インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
#30 ようこそ、IS学園へ
一週間なんて早いもので、あっという間にクロエが編入する日がやってきた。
理事長である轡木と話したその日に束とクロエとで再び話し合い、何とかクロエを納得させることができた。
クロエの学園編入に関して思うところが無いとは言わないが、部屋に引き籠っているよりは遥かにマシな状態になるし、何よりもクロエはあの地獄のような環境や束の傍に居る世界以外の事も充分に知る必要がある。
物事を柔軟に、なおかつ貪欲に吸収できるのは今の内だからな。
色々な事を経験して、立派に成長してくれれば…まぁ、俺としては満足だ。
で、だ…俺は背中にとある人物をぶら下げて引きずりながら、ノシノシと言った感じで廊下を千冬と転入生3名とで歩いている。
いずれも無言…これは、俺が口酸っぱく絶対に突っ込むなと言ったからだ。
「…あの」
「あー…なんだ、デュノア?」
だが、金髪の貴公子然としたデュノア社のお子様は耐えきれずに、歩調を俺に合わせて背中に居るモノを見る。
デュノアの顔色は若干悪く、こちらのご機嫌を窺っているかのようだ。
「その、重くないんですか?」
「あのな、重かったら汗かいて息も乱してるわい。こんなの重い内に入らねぇよ」
「そ、そうですか…」
若干、背中にへばり付いているモノが嬉しそうにしている気配が伝わるが、俺は努めて無視をする。
教室まではまだあるし、背中のモノに対するプレッシャーを紛らわせる為に、俺はゆっくりと口を開く。
「日本には3日くらい前から居たんだろ?」
「はい、時差ボケがあったままだと辛いですし…転入前にいただいた書類には、今月末に行われるトーナメントに出場しなくてはいけません。僕も
「
「あ、あはは…」
シャルル・デュノア…3人目の男性IS適正者…フランスのトップメーカーであるデュノア社の御曹司にして、国家代表候補生の資格を持つ優等生…と、肩書と顔や仕草を見れば、この学園の黄色い声が通常の3割増しくらいに大きくなることうけ合いだな。
実際IS学園の制服も綺麗に着こなしつつ姿勢も歩き方も綺麗なもんだから、どこぞの貴族のお子様の様に見える…が。
千冬はひた隠しにしている事実ではあるのだが、俺は一目見た瞬間に看破しちまった。
デュノアは骨格から見て、間違いなく女性だろう。
コルセットや服で誤魔化してはいるが、歩く時の動きで大体検討がつく。
なんせ、人形制作で人体の隅の隅まで調べつくしたからな…俺に看破できないものは、ない。
「アモン・ミュラー…私に言うことは?」
「遠路遥々ごくろーさん。隊長やってるんだって?」
「…軽い気がするが、まぁ良いだろう。お陰様でな…私としてはお前と会うことはないだろうと思っていたのだが?」
少しばかり不機嫌そうな声が、俺の前から発せられる。
千冬の隣を歩いていた、腰まで綺麗に伸ばした銀髪が美しい眼帯娘…ラウラ・ボーデヴィッヒだ。
あの事件から、もう3年くらいになるのか…?
なんとも早いもんだな…。
「先生は、ボーデヴィッヒ少佐とお知り合いなんですか?」
「1ヶ月ばかりお世話してもらっててなー。くれてやった眼帯、大事にしてくれておっさんは嬉しいよ」
「ち、父が…戴いたものは大切にすべきだと言うから…」
「2人とも、無駄話はそこまでだ。転入生3人は此処で待つこと」
「了解しました」
「はい」
「……」
3人全員が1年1組に転入…ムスッとした顔のままのクロエは兎も角、デュノアは会社が無理言って捩じ込み、ラウラは…軍の意向を反映した感じか。
両国とも虎の子の国家代表候補生を送り込んできている形だな。
ざっと書類を見た限りでもISの適正値は両社ともにAであり、訓練機を用いた適性試験でも試験官を圧倒する程の手練れだ。
仮に問題が起きた場合、それ相応の実力者が揃っている1組に割り振るのも仕方ない…と言うことにしておこう。
大事なことはタヌキが片付けるだろうしな。
「アモン、そんな顔をするな…気持ちは分かるが」
「…束、寮長室に戻ってろって、悪いこと言わねぇから…」
「…ヤダッ」
そして、この転入生よりも遥かに問題がある物体T・Sに対して、俺はどうにも腹を括れない思いを抱いている。
千冬としても投げても殴っても抓ってもテコでも動かない束は、出会った当時以来だったらしく半分匙を投げてしまっている。
…これでも千冬と同い年だってんだから不思議だわ…。
「ちーちゃん、アモン、これはね、箒ちゃんに対する重大な一歩の為なんだよ!頼むよ!!」
「平日中にアクションを起こすな!こっちはふざけてやっているんじゃないんだぞ?」
「悪い事言わねぇ…箒の俺に対する評価が最底辺突破して回復不能領域にまできちまってる…そんな人物とお前が戯れてたら、箒はどう思うよ…?」
箒は懲罰室から出てきてからと言うものの、俺を避け続けている。
その瞳に映るものは『嫌悪』と『恐怖』。
人間以外の存在が自分の傍に居る。
人間面して自分たちに接してくる。
何よりも…いつ襲われるのか分からない…もし、襲われたとき抵抗できるかどうかもわからない。
なんて言ったところだろう。
お陰で授業中に指名するときの気不味さが半端ない。
箒は俺に話しかけられる度に体をビクつかせてくるからな…俺にそんな意図が無いなんて言ったところで通じる訳もない…。
一方的な拒絶は、崖っぷちに掴まることさえ許してくれないものだ。
「でもでも!学園に来た4分の1の理由だし!」
「せめて本当の理由って言ってくれよ…」
「天才はね、複雑怪奇なんだよ…」
「自分で言うんじゃない…」
束はフッと笑ってもっともらしい事を言うが、アプローチの仕方が奇天烈すぎると思わないのだろうか?
