インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
――ただ、ただ私は励ましたかっただけだった…後も先も考えられないくらいアイツが好きだったから。
まず、目を灼かれた。
とてつもない光の奔流は容易く俺の視界を白く染め上げてハイパーセンサーが強制的にシャットダウンするものの、直接見てしまっていた俺の目は視神経が焼き付いてしまっている。
続いて、全身を覆うじんわりとした熱…もはや熱いなどと言う言葉は生温く、俺の体はマグマの中に居るのではと錯覚してしまう。
身に着けていたラファールは装甲が融解し、脱落。
辛うじてISだったかな?くらいの原型しか保てていない。
そして、背中に衝撃が走りバウンドするように転がっていく。
体を穴だらけにされたり、ばらばらにされたりと色々やられたことはあったが、この世界でここまで痛めつけられるとは思ってはいなかった。
人の肉がこんがりと焼けた匂いが鼻をつき、嫌悪感を催す…と言っても今現在の俺の体臭なので文句も言えないが…。
「か…ぁ…ぃ…」
掠れた様な声しか出ないのは喉を焼かれた所為だろう…声を出そうとするたびにやはり激痛が走る。
無様…無様としか言いようがない。
先ほどの戦闘は、気楽に考えすぎていた…一夏や鈴に口酸っぱく慢心するなと言っていたにも拘らず、ちょっとしたアクシデントが起きてこの様だ…。
生き死に関係なく胴体をナマス切りにしておけば、こんな事にはならなかっただろう。
「あ゛あああああっ!!!」
ビクン、と体が跳ねるような衝撃が走ると視界に光が走り、耳に音が流れ込んでくる。
無駄に高い再生能力が、俺の肉体を急激に再生させていくのが分かる。
死んだ細胞の下から新しい細胞が生まれ、切れてしまった神経は再び繋がっていく。
その1つ1つが手に取る様に分かり、産声にも似た激痛を俺に教えてくる。
痛い、痛い、痛い…言葉で言うのは簡単だが…ちょっと体揺らすの止めろってんだ…!!
「あ、アモン!!アモン!!!」
「ゆら…すな…い、てぇ…」
「な…な…」
千冬は俺の体に縋りつく様に必死に揺らし、箒は箒で俺の体が再生していく様子を見たのか言葉を失っている。
服や頬が煤けてはいるものの、一先ずは無事なようだ…。
管制室の外から、甲高い金属音と爆発音が響き渡る。
随分と、暴れまわってるらしい…。
一度大きく噎せると血の塊を吐き出し、先ほどからあった胸の違和感と吐き気がすーっと消えていく。
「ち、ふゆ…そこの、バカ連れて…離れてろ…」
「だ、だが…っ」
「…あ゛っ…やっと、動けるか…」
俺は何事もなかったように体を起こし、コキコキと首の骨を鳴らす。
すっかり肉の焼けた様な匂いは無くなり、全身に倦怠感がある程度で激痛も走らない。
着ていたISスーツは…まぁ、奇跡的と言うかご都合主義的に下半身だけは無事なままだ。
「いいから、
「っ…ば、化け物…」
箒は俺に対して恐れを抱いたのか、ゆっくりと後ずさりながら管制室の出口まで向かう。
箒の言葉に千冬は顔を顰めるものの、俺は手で千冬を制して箒を一瞥した後に管制室に空いた大穴へと向かう。
外から戦闘音とは別の音が響き渡ったからだ。
大穴から外を覗くと、意外にも一夏と鈴は冷静な表情で機械人形をナマス切りにしている…胴体を。
その情け容赦ない戦闘は、少しばかり育て方を間違ってしまったのかと疑ってしまいたくなる。
ただ、そんな情け容赦ない戦闘もそう長くは続かない。
新たに追加された5体が、一夏と鈴を包囲しているからだ。
互いに試合開始してから今まで戦い続けている為に、シールドエネルギーの残量も心許無いかもしれない。
「千冬、ここから近い格納庫はどこにある?」
「システムをハッキングされている所為で、ハッチが開けられん…格納庫から機体を持ち出すことは不可能だ」
