インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
午後の授業は滞りなく終え、職員室で期末テストの作成をしつつシャルルに関する本国での表向きの情報をネットで確認していた。
シャルルの存在は本国での認知度はやや低めで、大々的には発表をしていなかったようだ。
フランス発の男性操縦者が現れたが、事実関係は調査中。
操縦技術は目を見張るものがあり、すぐに代表候補生に抜擢され頭角を現した。
デュノア社と深い関わりがある人物らしい。
まぁ、出るわ出るわ虚偽を交えた情報の数々が…おそらく、情報を錯綜させる事によってシャルルの人物像を朧気にし、身元を探らせない狙いがあるんだろう。
それは、シャルル自身の身柄の安全を考慮した苦肉の策の様に思える。
主導しているのは、母親のデボラの方か?
もちろん、国家ぐるみの陰謀ではあるので、政府の役人も関わっていることだろう。
なんにせよ、数日もすればフランス本国の方にもシャルルの素性が露呈するのは間違いない。
IS学園におけるISに関する技術情報、機体スペックに関するデータは部外秘として徹底的な情報統制が敷かれている為、あまり表に出る事は無い。
しかし、個人的な情報となると途端に緩くなるようで、まるで世間話が伝播していっているかのように情報が筒抜けになっている。
俺なんか此処に勤め始めて数日で、週刊誌に比較的正確な情報が載っていたくらいだったからな。
確か、雑誌名は…インフィニット・ストライプだったか?
IS関連の情報に関しちゃこの雑誌が一番だっていう評判で、学園の売店にも置いてある。
…話を戻すか。
ともあれ、この数日間でどれだけの事をしてやれるのかが課題となるだろう。
勿論、俺自身が動く必要はないし、それこそ本当に無関係と言い張って事態を静観することも可能だろう。
だが…シャルルがこれからやろうとしていることは、これから掴めるはずの幸せの可能性さえも無くしてしまう。
それだけはどうにも納得できない…それが例え親から命じられたものであったとしても。
テストを作成する手を止めて、座っている椅子の背もたれに体重をかけて体をのけ反らせると、後頭部に柔らかいものが当たりおまけにさらに重量のある布に包まれた柔らか…おっぱいに目を塞がれる。
「束、関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「おんやぁ?ISの生みの親がIS関連の施設に関係者じゃないからなんて門前払い喰らっちゃうのおかしいかな~?」
「言い方変えるわ、学園所属者以外立ち入り禁止だ」
「ぐぬぬ…」
どうも思い悩みすぎて、大分時間が経っていたらしく外は陽が沈んで夜の帳が落ちている。
照明も俺が居た付近のみしか点いておらず、職員室は薄暗くなっていた。
少しばかり暑苦しいので、早々にこの天国からオサラバするべく姿勢を正そうとすると、束は俺の顎を両手で抱える様に掴んで離さない。
「お前な…一応、俺仕事中なんだぞ?」
「え~、いいじゃん~、日中は色々抱き着くだけで我慢してたんだから、くんずほぐれつのイチャイチャしようぜ~」
「しねぇっつの…そこまで不良でもねぇよ」
腹筋の力のみで何とか姿勢を戻そうと四苦八苦するものの、がっちりと顎をホールドされてしまって思うように上体を起こすことができない。
雰囲気から、束はチェシャ猫の様なニヤニヤとした笑みを浮かべているだろう。
「さっきも言ったが、俺は仕事中なんだっつの。色々やること多いんだぞ、これでもな」
「お仕事よりも束さんを優先すべきなんだぜ?」
「あのな、何事にも義務と責任があんの。人の世に生きるってのはそう言う事なんだよ」
「凡人凡俗なんて当事者同士で騒がせておけばいいじゃん!」
俺が構う気を起こさないことに大変ご立腹なようで、束はブーブー言いながら俺の頬を思いっきり抓る。
単純な世捨て人であるならば、まぁそれでも良いんだろう。
他人と関わりを持たないのであれば、誰にも迷惑がかかることは無い。
だが、束は違う…ぶっちゃけ異質も異質だ。
本人が世界中の人間よりも…それこそスーパーコンピューター等よりも優秀な頭脳を如何なく発揮し続ける為、その生み出したものは世情すらも変えてしまう。
何かを思いつくだけで、まるで子供が作り上げた積み木を壊してしまうように世界をかき乱しかねない。
本人に思ったよりも継続性が無いことが唯一の救いではあるが。
「あのな、天才だとか凡人だとかそういう括りは視野を狭めるぞ。お前がどんなに特別であろうとただの人間の篠ノ之 束だ。神にも悪魔にもなれやしねぇ…させる気もねぇけどな」
「特別を特別だとひけらかして何が悪いのさ」
「ひけらかしたところで得るものは何もねぇってことさ。チヤホヤされてぇのか?」
「べ、べつに…私は…」
自己証明、自己顕示…そう言った欲望があるのであれば、自らを大きく言って他者に認めてもらおうとするだろう。
だが、それは行き過ぎれば鬱陶しいだけだし、他者と大きく溝を作るだけだ。
元から他者を拒絶していたはずの束が、そういう欲を持っているとは思えない。
考えられるのは、自分と他人との違いのギャップをそう言った言動、思考で誤魔化し続けている…と言った所か?
