インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
結果から言ってしまうと、2人の代表候補生は惨敗を喫した。
原因は、互いの連携を上手く取ることができなかったことが1つ。
そして、真耶の事を舐め切っていたことが1つだ。
真耶が代表候補生として現役時代――今も現役だが――に付けられた渾名『
らしい、と言うのは真耶に関する情報の殆どが無かったためだ。
大体のメディアが、あまりにも強すぎた千冬ばかりを追っていた弊害だな。
とは言え、そこは代表候補生…それなりにモデルなりなんなりの仕事も並行して行っていたため、一部のISファンの間ではそれはそれは人気らしい。
まぁ、あんなデカいの持ってればなぁ…。
勿論、モデルの仕事は千冬も例外ではなく、探せば当時モデル活動をしていた千冬の画像が少ないながらも出てくる。
恐らく、そう言った副業がメインとなって腕が鈍ってしまう事を恐れたんだろう。
勿論、最低限スポンサーの要望に答え続けていたから、こうして画像が出てくるわけなんだが。
授業は現在、専用機持ちを班長としてローテーションでの歩行訓練を行っている。
千冬と真耶は忙しなく各班の間を行きかって訓練を指導し、専用機持ちは各々が各々のやり方で歩行訓練のサポートを行っている。
遠目から見て、それぞれの個性が出ているのが見て取れるのは中々楽しいものがある。
中でも教え方が断トツで上手いのはシャルルだろう。
他の班より比べて、スムーズに後退が出来ているからな。
問題は…やはり鈴だろう。
如何せん感性に頼った物言いが多く、上手くコツが伝わって無いようだ。
「……アモン様、私はどの様にすればいいでしょうか?」
「ん~、したら授業風景を眺めていて、気づいた点に関して細かくレポートを取ってくれ。後で反省会を開くときに発表してもらう」
「承知しました」
ISを展開及び装着することができないクロエは、教鞭を執ることが出来ない俺と一緒にグラウンドの端にあるベンチに座って授業を眺め続けている。
最初は黙々と見学をしていたのだが、何もしていないと言う状況に嫌気がさしたようだ。
かくいう俺も存在価値を問われているような気がして、何とも居心地が悪い気分に浸っていたりしている。
あくまでも一般教員…ISは専用機を与えられているとはいえ、経歴の上ではド素人も良いところだ。
訓練には付き合ってやれても、偉そうなことは言う事が出来ない。
「…不満か?」
「…いえ、大恩あるアモン様の願いと言う事であれば、現状に不満はありません」
「もちっと、本心で物事を語っても良いんだぞ?」
何度目かの同じような質問に同じような受け答え。
クロエは救われたことに負い目を感じているのか、俺や束の言葉にはある程度従順だ。
未だに束の事をママ呼びしてないが。
ともあれ、俺には本心からの言葉と言うには些か疑問が残り続けている。
この学園生活で、自分と言う個をしっかりと獲得してもらいたいのが俺の心からの願いだ…と言うと、些か父親面している感じがするか。
「いえ、これが私の心からの本心です。…それに…」
「それに?」
クロエは顔を上げてうっすらと目を開けると、鬼教官ばりにキビキビと訓練に打ち込ませているラウラを見つめる。
遺伝子強化試験体…その生き残りであるクロエと、完成系とされるラウラ。
系譜から見れば姉妹と言っても差し支えないか。
本人がそれを認識しているかどうかは分からんが。
「いえ、些細な問題です。アモン様や束様の抱える問題に比べれば」
「あのバカはどうか知らねぇが、俺なんて大したもん抱えちゃいねぇよ…着の身着のままってやつでな。ま、いい加減カゴノトリ状態は解消したいもんなんだが…」
貴重な男性操縦者、貴重な千冬と互角の力量を持つ者、経歴不詳、身元不詳の大道芸人。
そんな人間が誘拐されでもしたら大事だって言うんで、専用機を貰った今でも俺はこの学園に軟禁状態のままだ。
なんだかんだで色々と約束を反故している状態なんで、なんとかこの軟禁状態が解けないものか思案している真っ最中だ。
いや、タヌキに泣いて縋れば何とかなりそうな気もするんだが…。
勝手に出ていくと千冬に迷惑かけちまうからなぁ…。
「アモン様は、今の生活が不満なのですか?」
「不満だなぁ…。俺は、2本の足で旅をするのが大好きだし、そういう風にできちまってる。それに…1つに留まると執着しちまいそうってのがな」
「執着…?」