搬入口のハッチは薄かったからパイルバンカーで事なきを得たが…やはり生身で分解するしか…等と思案すると、高速で何かが突っ込んでくるような音が響き渡ってくる。
俺は慌てて近くに居た千冬の腕を掴んで覆いかぶさり、飛来してくる謎の物体から千冬を庇う。
「なっ!?」
「厄日かドちくしょう!!」
「ひっ!!」
管制室に突っ込んできた謎の物体は、辛うじて管制『室』の体を保っていたものを粉々に粉砕し、天井に大穴が開く。
お、俺は悪くない、俺は悪くないはずだ…。
箒は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいたが、奇跡的に瓦礫が降り注ぐことなく無事なようだ。
俺は安全を確認して千冬から体を退かして、飛来した物体へと目を向ける。
「…人参?」
「…人参だな」
「…っ…」
ポツリと感想を漏らすと、つられて千冬もポツリと呟く。
箒に至っては送り込んできた人間を察知したのか、頬をひくつかせて非常に曖昧な顔で沈黙している。
そうこうしているうちに、飛来物である巨大な人参のハッチが開いて無数のメカニカルな触手がノロノロとした動作で現れる。
…恐らく、この人参の物体を送り付けてきたのは束であろう…そして、考えられることは1つ…。
触手は『みぃ~つけた』と言わんばかりに一斉に俺の方へと向き、俺が反応する前に四肢に絡みついて人参の中に引きずり込む。
神速と言っても過言ではないだろう…いくら俺が疲弊したからと言って反応できない訳がない。
油断していたつもりもないしな…。
人参の中に引きずり込まれるとハッチが閉じ、頭にとてつもない衝撃が走ったかのように情報が流れ込んでくる。
「ぐっ…クソ、ウサギ…あれ、テメェの仕業か…!?」
『そんな訳ないじゃん…あっくん、ぱぱっとフィッティング済ませるから1体捕獲してくんない?用事が済んだらそっち向かうからさ~』
束は呆れた様な声で俺に返事をすると、触手が全身を撫で回すように俺の体を這っていく。
俺の頭に流れ込んで来るのはISの情報だ。
単純な本体スペックだけを見れば、第三世代型とそう大差ない様に思える。
触手は俺の体を這い終えると自ら分解されていき、俺の体に装着されていく。
一般的なISと異なるそれは
艶やかな黒地の装甲に蔦の様な金のエングレービングが走り、どこか彫像めいた印象を覚える。
頭部には全体を覆うフルヘルム型で、額に装甲と同じ一本角が伸びている。
銘を
一瞬の浮遊感と共に光が俺を包むと、アリーナの中央に居ることに気付く。
「新手!?」
「今度はISみたいだ…けど!」
一夏と鈴は3体まで減らした機械人形を前に、俺に目を向ける。
何もない空間からいきなり現れれば、警戒して当然と言ったところか。
ハイパーセンサーに映る視界にファースト・シフト完了と言う表記が現れ、背中に4基のアンロックユニット型ウィングスラスターが展開され設置される。
何れも祈りを奉げる女性の姿をしており、機体の雰囲気もあって不気味さが際立っている。
「おう、お前ら下がってろ…おじさんの出番ってやつだ」
「な…ぶ、無事だったのかよ!?」
「シショーが簡単にやられるようなタマじゃないって分かってるでしょ!」
一夏と鈴は俺から声が聞こえると、途端に笑顔を浮かべて武器を握る手の力を強める。
俺がそう簡単にくたばる様なタマかってんだ…なんせ、この身は人に非ずだからな。
2人は素直に俺の言葉を聞いて、管制室の前まで後退する。
3体いる機械人形は、何れも俺を標的と定めたのか両腕を高く掲げて俺に差し向ける。
俺は躊躇することなく、ワンオフ・アビリティを起動させる。
ほんの、一瞬の出来事だ。
計6門にも及ぶ集束型レーザーカノンは確かに俺を捉える…筈だった。
俺は3体居る内の中央の1体の背後に姿を現し、ウィングスラスター2基の機能を開放する。
1基はまるで着物を着崩した花魁のように炎を纏い、1基は氷の華をあしらったドレスを身に纏った姿へと変形する。