俺は、どこぞの狼の様にジクジクと痛む胃に苦しみながら深くため息を吐き、ゆっくりと扉に手をかける。
もう、いい加減腹ぁ括ろう…。
「おはよーさーん」
「「「!!!???」」」
扉を開けて俺が教室に入った瞬間、教室の中の時が止まった。
言うまでもなく、俺の背中に居るはずのない人物がしがみついて密着しているからだ。
白く燃え尽きた様な顔をする者、現実を直視できない者、新たなネタに悦ぶ者、そして…。
「ね、ね、姉さん!!??その、その男から離れるんだ!!!」
「箒ちゃん!まさか箒ちゃんが心配してくれるなんて!!」
「…危険物扱いくらいは訂正してくれても良いんじゃね…?」
「兄貴…これ、どういう事?」
束は、箒が自分を心配して声を張り上げた事が嬉しかったのか、喜色満面の笑みで俺の首を万力の如く締め上げてくる。
ミシリ、ミシリと骨が悲鳴を上げる声がするものの、俺にとっては赤子が抱きしめてきている様なものなので努めて無視をする。
一夏は、至極冷静な顔で俺と束を見比べて訪ねてくる。
付き合い長いから、突拍子もない事には最早慣れっこなんだろうなぁ…。
「1週間前から学園に潜伏しているテロリスト予備軍です」
「…マジか…」
「おう…まぁ、苦労は分かるな?」
神妙な面持ちで一夏は頷き、俺の苦労を偲ぶかのように静かに首を横に振る。
タヌキとの会談に始まり、この1週間の間にクロエと束の私服作り、並行してクロエの調理スキルが壊滅なんてレベルじゃなかったんで技術指導。
料理を任せたら奇声を上げる暗黒物質なんて、まるで漫画みたいな物体作り出したのには本気で驚いた…それをケロッとした顔で丸のみにした束にも。
あと、やっぱりと言うかなんと言うか、支障が出るほどではないとは言え少しばかりズレた感性を持っていたので基本的な日常生活のマナーも叩き込んで、etc.etc…。
いくら、人間ではないと言っても、魔法が使えない以上どうにも出来ないことが俺にはある。
よく、頑張った方だと思うわ…。
ひそひそとした声で一夏と喋っていると、そんな俺たちに気付いた箒が一夏に檄を飛ばす。
「い、一夏!早く姉さんを引きはがしてくれ!」
「…無理じゃないか?束さんが此処に居るって事は、アモン兄と千冬ね…織斑先生が匙投げたって事だろうし」
「だ、だが!」
「…いや、諦めようぜ?実害があるわけじゃないんだしさ。束さんだって、織斑先生達と邪魔をしないって約束で此処にいるんだろ?」
箒の若干ヒステリーが混じったかのようなその檄を、一夏は冷静な態度で首を横に振り箒を落ち着けさせようとする。
大人しくしているのであれば、実害があるのは俺くらいだしな…まぁ、ISに携わる者が束を意識しない訳が無いんで授業に身が入るかどうかは分からんが。
一夏の言葉に箒は何かをボソリと呟いて顔を俯かせ、束は束で満面の笑みでコクコクと頷く。
「そうそう、束さんは大多数の凡人に用は無いのさ!だから凡人諸君は束さんが引いた道を歩いていればいいと思うyぷげらっ!?」
「口を開くな…落とすぞ」
「どこにだよ…兎も角、束は口開くな…俺の為を思って」
「しっかたないなぁ…アモンとちーちゃんのお願いだからね~!」
(((…大変そう…)))
教室中の生徒から同情や憐みと言った視線が降り注がれている…気がする。