欲張れば欲張るほどに身を滅ぼす。
抱え込みすぎれば、それは大きな爆弾になって破裂する。
それが自分1人が犠牲になるだけで済むならそれはそれで良いだろう。
だが、得てしてそう言った欲は周囲に深い爪痕を残していくものだ。
「まぁ、臆病だから落ち着きがねぇってこった」
「や、やめてください」
「ははは」
クロエの頭をワッシワシと撫でてやりながら朗らかに笑うと、千冬が此方に手招きしている。
俺は持っていたメモ帳を量子化して拡張領域に仕舞い込みながら立ち上がり、千冬の元へと小走りに駆け寄っていく。
「授業も終了間際だ、お前の専用機を披露してもらいたい」
「あー、なんだかんだで調整が長引いていたからな。まぁ、構わないだろ」
「全員、此方に集まって整列しろ!」
「「「「はい!!」」」」
千冬の掛け声と共に専用機持ちを含めた全生徒が、一斉に訓練を中止して此方へと集まってくる。
その行動には一点の曇りもなく軍隊が如しだ。
専用機持ちを先頭に整列を終えると、千冬はその場に腰掛ける様に指示を出す。
「これから、アモンに専用機を披露してもらう。一般的なソレとは異なる機体だからよく見るように」
「「「「はい!」」」」
「…妙なプレッシャーかけんじゃねっつの…」
ボソリとボヤき、待機状態と化している黒鬼に意識を軽く向ける。
左手の薬指に嵌められていた黒鬼が微かに輝いた瞬間、瞬きするよりも早く全身を漆黒の装甲が覆いつくし、凶悪な面構えの鬼面が頭部を覆い額から鋭い角が伸びれば、背部に四基のアンロックユニット型のウィング・スラスターが展開される。
「これが、第三世代型ISの黒鬼だ。フル・スキン型なんて軍隊でも最近見ねぇ仕様だろ?」
「『あの時』も見てて知ってるけど…悪役にしか見えないわよ…」
「そら、デザインした束の奴に文句言え…」
鈴は若干引き気味の笑い顔で俺の事を見上げてくる。
兎に角、黒鬼は見た目の凶悪さのせいで威圧感が凄まじい。
そして、ISの中でもかなり小さい部類になる。
理由として、このISは胸元にあるコアがジェネレータの他に駆動制御を担っている為だ。
基本的に、ISコアが行えるのはエネルギー生成とPIC制御の2つのみとされている。
と言うか、そう設定しているそうだ。
意図的な制限を施すことで、急激な技術進化の抑制を図る…と言ったところか?
だが、黒鬼のコアにはその制限が無い。
本来であれば、パーツの各所に埋め込まれているであろう機器が無いため、その分スペースを埋める事ができる。
結果として、大幅なダウンサイジングを可能にしたわけだ。
更に、硬質化しているとは言え黒鬼の装甲を形成しているものは液体金属だ。
電気信号を送ることで筋肉の様に伸縮して、通常のISのパワーアシストと同等の膂力を発揮する。
この辺は今まで散々ぶっ壊してきたからな…束が気を利かせてくれたんだろう。
だが、その分燃費は高くついてしまっている。
常時エネルギーを全身に行き渡らせつつ絶対防御も展開しなくちゃならないから、こればっかりはどうしようもないだろう。
「標準装備は両指のワイヤーブレードと背面にある4基のスレイヴ・ユニットだな。拡張領域にゃ余裕があるんで後付けに何でも乗せられるが…それをすると、今度はワンオフ・アビリティに影響が出るな」
「「「!?」」」
「静粛に…織斑が発現しているんだ、アモンが発現させない道理は無いだろう?」
ワンオフ・アビリティと言う単語に生徒達は一斉にざわつくが、千冬の一声ですぐさま落ち着きを取り戻す。
それだけ、ワンオフ・アビリティを発言している操縦者と言うのは希少なのだ。
基本的に、ワンオフ・アビリティはISの次の段階であるセカンド・シフトを行う必要がある…とされている。
されていると言うのも、確認された事象の殆どがセカンド・シフト後だったからなんだが。
セカンド・シフトをしないで発現しているのは、イタリア代表の『テンペスタ』そして、千冬が駆っていた『暮桜』の2機だけだ。
「まぁ、作ってるやつが作ってるやつだからな…なんか細工でもしてるんだろ」
「え!?」
「瞬間移動!?」
俺は身じろぎせずに上空へとワンオフ・アビリティによる量子跳躍を行い、生徒たちの目の前から姿を消す。
拡張領域を利用して自身諸共に量子化、規定範囲内に再び実体化する事で瞬間移動を可能にする『神隠鬼現』は、こと戦闘において絶大な能力を有する。
直撃しそうになっても、瞬間移動で安全地帯まで逃げてしまえば良い訳だしな。