スレイヴ・ユニット…ブルー・ティアーズに搭載されているビット兵器の発展型の兵器。
ビット兵器と異なる点は、何れも人型で人間とほぼ同じ挙動で操作できる点にある。
「行け…」
3体の機械人形が反応する前に、右手にいた機械人形は炎を纏ったスレイヴ・ユニット『華焔』が背筋が凍るほどの艶やかな笑みを浮かべて灼熱の抱擁を行い、ドロドロに融かし尽す。
左手に居た機体は華焔の動きに反応して腕を差し向けるが、行動を起こすことができたのはそこまでだった。
氷を身に纏ったスレイヴ・ユニット『氷華』が華焔同様に抱擁を行い、全身を凍結させた後にそのまま粉々になるまで締め上げたからだ。
…火力と言う一点において、とんでもなく使いにくいもん寄越したな…あのウサギ…。
ボンヤリとそんな事を考えながら軽く右腕を振るうと五指からワイヤーブレードが飛び出し、俺の背後に居る1体の五体を悉くを切り飛ばし、胴体に絡みついて拘束する。
恐らく、過去にドイツで暴れまわったときに使った糸を参考に束が用意したのだろう…この一点に置いて正直、感謝したい。
倒れ込んだ機械人形をアリーナの床にめり込むまで思い切り踏み潰し、俺は漸く一息ついた。
ワンオフ・アビリティ『
単純に言ってしまえば、ワープ能力だ。
厳密に言うと操縦者ごと機体を量子空間に格納、半径500メートル以内であれば指定した地点に再び出現させると言う物だ。
この能力の恐ろしい点でいえば、非常にローコスト且つ
対象を選ばないと言うのは比喩でも何でもなく、指定した1つの物体を運動エネルギーそのままに量子跳躍させるのだ。
流石にアサルトライフルの様な連続して弾を吐き出すものに関しては効果が薄いものの、単発式の弾丸やミサイル等と言ったものであれば、そのまま撃った本人にお返しすることも夢ではない。
ただし、制約として連続での使用ができない、自分以外の生物は量子跳躍させることができないというものがある。
具体的には1分間のリキャストタイムを要求され、その間はどんなに短い距離であっても跳躍することは出来ない。
結果として跳躍地点から半径500メートルの範囲を飽和攻撃された場合は回避できないし、人を逃がすことには使えないと言うことになる。
あくまでも攻撃するためのワンオフ・アビリティと言う事だろう。
さて…。
俺は、IS学園の地下にある広大なエリアの一画である整備エリアの一室の脇で、大量の書類にサインを書き続けると言う苦行を行っている。
具体的には、今回俺に束からセクハラを受けつつ渡された専用機『黒鬼』の委員会登録用の書類から兵装管理に関する要綱に至るまで、事細かに書く必要が出てしまったのである。
しかも今夜中に。
「莫迦なんじゃねーの、マジで」
「ちょっと扱ってる物が物ですから…それよりも、よく無事でしたね?」
「ラファールが優秀だったんでね…エネルギーに余裕がなきゃ、今頃お陀仏だったろうよ」
真耶は解体分析を進めていた鹵獲機から離れ、此方へと歩み寄ってくる。
事後処理を終えた後の肉体労働は、女性の身ではかなり堪えるだろうよ…。
今回の襲撃事件、第一、第二アリーナを含めての大規模な襲撃事件だったらしく、怪我人こそ奇跡的に出なかったが、事件自体に緘口令が敷かれる事になった。
学園の立地上本土から遠く離れていて、人の出入りも少なかったお陰でちょっとしたボヤが起きたことになっている。
もっともIS委員会には報告済みであり、日本政府も事件の概要は把握している。
ある一点を覗いて…。
「それより、そっちはどうだった?」
「…機能的にはISとそう大差がありませんね。機関部に関しては自壊装置がセットされていたのか、跡形もなくなってましたけど」
「自立行動可能な無人機…ねぇ?」
今のこの世に於いて、ISに迫る火力を持つ無人機と言う存在は非常に危険な存在だ。