認めた人間に対して過剰な興味を抱くのはその反動からだろう。
なんだかんだで人肌が恋しいのだ…と思いたい。
悪魔とて他人の考えが分かる訳ではない…あくまで推論だ。
顎の拘束が緩んだ瞬間に上体を起こして束から離れ、椅子を回転させて軽く自分の足を手で叩く。
「私は、なんだよ…?」
「う~…今日のあっくん意地悪じゃない?」
「さってね~、仕事を邪魔されたからじゃね?」
束は俺の意図を理解したのか此方に背を向けて、思い切り体重をかける様に俺の足の上に腰を下ろす。
ぎしっと椅子が軋む音がするものの、そこはIS学園…教師が使うものも一級品ばかりなのでとても頑丈且つ座り心地の良いものなので壊れるような心配はない。
何よりもこの束…やたらと体重が軽い…胸にバカデカい重りつけてんのに。
束の頭からメカうさ耳を取り外して机の上に置き、胸の下に腕を回して優しく抱きしめてやる。
「随分座り心地が悪い椅子だね!」
「おー、だったらとっとと降りろや」
「えー、誰かが私をがっちりホールドしてるからね~?」
抱きしめてみると分かるんだが…存外に此奴の身体は華奢だ。
それこそ、少し力を入れれば枯れた木の枝の様に簡単に折れてしまうかもしれない。
一体こんな体のどこに、俺と張り合うような膂力があるのやら。
束は俺の体に自分の体をしっかりと預ける。
「ねぇ、アモン…君には居なくなってほしくないよ。こうやって抱きしめて、安心させてくれる存在は…きっと君以外に居ない」
「あのな、俺はわるーい男で、何時か居なくなるんだよ。それだけは変えられねぇ」
「だったら、私はどこまでも追いかけるよ…何処までもね」
「…やめとけやめとけ。お前にゃ長生きしてもらわなくちゃな」
…欲が深い、とは言え、出来る事と出来ない事は理解している。
あくまでも違う世界の存在…この世界にとって俺はお邪魔虫で、お目こぼしで此処に居させてもらっているような状態に過ぎない。
もし、睨まれてしまえば、この場で俺と言う存在は消え去ってしまうだろうよ。
そして、逆もまた然りなのだ。
「…お前、甘ったるい匂いしてんなー」
「んん?セクハラ案件かな!?」
「バーカ、お前は俺のもんだから何しようがセクハラにゃならねぇよ」
束のうなじに顔を押し付け、深呼吸するように匂いを嗅ぐ。
好いた女の匂いと言うのは、本人にとって香水に勝る良い匂いになる。
当然、千冬も同じように良い匂いがするもので、ちょくちょく嗅いでいたりする。
寝てる間に。
いや、束は兎も角として、千冬にそれをやると羞恥のあまり全力のレバーフックが飛んできたりする。
可愛いんだか可愛くないんだかな…。
「え~、そしたら一発ヌいちゃおうぜぇ~」
「おっさん臭いので却下」
「乙女に向かって!?」
俺は漸く観念してPCの電源を落とし、帰り支度の準備を始める。
気付けば食堂が閉まっている時間だ…寮長室で千冬も帰りを待っているだろうしな。
「お、お仕事しゅーりょーかな?」
「とっとと帰って明日の準備せにゃならんからなぁ…」
束の頭にメカうさ耳を乗っければ、2人そろって立ち上がり職員室を後にする。
すでに灯りが落とされた校内は暗くいかにもな雰囲気が漂っているものの、互いにさして怖がるわけでもなく互いに互いを茶化し合うように話しながら帰路へと着く。
…他人にもこうやって接してりゃ、ちょっとネジがイかれた程度の女で済んでるんだがなぁ…。
深夜、阿呆みたいにデカいベッドで目を覚ました俺は、ゆっくりと体を起こして左右に視界を向ける。
左手側には、クロエを抱き枕代わりに背中を向けて眠る束の姿が見える。
時折、クロエのくぐもった寝言が聞こえるが、悪夢を見ているのではなく単純に顔に胸が押し付けられているからだろう。
右側には千冬が背中を向けて静かな寝息を立てている。
虫の鳴き声1つ聞こえない静寂の中、俺は静かにベッドから抜け出して寝室を出る。
リビングまで向かってテーブルに放置されていたライターと煙草を手に取れば、そのまま寮長室を出て寮内の廊下を静かに歩いていく。
中途半端に寝て中途半端な時間に目が覚めてしまったせいか、やたらと目が冴えてしまっているのだ。
どうせ、誰もこんな時間に寮内をうろついているとは思えないので、上半身は何も身に着けていない。
