前に憐みを覚えた事は1度もない。ただ、お前を見るだけで苦しくて、束との事を考えるだけで苛立ったのは…お前が好きだったからか」
「…誰だよ…お前をそんな風に育てたのは…」
無自覚に今までスキンシップを行っていたと暗に言われ、弟が弟ならば姉も姉だなと思ってしまう。
確か青春時代は両親が不在の中必死に働いていたという話だったし、そういった感情に疎くなってしまうのも仕方がない気がするが…とりあえず、だ…
「…ひとまず、そこを退いてくれ。風邪ひくっつの」
「あ、あぁ…すまん…」
千冬ははっとなって我に返り、そそくさと脱衣所を出ていく。
…さて、これからどうしたもんかね…?
照明を落とした室内には、何時かの時の様に月明りが差し込んでくる。
少しばかり気まずい感じで夕食を終えた俺と千冬は、窓際に置いてある椅子に座って黙々と酒を注ぎあう。
互いにどうやって話を切り出すべきか手をこまねいていて、中々話を切り出すことができずにいる。
酒を飲み始めてから早1時間…俺は酔うことが無いものの、度数の高い日本酒を中心に飲んでいたせいか、千冬は頬を赤らめてぼうっとした表情で此方を見つめている。
「…そろそろお開きにするか?もう日付変わっちまうぞ?」
「い、いやまだだ…まだ、大丈夫だ…!」
「割と出来上がってんじゃねーか」
千冬はムッとした顔でタンブラーの中に注がれていた日本酒を飲み干し、俺に差し出してくる。
明日辛くなるのは自己責任…俺は止めるような事をせずに一升瓶を傾けて、タンブラーの中に薫り高い日本酒を注いでいく。
なみなみと注がれた日本酒を千冬は全て飲み干し、口元をどこか男らしく腕で拭うとジッと此方を見つめてくる。
…思春期を殺した結果、自身の恋心と言うものがよく分からなくなっている。
かと言って、このまま束にリードを許すのも面白くない…故に、何とか考えをまとめようと躍起になっていると…まぁ、そんな所か?
「…一応、言っておくけどな。俺は、お前の事好きだぞ」
「っ…!なぜそうも真顔で言えるんだお前は!?」
「もうな、お前らの事考えるの止めにしたんだよ。気楽だぞ、開き直っちまうと」
自分のタンブラーの中身を飲み干して、テーブルの上に置いてあった煙草に手を伸ばす。
そう、開き直ろう…後の事は後で考えて、いざその時が来たら…出たとこ勝負だろう。
「た、束はどうするつもりだ!?」
「ん、そんなもん…」
煙草に火をつけて、窓に向かって煙を吐き出す。
千冬はごくりと生唾を飲み込んで俺の言葉を待っている。
「囲い込むに決まってるだろーが」
「堂々と二股宣言する奴がいるか!?」
千冬は顔を真っ赤にして俺の事を睨んで思い切りタンブラーを投げつけてくるが、俺はそれを涼しい顔で受け止めて酒を注ぎ差し出す。
本気の本気で好いていると言うのであれば、応えてやるべきだろう。
なんだか段々気が楽になってきたな…束の後始末はキツいだろうが。
「俺はな欲深いんだよ。欲しいものは何であれ、必ず手に入れる…必ず。俺はお前が欲しけりゃ束も欲しい。他の誰にもくれてやらねぇよ」
「っ…わ、私は…私だけを…!!」
千冬は、テーブルに身を乗り出して俺の襟首を掴んで引き寄せて間近で見つめてくる。
…どこまでも純粋で綺麗な瞳だ。
俺は、千冬の頬にそっと手を伸ばして火照ったその肌を優しく撫でる。
「っ…!」
「幻滅したならそれはそれで良い…俺はお前が思ってるような奴じゃねぇからな」
ルールには沿うが、基本的に俺と言う存在はアウトロー…法に背くことを平気で行えるし、非情に徹することができる。
今まで、そういった側面を殆ど出してこなかったと言うだけだ。
束は…まぁ、知っててあの振る舞いだろう。
他人がどう思おうが、大して気に留めないからな…。
「~~っ寝る!後片付けしておけ!!」
「っ…あいよ」
千冬は、顔を背けて離れると大股でベッドまで向かい飛び込むようにして潜り込む。
もちろん、俺に背を向けてだ。
…自惚れでも何でもなく、千冬はそれでも嫌いになれないのだろう…殴らなかったのが良い証拠だ。
…行為に甘えていると思う。
「でも、それでもな…俺は千冬の事が好きだぞ。出会い頭に鉛玉叩き込まれた仲だったとしてもな」
「…私は、寝ている。だから、寝言だ…これは」
窓から差し込む月明りはベッドまで届くことは無く、暗闇の中で背を向ける千冬がどんな様子で居るのかは判然としない。
千冬は、寝言と言うにはあまりにもはっきりとした声色で言葉を続ける。
「私は、お前を…それでも、嫌いになれずにいる。これが恋心だと言うのであれば、少しでも…お前の前では素直に、なりたい」
俺は千冬の言葉に答えることなく窓へと顔を向け、静かに紫煙をくゆらせる。
ほんの少しだけ、安堵してしまった気がした。
最初書いていたもののアモンの心情が気に入らずに書き直すという暴挙…あぁ!石は!石は止めてぇ!!