現状469個しかないISコアは、その全てが軍事に使われているわけではなく、万が一この数を超える無人機を用意されてしまった場合、面倒な事になりうる。
例えば…虐げられてきた男性達によるテロ、とか…。
今回、IS委員会や日本政府に報告していない事柄として、鹵獲した機体については伏せられている。
これは理事長からの指示であり、そして束からのお願いでもある。
用事が終わったら来るって話だったが…。
俺は真耶に気付かれない様に小さくため息を吐く。
「篠ノ之博士…本当に来るんでしょうか?」
「あいつが来るって言ったら来るだろうさ。箒は?」
「今は懲罰房で大人しくしています。酷く憔悴しきってましたが…」
「チフユノオニノセッキョウノセイジャナイカナー」
「…と、言うことにしておきましょう。私はそろそろ失礼しますね?」
箒は懲罰室と化した寮長室で、非常に厳しい愛情を千冬から与えられた後、今日を含めた3日間懲罰房で過ごすことになっている。
原因は言わずもがな、非常事態下における自己中心的な行動をした為…と、俺の体質に関しての口止めを兼ねている。
死体にしか思えない物体が逆再生の様にケガが治る様子を見れば、誰だって化け物の様にしか思えないだろう。
事実、化け物ではあるが。
「休校になった…つっても先生は仕事塗れだからな…どっかでリフレッシュしておけよ?」
「肝に銘じておきますけど…それはミュラー先生もですからね?」
「へいへい」
立ち去る真耶をひらひらと手を振りながら見送り、その姿が地下施設の闇に溶け込んだのを見計らって、横目で整備室の隅を見る。
真耶は疲労からなのか、それとも素なのか…部屋の隅に居た存在に気付けなかったようだ。
「なーに不貞腐れてんだよ…?」
「べっつにー?アモンは~、あんなボインがいいなんて~、思ってないしぃ~?」
「うわ、めんどくせぇ…おっぱい魔王が言うセリフじゃねぇよ」
部屋の隅に居た人物…篠ノ之 束は、唇を尖らせながらジト目で此方を睨みつけている。
2時間近く放置する形になったので、それでいじけているだけなのだろう。
束は自慢の胸を態と揺らすように大股で此方に歩いてくると、俺が書類にサインをするために使っていた机に腰掛けて見下ろしてくる。
「で、どうだったかな…現行最強のISのお味は」
「扱いづらいんでリミッターかけとけ」
「辛辣ぅ!」
俺は左手の薬指に嵌められた黒曜石を思わせる指輪を眺めながら、束に手を伸ばす。
束は何処か嬉しそうに俺の手を取って、優しく握りしめてくる。
「まぁ、調整が必要なのは否定しないよ…急場しのぎで用意したものだしね」
「十分動くから火力だけどうにかしとけって、マジで」
「お客様の要望にはアモン限定で何でも聞いちゃうよん!」
うへへーとヤらしい笑い声を上げながら、他は俺の手を自身の頬まで持ってきて頬ずりをする。
ひんやりと、しかし滑々とした肌は心地よく、不摂生の塊のような女とは思えない肌触りだ。
相変わらず、徹夜でもしているのか目の下は隈ができていて、若干トロンとした目になっている。
「ところでー…あの話――」
「二股でいいならな」
「ふぇ…?」
「二股でいいなら、お前を喰う」
束が口説こうと口を開こうとした瞬間に先手を打ち、ニヤリと笑みを浮かべる。
よもやOKを出すとは思ってもいなかったらしく、束にしては珍しく表情も動きも彫像の様に硬直している。
「もうな、ここに居られる期限だとかそう言うのは度外視する。俺は、お前も千冬も欲しい。だから、両方食い散らかす。もちろん、お前が嫌だって言うならこの話は無しだけどな」
「…マジ?」
「クソみてぇな男だろう?俺はな…」
俺の手を掴んでいた束の手を引き寄せて、手の甲にそっとキスをする。
「悪魔が欲の皮被って、人間の真似してるだけなのさ」
束はゾクリ、と身を震わせて満面の笑みを浮かべると、青白かった頬を紅潮させて机の上から俺の膝の上に飛び降りて万力じみた怪力で俺の体を締め上げてくる。