なんていうか…とんでもない女に引っかかったんだね…みたいな。
不意に千冬が箒の頭に出席簿を叩き落し、喝を入れる。
「いい加減お前も座れ…あれに関しては諦めろ」
「…はい」
いつもより幾分優しく落とされた出席簿は、千冬なりの優しさだったのだろう。
それに気づいた箒は1度俺を強く睨み付けた後、静かに自分の席へと戻っていく。
ほんと、嫌われちまったもんだなぁ…。
「え~、山田先生は一時間目の授業の準備をしている為、SHRは私が執り行う。最初に、このクラスに転入生が3人配属されることになった」
教壇に立った千冬は、まるで事務処理をするかのようにてきぱきと連絡事項を伝え始める。
実際、先ほどまで行っていた茶番のせいで少しばかり時間がおしてしまっている。
しかし、3人の転入生の話で教室が騒然とする。
「せ、先生!IS学園ではこんな風に短いスパンで転入生が来ることってあるんですか!?」
「なんで1組ばかりなんですか!?」
「今回は、色々な事情があって来ることができなかった者たちばかりだ。1組に配属される理由は私も把握していない。質問はこれ以上受け付けんからな」
何処か苦虫を噛み潰したかのような顰め面の千冬は、素早く質問を打ち切り廊下で待っている3人に声をかける。
「待たせてすまなかった。入ってきてくれ」
俺は誰にも気付かれないように――束には気づかれたが――懐から耳栓を出し、素早く耳の穴に押し込む。
偽物とは言え、3人目の男性適正者だ…反応なんてわかり切ったものだろう。
エプロンドレス風の改造が施された制服に身を包んだクロエ、ドイツ空軍の制服を模して改造された制服を身に包むラウラが入り、そして貴公子然とした佇まいで一夏と同じ無改造の男性制服に身を包んだシャルルが入ってくる。
「え、ちょっと待って…」
「う、うそ…」
「静粛に。シャルルから自己紹介をしろ」
千冬に促されたシャルルは静かに頷いてから一歩前に出て、柔らかな笑みを浮かべる。
その所作はどこか芝居がかっていて、妙にくどい。
恐らく男性であろうと強く意識しすぎているからなんだろう。
だが、それに気付く人間も僅かなはずだ。
なんせ此処は孤島と言う名の女の花園…異性に接触するチャンスは休日の外出許可が下りた生徒だけだからな。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
シャルルは丁寧にお辞儀した後に、、綺麗な笑みを浮かべる。
その顔を見た一夏は、ハッとした顔になって急いで両耳に手を当てて塞ぐ。
一夏もこの学園の生徒たちの行動パターンは覚えたらしい。
「「「キャー!!!!」」」
突如起こる超音波破壊砲『黄色い声』。
クラスのほぼすべての生徒から喜色んい染まった叫びが上がり、窓がびりびりと振動を起こす。
シャルルはそんな声にビクッと体を震わせ、ラウラは眉をしかめて耳を塞ぎ、クロエは直立不動で気にした様子がない。
まるで普段から騒がしいから、もう慣れっこですと言わんばかりだな。
因みに束は飽きたのか、俺の背中にしがみついたままうなじに噛みついたり舐めたりしている。
「3人目!3人目の男性よ!」
轡木のおっさんは男性に含まれないらしい…いや、この場合は3人目の適正者って意味か?