俺はラウラにコアネットワーク通信で連絡を入れる。
「ラウラ、お前の機体にレールカノン積んでたろ?アレを俺に向かってぶっ放せ」
『…構わないが、機体に傷がついても知らないぞ?』
「そんときゃ、俺が適当に言い訳しとくから気にすんなって」
ラウラは至極嫌そうな声で俺の言葉に答えると、1人生徒の列から離れてからIS『シュヴァルツェア・レーゲン』を起動させる。
篠ノ之 束の悪名は世界中に轟いている…そんな束謹製のISに何かあったら、大事になるのは目に見えていると言わんばかりだ。
まぁ、それでも信頼からか何なのか、お願いを聞いてくれるのは助かる訳で…。
「まぁ、データも取れるし上司にゃ面目立つだろ」
『理解はしている…だが、私とてまだまだ子供なんだ…怒られたくはない』
「ははは、可愛いもんだ」
可愛い、と言う言葉にムスッとした息遣いが聞こえて、一方的に通信を切られてしまう。
少し、背伸びをしたいお年頃…と言ったところか…ラウラは、俺に向かって何の合図もなくレールカノンによる砲撃を一度行うが、その弾丸は俺に届く前に姿が掻き消え、ラウラの背後10メートル地点に落下し炸裂する。
ハイパーセンサー越しで見るラウラは驚きに顔を強張らせ、背後へと顔を向けている。
俺は腕を組んで忍び笑いを漏らしながらゆっくりと地上に降り立ち、ISの展開を解除する。
「な、何が起きたんですの!?」
「何が起きたって…ちょっと弾丸を瞬間移動させてやっただけだ。インターバルがあるが、俺のワンオフ・アビリティは拡張領域を利用した量子跳躍能力だ。無機物であれば拡張領域の許す限り抱え込んで移動させることができる」
「…ハイパーセンサーで確認していたとは言え、レールカノンの弾丸をワープさせた?一体どんな目をしているんだ…」
セシリアの言葉に答えてやると、ラウラが信じられないものを見る様に此方へと戻ってくる。
データ自体は取れていたらしく、何が起こったのかは理解できたが納得はできていないと言ったところか…。
「いやほら、アモン兄って規格外だし、今更なぁ…」
一夏は何も驚くことは無いと言わんばかりに首を横に振り、それにつられて幾人かの生徒達がうんうんと頷いてしまっている。
「あの速度なら千冬でも弾丸切り捨てる事が出来たんじゃね?」
「…まぁ、出来ないとは言わんな」
(((…えぇ…)))
個人的にそこは出来ないと言って欲しかったのは、まぁ…内緒だ。
午前中の授業を滞りなく終えた俺たちは、後片付けを生徒達に任せてそそくさと昼休みをとることにする。
放課後は、いつも通り一夏達の訓練に付き合うことになるため、俺はISスーツの上に衣服を着る事にした。
ISスーツは手入れが面倒だとは言え、生命維持装置の塊でもある。
じめじめとした梅雨の時期である今は、逆にISスーツを着ていた方が快適に過ごせたりする。
なんせ、発汗から体温からすべて管理してくれるからな…こればっかりはIS様様って言うか、デチューンして一般向けに販売しても良い気がするな…。
手早く着替え終えた俺は、いつもの様に校舎の中庭にあるパーゴラの下にあるベンチへと向かうと、千冬が足を組んで静かにベンチに腰掛けている。
「遅かったな」
「そら、着替える手間があるんでね…あんな格好でうろついていたら変質者扱いになるだろうが」
俺は手に持った重箱をベンチに置き、手早く広げていく。
黙々と2人で食事をしていると、不意に千冬が口を開く。
「…デュノアの事は他言無用で頼む」
「一週間保つかどうかわかんねぇぞ…?寮の部屋割りだって一夏と同室になるんだろうしな」
男として偽って転入してきたシャルル・デュノア。
シャルルの父親は、フランスのIS企業デュノア社の創設者にして現社長のダニエル・デュノアだ。
此処のところ、デュノア社は経営不振に陥っている…と言うのは、この業界では有名な話だ。
歴史的にライバル的な立ち位置にある英国に後れをとっている…第三世代ISの開発が難航している為だ。
EU防衛計画、通称『イグニッション・プラン』のトライアルも厳しいなんて話もチラホラだ。
「…どうにかして時間を稼ぎたい。私とて、このまま事の成り行きを見守るつもりはないからな」
「お前1人の影響力でどうにかできるような問題でもねぇだろうが…ちったぁ頭を冷やしな」
人1人の影響力と言うのはタカが知れている…どのような権力者であれ、それは変わらない。
世の中の物事と言うのは大多数の人間の意志によって流れ、決定し、実行されていくのだ。