「フフッ!もちろんだよ、アモン。私は君の物だ…あぁ、ゾクゾクするね!」
「…マゾヒストかよ」
「否定はしないよ!なんせ、ちーちゃんに殴られる妄想だけでご飯は3杯行けるからね!」
「…いくら私でもそれは退くな、束」
カツカツ、と言う足音を響かせながら千冬が此方へと歩み寄ってくる。
その顔は疲労一色で束同様に顔色が良いとは言えない。
「アレは、お前の作品ではないのか?」
「あんなブサイクと一緒にしないでよね!第一、無人機なんてナンセンス極まりないしね!」
束は千冬の問いかけに答えて、俺に向けていた笑みとは別のどこか邪な笑みを浮かべる。
「あんなブサイクで私のISと対抗しようなんて、随分と思いあがった連中じゃないか」
「超高高度からの一斉投入…手間暇を考えれば余程の金持ちが絡んでいると見える」
「虐げられてきた男たちの為にやりましたってんなら、理由が簡単で良いんだが…」
束は心底どうでも良いのか売ってきた相手がどんな相手なのか想いを馳せ、俺と千冬はこれから一夏や俺自身の身の振り方に若干の面倒を感じてため息を吐き出す。
千冬としても今日の事は取り合えず終わりにしたいのか、頭を横に振って意識を切り替える。
「ところでだ…アモン、貴様本気で二股を公言するつもりか?」
「俺は束もお前も欲しいっつったろ?」
「むぅ…なら…せめて抱きしめろ…私は抱きしめて貰ってすらいないんだが…?」
千冬は恥じらうように顔を伏せ、頬を赤らめながらボソボソとつぶやく様に言う。
そこに世界最強と言う肩書や鉄の女などと言う渾名を与えられた女の姿は無く、まるで恋する少女の様な印象を受ける。
「え~…同棲してんだから、今は束さん優先じゃダメ?」
「お、お前はキスもしているだろう!?」
「…遅い青春か何かかか?」
俺は束の締め上げてくる腕をやんわりと外して膝の上から退かせば椅子から立ち上がり、千冬の方へと歩み寄る。
背後で束がぶつくさと文句を言っているが、この後肉襦袢の様にべったりとくっついてくる未来しか見えないので無視することにする。
「抱きしめろってお前に言われるたぁな…」
「わ、悪いか!?」
「悪かねぇよ…可愛いもんだと思うけどな」
「っ…」
千冬は若干涙目で怒鳴り声をあげ、羞恥心を隠そうと躍起になっている。
今まで誰にも甘える事が出来ず、甘えようとした事もないから甘え方がよく分かっていないのだろう。
俺は口元に笑みを浮かべながら千冬の体を優しく抱きしめ、背中を撫でていく。
最初こそ、千冬は体を強張らせていたものの段々とリラックスしてきたのか体の緊張が解れ、胸元にしがみつく様に手を寄せてくる。
「…存外に、良い」
「そいつはよかっ…!?」
「アモン、ちーちゃん!部屋行って蛇みたいなくんずほぐれつと行こうぜぇ!」
束は千冬がリラックスしたのを見計らったのか、俺の背後にしがみつく様に飛びついて下品な笑い声をあげる。
俺は若干呆れた様な顔になり、千冬はムッと不満顔で俺の背後から顔を覗かせている束の事を睨み付ける。
「お前は帰れ、目的は済んだだろう?」
「帰るって…束さん、今日からここに住むんだけど?」
「「はぁ…?」」
千冬は追い払うように手を振ると、束は何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げる。
束の突飛な行動と言うのにはある程度慣れていた気がするが、よもやIS学園を根城にするとは…。
部屋に行こうとせっつく束を無視して、俺と千冬は盛大なため息を1つ吐くのだった。
「私は…なにも、悪くなんか、ない…!」
IS学園の懲罰房…その簡素なベッドの上で、篠ノ之 箒は膝を抱えて丸まっていた。
ただ、一夏を激励したかった。
私が声をかければ何時も以上に力を出してくれると思った。
けど、けれど…どうして私はこんなところで反省をさせられている…?