「しかもうちのクラス!!」
そうだね、これが陰謀関わってなければ尚良かったのでは…と思わずにいられんぞ。
「守ってあげたくなる系の美形!!」
ノーコメントで。
「地球に生まれて良かった~!!」
イケメンがいてって言う意味なら学園の外にウジャウジャ居ると思うんだがなぁ…まぁ、ロマンスを手軽にってなるとそうもいかないらしい。
千冬は深くため息をついて、頭を軽く抱える。
「あー、静かにしろ…SHRの時間は少ないんだ。自己紹介を続けるぞ」
ラウラは耳を覆っていた両手を外し、眩暈がするのか眉間を軽く揉み解す。
恐らく軍での生活と学園の緩さとのギャップが凄まじいんだろう…まぁ、ボーデヴィッヒ大佐としては、そういう普通の人間らしい生活にも慣れさせておこうと言う腹積もりかもな。
義理とは言え、娘との接し方も中々サマになってきているんだろう。
「…ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツ空軍シュヴァルツェア・ハーゼ隊…確か此方の言葉ではクロウサギと言うそうだな、そこの隊長をしている。階級は少佐。そこに居るアモン・ミュラーとは顔なじみだ。何か質問はあるか?」
ぶっきらぼうだが、それでも何とか自己紹介を言い切ったラウラは、内心ホッとしたのか深く息をつく。
ラウラはクラスの全員を見渡すと、手を上げた1人を見つめる。
「なんだ?」
「あ、あの…どうして、軍人さんが…?」
もっともらしいっちゃ、もっともらしい質問だな。
ドイツ空軍…それも1つの部隊の隊長にまで上り詰めた人間が、学園に来る理由なんて無いはずだ。
基礎知識、応用知識、さらには操縦技術に至るまで頭二つは飛び抜けている証拠だからな。
「良いだろう。諸君らも知っての通り、現在各国は第三世代型ISの開発に躍起になっている。この学園にはそれらの試作機が多数送り込まれている…英国のBT、中国の甲龍、ロシアのミステリアス・レイディetc.etc…そう言った機体との戦闘データ収集が目的だ…と言われたのだが…」
「「「……」」」
ラウラは突如口を噤んで眉根を寄せる。
何と言うか…こう、恥をさらす様で嫌だなぁ…と言わんばかりの顔だ。
だが、生徒たちはそんな様子に気付くこともなく、ラウラの言葉の続きを固唾を飲んで見守る。
「そ、その…しょ、少将が言うには表向きにはそう言う事にしておくから、学園生活を楽しんで来い、と…」
「…お前の父ちゃん、出世したのか?何やったんだよ…?」
良くて降格、最悪クビだと思ってたんだがなぁ…。
ともあれ、ボーデヴィッヒ大佐…いや、少将殿はご健勝であらせられるっと…。
ラウラの話を聞いた生徒達は、何処かホッとしたような顔で表情を緩める。
ガッチガチの軍人だったらどうしよう、とか考えていたんだろうな。
「…クロエ・クロニクルと申します。故あって目に障害がありますが、束様のご厚意によりISの試験機を貸与され、ハイパーセンサーによる視覚補助で皆様と同じように物を見る事が出来ます。特例と言う事で実技には参加しませんが、何卒よろしくお願いします」
クロエは恭しくスカートの裾を摘まんで頭を下げ、予め打ち合わせをしていた通りに自己紹介を終える。
クロエの眼球は特殊だ…他人からすれば俺のような異質感を受けるかもしれない。
だが、生体同期型ISとなっているクロエは、ハイパーセンサーの副次効果で目を閉じていても物を見る事ができる。
ただ、弊害として
なんでも、コア同士が互いに干渉しあって機能不全を起こすらしい…。
「んも~!クーちゃん、ママだってばぁ!」
「黙れ!」
「ぷぎゅっ!!!」
束はいつもの様にプクーッと頬を膨らませてクロエに抗議するが、その直後に千冬の拳が容赦なく束の顔面に突き刺さる。
それはいっそ見事なまでの右ストレートだったが、それでも束は俺から離れようとはしなかった。
最早意地か何かか…?
「あー、クロエは不器用で仏頂面だが根はいい子だ。皆仲良くしてやってくれや」
「「「はい!」」」
「皆が良い子でおっさんは嬉しいよ…んじゃ、シャルル達は空いている席に座ってくれ」
3人に席につく様に促すとラウラは一夏の席の前に止まり、ジィッと見つめてくる。
まるで興味深そうに観察するように…恩師の弟だからと言うのもあるのだろうが。
「…教官には本当にお世話になった。お前とは仲良くしたいものだな…織斑 一夏」
「一夏で構わない。俺もラウラって呼ぶからな」
「そうか…」
それだけ言葉を交わすと、ラウラの頭に出席簿が叩き落される。
…本当、こう言う所容赦ないよな…千冬。
「もうお前の教官ではなく、担任の教師だ。織斑先生と呼べ」
「ハッ!申し訳ありません!!」
「敬礼もいらん…いいから席につけ」
ラウラは再び敬礼すると、素早く自分の席まで歩いていき静かに着席する。
隣に座っている女子はラウラに質問をした女子だな…何か聞きたそうにソワソワしているな…。
「さて、連絡事項はこれで終わりだな。次の授業はお待ちかねのISを用いた歩行訓練だ。午前中はすべてその訓練に費やす形になるが、素早くISスーツに着替えて第二グラウンドに集合だ。遅れるなよ!」
「「「はい!!」」」
SHRはこうして無事に終わり、いつもとは違う日常が回り始める。
さて、どうしたものか…と思いながらシャルルを見つめる。
男装の麗人…求められていることはスパイ活動…この学園においてはもっとも罪の重い犯罪行為だ。
それこそ、故郷の土を踏めるかどうかも怪しいレベルだからな。
なんとかそうならないようにしてやらなくっちゃぁな…。
お待たせしました…暑い夏、熱中症には気をつけましょう(白目