ゆっくり一段一段階段を昇っては各階の廊下を歩いて見回りを行い、生徒たちが寝静まっていることを確認する。
一通り確認を終えれば、そのまま屋上に上がって備え付けのベンチに腰掛けて煙草を口に咥える。
持ってきていたライターで着火しようとするが、中々火がつかず少しばかり苛立ってくる。
どうも中身のオイルを切らしてしまっている様だ。
「ったく…」
仕方なく煙草を箱の中に戻し、ぼんやりと頭上に輝く星空へと目を向ける。
星の位置や星座等は世界によって異なるものだが、輝き事態に大きな差異は無い。
環境汚染で昔よりも映えなくなったと言われては居るものの、それでも星空は美しく俺の目に映り込む。
「どこに行ったかと思えば…寝なくて良いのか?」
「まあな…そう言う千冬はどうなんだ?」
「私か?私も問題ないさ…ただ、なんだ…どうもお前が居ないと寝つきが悪くてな」
屋上に現れた千冬は少しはにかみながら此方へと歩み寄り、俺の隣に座り体を寄せてくる。
梅雨時とは言え夜中ともなれば肌寒くなるもので、薄着の千冬の肌が触れてほんのりと温かく感じる。
「…その、お前に言いたいことがあってだな…?」
「んだよ…改まって言う事なのか?」
千冬は恨みがましい様な視線で俺を見上げてくる。
腕をガッチリと掴み、逃がすつもりは無いようだ…どうもハッキリと俺に答えてもらいたい様だ。
俺の言葉に千冬は頷きはするものの、言い出し辛いのか中々話し出そうとしない。
「言いたい事、あるんならハッキリ言ってみろよ?」
「…いや、やはりいい!私のキャラでもないしな!」
「言わなきゃ伝わらねぇぞ…?」
まるで酔っぱらったかのように千冬は頬を赤くさせて顔を背けるものの、決して腕を離さない辺り離れるつもりは無いらしい。
俺は少しばっかり困ってしまって、どう話を切り出していくべきか悩んでいると、ぽそぽそと千冬が何か呟いているのが聞こえてくる。
「はっきり言えって…俺、何かやらかしてんのか?」
「そうではない!そうではないんだが…」
「なら、なんだよ?デボラ絡みで何かあったのか?」
準備に時間がかかる様な口ぶりだったのだが…シャルル関連で何か問題でもあったのだろうか…?
ただ、状況的にはどうにもシャルル絡みの話をするようには思えず、俺hあただただ困惑していくばかりだ。
千冬は意を決したかのように此方をキッと睨み付ける。
若干涙目なんだが。
「…構え」
「は?」
「私に構えと言っている。あのバカばかりとベタベタするんじゃない!」
「アッハイ」
掴まれている腕は羞恥のあまり強く握り込まれ、ミシミシと言う音を響かせはじめる。
本気で恥ずかしいらしく、千冬は顔を茹蛸の様に真っ赤に染め上げている。
「確かに、私は公私を分けようと言う話はした。生徒に示しも付かんしな!だと言うにも関わらずあのバカが引っ付いても説得もしないのはどういうことだ!?」
「落ち着けって…束が説得してどうにかなる様な奴かよ…?」
「ぐぅぅ、小娘の様な物言いはせんと誓っていたがな、私だって初恋なんだ周りの目を気にせずくっついていたいと思ったって良いだろう?」
人物像…と言うのは他人が作り上げるものだ。
ああいう人だ、こういう人だ、だからきっとこんなことはしない人だ…有名であれば有名であるほどにそうした虚像は本当の心を雁字搦めに締め上げ、染められていく。
千冬もそう言った類のものであったんだろう。
なんせ、世界に轟く初代ブリュンヒルデ…ストイックさばかりが目立てば、男に現を抜かすなんて事は出来なかっただろう。
「人一倍恥ずかしがりなのに、そういう事望んでるのな…可愛いやつめ」
「かわ…揶揄っているのか!?」
「知ってるか…?好いた女はどんなに醜かろうが、可愛く見えるもんなんだぜ」
千冬の後頭部に手を回せばそのまま体重をかけてベンチに押し倒し、鼻先が触れるか触れないかくらいまで顔を近づける。
千冬はきょろきょろと挙動不審気味に視線を彷徨わせ、やがて俺へと視線を固定する。
「本当に、可愛いやつだな…千冬」
「何を…」
「美人で腕っぷしも強くて、何より目が良い。腐ってねぇ綺麗な眼だ…いつだって真っ直ぐに見つめてくるその眼が」