そんな出口のない思考に振り回され、箒は己の所業を省みる事が出来ないままでいた。
不意に懲罰房の扉が開き、1人の女性が入ってくる。
「篠ノ之、いつまでそうしているつもりだ?」
「ちふゆ、さん…」
箒は赤く泣き腫らした目で懲罰房に入ってきた女性…織斑 千冬を見上げる。
研ぎ澄まされた日本刀の様に鋭いその視線は、未だに自身を責め立てているような気がして委縮してしまう。
「篠ノ之…お前は真っ直ぐだ…だが、あまりにも真っ直ぐすぎて大事なことを見落としてしまっていないか?」
「大事な、こと…ですか?」
千冬は小さく頷くと、箒と目線を合わせるためにしゃがみ込み、真っ直ぐに見つめる。
その視線はさっきと打って変わって優しさに満ち溢れている。
「お前が一夏の事を好いていると言うことは知っている…だが、一方的な好意は他者を傷つけかねない」
「そんな…そんなことない!私は一夏が好きで一夏も私の事が好きで…!」
「それは異性としてか…?それとも友人としてか…?凰に関する顛末は本人とアモンから聞かされている。それを知っていてなお…異性として見ていると思うのか?」
「っ…」
箒は千冬の言葉に反論することができずに言葉に詰まり、何も言い返すことができない。
あの優しい笑顔は…私だけに向けているものではないのだと…本当の意味で気付かされてしまったから。
「あー、なんだ…恋は盲目と言うが…私も最近それを思い知らされてな」
「…あの人は何者なんですか?」
「…ただの大道芸人さ。優しい、ただの…な」
千冬に恋心を抱かせた『化け物』。
死体から蘇った『化け物』。
そして、姉と言う存在が箒よりも好いている『化け物』。
箒はあの再生を目の当たりにして人間として見る事ができず、ただた異物の様に感じてしまっている。
何より、自身に会いに来ず姉がうつつを抜かしている存在と言うことが気に食わないと言うことに本人はまだ気づいていない。
「箒、真っ直ぐストレートに進めるのは美徳だ。だが、時には立ち止まって周りを見ると言うことも大事だと言うことを肝に銘じておけ」
「…はい」
「あぁ、それと…アモンに関しては他言無用だ。本人もひた隠しにしている」
「…はい」
その返事は、懲罰房にむなしく消えていくような小さな声だった。
設定
黒鬼
フル・スキンタイプのIS。
正確にはアモン用に特別制作されたIS=Dと呼ばれるもの。
全身漆黒の悪魔を思わせるデザインの装甲に覆われ、アクセントに蔦状の金のエングレービングが胸元、両手首、膝、足首にデザインされており、名前の通り額に鋭利な一本角が生えている。
背面四基あるウィングスラスターの内の二基はスレイヴ・ユニットと呼ばれる遠隔操作型の人形であり、それぞれ灼熱の炎を自在に操る華焔、絶対零度を操る氷華と名付けられている。
両手合わせて十指の先端からは、以前束と行動を共にしたときに使っていた鋼糸をモチーフにしたワイヤーブレードが仕込まれており、アモンは基本的にこれをメインウェポンとして闘っていくことになる。
ワンオフ・アビリティ『神隠鬼現』
ISコアによる莫大な演算能力を駆使した量子跳躍能力。
拡張領域に武器を仕舞ったり出したりする機能の拡張版で、半径五百メートル圏内を拡張領域対応範囲として扱い、一度自分を拡張領域にしまってから指定した座標に取り出す、と言う方法で移動を行っている。(元ネタはANUBISU搭乗のラスボスのゼロ・シフト)
この能力を生身の人間に適用した場合、ミンチよりも酷いことになる。
具体的には頭が股間についたり、とか。
この機能は運動エネルギーをそのまま保存して移動させることができるため、相手の攻撃に対するカウンターとしても使用することができる。