そんな流れを引退した国家代表の教師が何かを言ったところで、どうにかなるとは思えない。
いや、1人だけいるか…鶴の一声だけでどうにでもできるような人間(?)が。
「私は、冷静だ」
「日本の元国家代表選手が、他国の一企業の問題においそれと口出しできるわけねぇだろうが」
「それでも、行動に移さないよりはマシだ!」
「あぁ、そうだ…ガタガタ口に出して動かないよりも動く奴は遥かに良い。けどな、それで無駄骨折るのは違うだろうが」
軽く額にデコピンを叩き込み、大きくため息を吐く。
過去にデュノアと何があったのかは分からないが、些か千冬は冷静さを失している。
冷静沈着な鉄の女が、だ…相当由々しき事態に陥っていると思っても構わないだろう。
「っ!何をする!?」
「あんまり、感情的になるんじゃねぇよ…頭は冷たく心は熱くってな。まずは、事情を話せ」
千冬はハッとなった顔で数回瞬きをした後、ゆっくりと深呼吸をする。
自分が感情的になりすぎていた事に、今になって気付いたようだ。
千冬に其処まで思いつめさせるほどの人物が関わっている、か…妬けるもんだわな。
「…すまん」
「気にすんな…で、話してくれんのか?」
「あぁ…その、どうと言う事は無い話ではあるんだが…」
千冬はゆっくりとペットボトルの緑茶を飲み込み、、一息つく。
若干頬が赤くなっているのは、冷静さを失していたことを反省して恥ずかしくなっているからか…?
俺は、懐から煙草を取り出して口に咥え、ライターで火を点ける。
「…シャルルの母親とは、国家代表候補生時代に鎬を削った間柄でな…。喧嘩する程仲が良い…とも言うのか?喧嘩もよくしたが、それ以上に得難い友情を互いに感じていたと思う」
「…デュノア社の社長の嫁さんか…そいつから連絡があったわけか?」
「そうだ。自分では止める事が出来ない…だから、どうか娘を助けてくれ、とな」
ゆっくりと煙を吐き出し、思案する。
どうやら、この男装騒動はデュノア社長の独断で決行されたもののようだ。
形振り構わないこの作戦は、どう考えても無謀と言う他無いだろう…。
破滅願望がある、と言うのであれば非常に納得できる話ではある。
「ったく、ちったぁ相談してもらいたいもんだね」
「すまん…友人の頼みだったからな。…私は、どうにかしてシャルルを無事に保護したい」
「だが、それも本人がスパイ行動をするかどうかに依るだろ。この学園に置いてスパイ行動はご法度。脅迫されたにしろそうでないにしろ、例外なくムショ送りだ。そこに情状酌量なんて無いのは、俺より勤務歴の長い千冬がよく分かっている筈だ」
現実問題、もし本当に法を犯してしまったのであれば、俺たちはシャルルを庇い立てする術は無い。
子供が大人に利用されて、臭い飯を食うのは我慢ならないが、法は法…そこに感情を持ち込むわけにはいかない。
「俺もお前も、学園を出る事は出来ない…直接直談判しようにも、それが出来ないっていうのは大分心苦しいもんがあるな」
「あぁ…何とか現状を好転させる努力はする、と彼女は言っていたが、それもどこまでアテにできるか分かったものではない」
「少しは友人を信じてやれよ…」
俺は呆れた顔でため息とともに煙を吐き出し、吸殻を携帯灰皿の中に放り込む。
千冬は千冬で片手で顔を覆い隠し、深いため息を吐く。
「そう言いたいのはヤマヤマなんだが…デボラは肝心なところでツメが甘くてな…男運もないし…」
「お、おう…」
酷く実感の籠ったその呟きは、その不幸に千冬自身も相当付き合わされていたからだろう。
巻き込み体質と言うのだろうか…いや、俺も人の事言えないくらいトラブルを持ち込んできたもんだが。
「ある時は男にお金を取られたと泣きつかれ、ある時は浮気されて捨てられただのなんだのと…結婚して連れ子とは言え子供もできて、順風満帆だと思っていたんだがなぁ…」
「なんつーか…お祓いにでも行かせた方が良くね…?」
「本当にどうして…」
最後に深くため息を吐き、がっくりと肩を落とす。
此処まで男運がないと、悲しくなってくるな…いつか来た幸も今となってはただの不幸と化してしまっている。
そういう星の下に生まれてしまっていると言ってしまえば簡単だが…今回は、そうも言っていられない。
子供が関わってしまってるからな。
「何にせよ、後手後手で動くしかねぇだろ…あんまり、思いつめるなよ?」
「あぁ…歯がゆいがな」
梅雨の時期にしては爽やかな風が、俺たちの気持ちなど知らんと言わんばかりに一吹きするのだった。