そんな人間に好かれていると言うのは、存外に心地いい。
ゆっくりと顔を離すと何かを期待していたのか、千冬は残念そうに声を漏らす。
「お前は…中々手を出さないな?」
「責任とってやれんのか分かりもしねぇのに、迂闊にやれっかよ…」
「お前にしては随分と弱腰じゃないか」
千冬はそう言うなり俺の首に抱き着いて無理矢理引き寄せ、些か強引にキスをしてくる。
俺はそれに逆らうことはせずに受け入れ、互いを貪る様に舌を絡めていく。
さっきまでのしおらしい態度は何だったのかと言いたくなるようなその行動は長く続かず、自然と離れていく。
「私は…お前にだったら構わないと思っているんだがな?」
「随分と積極的じゃねぇか…」
「色々と吹っ切れもする。私はな、アモン…お前が思う以上に我儘な人間だからな。このままあのバカのリードを許すつもりはない」
千冬はフフフと不敵な…それでいて綺麗な笑みを浮かべて俺を見つめる。
吸い込まれそうな黒い瞳はいつものような鋭さは無く、どこか優しげだ。
「もうちょい仲良くできねぇかねぇ…?」
「欲深な自分自身を呪えよ?ま、まぁ…そういう所も好きだから文句は言っていないだろう?」
「ありがてぇこった…」
こと恋愛に関しては引っ込み思案気味な癖に、一度吹っ切れると大胆になるな…。
抑圧している反動ともとれるんだけどな…。
適度にガス抜きしてやらなきゃいけないかもしれない。
「千冬、そろそろ外出許可下りても良いと思わねぇか?」
「いきなりどうした?」
「ん、いい加減学園に缶詰状態は勘弁してくれって事さ。専用機もあるし、束の関係もあって学園からは早々離れられねぇ…なら、許可が下りたって良いと思うもんだろ?」
「それは…まぁ、そうなんだろうが…」
千冬は難色を示すかのように口ごもる。
恐らく、学園は俺の矢鱈と良いフットワークを警戒しているんだろう。
フラッと雲隠れでもされては学園の、ひいてはIS委員会の面目丸つぶれなんてことになる。
あくまでも俺はモルモットって体でいるからな…役人どもは。
「それにほら…お前と色々出掛けてみたいのもあるしな」
「…建前でもそういう風に言われるのは、嬉しいものだな」
「そういう風に言うなよ…悪い男みてぇじゃねぇか…」
「事実、悪い男だろう?お前の言うイイ女を2人も囲っているんだからな」
千冬はニヤリと笑みを浮かべた後に、真剣な表情に切り替える。
先ほどまでの甘ったるい雰囲気など霧散してしまったかのようだ。
「恐らく、許可されるにしても市内の範囲だけだろう。監視付きでな」
「男性操縦者ってだけでこれだ…そんなに惜しいもんかねぇ…?」
「世界に2人だけの存在だ…殺してでも奪い取るなんて考える奴なんぞ五万といるだろうさ」
「それが女ばかりだってんなr…冗談くらい言わせろよ…」
軽口を叩いて茶化そうとするが、殺気の篭った視線を向けられて軽くため息を吐く。
千冬もほぼ同時にため息を吐いて、俺の額を指先で軽く小突く。
「お前は死なないだろうが死なれては困る…アモンが居なければ、寂しいのだからな」
「そう簡単にくたばりゃしねぇよ…間近で見てるだろうが」
「それでも、だ…万が一と言う言葉があるだろう?だから、アモン…せめて、死ぬのだけは勘弁してくれ」
「それに関しちゃ約束できる。絶対にな」
千冬の頭を宥める様に撫でてやり、安心させる。
口約束であっても、こと生き汚さに関してはこの世界でもトップだと言う自負がある。
なんせ、この身は悪魔…人の手でどうにかなる物ではないからな。
「妙に自身たっぷりだな…」
「自分の体の事は自分がよく分かっているってもんだろ?ISと生身でやり合ったって生き残る自信はある」
「…悪魔は言う事が違うな」
「そら、悪魔だからな」
2人で顔を向き合わせて笑っていると、東の空が徐々に明るくなってくるのが目に入る。
なんだかんだで夜明けを迎えてしまったらしい…。
「そろそろ戻って弁当の準備しねぇとな…」
「結局、夜更かしをしてしまったか…」
今更になってやってきた睡魔に2人して肩を落とし、腕を組んで屋上から出ていく。
何事もなく、こうやって日常を過ごせればいいと…叶いもしない願いを思いながら。
甘い話が書きたかったんだ…